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影龍

 俺の見た古い物語において龍というのは、人族や魔族との意思疎通(いしそつう)が可能で己の体を人間のような姿へ変化させる魔術が行使できる魔獣だ。

 かつて龍に出会った勇者は言葉を交わし、彼らが自然現象を象徴(しょうちょう)する能力を持つこと。人目がない魔獣の棲家(すみか)の奥底に隠れ住んでいることを聞き出した。

 その存在は有史(ゆうし)以来あちこちで目撃されており、ワイバーンを美しく洗練(せんれん)させたような体で翼と同化していないため腕は器用。一度(ひとたび)怒らせれば百人以上の戦力でも追い返すのがやっとだと言われている。

 ちなみにワイバーンは龍に少し姿が似ているので飛竜なんて呼ばれているが、意思疎通などは不可能だしブレスと身体強化以外の魔術を使うという報告はないらしい。


「女、ヘイを傷付けるのならば我が逆鱗(げきりん)に触れると知れ」

「これは困りましたね。伝説に聞くほどは強くなさそうですが、少なくても魔将クラスの実力はありそうです」

「諦めたのならば大人しくしてもらおうか聖女よ。貴様が俺に付いてくるなら勇者以外は逃がしてやろう」


 淡々とした口調でありながら、龍――インと呼ばれていたか。その声には敵意が強く(こも)っている。ほとばしる魔力の質は大地の霊脈を思わせる勇壮(ゆうそう)さだ。

 龍使いなどという名は、龍すら従えてしまえるのではないかという周囲の幻想かと思いきや、まさか本当に使役しているが(ゆえ)の異名だったとは。

 いや、それもそうか。魔将は信仰の対象ではない。ならば呼び名は端的(たんてき)な事実を()す。


生憎(あいにく)とソラさんを見殺しにするかは、とりあえず(わたくし)が死ぬまで抵抗してみての結果次第ですね」

「それは困るな。魔王さまへの手土産が死体では無粋(ぶすい)極まる。イン、聖女を気絶させるぞ。手伝え」

「分かった、主よ」


 無手で(すき)なく身構える龍と龍使い。俺は内心で嘆息(たんそく)しながら自然体で待ち受ける。

 ふぅむ、とりあえず聖女(おれ)を死なせる気はなさそうだ。洗脳しての有効活用か、それとも半分とはいえ神になった俺を魔術の触媒(しょくばい)にでも使うのかな。

 豊富な神力を魔力に変換できれば大災害くらいは起こせるのかねぇ。魔術は詳しくないから分からんな。

 背後の戦闘は五分やそこらでは終わらないだろうし、目の前の強敵たちは五分も時間稼ぎはさせてくれないだろう。俺なら逃げるくらいは出来るだろうが、それこそ後ろの連中が確実に殺されるよな。

 いつも通りだ。誰も死なせない。


 二人が交差し左右に揺さぶりをかけながら俺の間合いまで瞬時に詰めてくる。普通の戦士相手なら有効だが俺には悪手(あくしゅ)だ。

 コンビネーションのもっとも弱い点、そのタイミングを感じとって仕掛ける。飛びずさりながらナイフを左手で二本投擲(とうてき)。こちらに追い(すが)ろうとしたヘイの首筋と太腿部(だいたいぶ)をかすめる軌道(きどう)だが、簡単に回避できる。しかし、回避すればインに当たる絶妙のタイミング。

 ヘイはそれを理解したうえで、かまわず避ける。そしてインは、避けたヘイの影の中へ瞬時に吸い込まれて消える。

 厄介だ! 詠唱も無しで……いや魔獣のほとんどは詠唱などしないか。ともあれ影に(もぐ)る魔術か。

 だが、出し惜しみの仕方や雰囲気から察するに契約者以外の影には入れないな。

 そうでなければとっくに俺は捕まっている。

 ヘイの()り出す掌底(しょうてい)を避け、逆に空いた左手で(から)め取ろうとする。しかし、関節を押さえようとした瞬間に影の中から立ち上がりこちらに振るわれるインの爪。

 足元を狙ったそれを踏み台に俺は跳ね上がり、ヘイの顔面へと膝を打ちつけるがインパクトの瞬間を上手にずらされダメージにはならない。

 俺が着地するよりも早く、再度(さいど)振るわれる爪と、同時にローブの(すそ)を掴もうとするヘイの手。その腕ごと邪魔になるローブの裾を切り払いながら、爪の一撃は威力の弱い瞬間を狙って靴裏で受ける。

 それでも見た目に似合わぬ馬鹿力で、インの一撃は俺を回転させながら二メートル先の木まで跳ね飛ばす。

 俺は枝に足を(から)めて振り子のように上へ。

 威力は驚異的だが、技量が足りないためかヘイほどの脅威ではなさそうだ。まあ、本来の姿である巨体を現せばそんなことも言えないだろうが、この木々に邪魔されてはそれもできまい。

 インが無表情のまま目元だけを鋭く細め、ヘイは興が乗って来たのか(かす)かに上機嫌そうな声で言う。


「ツバキと言ったか、恐るべき使い手だな。武技を信仰されてるわけでは無かろうにその実力。聖女などと呼ばせておくのは惜しいな。それほどの技術を貴様に(さず)けた師の名を聞いてよいか?」


 俺は(さめ)のような笑みを浮かべ、答える。


(わたくし)の師匠は父にして戦勝の鬼神と(ほま)れ高き傭兵――アーネスト。貴方の右腕を断ち切った男」

「鬼神に娘がいたかっ!」


 夕闇に沈み視界が怪しくなり始めた山の中、白ローブを脱ぎ捨て迷彩性に富んだ戦闘服を(あら)わにする。予想通り動揺してくれたヘイの視界から姿を消すように木々の影を駆けて細剣を突きこむ。それを爪で防ぐのはやはりイン。

 もしかしたらとは思っていたが龍は夜目も利くらしい。

 一瞬の後にヘイもこちらに対応し素早く足を払う。無理に避けず払われるまま足を持ち上げ、細剣を受け止めていたインの手を蹴り上げる。


「――っ!」


 異形の手は硬く、鉄板を仕込んでいるブーツの一撃を小指に当ててやったのに痛そうな顔をするだけで折れた感触すらない。

 しまった、敵とはいえ女の子に乱暴を……いや、さすがにこの状況では言ってられないか。

 ()け反るインと入れ替わるように、ヘイが転倒したこちらの腹部を踏み抜こうとする。

 それを逆にカウンターの金的(きんてき)蹴りで(むか)え撃つが互いに身を(よじ)って回避。その足を掴もうとする異形の手を細剣で突いて(はじ)く。


「――っ!?」


 そう、弾いた。刺さるかと思ったのに硬質な音を鳴らし()らすのが限界だ。狙うなら異形化していない部分じゃないと有効打にはならないな。

 手が空を切ったせいで上体が泳いだインの足首に音もなくナイフを()わせれば、若干浅くて(けん)を断つまでには至らなかったが、血が(にじ)み小さな悲鳴と共に転倒――する直前で影の中に避難していく。

 同時に俺はヘイの裏拳を背中に受けて、脊椎(せきつい)から嫌な音を上げて転げ飛ぶ。覚悟はしていたので息を詰まらせながらも神力を注いで即座に修復。


「かふっ、痛ぁ」

「はっ!」


 裂帛の気合いと共に放たれる追撃の蹴りを、細剣で切り払うように牽制(けんせい)しながら衝撃も利用して立ち上がる。

 しかしまずいな。俺の強みは相手の弱い部分を感覚的に把握(はあく)できる天性の才だ。つまり最初から相手の動きの癖を読んでいるような奇襲性の高さが最大の攻撃力を発揮する。

 相手も達人。長引き剣を交える回数が増えれば、それだけ相手もこちらの動きを学習し同じ土俵(どひょう)に上がられてしまう。

 つまり最初の数合(すうごう)で決定打を与えられないならば、それ以上の成果は難しいのだ。

 まあ、こちらも自然治癒力の高さは半神だけあって高い。意識して神力を流せば疲労とは無縁なので戦力が拮抗(きっこう)してれば持久戦もいいのだが。

 インの足に付けた傷は人間なら動きに影響がありそうな手応えだったのだが、龍はやはり特別らしい。傷が癒えたというほどではないが今の数秒で血が止まっている。

 影から立ち上がるインは無表情ながらも怒りに燃えているのが分かる眼差しでこちらを見据(みす)える。厄介だ。使役しているヘイの方を無力化して人質に取れば終わりだとは思うが、させてくれそうにないな。


「主の影の中で守られてばかりとは、龍とは名ばかりの少女でしたか。傷付けるのは忍びないので下がっていたらいかがでしょう?」

「……今度はヘイを護りきる!」

「挑発に乗るなイン、頼りにしている」


 ふむ、無表情の割に激情家だと思って判断力の低下を狙ってみたが、ヘイの言葉で落ち着きを取り戻す。強い信頼で結ばれているらしいな、こいつまさか……いや、さすがに失礼か。単純に人望があるのだろう。

 あと、見た目はどうあれ『今度は』という言葉から察するに十年前の龍もインだったのだろう。

 いよいよ出し惜しみはしないつもりなのか、インが影に潜り、ヘイが再び接近してくる。

 腹部を狙う掌底(しょうてい)を細剣の護拳(ごけん)で弾く。こちらの死角になる影から腕を狙って爪を振るうインに肩をぶつけて押し返し、(すね)に放たれた踏みつけるような蹴撃(しゅうげき)は細剣を()えるようにして骨を折られぬように(かば)う。

 金属同士と、(かす)かに肉を撃つ音は鈍い。内出血くらいはしたであろう痛みに神力を流しつつ、衝撃を利用して距離を取りながらヘイの首を()き切る軌道に細剣を振るうがインの爪が許さない。


「さて、困りましたね。あまり神力を無駄使いすると信者の皆様に申し訳ないです」

「ふんっ、ならば武器を捨てろ。このままなら負けると気付いているのだろう聖女よ」


 降伏勧告(こうふくかんこく)をしながらも飛び蹴りを放つヘイ。その隙を埋めるようにタイミングを計って影から出入りし爪を振るうイン。

 恐ろしい速度と威力の飛び蹴りは回避したが、暴風のような爪が(かす)りバランスを崩した。そこにヘイの(ひじ)が突き出され、()らし切れずに護拳で受け止めるが衝撃を流し切れずに手が(しび)れる。

 後ろに回ったインの爪が背中を切りつけるのを左手でナイフを(にぎ)迎撃(げいげき)するが、細剣と違って普通の品なので龍の馬鹿力を受け流し切れず刃が折れて、背中まで爪が達して薄く切り裂かれる。


「――っ痛ぅ」


 痛みを(こら)えながらヘイの腕を取って投げ転がし、そこにナイフを投擲(とうてき)しながらインの爪による連撃を転がるようにして回避。

 ヘイが体勢を立て直しながら、投げつけてやったナイフを(つか)み取り投げ返してくる。インが側面からさらに爪を振り下ろす。


「ツバキ!」

「まったく、なんでこちらに加勢に来てしまいますかねソラさんは。向こうだって予断(よだん)を許さない切迫(せっぱく)ぶりでしょうに」


 俺は飛んできたナイフを(つま)むように受け止めて、インの爪をがっちりと中型盾で受け止めたソラに苦笑しながら背中を預ける。

 さて、どうしたものかな。

 ちらりと見える仲間たちの周囲は、まだ十匹以上のワイバーンが暴れていた。

いつもより長めなのですがまだ戦闘は続きます。難しくて頭抱えて書きつつも楽しいですね。高まれ私の中二力!

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