十二魔将――『龍使い』ヘイ・ワンロン
ここから数回は戦闘で潰れそうな気がします。
「一撃か……。周囲も荒れていない。かなりの手練れだな。ふん、勇者か……?」
大量のワイバーンを引き連れた右腕がない壮年の男。威厳にあふれた顔立ちは周囲を威圧しながら観察している。綺麗に撫でつけた髪と見苦しさを感じさせない髭が上品な落ち着きを滲ませている。
夕刻の迫る山の中。俺はカーライルにハンドサインを出して送り出す。
『間違いない、龍使いだ。先に走ってソラたちへ報告を』
カーライルが頷き、そっと駆けだす。
男はその微かな音に反応して顔を上げる。
「誰かいるな。出てこい!」
まずいな、とりあえずは時間稼ぎか。というか、たった一人で十八もワイバーンを操ってるとか話が違うぞこら。
俺は実力を悟られないように頼りなげな足取りで歩み出る。
男の視線がこちらに向いたところで、フードを後ろに下ろして顔を見せながら困惑したように呟いてやる。
「これはいったい何が起こっているのですか……。ワイバーンが誰かに従うなどと、いえそれより何故、魔族が……? と、父さんをどこにやったのですか」
俺が言った父さんというのは、狩人がこいつと接触したかどうかの確認だ。魔族を見慣れている一般人は多くないが、魔術の才が無くても魔族の纏う独特の魔力は人族になら本能で分かる。
それ以外での見た目の差異は、せいぜい人族より細身だったり色白だったりする者が多い程度で明確な違いはない。
だが、人族と魔族における魔力の波長の違いは、向こうからも歴然なのだろう。男は目を細めてこちらを品定めするように見た後、ゆっくりと周囲の気配を探りながら近づいてくる。
「なるほどな……おいそこの娘。お前の父は無事だがあと数日は山から下ろしてやることは出来ん。戦えぬ民まで殺すのは我らが魔王さまも望まぬゆえな。お前も我らが作戦の終わりまで拘束させてもらうぞ……」
「い、嫌! どこへ連れて行く気ですか!?」
俺は男の言葉に内心で首を傾げながらも、情報を聞き出すためにあと一押しする。
「安心せよ。この先の洞窟は騒がねば安心だ。お前の父が言うのだから間違いあるまい?」
男が俺の間合いに入り手を伸ばす。
どうやら嘘は言っていないように感じられる。どうやら魔王に忠誠を誓っている武人気質の魔将らしいな。
しかも、魔王は無辜の民を害する気がないと? 前代の魔王と違って、ちゃんと征服後に管理する頭があるらしい。これは手強いな。
俺は相手からは見えない位置に提げていた細剣を抜き打ち、足の腱を素早く断ち切ろうとする。
「っうぬぅ!? 娘! 貴様は勇者か」
「違います。勇者ソラ・ディオールの仲間、聖女ツバキ」
油断していてもさすが魔将。首を掻ききるなら間に合ったかもしれないが、足を狙った斬撃は回避されてしまった。
懐から抜いたナイフを左手に、右手の細剣と連携させて追い立てる。男はそれを器用に片手の手甲と脛を覆う具足で捌き、飛びずさる。
上空のワイバーンたちが金切り声を上げてこちらを威嚇し、地上に降り立っていた二匹の内の片方が、尻尾をこちらと男の間に叩きつける。
「ディオール! 予感はしていたが忌々しいディオールの勇者に後継ぎが残っていたか! おまけに聖女だと? 貴様を連れて帰れば魔王さまは喜ばれるな。勇者は殺す、貴様は逃がさん」
「――っ! 十年前とは比べ物にならないレベルまで練り上げていますね、ヘイ・ワンロン! なぜ魔王が私を狙うのですか」
片方のワイバーンが灼熱のブレスを吐き出す。俺は大きく迂回して絡みつこうとする炎を避ける。そのまま男――ヘイに迫るが、やはりもう一匹のワイバーンに阻まれる。
やはりブレスを吐いているときの動きはあまり機敏でない。意識が集中してるのか、呼吸の都合で動き回るのが辛いのか。
「貴様、なぜ俺の名を、技を知る。どうやら逃がせない理由が増えたようだな」
「大人しく捕まると思いますか!」
さっきの口ぶりからするに、まだ向こうの作戦の機は熟していない。だがワイバーンを戦線に特攻させられるだけでも死傷者数は確実に跳ね上がる。
俺たちさえ逃げ延びて武王に伝えれば戦での負けは無いが、こいつを逃せば俺にとっては負けだ。
巨体を素早く動かし俺の妨害に入ったワイバーンを踏み台として駆け上る。それと同時にブレスを吐き出していたもう一匹の目にナイフを擲つ。
そして痛みに体を仰け反らせブレスが止んだところで、踏み台が俺を振り落とそうと暴れる力も活用して五メートル以上も飛び上がる。
全体重を乗せた蹴りで、刺さったナイフを蹴り入れる。足裏から嫌な感触と共に奥へ入り込むのを確認。
ローブの袖から鉤縄を投げて近くの木に引っ掛ける。
時間稼ぎは十分だろう。そして、俺を逃がす理由も奴にはあるまい。
俺はソラたちの方へ向けて走り出す。
「まるで化け物だな。あの時の傭兵――鬼神のような……チッ、まだ決行まで数日はある。ワイバーンの補充はギリギリ間に合う。全力で仕留めるしかないな」
遮蔽として使える土壁が乱立し、程よく上空からの視界を防げそうな木々の下、勇者さま御一行は準備万端で待ち構えていた。
「ツバキ! 状況は!?」
「あと十七匹、すぐに追いかけてくるぞ。作戦通りに頼む。それから魔将は俺が抑える、お前らじゃあまだ無理だ」
「……来たぞ!」
カーライルが俺の背後を見て叫ぶ! 身体強化魔術を使ったのであろう驚異的な動きで俺の方に迫るヘイ。
頭上からは耳障りな鳴き声。
「いこうみんな!」
「応ッ!」
「まかせろ」
「……ああ」
「お気をつけて」
俺はすぐさま反転してナイフを投擲。ヘイは速度を緩める事すらなく捌いてみせる。俺たちの方へワイバーン数匹がその巨体を降らせてくる。
さすがに山火事を起こせば目立ちすぎるからか、数に任せてブレスですべてを焼き払うのは避けたようだ。それでもへし折れた木々やワイバーンにぶち当たれば、それだけで人間など骨がバラバラになってしまうだろう。
さっきの感触ではあの四人なら死にはしまい。俺はヘイに意識を集中することにした。
「逃げるのは終わりか聖女! 勇者の元まで案内してくれて手間が省けたな」
「私たちを甘く見ないことですね龍使い殿。貴方を足止めしている間にソラさんたちはワイバーンを倒してくれます」
「なるほど確かに勇者はまだ若いとはいえそれだけの力はありそうだな、しかし! 貴様に俺は止められん」
すさまじい震脚で瞬時にこちらまでの数メートルを詰める。
片腕を失っているとは思えないバランスの良い動きだな。この十年の間に魔術も体術も磨き続けてきたのだろう。
力も、速さも、武技も俺より上だ。だが、負けてやる義理はない!
視認すら難しい速度で繰り出される、こめかみを狙った二連回し蹴り。避けきれないのを瞬時に見て取ってこちらから踏み込むことで威力を抑える。
威力のもっとも弱い点、それが俺には何となくわかる。蹴り足の付け根に体を押されるが、俺は脱力してそのまま体を投げ出す。
ヘイの浮かべる驚愕の表情。当然だろう、これくらいのレベルに技術だけでたどり着くには数十年はかかると父も言っていた。
俺はそのまま威力を殺すために地面を転がりながら、虚実入り乱れたナイフと細剣の三連撃を相手の軸足に向かって打ち込む。
こちらの思いがけない動きに動揺したのか、その内の一発が足首に食い込み――否、刺さりきる前に足元の影が跳ね上がり攻撃を阻む。
「――っ!?」
「……させない」
ヘイの影から現れた表情の薄い女性が呟く。その長い髪と吸い込まれるような瞳は漆黒で、場違いな黒のドレスは塗り固めた闇のように滑らか。そしてその手は鋭い爪を持ち、背中には蝙蝠のような翼を生やした異形。
「まさかインに頼ることになるとはな……」
「人のような姿を取る異形……龍ですか」
影から現れこちらの攻撃を防いだ美しい異形。
それは、世界で百もいないとされる魔獣の王――龍だった。
ちなみに今更ですが、キャラの名前は気分やイメージでテキトーに付けています。ソラ=空 グレン=紅蓮 ヘイ=黒 イン=影 など普通に日本語や中国語が混ざっていたりする不思議ネーム世界です。
家名があるのは貴族や王族などの立場がある人だけで、平民はたいてい名前だけの予定です。