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ワイバーンという魔獣

 ザガッタ村から馬を走らせて北東に二日、武王国の首都からならば西に三日程度。それがここ、飛竜の霊峰(れいほう)だ。

 少年は両親と三人で霊峰の(ふもと)に住んでおり、代々この山を守って暮らすことが許された狩人の家系らしい。

 霊峰では特殊な地脈が植物や動物に影響を与えており、高価な薬の素材として取引されている。なるほど聞いてみればセルキア連合国から輸入してる中で特に高いと思っていた材料は、ここで採取されているらしい。

 少年と母親から簡単に霊峰の事を聞いた後、俺たちは馬を預けて強行軍(きょうこうぐん)だがそのまま山に入ることにした。病弱な母、無鉄砲な息子、優秀な父。嫌な既視感(きしかん)だ。

 山という場所は何の(そな)えも無く長くいられる環境ではない。探し人が無事な可能性は低いだろう。だが、だからこそ急ぐ。


「ワイバーンは体長五メートルほど、頑強な(うろこ)の皮膚に板金鎧を噛み砕く牙、口からは火を吐き大きな翼で空を飛ぶ。力も強く過去の事例では馬を持ち上げたまま飛び去ったと言う話も聞く」

「まさに化け物だな。それで、弱点は有るのか?」


 山道を登りながらグレンの講釈(こうしゃく)に耳を傾ける。木々は高く鬱蒼(うっそう)(しげ)っていて、太陽の光があまり差し込まないせいか肌寒い。麓でこれなのだから上へ行けばなおのことだろう。

 全員、話を聞きながらも周囲に気を配っている。時折(ときおり)遠くから聞こえる耳障(みみざわ)りな鳴き声はワイバーンのものだろうか。


「弱点は特に伝わっていない。そもそも希少だし一匹を討伐するのに専用の準備を整えた人間が十人以上で倒す危険な魔獣だ。僕としてはこの機会に研究でもしたいところだが、正直言って戦うのは避けたいね」


 緊張をほぐすためなのか冗談めかして言うが、顔が引きつってては決まらないぞグレン。


「もしもそれらの情報が本当なら、戦場のど真ん中に数匹でも乱入すれば大混乱だろうね。五匹もいれば手薄になった武王を暗殺することも可能かな……城壁が役に立たない相手なんて悪夢でしかないよ」


 ソラもぞっとしない想像を口に出してしまう。

 まあ、それを防ぐためにここにいるんだ、確証は無いが予感は強まっていく。


「それで、普通の魔獣使いなら何匹同時に従えれそうなんだ?」


 グレンは少し考え込んで答える。


「普通なら儀式魔法で時間をかけて契約してもひとり一匹が限界だと思うな。いくら魔族が魔術の扱いに長けていても二匹。ただ、魔将というのがどれほどのものかはあまり伝わってこないんだよな」

「まあ魔将はただの役職で、信仰されたりしないから噂や実力も秘匿(ひとく)されてたり曖昧(あいまい)だったりするからな」


 となると、魔将とその部下が数人でワイバーンを使役。武王を殺害して、士気の下がったところに賢王国側の戦線を襲撃しようというあたりか。

 魔獣との契約は相手の強さによって儀式に時間がかかるので、すぐに乗り換えることは出来ないだろうから翼を傷つけるだけでも大きいかもしれないな。


「ワイバーンは走りは速いのか?」

「……? いや、足は丈夫だが退化して歩行には向いていないらしい」

「なら、最悪の場合はワイバーンの翼を集中的に狙って、飛べなくしてやろう」

「なるほど、それは悪くなさそうだね」


 俺の提案に同意するソラ。ディランも大きく(うなず)いて戦斧を叩く。


「じゃあオレが叩き落してやるぜ!」

「グレンとソラは上空から火炎を吐かれた時に魔法でカーライルとディランのフォローを。俺は割りと何とかなるので気にしなくていい。あとは頑丈だっていうワイバーンにどの程度の攻撃なら通るかだな」


 俺が呟くと、グレンが少し渋い顔をして言う。


「ああ、おそらく遠距離の攻撃魔法では威力が足りなくて翼に穴があけられるかは難しいあたりだな。僕らはフォローに回るから、急降下してきた時や木の高さくらいになった時を狙って、ソラの剣とディランの斧で強引に切り裂く作戦がいいかと思う」


 タイミングがシビアそうだな。せめてもの救いは、上空からのブレスだけではこの木々に(さえぎ)られ下にいる人間を見失うだろうから、高度を落とすことが約束されているであろう事ぐらいか。


「……力押しだが仕方ないな。二人とも、高く飛び上がるときは声を掛けろ。踏み台になってやる」


 カーライルが両手を組んで中腰の姿勢を見せる。なるほど、あれを踏み台に全力で投げ上げてもらいながらジャンプすれば、俺たちの身体能力が有れば三メートルくらいは楽に跳躍できそうだ。

 そうやってある程度の作戦がまとまり、それ以降は黙々と獣道(けものみち)を進んでいるとついに頭上を飛び交う影。

 力強い翼の音と、金属を(きし)ませるような不愉快な鳴き声。俺たちはワイバーンに見つからないよう慎重に歩を進める。

 ワイバーンが寝床にしている洞窟があって、どうやら狩人の男はそこに向かったらしい。そんな場所まで近付いて平気なのか聞いたところ、大きな音を立てずにゆっくり動くと何故か襲われないとのこと。

 もしかしたら見た目に反して本来は温厚な魔獣なのかもしれない。

 それから一時間。そろそろ洞窟が見えてきてもよさそうなのだがと考えていたところで、木々の間を飛び降りてくる巨体。枝が大量に折れ飛び、灰色がかった鱗の壁が道を(ふさ)ぐ。

 思わず驚きの声を上げそうになるグレンをカーライルが口を塞いで黙らせる。

 周囲を睥睨(へいげい)するワイバーン。俺たちは息を潜めて、そろりと横を抜けようと歩く。

 しかし、その目が俺たちを明確に追いかけ、開いた口の中から赤い()らめきが顔を見せる。


「わ、私、勇者ソラの名において願う。風よ見えざる壁で守りたまえ!」


 咄嗟(とっさ)にソラが唱えた直後、ワイバーンの口から吐き出された灼熱の奔流(ほんりゅう)

 猛烈(もうれつ)な勢いで吹き付ける火炎を風壁が散らすが、いくらかはこちらまで突き抜けて肌を焼く。熱された空気が皆の肺に痛みを与える。

 俺はワイバーンがブレスを吐ききる前に風壁を突破して瞬時に距離を詰める。完全に予想外の戦闘開始だったが、状況はむしろ有利。

 なにせ面倒な空ではなく地面に立ち、顔をこちらに突き出している。頭の位置は地上から二メートル程度。

 俺はわが身が焼けるのも(いと)わず飛び上がり、細剣を眼球に突き刺してやる。そしてそのまま脳があるであろう目の奥をかき回して、それで終わりだ。

 力を失い崩れ落ちるワイバーンから素早く距離を取り、炎から顔を(かば)うために使ったせいで炭化してしまった左腕に神力を注ぐ。

 轟音(ごうおん)と共に地に()したワイバーン。潰されたらタダじゃすまないな。

 冷静に考えながら燃え上がる白ローブの半身を地面に押し付けて転がって消火すると、焼け落ちた部分とケロイド状の肌に神力を流して元通り。

 息を吐き出すと我慢していた痛みが急激に脂汗となって噴き出すが、あまり悠長にはしていられない。


「なにやってんだよアニキ!」

「ツバキ、なんて無茶を!?」


 ソラたちが叫び駆け寄ってくるが、俺はそれ以上の言葉を制止するため(かぶり)を振る。グレンは気付いてるみたいで俺に(うなず)く。


「まずいことになった。今のは使役されてる魔獣だ。僕たちの予想はあたり、そして次の一手がこっちに向かっているはずだ、一度この場から離れよう」


 不自然な魔力が糸のように魔獣から伸びていた。あれが契約者とのつながりなのだろう。となれば、ワイバーンが普通と違う反応で攻撃してきたのは指示が出たからだ。

 さてどうするべきか。

 意外にもグレンが素早く頭の中で計算を済ませて口を開く。


「僕は向こうの奥、百メートルぐらい先に魔法で土壁を立てて戦闘しやすい空間を作っておくから、ツバキとカーライルはこの近くで気配を消して敵の戦力偵察と誘導を。ソラとディランはこっちを手伝ってくれ!」

「わかった! 一気に倒すんだね」

「うっしゃやるぜ!」

「……任せろ」

「わかったよ軍師殿(グレン)。みんな怪我してもいいけど心臓と頭は守れよ。治癒が間に合わなくなるからな」


 三人が走り去るのを待たずに、カーライルと二方向に分かれ木の上や草陰に潜む。

 そして数分後。ワイバーンの死骸(しがい)の元にやってきたのは、十八匹のワイバーンとそれを従える一人(・・ )の魔族だった。

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