個別面談 (5)
休日だったので勢いに乗って連投。ニッチな内容にめげずお付き合いくださる読者様に改めて感謝を。評価やコメントがとても励みになっております。
「なあアニキ、昨日アリスと会ったろう」
「断定口調だな」
半歩右に体をずらすと鋭く風を斬る音。
ディランの振り下ろす戦斧が地面を抉り、弾けた土くれはさらに蹴り上げられて俺の目へと向かって飛び込んでくる。
直接こちらを蹴るのではなく、あえて目つぶしを狙うことでテンポをずらし対処も難しくなっている。しかも足にこちらの反撃が当たらないよう、斧で上手く庇っている。悪くないな。
重量のある戦斧で小回りの利く細剣を相手取るなら、この手の小技は手数を増やす重要な手段だ。
俺は左手で地面に刺さったままの戦斧を掴み目を瞑る。顔に当たる土をそのままに、斧の柄に寄り添うように距離を詰める。
密着するような距離では小柄な方が有利だ。ディランもそれが分かっているので咄嗟に制限される打撃攻撃ではなく、掴みかかるという選択をした。
手から伝わる振動や耳に入る衣擦れと息遣いで動きを察して、そのまま左腕を掴ませる。そして重心をずらして体重をかけてやることでディランの軸を揺らす。
ディランが揺さぶりに対して反射的に入れてしまう力と同じ向きへ細剣の腹で足を叩き払う。
大した力を込める必要はないが、タイミングだけは完璧だ。効果覿面、目を開いた俺の前でディランがすっ転び地面に尻餅をつく。
「――っぐ、口の端に血がついてた……ぜ!」
こちらも強引に引き込んで倒そうとしてくるが、力だけでは簡単に振り払えてしまうぞディラン。
掴まれていた腕を放させて自由になったところで、細剣を振るって頭を叩いてやろうとするが、ディランは仰け反り倒れて回避する。
「ああ、なるほどな」
その勢いのままに蹴り上げられた足を避けて、ディランが後転しながら起き上ろうとする背中に目掛けて容赦なく石礫をくれてやるが、籠手で器用に弾かれる。
どうにか立ち上がって身構えたところに、俺は細剣で斬撃と刺突を丁寧に織り交ぜた攻勢でディランを追い詰めてやる。
昨日の雨で湿った土はまだ足場として不安定で、頼みの戦斧が手元にないとあっては防ぎきれるものではない。
それでも防具で器用に攻撃をある程度いなして、どうにか落ちている戦斧へ回り込もうとする。
だがそちらに注意が行っていたせいで、俺の蹴り上げた土を顔に食らってしまいチェックメイト。
かなり腕を上げたよなこいつ、俺の七年前はもう少し弱かった気もする。まあ技量がまだまだ低いが、それを覆せる身体能力があるのは強みだ。
そう評価してポケットからハンカチを出す。近くに置いていた水袋の中身でハンカチを濡らして、顔の泥汚れを拭う。
ディランも服に付いた泥を払ってから、タオルで乱暴に汗と顔の泥を払い落とす。
今日は快晴の空で太陽もサボらずに仕事をしている。動き回れば少し暑いくらいだな。
腰に手を当てて水を飲むディランの姿を微笑ましく見ながら、聞いてみる。
「やっぱりまだアリスのことが苦手か?」
「アリスが可哀そうなのは分かってるさ、でもアニキにあんなこと。許せるわけないだろ」
「俺を慕ってくれてるのは嬉しいけどな、あれはアリスだって望んでいないことだ。優しくしてやってくれよ……頼む」
本当は女相手に大人げない態度をするなと頭を叩いてやりたいのだが、どうにも俺は身内に甘いらしい。
「アニキが傷付くくらいなら、オレが身代わりになるからってのはダメか? オレの方が体力はあるんだし」
「泣いてる女の子ひとり抱きしめるのに、他人の体を使う野郎がいるかよ。俺の身代わりになんて大口を叩くのは俺から一本取ってからにしとけ」
「ちぇっ、オレはもう一人前の男なんだって分かってないだろアニキは」
「わかってるよ」
拗ねたディランの頭を背伸びして撫でてやる。余計にむっとするのを見て笑ってしまう。
だけど、改めて真剣な表情を作ってちゃんと目を合わせる。
「俺も十五の時には立派な大人だった。だがそれでも父さんを守れはしなかった。あの頃とは違うんだと背伸びしているのは俺の方かもしれないな。だが、男には意地があるんだ。せめてお前が俺から離れるまでは守らせてくれよ。アリスの事もそうだ。俺のワガママに付き合ってくれるお前はちゃんと大人になったよ」
「アニキ……」
ディランが視線を彷徨わせる。
俺もちょっと照れくさくて一歩離れて顔を背けてから釘を刺す。
「で、でもな、お前が俺から離れても、爺さんになっても、俺の弟なんだからいつでも頼るんだぞ」
「お、おう……」
「しかし……驚くほど食べるねディランは」
夜、皆で硬いパンをシチューに浸けながら食べていると、ソラが感心したように声を上げる。
ディランはおかわりをよそいながら当然といった様子で笑う。
「育ち盛りだからな。むしろ勇者さまの方が食わな過ぎなんだよ。それしか食わないでよくあんな馬鹿力が出るな。ほらもうちょい食えって」
いや、一番の馬鹿力はお前だと思うぞディラン。ソラと鍔競り合いで拮抗してたからのセリフなんだろうが、あれは強化魔法使ってた上でだからな。
ソラも俺と同じ意見らしく苦笑していた。
ディランはそんなソラの器にもシチューのおかわりを入れてから腰を下ろす。
ふわりと漂う食事の空気。仲間と飯を囲むのは昔を思い出すな。
「ディランも少しはソラと打ち解けたみたいで安心したぞ。昔から変なところで人見知りだからなぁ……」
「なっ!? 別にそんなんじゃねーよ恥ずかしいこと言うなよアニキ!」
「あー悪い悪い。ともあれ、今のペースでいけば明日の昼には国境近くのザガッタ村だろ。セルキア連合国に入ってからは魔族の襲撃もあり得る。勇者に対する奇襲や暗殺は基本だし、実戦前に仲間とは信頼関係を築いておくべきだと思ってたのさ」
そのために毎晩の見張りで組み合わせ変えて、二人一組でしっかり話す時間を取った。いざという時に連携に響くからな。
「まあたしかに、僕としても二人の人柄が少しは分かったし頼りになるぐらい強い事も理解できた。改めてよろしく頼むツバキ、ディラン」
グレンがちょっと照れくさそうに言う。
カーライルも静かに頷いて、よろしくと頭を下げる。
ソラも柔らかく笑みを浮かべてディランに握手を求める。
「よろしく頼むよディラン。私たちではまだツバキほどの動きはできないけれど、互いに背中を預けられたらと思う」
「仕方ねぇな、まあよろしく頼むぜソラ。あ、でもアニキをエロい目で見てたらまた蹴りを入れるからな」
「なななな、何をバカな! あれは違うと言ったじゃないか」
握手しながらバカな事を言ってるな。というか、昨日なんかじゃれてると思ったらそんな事を言ってたのか。
「あー、まあどうしても俺の体が気になっちまうのは同じ男としてわかるが、たぶんそういうつもりで触れられたらゲロっちまうからやめてくれな」
「あ……悪いアニキ」
「そこでお前が謝ると変な誤解を受けるからなディラン」
まあ、誤解ではないけど。一応こう言っておく。
ディランのせいでトラウマになったんだろうしな。まあ、あの頃は俺も自覚が足りなかったからな、俺の責任でもある。
「え、ではいったいディランが謝ったのは……?」
「ん、アレだろ。うっかり俺の着替え見て前かがみになっt――」
「――わー! アニキ! ストップ! もうやめてくれ」
からかい甲斐のある弟だこと。
そう思って一同を見回すと、表情の薄いカーライルが珍しく微笑していて、グレンとソラがやや顔を赤らめて俺から目を逸らしていた。
え、なにその反応。
昨日の雨上がり後にした着替えはちょっと見られてたような気もするが、まさかそこの二人はディランの言うとおり凝視してたのかもしれない。
もうちょっと警戒レベル上げよう。俺は綺麗な星空を見上げて深々とため息を吐いた。