聖女の始まり
俺が聖人として祀り上げられたのは十七歳の頃だったろうか。
それ以前から助けた人たちに敬われてはいたが、半神化して神力を纏い始めたのはそれくらいの時期だと思う。
俺の父はちょっと名の知れた傭兵団の団長で、母は普通の村娘だった。
常に戦場を駆ける根無し草の父と平凡な母が恋をしたのは、互いに無いものを求める当たり前の事だったのかもしれない。
父は年内のほとんどを仕事に費やし、あちこちの戦場を走り回っては金を稼いだ。それでも必ず母の好きな椿が庭を埋める季節には帰ってきて、ひと月の間だけ寄り添って暮らした。
そんな幸せな生活が三年続いた後に俺が生まれた。俺のツバキという名前は『男の子なのに』と心配する母の心配も押し切って父が付けたらしい。
なんでも、『最愛の女が大切に育ててくれる俺たちの宝物……ツバキだろう!』との事。
それからの四年が人生の絶頂期だったと、俺の父は語って聞かせてくれた。そう、母が流行り病で死ぬまでの四年だ。
幼かった俺にもその悲しみは重く圧し掛かったようで、当時は俺を戦場に連れて行くわけにもいかず母の実家に預けようとした父の手に噛み付いて、父から離れまいとしたらしい。
結局、俺の意地に根負けした父は傭兵団の輜重隊に頭を下げて、俺の世話を頼んだらしい。
それ以降、父の戦う背中を見続けて育った俺は当然のように傭兵として生きるための訓練を続けて、十二歳の頃には戦場を駆ける兵のひとりとして数えられるようになった。
母に似て体格には恵まれなかったため、父のような力強い戦い方は出来なかったが、昔から何となく人の弱い部分を突くのが得意だったため細剣の技を磨き続けた。
結果として小柄さを活かした斥候としての立ち回りを学び、十五歳にして斥候部隊の隊長を任されるほどに成長した。
部下からの信頼も厚く判断力や武技は国内で十指に入ると言われる父、それを支え共に戦場を駆ける自分。誇らしくあり、それがきっとずっと続くのだと思っていた。
しかし、その年の春。年に一ヶ月の傭兵団の休暇。
俺と父は例年通りに椿の咲き乱れる我が家へ帰省し、母方の祖父母に挨拶をしてから家族の時間を過ごしていた。
母が死んでしまっても、ここが俺たちの帰ってくる場所だった。
そして、父が倒れたのだ。
村の医者にも分からぬ奇病、司祭様の神聖術も病は癒せず、街から高名な医者を引っ張って来たときには父は冷たくなっていた。
あれほど強かった父があっさりとこの世を去り、俺はただ呆然とすることしかできなかった。
傭兵団には父が亡くなる直前に手紙を送っていたらしく、跡を継いだ副団長が俺を心配して訪ねてきてくれた。
父をよりどころに母の死から逃げていた俺は、その支えを失って糸の切れた人形のようになっていたため、副団長と何を話したのかすら記憶に残っていなかった。
気が付けば、傭兵団で弟分だった孤児のディランが俺と一緒に暮らしていて、季節は一巡りしてまた椿の花が庭に咲いていた。
俺がまともな反応を返すようになってディランと祖父母はとても喜んでくれて、心の傷は少しずつ癒えていくのだと思われた。
だけど、現実はもっとずっと非情だった。
両親の死を受け入れようともがく俺を嘲笑うように、村を疫病が襲った。最初の犠牲者は村の医者で、老いが祟ったのか真っ先に病床に臥せってしまった。
すぐさま街へ使いが出され、医者を連れてこようとしたのだが、この疫病は近隣の村々で広く蔓延していたため領主は該当する村落との街道を封鎖、治療法の確立まで通行は禁じられた。
あっという間に村中の人々に広がった病は、年寄りや子どもといった体力のない者へ容赦なく牙をむいた。つまり、俺の近くでは祖父母やディランだった。
俺は気が狂ったように村医者の家へ駆けこみ、まだ無事だった若い助手――メアリーと死に物狂いで病気の治療法を探し始めた。
そして村中の病人を見て回って、俺は気付いた。何となくわかるのだ。この病気がどこを弱らせているのか。
肺を弱らせる事と、魔力の循環を乱す事が共通の初期症状で、それ以降の目に見える症状はすべてそこから派生するのだと気が付いた。
俺とメアリーは肺や魔力循環に作用する薬草を片っ端から試していき、奇跡的に治療法を確立していった。
その後、俺は近隣の村に呼びかけて治療法を広め、寝る間も惜しんで治療を手伝って歩いた。自分でもおかしいと思うが、人が死ぬことに対してトラウマのようなものが出来ていたのだ。
もちろん領主へも治療法を書き綴った手紙を送ったのだが、手紙を持った使いは街道警備の騎士に拘束され、検問破りの疑いを晴らすのに手間取って手紙が届くのに二週間も掛かってしまった。
結果として、俺は一週間もほとんど眠らず村を巡った。そして帰ってきたらまだ手紙を届けに行った若者が戻ってきていないと聞いて、そのまま街まですっ飛んで行った。
面倒な検問を突破し、街に着いた俺の前にはまだ目立つ症状こそ出ていないが微かに魔力循環に異常をきたし、肺も弱り始めている人々。
睡眠不足で判断力の低下していた俺はパニックになって領主の城館まで乗り込み、領主の首根っこ引っ掴んで疫病の治療法を説いたあげく、包囲する騎士を突破して街中の医者に注意喚起して回った。
そして最初の手紙が領主に届く頃には街中で疫病がすっかり表面化していた。
俺はその後も追っ手を振り払いながら医者の足りない区域を奔走して、倒れるまで治療し続けた。
次に目が覚めた時には、倒れてから三日も経っていて領主の城館に居た。
頭がすっきりして考えると色々とやらかしてしまっていたのは確実で、俺は逃げもせず神妙な顔をしながら領主に言った。
『処刑した後はどうか実家の墓に埋めて下さい。どうかお願いいたします』
すると、領主は笑って許してくれた。
どうやら努力の甲斐あって疫病の被害は最小限で済みそうなこと。
俺を騎士団が保護しようとしたとき多くの民衆が庇ってくれたこと。
そういった事情を加味して、不敬やら検問破りの咎は不問とされたらしい。
これが俺の聖人としての一歩目だった。
それからの俺は持って生まれた『弱っている部分を見極める感覚』を役立てて、二度と身近な人たちを失わないようにと医学の勉強に精を出した。
家を増築して診療所を作り、沢山の人を診続けた。
たった一年ばかりで診た人間の数は千を超え、合間に人の命に係わりそうな近隣の魔獣の討伐や盗賊団の捕縛なども積極的に行った。
そこで得たものを活動資金に半ば無償で人を助け続けた。
十七歳の春、その頃には最初の疫病騒ぎの評判と相まって、国中に俺の噂が広まっていた。曰く、ティエルの村にあらゆる病や傷を癒す聖人が居る、と。
古い言い伝えでは、この世の神々は人間だったらしい。そして、人間が数えきれないほどの人々から敬われ信仰されることによって神力を得て神になったのだという。
俺はどうやらその頃から神様の領域に片足を突っ込んでいたらしい。なにせ魔法の才能がなかったのに何となく魔力と神力をぼんやりと感じられるようになり、神力を注げば簡単な傷病を癒すことができるようになっていたのだ。
当時はその異常さに全然気づかず、俺はトラウマに脅されるまま近隣の地域で人が死にそうな出来事を次々と解決していった。
病には薬を、暴力には傭兵時代に培った武技を、戦争や経済的な危機には知略を持って戦い続けた。
争いも病も撥ね退ける俺の姿は近隣諸国にまで瞬く間に広がり、現在――俺が二十二歳を迎えるこの春には、俺を信仰する聖女教団は五万人を超える信者を獲得していた。
そう、聖女教団。半神化した日から体の成長が止まった俺は、声変わりもまだ始まっていなかったことや小柄だったこと、そして母に似ている顔立ちのおかげで女と勘違いされることが多々あった。
そして、その勘違いは信者たちにも同様で、半神化した俺の肉体は信仰心で姿を決められていたらしく気づいたら胸が出て下のモノが無くなっていた。
俺の姿は十七歳の少女。常に人前では医療用の清潔で簡素な白いローブ。切る間も惜しみ紐で括っていた腰まで届く髪、もう軌道修正は不可能だろう。
どうしてこうなってしまったのか。少し両親に謝りたい気分だ。
読んでいただき、ありがとうございます。オリジナル作品や連載を書くのは初めてなので稚拙な部分も多いかと思いますがアドバイスや感想など頂けると嬉しいです。