小さな勇者
読切短編「小さな悪魔」の別バージョン。
希望を頂いたので、一応ハッピーエンドのつもりで書きました。
勇者視点。
今回も語り部口調なので苦手な方は注意。
ある日、ひとりの男の子が生まれました。男の子はこの世界を救った勇者の息子でした。兄が三人上におり、四番目の王子として、この世に生まれてきたのでした。
男の子は、兄達と話した事がありませんでした。難しい事情は幼い男の子には分かりませんでした。兄達にはそれぞれ別の母親がいました。
昔勇者と呼ばれた男は、体に深い呪いを抱えていました。それは年を重ねるごとに男の体を蝕んでいきました。男は自分の死期を悟り、四番目の王子を特に可愛がりました。
四番目の王子は兄達の住む城では無く、市井で生活をしていました。母親は初めから、自分の息子を王にしようと考えていませんでした。四番目の王子は、父親が昔勇者だったと言う事すら、三番目の兄が訪ねてくるまで知りませんでした。
昔勇者だった男は、魔王と戦った時に受けた呪いにより死にました。民は知らずともよい事なので、吟遊詩人も語りません。ただ、三番目の王子は、四番目の王子に父の事を語りました。四番目の王子は、話を聞いた後も王子として生きようとは思いませんでした。
ただ、父の守った世界を見るために、旅に出ようと思いました。
四番目の王子は、ただの少年の旅人になりました。
ある時、不思議な少女に出会います。仲間を失った悲しみに暮れる少女に、少年はひどく惹かれました。その悲しみの涙は美しく煌めいていました。
少年は不器用ながらも、少女を励まし、一緒に行かないかと誘いますが、断られてしまいます。ただ少女は、再び会えた時、仲間にして欲しいと言いました。
少年は、少女がなぜ共に行けないのか考えました。不思議な少女でした。もしかしたら、人間では無いのかもしれません。
話に聞いていた、悪魔ではないだろうか?
少年は思いました。
悪魔ならば、人間を誘惑し、騙し、襲ってくるはず。
もし少女が悪魔だと言うのなら、話とは違いすぎる。
考えても答えは出ませんでした。少女は、少年の心の奥深くに残りました。
*
そのまま少年は旅を続けました。色んな国を周り、仲間も出来ました。少年は青年になっていました。青年は才能もあったのでしょうが、努力を惜しみませんでした。いつしか、大変腕のたつ冒険者として有名になっていました。
ある街で出会った美しく女と恋に落ちました。夕方ベッドで寝ていると、美しい女が入って来ました。青年は寝たフリをして、女を驚かせようと思いました。すると、女はナイフで青年を刺そうとしました。
その女は、顔すら覚えていない二番目の王子、今は青年の生まれた国の王からの刺客でした。
青年は苦しみました。思い出すのは、昔会った少女の涙でした。
青年が有名になったのも、悪魔が活発に人間に悪さをするようになったからでした。
悪魔を倒し、人間を救うたび、少女の事を思い出しました。
いつか、再び会えるだろうか。
そう考えて過ごしている内、王が代替わりしたと風の噂で聞きました。青年は一度、国に帰ってみる事にしました。
*
国に帰ると、三番目の兄が迎えてくれました。王とその臣下に、自分は王になる気は全くないと表明し、忠誠を誓うと約束しました。王は勇者の血を継いだのはお前だろうと言いました。そして、青年に魔王を討伐するように命を下しました。
王は強力な魔術師をひとり、仲間に加える様言いました。魔術師は、遠く離れた場所からでも王と連絡が取れる魔術を使えました。
そして、父である勇者が使っていたと言う剣を勇者に授けました。この剣は、悪意を持つ者ならどんなに硬いものでも斬る事のできると言う、伝説の剣です。
青年は勇者となり、六人の仲間と共に、魔王討伐に向かいました。
旅は、これまでとは全く違う過酷なものになりました。魔王のいる城に向かう途中で、仲間は二人に減りました。
城に着くと、待ち構えていた悪魔を仲間に任せて勇者は先に進みました。これまで倒した二つ名持ちの悪魔は十一です。父の時、二つ名持ちの悪魔は十三でした。
だから、魔王はこの先にいる。
勇者は塔の最上階へ上り詰めました。
そこには少女がいました。あの頃と変わらない姿で、勇者の心を惑わせます。誘惑するなと言えば、これが本当の姿だと少女は言います。
あの時の美しい女は人間でしたが、悪魔と同じように青年を誘惑しました。
勇者は悪を斬る剣で少女を刺しました。
少女は崩れ落ちました。
勇者は膝をついて泣きました。
あの時の少女と同じ涙を流しました。
*
横たわる少女を抱えて塔を降りると、相討ちになった悪魔と仲間が勇者の目に映りました。勇者は、魔王は討伐したと王に伝える様、まだ息のある魔術師に言いました。魔術師は頷き、最後の力で使命を果たすと力尽きました。
勇者は剣を魔王の台座に刺し、少女を抱いて城の外に出ました。
それから、勇者の姿を見た者は誰もいません。
世界の隅で、ひっそりと暮らす夫婦がいました。
勇敢な父といつまでも美しい女の間に生まれた子供は、今日も元気に野を駆けていました。