chapter02 おどろかない少年と理不尽なもんだい
進み方が亀の歩みです。
■おどろかない少年と理不尽なもんだい
神糸遠離は、驚く、ということした事が無い。
いや、厳密には違う。
遠離としてはしっかり驚いているつもりなのだが、他人から観るととてもそうは見えない。幼少の時からそうで、大人がオバケの格好で出てきても喜び、親が失踪したと聞いても平然とし、頭上から植木鉢が落ちてくれば一歩下がって回避して、スリップした車が突っ込んでくれば人助けする余裕すらある。
そんな後に、「ビックリしたなぁ」などと呟いても誰も信じてくれないのも当然なのだ。
どんな状況でも“驚かない(驚いているようには見えない)”少年、神糸遠離はこの場においても驚いているようには見えなかった。
そう、退学が決定していた状況で校長室に呼び出され、
「神糸君。今朝の事故をテレビで見た市長からね、勇敢な少年を退学にするとは何事だって怒られてしまってね、市長の御威光で一カ月の停学ってことになったから、よろしくね」
などと、校長から言われた時でも。
(……殴っても良いかな? このおっさん)
俺は危険な事を考えながら、ずいぶんと眩しい校長の頭部に目をやった。
そこには真冬のさなかというのに薄ら汗が浮かび、さらに眩しさが増している。
「……つまり、学校の方針というのは市長の圧力でどうとでもなるって事ですか?」
物理的なものは止めて、言葉の暴力をふるってみる。
どうせ、こんなものではビクともしないだろうと思っていた。
しかし、校長の頭部からはダラダラと汗が流れる。
「君ね、何を言っているんだい? 圧力じゃなくて助言だよ、学校たるもの多くの人の意見を取り入れなくてどうするんだい?」
「ついさっき、市長の御威光って聞こえたのは気のせいですか?」
威光・・・人を従わせる力
そんな風に国語辞書にのっていたのも気のせいか?
目で訴えてみる。
自分の失言に気が付いた校長は、さらにダラダラと流れ始めた汗をノリがバッチリ効いた白いハンカチで拭っている。とはいえ、ノリが効きすぎたハンカチは汗を全く吸っていないので意味がない。
(もしかして、奥さんと上手くいっていないのか?)
と勘繰ってしまう光景だ。
校長は奥さんの無言の仕打ちには、気が付いていないようだ。
(熟年離婚のカウントダウンを見た気がするなぁ・・・と違う違う!)
と横道にそれがちな自分の思考を引きもどす。
「とはいえ、退学が取り消しになったのはありがたいです」
「うんうん。そうだろ!」
「親なしの俺には、抗議してくれるペアレントも居ませんから」
嬉しそうに一瞬ほころんだ校長の顔が引きつった。
モンスター化する保護者には、右へならえの校長である。
(俺に親がいないと知って、あっさり退学にしてくれたもんな~)
何を言われたかは分からないが、市長から電話があったその翌日、さっくりと俺の退学が決まった。 事情を知っていた担任もクラスメイトも抗議したが事態は変わらなかった。
市長を怒らせて、問題が発生することを恐れたのだ。
(事なかれ体制そのものが、更なる問題を大発生させている事にいつになったら気付くんだ大人は?)
溜め息を押さえこんで、俺はこういった。
「話はもうないみたいなんで、教室に戻ります。もう、午後の授業は始まっているんで」
昼飯食いっぱくれたな・・
そんな事を考えつつ、返事も待たず俺は校長室から出ようとする。
ちょうどドアノブに手をかけたとき、校長が声をかけてきた。
「ああ、ちょっと君!!」
「なにか?」
「今朝の人命救助の一件で来週の月曜、市長から表彰状がでるそうだよ。ちゃんと出てね」
扉を開けた俺はにっこりほほ笑んで
「嫌です」
と、言ってから廊下に一歩出た俺は扉をぴしゃりと閉めてやった。
扉の向こう側から怒りの声が聞えてきたが無視してやる。
「メンドくせ―ことになったな」
あてもなく廊下を歩きながらぼやく。
校長にはああ言ったが、教室に戻るつもりは無い。
ハズだったのだが・・・
「よう遠離! もといトラブル吸収機!」
「やかましい」
現れたクラスメイト隣道進の軽口を問答無用で黙らせる。
まぁ、黙る訳ないのでこっちから話しかける。
「勉強はどうした? 授業中だろ?」
「クラスメイト代表ってことで抜け出してきた。んで、どうだった?」
「停学一カ月にチェンジだ」
「そいつあよかった……。と素直に喜べね~話だな、180度転換して『退学取り消し』だったら、あっ晴とも言えたんだが」
「まったくだな。まぁ、長い冬休みだとも思ってノンビリ過ごすさ」
「折角なら、あの爺さんの所に行ってみたらどうだ? 後見人なんだろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・本気で言っているのかよ」
俺はたっぷり考えてから、隣道進に問いかけた。
余りにも恐ろしい提案だったからだ。
「面白い人じゃないか、怖いけど」
「怖いですむかよ。あの人に関わったら厄介事の絨毯爆撃を食らうことになるんだぞ、お前もその片鱗を垣間見たことがあっただろ!!」
「いや~~~アレは稀有な体験だったな。はっはっは・・はぁ」
重~い溜め息を吐く隣道。
なんか色々思い出したようだ。ついでに俺も思い出した。
「野球部はどうなった?」
元野球部員・隣道進は首を横に振る。
「お咎めは無かったんだがな……。春の出場は辞退することになった」
「それだと。俺の意味が無くなるだんがなぁ」
「遠離が庇ってなきゃ廃部になっていた。高校生が繁華街で暴れたなんて報道されちまったんだからな」
「野球部員は何もしていないだろ……」
俺が最初に退学を食らった原因それは暴力事件だった。
部活帰りに近道しようとした野球部員が駅近くの繁華街を通り、そこで運悪く市長の息子+取り巻き連中に絡まれてしまったのだ。
高校時代にマトモな青春を送れなかった市長の息子は、執拗に野球部員に因縁をつけ問題を起させようとした。
「通りかかった俺が、ついうっかり市長の息子をぶん殴っちまっただけなのにな」
「殴りかかった先輩を止めて、代わりに遠離が殴ったんだろ。そうでもなきゃ治まらなかった。あの野郎も調子に乗り過ぎた、マネージャーにまで手を出そうとしたんだから。俺もその場で退部してかケンカに参加したし」
俺が不利とみて、とっさに加勢してくれた律儀な友人である。
だがしかしその一件は、『野球部員大暴れ』などと偏見報道によって広まってしまったのだ。
そのため、最初に手を出した俺は退学。隣道は停学。市長の息子は被害者。という事になってしまい野球部は一時期廃部の危機にまでさらされた。
もっとも、後々目撃者が多数現れ、市長の息子の理不尽な行動の数々を訴えてくれたので野球部は救われ。市長の息子は内定していた就職先が御破算になったようだから、引き分けと言ったところだろう。
いや、停学一カ月にクラスチェンジしたのだから、判定差で俺らの勝ちか。
「それで進の方はどうするんだよ。お前も停学食らっているんだろ?」
「オレの方は一週間と短いからゲーム三昧でもしようかなと、お前もどうだ?」
「断る。ゲームってのは、やり始めると抜けるのに苦労するから」
「そうかよ・・・」
残念そうにいう隣道進。
俺はさらに誘われるのを避けるため、さっさと歩きだす。
「遠離どこに行くんだよ。教室はあっちだろ」
「ちょっと図書室で調べもの」
「そうかよ、じゃオレは担任にテキトーに言っておいてやるよ」
「ありがとよ」
俺は背中ごしに隣道にそう言って別れた。
これが友人との長い別れになるとも知らずに……。
「寒ぃ…」
人影もなく暖房も効いていない図書室で、俺は鞄の中からソレをそっとつまみ上げた。
(人形にしか見ないんだが)
今朝、事情聴取から解放され事故現場から立ち去ろうとした時、足の下に人形がある事に気が付いた。一瞬、助けた3歳の女の子の物か思い拾い上げてみて、すぐに違うと気が付いた。
大きさはリカちゃん人形より少々小ぶりなサイズ。
如何にもファンタジー映画に出て来るような格好をした金髪の男の子の人形――いやフィギュアと言った方がいいのかもしれない――は、どう考えても対象年齢が10歳以上になりそうな代物だった。
それもそのフィギュアは呼吸をしているのだ。
(生きてるのかこいつ?)
何となく人に見せてはいけないモノだと判断し、その場で思わず鞄に放り込んで学校まで持ってきてしまったのだ。
未だ目を覚まさず、ずっと寝ている。
(とりあえず、食い物でも与えてみるか)
そう考えて、非常食に持ち歩いているアンパンを千切って人形の口ものに持っていてみる。
すると、鼻をひくひくさせて、
「・・う」
人形がピクリと動き、目を開けた。
「うわ、なんだ?」
ジタバタ動きだす人形。
(そりゃこっちのセリフだ)
などと思いつつ、取り敢えず俺はこう言った。
「アンパン食うか?」
「あんぱん? 何だそれ、って変なモノ喰わそうとするなぁ!」
「変なモノとは失礼だな、日本に誇る菓子パンの定番だぞ……。いやまて、そういや欧米系の人には不人気だと聞いたことがあったな」
「何勝手に納得してんだよ! そもそもオイラを見た感想がそれかよ、ちょっとは驚け!!」
「じゃあ。 なんだーーこれはーーーいきてるのかーーー?」
「すっげー棒読み! それに“じゃあ”って何だよ、妖精族をなめんな!!」
「うるせーな。大人しくしろよ他の人間に見られたら大騒ぎになるだろ」
特に隣道進に見られようものなら尋常じゃない騒ぎになる。
あいつはどういうわけか驚いた時のリアクションが異常にデカイのだ。
(しっかし、妖精とはファンタジーだなぁ)
人形、もとい妖精?は声を出さぬよう口を押さえている。
そして、おそるおそる俺に聴いて来た。
「……じゃあなんでお前は騒がないんだよ。それに、オイラの事をどうするつもりなんだ」
「騒ぐほどの事じゃないし、見世物にするつもりもない。単に捨て猫とか放って置けないタチなだけだから。安心しろ」
妖精は、青い目をパチクリさせた。
「うわぁ、変な奴」
「失礼な」
「変な奴っていったら変だろ、妖精を見て“騒ぐほどの事じゃない”なんて!」
「だから、うるせーよ。とにかく後で山に放してやるから大人しく森に帰れ」
「んな?! オイラを田舎者扱いするなよ」
「何だよ、シティー派だとか抜かすのか?」
妖精は「ふん!」とばかりに胸をはり自慢げに言う
「オイラは<緑の原>にこの人ありと謳われる魔法使い様の従者だぞ! 兄さまは魔法使い様の守護やっているれっきとした騎士様だ、どうだスゴイだろ」
ファンタジー用語が咲き乱れてやがる。
理解不能な単語はさておき、セリフから考えて。
「ようするに、お前は下っ端なのか?」
『従者』というのは、どう考えても『魔法使い』や『騎士』よりは低い地位にいる。
「むぐ」
図星だったのか、妖精は押し黙った。
「……そ、そりゃ、オイラは下っ端だけど、」
つんつん、と両手の人差し指と付き合わせている。
リアルでは絶対視ないだろうと思っていだ動作を実践する妖精。どうにもファンタジーが過ぎる。
「オイラはオイラなりに頑張って、だからあの方も―――? アルレイシア様は?!」
「あるれ? 誰だそれ?」
「それに兄さまもいない。どこ行ったんだよ」
「だから知らねーよ。俺が見つけたときお前は雪の中に落っこちていたんだから、1人で」
「そんな……」
じわじわと妖精の青い目に涙があふれて来る。
「どうしようオイラ、異世界で迷子になっちゃった」
うわぁ~~~ん
異世界ってどういう事だ? という問いも出来ず、泣き出した妖精を必死でなだめる羽目に陥る俺。
(なんだよこれ、理不尽じゃね~か!!)
心の叫びは誰にも聞いてもらえなかった。
迷子の子猫ならぬ迷子妖精に翻弄されている遠離。はてさて