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……と、思ったものの。冷静になった俺は、一旦取りやめた。
「まずは島に行ってからだな。よくよく考えたら」
土地を確認もしていないのに自国宣言をしたら、もし土地がなかった場合、どう考えても間抜けな国王さまでしかない。
俺の独り言に苦笑いするのは、レノスだ。
「確かにおっしゃる通りです。俺も早合点しました」
ポンコツ主従だと、誰かに笑われそうな流れだったな。はは。
「あそこだよ!」
リスガが小舟から島を指差す。
海の上にぽつんとある小島。といっても、確かに小国として独立できそうなほどの領地面積はある。
俺は小舟の席に座ったまま、すぐに相槌を打った。
「そうか。あそこがリスガの故郷なんだな」
「うん!」
アルヴェルス王国を発ち、早一ヶ月。
あの村を出て、荒れ地の国カレシアを横切って、最果ての島へ向かっている。もう目と鼻の先だ。
輪郭が見え始めた島を前に、俺はふと思い出した。
「リスガ。ご両親のお墓は? 埋葬できたか?」
「え? うん、土に埋めたけど」
「……そうか。分かった。あとで火葬し直そう」
土葬では、衛生面のリスクがある。火葬が当たり前の国で育ったこともあって、俺は火葬を提案した。
リスガは不安そうな表情だ。
「燃やしちゃうの? みんなの死体」
「必要なことなんだ。何十年も土地を使えなくなってしまうし……」
「やだっ!」
リスガは半泣きで、首を左右に振る。駄々っ子と化してしまったリスガに困り果てていると、後ろからイブキが口を挟んだ。
「土葬だって、結局は肉体が腐敗して骨だけになる。同じことだ」
冷静に、けれど残酷な事実を告げる。
俺は思わず顔をしかめそうになった。だけど、俺では言えない言葉だ。だから、正直なところ大変ありがたい。
リスガはぽかんとした顔だ。
「え……ほ、骨になっちゃったの? みんな」
「半年前であれば、まだだろう。だから早く火葬しないと、ガスのような異臭が漂う土地になってしまう。それでもいいのか?」
「う……」
「数十年もかけ、親御さんたちの死体は少しずつ腐っていく。俺だったら、炎に焼かれて一瞬で骨になった方がいいが」
リスガは俯いた。少し間を置いて頷く。
「……分かった。確かにそうだね。そうするよ」
同意してくれたものの、しょんぼりとしている。猫耳と尻尾もしゅんと沈んでいた。
やっぱりまだ遺体を燃やしたくない気持ちがあるんだろう。だけどきっと、故郷のみんなの気持ちを優先したんだ。
「いい子だな。リスガは」
「えっ!」
びっくりとして飛び上がったリスガに、俺はにこりと微笑みかける。
「みんなの心を大切にしたんだろ? 優しいいい子だなと思って」
無理強いをしたようで、胸が痛む部分はあるけども……。
「そ、そう? へへっ」
何も知らないリスガは、照れ臭そうに笑った。
イブキはふっと笑う。そしてメインで船を漕いでいるレノスのサポートに戻った。
二人とも、重労働ありがとう。俺もせめてサポート役をやると申し出たんだけど、イブキが「ラーシヴァルト様には、危なっかしくて任せられんよ」と悪戯っぽく笑われて固辞された。
俺だって腕力は人並みにあるんだけどな。だけど、鬼族であるイブキの方が腕力も身体能力も上だ。渋々、サポート役の座を譲った。
「そろそろ、上陸できますよ」
「ああ」
レノスの言葉に俺は頷き、目の前の島を見据える。
--この土地を使って、理想郷を作るぞ。
「やった! 帰ってこられた!」
リスガはぴょんぴょんと飛び跳ねるような動きで、島の海岸を駆けずり回る。
俺も小舟から降りた。足下を見下ろすと、真っ白い砂浜が輝いている。綺麗だ。
「美しいところだな」
「そうだな」
イブキも俺の隣までやってきたので、俺たちはにかっと笑い合う。
後ろから、数日分の食料を詰め込んだリュックを軽々と持ったレノスが、のんびりと追いかけてきた。
「では、どちらまで移動しますか?」
「リスガが生まれ育った村まで行く。リスガ、案内してくれ」
俺に名前を呼ばれたリスガは「はぁい!」と上機嫌で返答をする。
「こっちだよ!」
足取り軽く、林の中へ突っ切っていくリスガ。
俺たち三人は頷き合い、続けて林の中に挑んだ。青々と茂っているのは……天然樹か。そりゃあそうか。
塩害に強い人工樹も海岸沿いに追加した方が、いざという時の防風林になるかも。あとでカレシアから輸入して、植えよう。
「なぁ。イブキだったら、どんな島国経営する?」
隣を歩くイブキに話題を振ると。
「?」
「ほら、こういう産業を強くしたいとか。ないか?」
「ええと……」
「ラーシヴァルト殿下。おやめ下さい。王族マウントは」
王族マウント?
俺は口をへの字に曲げた。マウントの意味くらいは把握しているけど、どういう意味だ。誰もイブキに上から目線で絡んだりはしていない。
レノスは苦笑いだ。
「彼は一般市民の出なんでしょう? そういった学問までは習っておりませんでしょう」
あ、と思った。確かに。小さな集落で暮らしてきた鬼族の民が、少なくともアルヴェルス王国の高度教育は受けられなかったはず。
咄嗟に謝ってしまった。
「ごめん。イブキ。訳の分からない話をしてしまって」
「……構わないが」
イブキは立ち止まり、何か意味ありげにレノスを見やる。どことなく、怒っているような目だ。
「なぜ、レノス殿までにも下に見られなくてはいけないのか」
「えっ」と声を上げたのは、俺一人だ。びっくりしたんだ。そうもネガティブに受け取ってしまったのかと。
「イ、イブキ。違うって。レノスはそんなつもりじゃ……」
「黙れ、ラーシヴァルト。……俺は確かに王族ではないが。これでも、当主一族の長男だ。教養はある方だと自負している」
レノスはぽかんとしていたものの。年若い少年のプライドを傷つけたことを察し、すぐに誠心誠意、謝罪した。
「すみません、イブキ。あなたを下に見ているように受け取られたのなら、俺の落ち度です。本当に申し訳ない」
イブキは、はっとした顔をした。己を恥じるように目を伏せる。
「俺の方こそ、すまない。ついカッとなってしまって」
「そんなことはありませんよ。正しい矜持だと思います」
「……そうだろうか」
「ええ」
イブキはどことなく安堵していた。
俺もほっとする。一瞬、喧嘩になるのかと思ってしまった。でもそうか。俺たちよりも六歳も年上のレノスが、真っ正面から口喧嘩するわけがない。
でも、意外だな。イブキが鬼族の隠れ里の頭領息子だなんて。
何があったんだろう。里を追い出されるなんて、まるで俺と同じ境遇だけど……俺と違って派閥争いではない感じだった。
「イブキ」
そっと声をかけると、イブキは俺を見た。
俺はにこっと笑う。
「いつか話せる時がきたら、聞かせてくれよな。実家のこと」
「……」
イブキは言葉に詰まった様子だった。でも、なんとなく後ろ暗いような顔をする。俺の目を見つめ返さなかった。
「……ああ。分かった」
--本当に?
思わず聞いてしまいそうになるくらい、なんだか様子が変だ。
「ちょっと、みんな! 早くおいでよ!」
「!」
はっとして顔を正面に向けると、膨れっ面のリスガが少し戻ってきていた。
「みんなに話しかけても返事がないと思ったら、誰もいなかった! もうっ、恥ずかしい思いをさせないで!」
「ああ、ごめん、ごめん」
俺は苦笑いで宥めつつ、リスガの下へ駆け寄る。イブキのことは気になったが、どう声をかけたらいいのか分からなかった。だから、逃げてしまった。
ちらりとイブキのことを振り返る。ほっとしたような表情をしているのを見て、この判断が間違いではなかったことを理解した。
でも。
友達なのに隠し事がある仲なんて、嫌だな。




