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 イブキはぽかんとした顔をしている。


「国って……冗談がすぎるぞ」

「冗談じゃない。本気だ」


 俺の真剣な目にようやく気付いたのか、イブキは押し黙った。なんと答えたらいいのか分からないといった表情だ。

 しばらく逡巡した後、小さくふっと笑みをこぼした。参ったと言わんばかりに。


「俺なんて、狩りくらいにしか役に立たないが。よろしく」

「十分だ。俺だって、元『王太子』という肩書きくらいしか、役立てるものがない」

「おうたいし? 王子……だったのか?」


 イブキは呆気に取られていた。

 俺は苦笑とともに頷く。


「そうだよ。腹黒宰相に追いやられた間抜け王子だけど」

「何か悪だくみでもして、仕置きされたのか?」

「ふっ、はは。違う。派閥争いだよ。あっさり負けた」

「ハバツ争い……」


 聞き慣れていない言葉なのか、イブキは不思議そうだ。やっぱり、少数民族で細々と暮らしてきたんだな。


「ラーシヴァルト! イブキ!」

「ああ、リスガ」


 そこへ、レインコートを着たリスガが小走りでやってきた。猫耳の上にさらに、猫耳フードをかぶっている。可愛らしい。男の子だけど。

 リスガはレノスに気付き、不思議そうにちょこんと首を傾げた。


「誰?」

「俺の……ええと、兄貴分だよ。騎士様だ」

「騎士!?」

「元、ですよ。ラーシヴァルト殿下」


 レノスがすぐに訂正する。腰を屈めてリスガと目線を合わせ、柔和に笑った。


「初めまして。レノスです。ラーシヴァルト殿下がお世話になっています。ありがとう」

「え、あ、いや……。そんなことない、けど」

「はは。愚痴の多い不遜なおにいさんだったでしょう? ご苦労お察します」


 愚痴の多い不遜なおにいさん!?

 な・ん・だ・それ! レノスって、俺のことをそんな風に見ていたのか!?

 さすがに不服を申し立てたくて、俺はレノスに詰め寄った。


「お前、そんな風に俺を見てたのかよ! 誰が愚痴の多い不遜な……」

「違うんですか?」

「う……」


 押し黙るしかない。不遜かはともかく、愚痴が多かったのはおそらく事実だ。

 背後で、イブキが小さく吹き出す。堪えきれないのか、声を立てて笑った。


「おい、イブキ!」

「すまん。仲がよさそうでつい」

「あははっ。みんな、仲がいいんだね!」


 リスガも楽しそうに笑っている。

 俺も笑った。こんな状況なのに、すごく楽しい。アルヴェルス王国にいた頃よりもずっと自由でのびのびできている。不思議だな。


「そうだ。ラーシヴァルト」


 和気藹々とした雰囲気の中、リスガがふと思い出したように口を開く。声の声量を遠慮がちに落として。


「……孤児院の件、さ。やっぱり、行かない。僕、あの村からあんまり離れたくないから」


 俺は首を傾げた。孤児院に行きたくないというのは少し意外だったけど、それよりも『あの村』というのが気になる。


「あの村? この村じゃなくて?」

「こんな村、ただ住み着きやすかっただけだよ。僕の故郷じゃない」

「じゃあどこにあるんだ? リスガの故郷って」

「ここから西の孤島」


 レノスが眉をぴくりと動かした。もしや、と唇を動かす。

 だけど、それは俺たちの耳には聞こえなかった。


「西の孤島? そんな島、近くにあるのか?」


 少なくとも、アルヴェルス王国領にはない。

 リスガはむっとして頬を膨らませた。


「あるもん!」

「あ……ごめん。否定してるわけじゃなくて。ただ、確認しただけだよ」

「どこの国にも属していない無法地域なのでは?」


 口を挟んだのはイブキだ。考えているのか、顎を軽くさすっている。


「この近辺に、島を領土としている国はないはずだ」

「確かに俺もそう記憶してるけど……っていうか、イブキ。詳しいんだな」


 素直に感心して褒めたものの、イブキは肩を竦めるだけだった。


「里の長老から聞いた豆知識だよ」

「……俺は聞いたことがあります。騎士団内部の噂で」


 レノスがようやく口を開いた。慎重に言葉を選ぶように、静かに語る。


「最果ての島。そこには世界中の花々が咲き誇る人々の楽園があるという、おとぎ話のような噂を」


 リスガがぷっと吹き出して笑った。


「はは、大袈裟だよ。確かにお花畑はあったけど、普通の島だよ」

「今はどれくらいの島民が住まわれているんですか?」

「僕一人」

「「「!?」」」


 俺たちは目を見張る。

 リスガは頑張って笑顔を浮かべていた。本当はまだ泣きたそうなのに。


「みんな、謎の疫病で死んじゃった。子どもの僕だけが助かった」


 俺は胸を痛めた。--そういうことだったのか。


「……大変だったな。じゃあ、それからここまで一人できたのか」

「うん」


 不法入国といったらそうだけど、誰が責められるだろうか。この子を。

 俺はリスガに目線を合わせ、もう一度確認を取る。


「本当に孤児院には行きたくないのか?」

「故郷を離れてまでは行きたくない。もう、何度聞くんだよ」

「ごめん。最終確認だよ」


 俺は屈めていた腰を上げる。

 最果ての島。まだどの国も占領していない土地。


「レノス。書簡をこれから近隣諸国に届けてくれないか」

「承知いたしました」


 すべてを察したように、レノスが即答する。

 イブキもリスガも不思議そうな顔だ。俺は二人に悪戯っぽく勝ち気に笑いかけた。


「俺たちの国を作る。そうすれば、リスガも故郷を離れずに済むだろ?」

「本当に!?」


 リスガが歓喜の声を上げる。だけど、すぐにその目は胡散臭いものを見る目に変わった。無理もない。


「国なんて作れるの? 僕たちだけで」

「形式上の国なら、案外簡単に作れるんだよ。そう宣言すればいいんだ」


 問題は……周りの国がその宣言を認めれてくれるかどうかだ。

 だからこそ、俺の元『王太子』の肩書きは大分有利に働いてくれるはず。少なくとも、アルヴェルス王国以外は、独立に賛同してくれる可能性が高い。

 俺が受けた理不尽な仕打ちを話したら、理解してくれるひともいるだろう。そして正直なところ、小さな島一つなんて、躍起になって奪う領土でもないはず。

 すぐ、書状をしたためて、まずカレシアに送ろう。一気に送りつけても、協調性のない国に見えてしまいかねない。

 まずは、地盤固めからだ。



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