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「あんたらに、イブキの何が分かる。イブキは真面目で優しいごく普通の男だ。俺たち人族と変わりない」
「変わりないわけないだろ!」
そうだ、そうだ、と背後の村人たちが騒ぐ。
木の棒やお玉を持ったその手は僅かに震えている。確かに怖いのだろう、鬼族が。だけど獣人族はよくて、鬼族がダメという理屈がよく分からない。
鬼族は確かに身体能力に秀でた種族だということだけど……見た目が恐ろしいからか? それで歴史上ずっと差別されてきたんだろうか。
「いいから、とっとと出て行け! そいつを庇うのなら、あんたもだ!」
「冷静になってほしい。だから、俺たちが何をしたっていうんだよ」
「うるさい! 話の通じない奴だ、出て行け!」
「っ!」
向こう側からひゅんと飛んできた石が、俺の頬を切った。うっすら血の線が滲む。
「ラーシヴァルト!」
黙り込んだままだったイブキが真っ青な顔で、俺の名前を呼んだ。
俺は振り向いて、にこりと気丈に笑いかける。大丈夫だという意味合いを込めて。
再び村人たちに顔を向ける。すると、石を投げた村人は少しびくついていた。実際に人を傷つけた重みを理解したのか、俺の報復を恐れているのか。
「……あんたらの言い分は分かった。よし。じゃあ、取引をしよう」
「取引?」
俺の言葉に食いついたのは、年老いた老人だ。僅かに目を輝かせた。
「何か俺たちに貴重品をくれるっていうのか?」
「ああ。しばらくここに黙って住まわせてくれたら、当分の間の飲料水を渡す。どうだ?」
ここは荒れ地の中。近くに川もないし、飲み水の確保は死活問題だろう。
年老いた老人は迷うそぶりを見せた。が、胡散臭そうに俺を見やる。
「ふ、ふん。嘘じゃないだろうな」
「嘘じゃない。俺は雨乞い師でもあるからな。一時間くらい、雨を降らせてやれる」
大嘘だ。俺は雨乞い師ではない。ただ、王侯貴族階級の特権である魔法を使えるだけだ。
「なら、今すぐやってみろ」
「取引条件は守れよ」
売り言葉に買い言葉で、俺は手を目の前にスっとかざした。俺以外には見えないだろうが、小さく無色光の魔法陣が現れる。
発動。--魔法『恵みの雨』。
「ふん。できるわけがないだろう」
「はは。子どもだからと嘘をついて」
俺をバカにする村人の嘲笑が耳に届く。
と、同時に平屋の外に、少しずつ日陰が増えていく。周辺の空に雨雲が集まっていっているのだ。
しばらくすると、ぽつぽつと雨が降り出した。
「雨だ! ええ……!?」
「この季節に雨だなんて! ペテン師じゃなかったのか!」
湧き上がる歓声が、俺の魔法が成功したことをあらわしている。
憎たらしい年老いた老人さえも、しきりに頷いていた。納得してくれたようだ。若干、悔しさが滲んでいたけど。
俺は平屋から出て、手前にいる年老いた老人に確認した。
「これで取引通り、しばらく住まわせてもらってもいいな?」
「う、む。仕方ない。分かった。……だが」
年老いた老人は、冷たい目で俺を見た。やはり、冷徹な目だ。
「一週間以内には出て行ってもらう。少なくとも、あやつは」
「心配しなくても、俺も出て行くさ」
年老いた老人の表情は、どことなく怪訝そうだった。
「……なぜ、そうもあやつに肩入れする。昨日今日の知り合いなんだろう?」
「仲良くなるのに付き合いの日数ってそんなに大事か?」
「……」
「じゃあ、しばらく世話になる。面倒はかけないようにするから。ありがとう、爺さん」
「だ、誰が爺さんだ」
年老いた老人改め、強面の爺さんは村人を引き連れてどこかに戻っていった。「さぁ、早く雨水を貯め込むぞ」と村人たちに指示を出しながら。
実は村長とかお偉い立場の人だったんだろうか。
「--さすが、ラーシヴァルト殿下ですね」
「!」
聞き慣れた声に俺ははっとして後ろを振り返る。
そこには……なんと、雨にずぶ濡れの青年が立っていた。俺と会えて嬉しそうな、そしてどことなく気まずそうな表情で。
俺の元護衛騎士レノスだった。
「レノス……どうして、ここに」
俺は怒るのも忘れて聞くと、レノスはぷっくら膨らんだ小袋を手で掲げて見せた。
「ラーシヴァルト殿下が落とされたであろう、路銀を拾って参りました」
「俺の金貨を!? え、本当にか!?」
「ええ」
「ありがとう! 助かった!」
すっかりいつも通りに振る舞ってしまってから、俺ははっと我に返る。いやいや、待て。レノスは俺を裏切ったんだ。仲良くしてどうする。
俺は無言でレノスから路銀だけむんずと受け取った。これは俺のものだからな。
「用が済んだのなら、帰れ。お前の居場所はあの白豚宰相のところだろ」
俺の辛辣なあだ名の部分に、レノスは反応してくすりと笑った。
「相変わらず、口が悪くておられる」
「はぐらかすな」
「……」
レノスは、俺の前にスッと片膝をついた。君子の礼をとる。
驚いて息を呑む俺に、レノスは深々と頭を下げた。
「その節は大変申し訳ございませんでした。ラーシヴァルト殿下のお心を傷つけましたこと、深くお詫び申し上げます」
俺はぐっと言葉を飲み込んだ。怒りや悲しみが胸の中に渦巻く。
「……別に。っていうか、なんで裏切ったんだよ」
震える声で、核心を突いた。
レノスは面を上げたが、すぐに目を伏せて訥々と語る。
「弁明の余地はございませんが。マミバ宰相から脅されておりました。自分の言う通りにしなければ、ラーシヴァルト殿下を暗殺するぞと」
「は……?」
レノスを脅した?
俺は呆気に取られた。でも、ありえない話じゃなかった。マミバは俺が邪魔だったのだから、暗殺を企ててもよかったはず。それが流罪で済ませられたのは……レノスがいてくれたから、なのか。
俺は泣きたくなった。てっきり、実は嫌われていたから裏切られのだと思っていた。だけど、そうじゃなかったのか。
「本当に申し訳ございませんでした。ああするしか、俺にはもうあなたをお守りする手段がなかったんです。本当にすみま……」
「もういい。分かった」
俺は泣きたくなる気持ちを堪え、強く笑う。
「信じるよ。お前のことを。俺を守ってくれてありがとう」
「!」
レノスもまた、くしゃりと顔を歪めた。少し泣きたそうに。
「ありがとうございます。ラーシヴァルト殿下。この命尽きまるで、どうかあなたのお傍にいさせて下さい」
俺は頷いた。
許す。許すよ、もちろん。
俺にとってもレノスは大切な人だから。
「……ラーシヴァルト」
「イブキ。どうした?」
そこへ、イブキがなぜかしょんぼりとした面持ちでとぼとぼ近づいてきた。
俺は慌てて羽織っていた外套を、イブキの上にかぶせた。少しでも、雨水が当たらないように。
「空き家に戻ろう、イブキ。あと一時間はやまないから」
「すまん」
「ん? 何が?」
「俺のせいでお前までこんな目に遭って…っ……! 怪我もさせてしまった……! 本当にすまない…っ……」
イブキは翡翠色の瞳をきつく閉じ、深々とうなだれる。
こんな目に。村人たちから追放を迫られた一連のやりとりのこと、すべてをイブキが背負ってしまっている。
それは……気のせいじゃないとは確かに言い切れない。仮に俺だけだったら多分、野放しにされていたはずだから。
本当に腹立たしい。差別なんて……絶対におかしい。
「やはり、俺はこれからも一人でい……」
「イブキ。--俺と新しい国を作らないか?」
「え?」
緩やかに不思議そうな顔を上げたイブキに、俺は優しく笑いかけた。
「差別のない優しい国を作りたい。そのために力を貸してほしい」
ただの人間も、鬼族も、獣人族も。みんなが手に取り合って暮らす国を。
俺はもうアルヴェルス王国には戻れないし、戻らない。だから、新しい国を作って、俺の理想とする世界を模索したい。
もう誰かが傷つく姿を見たくないから。俺やイブキのような者たちの居場所も作ってみせる。




