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「いい加減にしろってば!」
「俺の身の潔白を証明できるのは君だけなんだよ! 頼むから、説明してくれ!」
リスガを国境付近までどうにか追い詰め、俺は懇願する。我ながら情けない元王太子さまだ。
でも、このまま『男に乱暴を働こうとした元王太子』の烙印を押されるのは嫌だ。二重の意味で。
リスガは暗い目で俺を見つめ返した。
「……じゃあ、お金をちょうだい」
「え? お金?」
「払えないのなら、知らない。こっちだって毎日生き延びるので精一杯なんだ」
不安そうな表情で吐き捨てるリスガ。
俺は言葉を失った。毎日生き延びるだけで精一杯。そんな暮らしを、自国の民に……それもまだ子どもにさせていた事実が、元王族として恥ずかしく、また申し訳なかった。
「……ご両親はどこに?」
なんとなく訊ねてしまうと、リスガは嫌そうな顔をした。そのことに触れるな、と言いたげだ。
俺は慌てて「ご、ごめん!」と謝罪した。
「不躾だったな。本当にごめん。ただ、どうしてそんなに生活が大変なのか聞きたくて……」
「お前に関係ないだろ」
「関係なくない。俺は……」
この国の王太子だ。
咄嗟にそう言いかけ、はっとする。俺はもう元王太子に過ぎない。つまり、王族からは除籍されている。もうただの平民だ。
言いよどむ俺に、リスガは苛立ったように聞き返す。
「『俺は』? 続きは何?」
「……いや。ただ、もうすぐ大人になる年だから。年長者として知りたいだけだ」
「ふぅん。ま、どうでもいいよ。ばいばい」
立ち去っていこうとするリスガを、俺はもう追いかけなかった。
努めて笑顔で明るい声をかける。
「ありがとうな! リスガがいてくれて助かったよ!」
「! あ、あっそ!」
リスガは頬を赤らめつつ、ぎこちない仕草で去っていく。
俺はふぅと息をついた。戻ろう。あの鬼族の青年のところへ。といっても、まだいるか分からないけど。
困っている人は放っておけない。もしかしたら……自国民なのかもしれない、というのもある。
元王族として、少しは民のために尽くしてから出て行こう。
元いた平屋に戻ると、鬼族の青年はまだいた。少し驚いた。
空腹で動けないのかもしれない。平屋のすぐ前までしか移動できていない。本当はもうここから離れたかったんだろうな。なにせ、色欲犯の根城という勘違いをしたままだ。
「大丈夫か?」
急いで駆け寄ると、岩壁に寄りかかって座り込んでいる鬼族の青年はぽつりと呟いた。
「……った」
「何?」
「腹が減った……」
俺はついふっと笑みをこぼし、頷いた。
「分かったよ。俺も同じだ。何か、食料を……」
その時、背後に足音がこつんと響いた。
俺は咄嗟に身構えた。村人たちのあの冷酷な態度を思い出したからだ。もしかしたら、俺たちを村から追い出そうとするんじゃないかって。
だけど、違った。
「ほら。干しパンを持ってきたよ。三つだけだけど」
「リスガ!」
俺はぱっと顔を明るくした。ありがたい。これで一日は食いつなげるはずだ。
「ありがとう。本当にいい子だな」
「!」
ついリスガの傍に駆け寄って、その猫耳が生えた頭部をよしよしと撫でると、黒い猫耳がぴくぴくと動く。連動して、細長い尻尾も揺れている。
その表情は恥ずかしそうながら、どことなく嬉しそうだった。
「そ、そんなことないよ。いいから、食えよ」
「ああ。本当にありがとう。ほら、そこの君も」
俺は干しパンを一つ、鬼族の青年に放り投げて渡した。鬼族の青年はびっくりとした顔をしていたけど、すぐにかぶりつく。
俺も……干しパンを一口噛みちぎった。硬めであるけど、歯で食えないことはない。干しパンにしては柔らかめだ。
「リスガ。君も食べてほしい」
「僕は別に……」
「三人で食べよう。これも何かの縁だ」
「なんだそれ」
リスガは「ぷっ」と可笑しそうに吹き出す。「変なの」と笑いながら、干しパンにかじりついた。
すっかり夜になった空の下、三人でいただく食事。
不思議と、親近感を二人に覚えた出来事だった。
「俺の名はイブキだ。失礼な勘違いをしてすまなかった。ラーシヴァルト」
鬼族の青年イブキはそう言って、頭を下げてくれた。
あの後、イブキの誤解は解けた。リスガが口添えしてくれたこともあるけど、何よりも俺を一人の人間として信頼してくれたみたいだ。
再び平屋の中で、俺は苦笑いで応える。
「いいよ。誤解が解けたんなら」
「本当にすまん。恩人に対して無礼なことを」
「だから大丈夫だって。それよりも、イブキはどうしてこの村に?」
俺の記憶では、アルヴェルス王国の戸籍帳に鬼族は一人も存在しない。だから、俺にとって鬼族は噂で聞く程度の存在だった。
他国からやってきたとしか思えないが……この世界は、土地が広い。国が管理し切れていない土地も多い以上、アルヴェルス王国領内にいた可能性もある。
イブキは、なぜか暗い面持ちで俯いた。
「俺は……訳あって里を追い出された。行く当てもなくさまよい歩いていたら、ここに辿り着いた」
何か後ろ暗いことをしてしまったのか?
俺は怪訝に思いつつも、別のことを問う。あまり深く踏み込まない方がいいと思って。
「地元の村は、アルヴェルス王国領か?」
「……もしかしたら、そうかもしれん。だが、里の所在場所をもらすことはできない。すまないな」
「そう、か……」
領土の奪い合いが過激化している昨今だ。知らない方が、お互いのためだろう。
俺は、隣にちょこんと座っているリスガを見た。
「リスガは? ご両親はどこ……あっ」
つい聞いてしまってから、俺は慌てて口をつぐむ。そういえば、両親のことには触れて欲しくないようなのだった。
「ご、ごめん。俺、また……」
「いいよ。別に。答えて困る話でもないし」
リスガはあっけらかんとした顔で……だけど、膝を腕で抱えながら話す。心細そうに。
「両親はね、もういない。病気で死んだ。半年前くらいに」
「え……」
ご両親が他界。
俺は返答に窮した。自分から聞いておきながら。
そうか、もう亡くなってしまったのか。リスガを置いて。リスガはまだ、明らかに未成年なのに。
俺はバツが悪くなって、もう一度謝った。
「ごめん」
「謝る必要ないよ」
「だとしても、ごめん。つらかったよな。ずっと一人で」
「……」
沈黙するリスガの頭に、ぽんと軽く手を置く。しつこいかもしれないけど、こうしてやりたかった。よく頑張って生きてきたなって意味で。
それにしても、おかしいな……。保護者がいない孤児は、孤児院に引き取られるはずなのに。
「リスガ。孤児院に行かないか? 俺がどうにか手続きするから」
「そこは、飢えなくてもいいところ?」
「もちろん」
「……ちょっと考えたい。僕、『村』を離れたくないから」
リスガはスッと立ち上がって、とぼとぼと平屋を出て行く。
村、か。この村のことだよな。住みよい場所なのかこの村は。リスガにとっては。
『そいつのツノが見えんのか、君には』
鬼族であるイブキを助けてくれなかった、村人たちのことを思い出す。
怒りとともに、やるせなさも感じる。俺は結局、彼らに差別が悪いことだと自省を促す力を持っていなかった。差別なんて絶対いけないことなのに。
人を切り捨てた分だけ、人は孤独になる。
俺の持論だ。




