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「兄上。ご無沙汰しております」

 やはりというべきか。また新たに船でやってきたのは、双子の弟王子ウシュベルーナだった。

 俺と同じ銀髪だけど、ウシュベルーナの毛先は肩につく程度の長さだ。双子でありながらさほど似ていない。他に共通点といったら、青い瞳か。

 俺はつい嬉しく思った。ウシュベルーナとは実に数ヶ月ぶりの再会だ。

「ウーシュ。久しぶり」

 俺は砂浜を歩くウシュベルーナにゆっくりと近付く。そっとハグをすると、ウシュベルーナも抱き返してくれた。が、すぐに密着させた体を離す。

 ウシュベルーナは胡乱な顔だ。

「兄上。あちらですごい火事が起こっているようですが……大丈夫ですか?」

「ん、ああ。問題ないよ」

 ウシュベルーナには関係のないことであるし、余計な心配をかけたくなかった。

 俺はふわりと微笑む。

「それよりも元気にしてたか? 国王就任おめでとう。ウシュベルーナ陛下」

 今はもうアルヴェルス王国の国王様なんだ、ウシュベルーナは。昔はよく、俺の後ろをついて回っていた人見知りのウシュベルーナがだ。なんだか感慨深くある。

 漆黒の国王衣装がカッコイイ。よく似合ってる。

「やめて下さい」

「え?」

 ウシュベルーナは真っ直ぐ射貫くような眼差しで俺を見つめた。

「俺の場合はあくまで一時的な即位です。国王にふさわしいのは、兄上だけです」

「ウーシュ……」

 思わぬ言葉だった。まさかそんな風に言ってもらえるなんて。

 俺がウシュベルーナを認めていたように、ウシュベルーナも俺のことを……認めてくれていたんだな。

 俺は小さく息を吐いた。

「違う。アルヴェルス王国の国王は、やっぱりお前だよ」

 ウシュベルーナは眉をひそめた。意味が分からないと言った顔だ。

「何を言っているのですか。エリューからマミバのことはお聞きになったでしょう? 兄上はもう戻ってきていただいていいんですよ?」

「戻らない。俺はこの国にいる。エリューにも言ったけど」

「この国?」

「そう。ライリーレ王国。この島の国名だ」

 ウシュベルーナは、「まさか」という顔になった。相変わらず、察しがいい。

「……兄上がご建国なさったんですか?」

「そうだ」

「では、本当にお戻りにならない?」

「そう言ってる」

「……」

 ウシュベルーナは押し黙る。

 エリューハニスと同じ事にならないか、咄嗟に身構えたけど、ウシュベルーナは冷静だった。そう。ただ、冷静に思いの丈をぶつけてくる。

「嫌です、兄上……。国王になるべきなのは、兄上なのに。兄上がずっと立派な国王になるべくご研鑽を積んでいたことを……俺は知っています」

 研鑽。そういえば、そうだったな。

 父王のように、いや父王を超えられる国王になりたくて、俺はこの十六年間ずっと努力してきた。魔法や護身術は当然として、帝王学、地理歴史、苦手な算数だって極めてきた。

 その努力は途中で途切れてしまったけども……ウーシュは俺のことをよく見ていてくれたんだな。

 何か、目頭が熱くなった。そうだ。アルヴェルス王国を発つ時、本当は悔しかった。あれだけの努力がすべて消えて無くなってしまうような気がして。

『ちちうえ! オレ、りっぱな王様になれるかな?』

『はは。もちろんだよ、ラーシ』

 いつか夢見ていたアルヴェルス王国の王位。今はもうありえない。

 でも、いいんだ。俺には、もうこの国のみんながいるから。

「……ウーシュ。ありがとう。俺の背中をちゃんと見ていてくれたんだな」

「当然です。だって、兄上は俺の……」

「ウーシュ」

 俺はウシュベルーナとしっかりと目線を合わせた。ウシュベルーナと俺はほとんど背丈が変わらないけど、目と目を合わせて伝える。

 ウシュベルーナに必要なことを。

「お前に足りないのは自信だけだ。お前なら、よき国王になれる。父上よりも、さ」

 俺だって、ウシュベルーナの努力を誰よりも知っている。

 誰よりも真面目で、誰よりも真っ直ぐで。潔癖なところはあるかもしれないけど、熱く国民思いの男だ。ウーシュは。

 ただ、ちょっと……不器用で人見知りなだけで。

「アルヴェルス王国のことは、お前に任せた。みんなと力を合わせて、アルヴェルス王国の民を守っていってくれ。頼む」

「でも……っ」

 なおも縋り付こうとするウシュベルーナに、俺は毅然として返した。

「俺はもうライリーレ王国の国王だから。俺は俺の国の民を守る。戻るわけにはいかないし、正直……さ」

「?」

「今の生活の方が楽しいんだ。昔よりもずっと」

「!」

 俺がにかっと笑うと、ウシュベルーナは沈黙した。俯いて、肩を震わせる。

 ーー泣かせたか?

 罪悪感に心が痛んだけど、違った。

「……ひどいですよ。兄上」

 顔を上げたウシュベルーナは、笑っていた。泣き笑いのような表情だった。

「そんな無責任な人に、アルヴェルス王国は確かに任せられない。しかた、ないから……俺が民を守り導きます……っ」

 ウシュベルーナは綺麗に一筋の涙を流すだけだ。

 ウシュベルーナは昔からこうだ。本当に優しくて、心配になるほど優しいイイ奴で。昔からよく振り回し、そしてたくさん尻拭いもさせてしまっていた。

「ごめん。俺は……やっぱり、兄失格だな」

 また、ウシュベルーナに押しつけてしまうことになる。本人にとっては厄介事かもしれないし、でも本当はとても誉れあることだ。

「でも、ウーシュがよき国王になれると思っているのは本当だ。……頼んだよ。ウシュベルーナ陛下」

 ウシュベルーナは、今度はすんなりと受け入れた。

「はい……っ!」



「なんてことするんだよ、この狂乱王子!」

「いてっ!」

 俺たちが村に戻ると、目を覚ましたらしいエリューハニスに、リスガが跳び蹴りを食らわせていた。

 冷静になったエリューハニスは「ご、ごめんなさい……」と縮こまっていた。よかった。本当に正気に返ってくれたみたいだ。

「やめろ、リスガ」

 俺が苦笑いで声をかけると、リスガはぴんっと猫耳を立てた。

「ラーシヴァルトっ」

「おっと」

 リスガは嬉しそうに笑って、俺に抱きついてくる。ふぅ、やれやれ。甘えん坊だな。リスガもエリューも。

「「ああっ!」」

 エリューハニスと……なぜか、ダデラまで、むっとした表情をしている。エリューは分かるけど、なぜダデラまで?

「年下男子から熱いご支持を得ていますね。ラーシ様」

 レノスが茶化すように耳元で囁く。

 え、そういうことなのか? 俺って案外、人望あるのかも?

 ちょっぴり調子に乗る俺の隣に、ウシュベルーナが進み出た。

「帰るぞ。エリュー」

 尊大すぎる口調に俺は苦笑する。ウシュベルーナは昔からこうだ。俺以外には……なんというか、すごく王族らしい口調を使うんだよな。多分、それは子どもの頃に叩き込まれた模範例を、修正せずに使用しているんだろう。

 エリューハニスは、むっとした顔をする。

「嫌です。僕もここに残ります」

「えっ?」

 俺が戸惑った声を上げると、エリューハニスは純粋な目で俺を見上げた。

「いいですよね、ラーシ兄上」

「いいわけないだろ!」

「ぐえっ!」

 俺から離れたリスガが、再びエリューハニスの背中に向かって跳び蹴りする。哀れエリューハニスは、少し吹っ飛んで地面に転がった。おいおい、お前ら。

 リスガは怒りに頬を紅潮させ、声を荒げた。

「あんなことしておいて、神経が図太いんだよ! 誰が仲間に入れるか!」

 その言葉は存外重く響き渡った。他のみんなも少しは思っていることを代弁したように思えた。

 確かにエリューハニスのした行いは許しがたい。みんなにかろうじて怪我がなかったからいいものの……とはいえ、だ。

「こら、リスガ」

 俺がやんわりと叱咤する。

「俺たちの国は、誰もが居場所にできる国なんだ。仲間外れは絶対にダメだ」

「じゃ、じゃあ、こいつも迎え入れるの!?」

 動揺しているように見えるリスガ。

 一方、エリューハニスが離れたところから期待に満ちた目を向けていたけど、俺はきっぱりと言った。

「いや。ダメだ」

「な、なぜですか! ラーシ兄上!」

 狼狽えるエリューハニスを、俺は毅然と振り返る。

「お前がやった行いを許すわけにはいかない。まずは反省しろ」

「……はい。申し訳ありま、せんでした……」

 きちんと謝罪したことで、「よし」と優しく微笑んで許す。誰しも、多かれ少なかれ間違うことはある。人間なんて失敗して学ぶ生き物だ。

「でもな、やっぱりダメだ。エリュー。ごめん」

「どうしてですか……?」

「エリューには、ウーシュの傍でウーシュを支えてもらいたいからだ」

「!」

 ウシュベルーナの苦手なことが、エリューハニスの得意分野だ。兄弟二人、補い合って仲良く国運営をしてほしいんだよ。

 俺の身勝手さを許してほしい。二人とも。

 エリューハニスは……しょんぼりとしていた。

 でも、エリューハニスだって、なんだかんだ言いながらもウシュベルーナのことが好きなんだ。途方に暮れているようにも見えた。

「兄上。俺は別に……」

 ウシュベルーナは、いつもながらの遠慮精神を発揮する。エリューハニスを預けようとするウシュベルーナの言を、俺は語気強く遮った。

「仲良くやっていってほしい。二人とも」

「……」

 ウシュベルーナも押し黙った。今度は俺の気持ちに配慮しようとしているみたいだ。

 まったく……お前は。自分の気持ちに正直になればいいのに。

 思わずそう言いかけたけど、それより前にエリューハニスが「分かりました!」と健気にも笑って応えた。冷静になったからこそ、エリューハニスもまた、俺の気持ちを汲んでくれているんだろう。

「ウーシュ兄上は、陰キャ王ですからね! 陽キャの僕が外交面で支えます!」

 ちゃっかりと兄をけなしつつ、でも嬉しそうな笑顔を浮かべるエリューハニス。

 俺は苦笑いするしかない。逆に言えば……正直まだ、その辺りの領分しかウシュベルーナを補えないんだけどな。エリューハニスは。

 ウシュベルーナは少しむっとしていたものの、ため息一つついて颯爽と身を翻した。

「あっ! 待って下さいよ、ウーシュ兄上!」

 エリューハニスが慌てて、ウシュベルーナを追いかけていく。

 二人の王子の後を、アルヴェルス王国騎士たちもついていった。律儀にも、俺に対して一礼してから。

「じゃあな、レノス」

「ああ。また」

 レノスと、顔見知りらしきアルヴェルス王国騎士がやりとりを交わしている。昔の同僚だった相手だろう、多分。

「ああっ、そうだ! ラーシ兄上!」

 エリューハニスが思い出したように、俺を振り向く。遠くで、花火のように笑顔を弾けさせた。

「またお会いしましょう! --次は、外交の場で!」

 俺も目を瞬かせた。外交の場。

 そうか。ライリーレ王国のことを認めてくれたんだな。本当にありがとう、二人とも。

「ああ! 気を付けて帰るんだぞ!」

 俺はふっと笑みをこぼし、声量を上げながらぶんぶんと手を左右に振った。



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