22 ※
「兄上。ご無沙汰しております」
やはりというべきか。また新たに船でやってきたのは、双子の弟王子ウシュベルーナだった。
俺と同じ銀髪だけど、ウシュベルーナの毛先は肩につく程度の長さだ。双子でありながらさほど似ていない。他に共通点といったら、青い瞳か。
俺はつい嬉しく思った。ウシュベルーナとは実に数ヶ月ぶりの再会だ。
「ウーシュ。久しぶり」
俺は砂浜を歩くウシュベルーナにゆっくりと近付く。そっとハグをすると、ウシュベルーナも抱き返してくれた。が、すぐに密着させた体を離す。
ウシュベルーナは胡乱な顔だ。
「兄上。あちらですごい火事が起こっているようですが……大丈夫ですか?」
「ん、ああ。問題ないよ」
ウシュベルーナには関係のないことであるし、余計な心配をかけたくなかった。
俺はふわりと微笑む。
「それよりも元気にしてたか? 国王就任おめでとう。ウシュベルーナ陛下」
今はもうアルヴェルス王国の国王様なんだ、ウシュベルーナは。昔はよく、俺の後ろをついて回っていた人見知りのウシュベルーナがだ。なんだか感慨深くある。
漆黒の国王衣装がカッコイイ。よく似合ってる。
「やめて下さい」
「え?」
ウシュベルーナは真っ直ぐ射貫くような眼差しで俺を見つめた。
「俺の場合はあくまで一時的な即位です。国王にふさわしいのは、兄上だけです」
「ウーシュ……」
思わぬ言葉だった。まさかそんな風に言ってもらえるなんて。
俺がウシュベルーナを認めていたように、ウシュベルーナも俺のことを……認めてくれていたんだな。
俺は小さく息を吐いた。
「違う。アルヴェルス王国の国王は、やっぱりお前だよ」
ウシュベルーナは眉をひそめた。意味が分からないと言った顔だ。
「何を言っているのですか。エリューからマミバのことはお聞きになったでしょう? 兄上はもう戻ってきていただいていいんですよ?」
「戻らない。俺はこの国にいる。エリューにも言ったけど」
「この国?」
「そう。ライリーレ王国。この島の国名だ」
ウシュベルーナは、「まさか」という顔になった。相変わらず、察しがいい。
「……兄上がご建国なさったんですか?」
「そうだ」
「では、本当にお戻りにならない?」
「そう言ってる」
「……」
ウシュベルーナは押し黙る。
エリューハニスと同じ事にならないか、咄嗟に身構えたけど、ウシュベルーナは冷静だった。そう。ただ、冷静に思いの丈をぶつけてくる。
「嫌です、兄上……。国王になるべきなのは、兄上なのに。兄上がずっと立派な国王になるべくご研鑽を積んでいたことを……俺は知っています」
研鑽。そういえば、そうだったな。
父王のように、いや父王を超えられる国王になりたくて、俺はこの十六年間ずっと努力してきた。魔法や護身術は当然として、帝王学、地理歴史、苦手な算数だって極めてきた。
その努力は途中で途切れてしまったけども……ウーシュは俺のことをよく見ていてくれたんだな。
何か、目頭が熱くなった。そうだ。アルヴェルス王国を発つ時、本当は悔しかった。あれだけの努力がすべて消えて無くなってしまうような気がして。
『ちちうえ! オレ、りっぱな王様になれるかな?』
『はは。もちろんだよ、ラーシ』
いつか夢見ていたアルヴェルス王国の王位。今はもうありえない。
でも、いいんだ。俺には、もうこの国のみんながいるから。
「……ウーシュ。ありがとう。俺の背中をちゃんと見ていてくれたんだな」
「当然です。だって、兄上は俺の……」
「ウーシュ」
俺はウシュベルーナとしっかりと目線を合わせた。ウシュベルーナと俺はほとんど背丈が変わらないけど、目と目を合わせて伝える。
ウシュベルーナに必要なことを。
「お前に足りないのは自信だけだ。お前なら、よき国王になれる。父上よりも、さ」
俺だって、ウシュベルーナの努力を誰よりも知っている。
誰よりも真面目で、誰よりも真っ直ぐで。潔癖なところはあるかもしれないけど、熱く国民思いの男だ。ウーシュは。
ただ、ちょっと……不器用で人見知りなだけで。
「アルヴェルス王国のことは、お前に任せた。みんなと力を合わせて、アルヴェルス王国の民を守っていってくれ。頼む」
「でも……っ」
なおも縋り付こうとするウシュベルーナに、俺は毅然として返した。
「俺はもうライリーレ王国の国王だから。俺は俺の国の民を守る。戻るわけにはいかないし、正直……さ」
「?」
「今の生活の方が楽しいんだ。昔よりもずっと」
「!」
俺がにかっと笑うと、ウシュベルーナは沈黙した。俯いて、肩を震わせる。
ーー泣かせたか?
罪悪感に心が痛んだけど、違った。
「……ひどいですよ。兄上」
顔を上げたウシュベルーナは、笑っていた。泣き笑いのような表情だった。
「そんな無責任な人に、アルヴェルス王国は確かに任せられない。しかた、ないから……俺が民を守り導きます……っ」
ウシュベルーナは綺麗に一筋の涙を流すだけだ。
ウシュベルーナは昔からこうだ。本当に優しくて、心配になるほど優しいイイ奴で。昔からよく振り回し、そしてたくさん尻拭いもさせてしまっていた。
「ごめん。俺は……やっぱり、兄失格だな」
また、ウシュベルーナに押しつけてしまうことになる。本人にとっては厄介事かもしれないし、でも本当はとても誉れあることだ。
「でも、ウーシュがよき国王になれると思っているのは本当だ。……頼んだよ。ウシュベルーナ陛下」
ウシュベルーナは、今度はすんなりと受け入れた。
「はい……っ!」
「なんてことするんだよ、この狂乱王子!」
「いてっ!」
俺たちが村に戻ると、目を覚ましたらしいエリューハニスに、リスガが跳び蹴りを食らわせていた。
冷静になったエリューハニスは「ご、ごめんなさい……」と縮こまっていた。よかった。本当に正気に返ってくれたみたいだ。
「やめろ、リスガ」
俺が苦笑いで声をかけると、リスガはぴんっと猫耳を立てた。
「ラーシヴァルトっ」
「おっと」
リスガは嬉しそうに笑って、俺に抱きついてくる。ふぅ、やれやれ。甘えん坊だな。リスガもエリューも。
「「ああっ!」」
エリューハニスと……なぜか、ダデラまで、むっとした表情をしている。エリューは分かるけど、なぜダデラまで?
「年下男子から熱いご支持を得ていますね。ラーシ様」
レノスが茶化すように耳元で囁く。
え、そういうことなのか? 俺って案外、人望あるのかも?
ちょっぴり調子に乗る俺の隣に、ウシュベルーナが進み出た。
「帰るぞ。エリュー」
尊大すぎる口調に俺は苦笑する。ウシュベルーナは昔からこうだ。俺以外には……なんというか、すごく王族らしい口調を使うんだよな。多分、それは子どもの頃に叩き込まれた模範例を、修正せずに使用しているんだろう。
エリューハニスは、むっとした顔をする。
「嫌です。僕もここに残ります」
「えっ?」
俺が戸惑った声を上げると、エリューハニスは純粋な目で俺を見上げた。
「いいですよね、ラーシ兄上」
「いいわけないだろ!」
「ぐえっ!」
俺から離れたリスガが、再びエリューハニスの背中に向かって跳び蹴りする。哀れエリューハニスは、少し吹っ飛んで地面に転がった。おいおい、お前ら。
リスガは怒りに頬を紅潮させ、声を荒げた。
「あんなことしておいて、神経が図太いんだよ! 誰が仲間に入れるか!」
その言葉は存外重く響き渡った。他のみんなも少しは思っていることを代弁したように思えた。
確かにエリューハニスのした行いは許しがたい。みんなにかろうじて怪我がなかったからいいものの……とはいえ、だ。
「こら、リスガ」
俺がやんわりと叱咤する。
「俺たちの国は、誰もが居場所にできる国なんだ。仲間外れは絶対にダメだ」
「じゃ、じゃあ、こいつも迎え入れるの!?」
動揺しているように見えるリスガ。
一方、エリューハニスが離れたところから期待に満ちた目を向けていたけど、俺はきっぱりと言った。
「いや。ダメだ」
「な、なぜですか! ラーシ兄上!」
狼狽えるエリューハニスを、俺は毅然と振り返る。
「お前がやった行いを許すわけにはいかない。まずは反省しろ」
「……はい。申し訳ありま、せんでした……」
きちんと謝罪したことで、「よし」と優しく微笑んで許す。誰しも、多かれ少なかれ間違うことはある。人間なんて失敗して学ぶ生き物だ。
「でもな、やっぱりダメだ。エリュー。ごめん」
「どうしてですか……?」
「エリューには、ウーシュの傍でウーシュを支えてもらいたいからだ」
「!」
ウシュベルーナの苦手なことが、エリューハニスの得意分野だ。兄弟二人、補い合って仲良く国運営をしてほしいんだよ。
俺の身勝手さを許してほしい。二人とも。
エリューハニスは……しょんぼりとしていた。
でも、エリューハニスだって、なんだかんだ言いながらもウシュベルーナのことが好きなんだ。途方に暮れているようにも見えた。
「兄上。俺は別に……」
ウシュベルーナは、いつもながらの遠慮精神を発揮する。エリューハニスを預けようとするウシュベルーナの言を、俺は語気強く遮った。
「仲良くやっていってほしい。二人とも」
「……」
ウシュベルーナも押し黙った。今度は俺の気持ちに配慮しようとしているみたいだ。
まったく……お前は。自分の気持ちに正直になればいいのに。
思わずそう言いかけたけど、それより前にエリューハニスが「分かりました!」と健気にも笑って応えた。冷静になったからこそ、エリューハニスもまた、俺の気持ちを汲んでくれているんだろう。
「ウーシュ兄上は、陰キャ王ですからね! 陽キャの僕が外交面で支えます!」
ちゃっかりと兄をけなしつつ、でも嬉しそうな笑顔を浮かべるエリューハニス。
俺は苦笑いするしかない。逆に言えば……正直まだ、その辺りの領分しかウシュベルーナを補えないんだけどな。エリューハニスは。
ウシュベルーナは少しむっとしていたものの、ため息一つついて颯爽と身を翻した。
「あっ! 待って下さいよ、ウーシュ兄上!」
エリューハニスが慌てて、ウシュベルーナを追いかけていく。
二人の王子の後を、アルヴェルス王国騎士たちもついていった。律儀にも、俺に対して一礼してから。
「じゃあな、レノス」
「ああ。また」
レノスと、顔見知りらしきアルヴェルス王国騎士がやりとりを交わしている。昔の同僚だった相手だろう、多分。
「ああっ、そうだ! ラーシ兄上!」
エリューハニスが思い出したように、俺を振り向く。遠くで、花火のように笑顔を弾けさせた。
「またお会いしましょう! --次は、外交の場で!」
俺も目を瞬かせた。外交の場。
そうか。ライリーレ王国のことを認めてくれたんだな。本当にありがとう、二人とも。
「ああ! 気を付けて帰るんだぞ!」
俺はふっと笑みをこぼし、声量を上げながらぶんぶんと手を左右に振った。




