21 ※
「イブキ!」
海岸に出ると、イブキが呆然と一人立ち尽くしていた。それはそうだろう。俺たちの船が大炎上していたからだ。
空が赤いから、ここまでの道中で薄々気付いていたけど……最悪だ。
俺はレノスに下ろしてもらい、イブキの隣に並び立つ。
「だ、大丈夫か? イブキ」
「……っ」
イブキは悔しげに下唇を噛んでいた。握り拳からは、一滴だけ血がつっと垂れている。
俺はぎょっとした。
「イ、イブキ! 手!」
「……平気だ。この程度の傷」
苦しそうな声で、イブキは強がった。いや、本当に平気なのかもしれない。身体的な傷の方は。
でも、その心の方が俺は心配だった。もしかしたら、必要以上に自分を責めているんじゃないかって。イブキは……なんでも一人で抱え込んでしまうところがあるから。
「手を貸せ、イブキ。手当てするから」
「いい」
「痛いものは痛いだろ。だいたい、大切な商売道具を自分で傷つけるなよ」
「!」
イブキはようやくはっとした顔をする。心なしか、しゅんとして目を伏せた。
「……すまない。これではいざという時、確かに戦力が落ちてしまうな」
俺は眉をハの字にした。……そういうことじゃないんだけど。やっぱり真面目だ。どこまでも。
俺は強引にイブキの手首を掴み、応急処置しようとした。
--が。
「貴殿らはこの島の者ですか?」
「!」
男性にしては高めの声が海岸に響いた。
俺たちははっとして声の主を振り向く。イブキはぱっと素早く俺から手を離して。
一体、誰だ。
気付くと、白い軍服らしき出で立ちの青年がこちらに歩いてきていた。……あっ。胸元にサーシェ王国の国章が描かれてある。ということは、やっぱりサーシェ人だな。
年は俺やイブキとそう変わらない。前髪が妙にさらさらとしていて手入れが行き届いていることから、身分の高い男のように思える。
彼の背後には、サーシェ兵たち数十人がぞろぞろと続いていた。
--サーシェ王国からの追っ手か。
俺は額に冷や汗を浮かべる。本当にきてしまったのか。おそらく……国家機密の小箱を持出した罪人として、カザロたちを引き取り、処罰するために。
「……どちら様でしょう。名を名乗って下さい」
俺が努めて冷静に応えると、青年はあくまで真面目に答えた。
「俺はケゼータ。サーシェ王国第二王子です」
俺は内心ぎくりとした。やっぱり、サーシェ王国の者だった。それも王族が直々に出向くなんて。
あの小箱、相当やばい代物だったんだろうか。
「俺はラーシヴァルト。ここ、ライリーレ王国の国王です」
「らいりーれ? 初めて聞きました。いつ、建国されたんですか?」
「つい先日です」
「へえ。素敵な国ですね。自然が豊かで」
「……ありがとうございます」
俺はなんとなく恐怖心を持った。なんだこの男。一見、朗らかに話しているけど……
表情が不気味だ。いかにも貼り付けたような笑顔だからか。
実際、俺たちの船を砲撃したのはこいつで間違いない。油断するな、俺。
ケゼータは穏やかな微笑みを浮かべ、小首を傾げた。
「それでラーシヴァルト陛下。こちらに、我が同胞がやってきませんでしたか?」
「……同胞、とは?」
さりげなく情報を聞き出そうとしても、ケゼータは笑顔のまま。
「大罪人たちのことです。実はですね、我々の国家機密情報が彼らに持ち出されてしまって。彼らの行方を追っているのです」
「存じ上げません。罪人たちなんて」
嘘ではないが、真実でもないことをすっとぼけて応える。
でも、本当だ。カザロたちは何も知らない。ただ、亡命するのに選んだ船の隠れ底に、国家機密情報がたまたま置いてあっただけだ。
「またまた。ご冗談を」
ケゼータは後ろ手に手を組んで、でもやはり笑顔を浮かべたままだ。なんだか……薄ら寒い。腹の底で何を考えているのか、さっぱり読めない。
「匿っていますよね? 彼らを。あの船は我が国が所有する物だ」
「匿ってなどおりません」
俺は負けじと一歩踏み出す。挑むようにケゼータを睨みつけた。
「この国にいるのは、ライリーレ国民だけですから」
「へえ?」
「お帰り下さい。国家機密情報とやらでしたら、これから海の底にすべて沈むでしょう。あの燃えようでは」
「そういうわけにはいきません」
ケゼータから、笑みが消えた。冷徹な目になり、腰に下げた剣をすらりと抜く。
ならって、背後のサーシェ兵たちも武器を取った。
「大罪人はみな、死刑だ。彼らを庇い立てするのなら、容赦はしない。我が国の公務執行妨害罪とみなします。--かかれ!」
「!」
俺たちも即座に各々の武器を抜いた。
剣を構えたけど……多勢に無勢だ。俺たち三人で、この数を相手にするなんて、本当にできるか?
内心、不安が勝つ俺の予想に反して、イブキがやってくれた。
イブキの異能力なのか、サーシェ兵たちが動きを止める。ぷるぷると震え、必死に何かに抗おうとしているように動こうとする彼らの間を、ほぼ数秒でイブキが走り抜けた。
「イブキ!」
俺が明るい声を上げた直後、サーシェ兵たちがほんの僅かな血しぶきを上げながら、その場にバタバタと倒れていく。イブキが彼らを斬り伏せたのだ。
ケゼータは驚きに目を見張っていた。
「鬼族特有の異能力か……!」
鬼族特有の異能力。そんな力が鬼族には隠されているのか。
驚く俺を尻目に、唯一生き残ったケゼータが険しい顔で、剣の切っ先を空に向ける。ケゼータの足下に淡い白光の魔法陣が浮かんだ。
まずい……! 光魔法だ!
「!?」
驚きに目を見張るイブキの上空にもまた、巨大な魔法陣が出現する。そこから強烈な光の槍が幾重にもなって降り注いだ。
「く…っ……!」
イブキはどうにか逃げ回って攻撃をかわしている。だけど、そう長くは持たないはずだ。
俺もまた、所持している剣の切っ先を空に向けた。
「イブキ! 今、助ける!」
叫びながら、俺の周囲にふわっと風が蠢く。
発動。--魔法『強制取消』。
俺が駆使する魔法の真髄は……実はあらゆる現象に干渉できる能力にある。それは魔法も例外じゃない。膨大な魔力を消費するから、決して乱発はできないけども。
直後、ケゼータが発動している光魔法が強制的にキャンセルされた。
自由になったイブキが素早く旋回する。俺の魔法に驚いて突っ立ったままでいるケゼータに向かっていき、刀を振るった。
「いけぇえええ、イブキ!」
俺は咄嗟に握り拳を作る。
ケゼータははっと我に返った様子だ。が、--その瞬間にイブキの刀に敗れた。
「ぐ、はっ……!」
致死量ではないけど血しぶきを上げ、彼もまたその場に倒れ伏す。
イブキは刀から血を振り払い、綺麗になった刀身を鞘にかちっと収めた。
「俺の出番……全くありませんでしたね」
俺のすぐ背後で、レノスが苦笑とともに呟く。
俺はあえてスルーし、炎上している船をちらりと見つめた。すべてを焼き尽くす炎が、どこまでも船を飲み込んでいく。
とんでもないことになってしまったな。改めて船を作るのにどのくらいかかるのか。
炭酸水の件……どうしよう。遅れてしまう。しばらく、焼きたてのパンはお預けか。
って、今はそれどころじゃなかった!
「く、っそ……」
倒れ伏していたケゼータが、よろよろと立ち上がる。イブキに斬られた胸元の傷を押さえながら。
俺はまたもぎょっとした。動けるのか。
「覚えていろ……! 貴様ら!」
悔しそうな顔をしつつ、ケゼータは配下を連れて立ち去っていった。サーシェ王国から乗ってきた船に戻るんだろう。
俺たちは追いかけなかった。下手に捕まえたところで、サーシェ王国との間に角が立つ。また刺客が送り込まれる前にサーシェ王国に申し開きをすればいい。
ともかく、どうにか終わった。
ほっとする俺だったけど、……ん? 何か大きな旋回音が聞こえるな。
ぼんやりと海を見つめると、気付いた。アルヴェルス王国の国旗が遠目に見える。またアルヴェルス王国からの刺客か?
……いや、もしかして。
「ウーシュ?」
俺はぽつりとこぼす。
ひとまずそこで待つほかなく、俺たちはしばらく待ちぼうけを食らった。




