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「イブキ!」

 海岸に出ると、イブキが呆然と一人立ち尽くしていた。それはそうだろう。俺たちの船が大炎上していたからだ。

 空が赤いから、ここまでの道中で薄々気付いていたけど……最悪だ。

 俺はレノスに下ろしてもらい、イブキの隣に並び立つ。

「だ、大丈夫か? イブキ」

「……っ」

 イブキは悔しげに下唇を噛んでいた。握り拳からは、一滴だけ血がつっと垂れている。

 俺はぎょっとした。

「イ、イブキ! 手!」

「……平気だ。この程度の傷」

 苦しそうな声で、イブキは強がった。いや、本当に平気なのかもしれない。身体的な傷の方は。

 でも、その心の方が俺は心配だった。もしかしたら、必要以上に自分を責めているんじゃないかって。イブキは……なんでも一人で抱え込んでしまうところがあるから。

「手を貸せ、イブキ。手当てするから」

「いい」

「痛いものは痛いだろ。だいたい、大切な商売道具を自分で傷つけるなよ」

「!」

 イブキはようやくはっとした顔をする。心なしか、しゅんとして目を伏せた。

「……すまない。これではいざという時、確かに戦力が落ちてしまうな」

 俺は眉をハの字にした。……そういうことじゃないんだけど。やっぱり真面目だ。どこまでも。

 俺は強引にイブキの手首を掴み、応急処置しようとした。

 --が。

「貴殿らはこの島の者ですか?」

「!」

 男性にしては高めの声が海岸に響いた。

 俺たちははっとして声の主を振り向く。イブキはぱっと素早く俺から手を離して。

 一体、誰だ。

 気付くと、白い軍服らしき出で立ちの青年がこちらに歩いてきていた。……あっ。胸元にサーシェ王国の国章が描かれてある。ということは、やっぱりサーシェ人だな。

 年は俺やイブキとそう変わらない。前髪が妙にさらさらとしていて手入れが行き届いていることから、身分の高い男のように思える。

 彼の背後には、サーシェ兵たち数十人がぞろぞろと続いていた。

 --サーシェ王国からの追っ手か。

 俺は額に冷や汗を浮かべる。本当にきてしまったのか。おそらく……国家機密の小箱を持出した罪人として、カザロたちを引き取り、処罰するために。

「……どちら様でしょう。名を名乗って下さい」

 俺が努めて冷静に応えると、青年はあくまで真面目に答えた。

「俺はケゼータ。サーシェ王国第二王子です」

 俺は内心ぎくりとした。やっぱり、サーシェ王国の者だった。それも王族が直々に出向くなんて。

 あの小箱、相当やばい代物だったんだろうか。

「俺はラーシヴァルト。ここ、ライリーレ王国の国王です」

「らいりーれ? 初めて聞きました。いつ、建国されたんですか?」

「つい先日です」

「へえ。素敵な国ですね。自然が豊かで」

「……ありがとうございます」

 俺はなんとなく恐怖心を持った。なんだこの男。一見、朗らかに話しているけど……

表情が不気味だ。いかにも貼り付けたような笑顔だからか。

 実際、俺たちの船を砲撃したのはこいつで間違いない。油断するな、俺。

 ケゼータは穏やかな微笑みを浮かべ、小首を傾げた。

「それでラーシヴァルト陛下。こちらに、我が同胞がやってきませんでしたか?」

「……同胞、とは?」

 さりげなく情報を聞き出そうとしても、ケゼータは笑顔のまま。

「大罪人たちのことです。実はですね、我々の国家機密情報が彼らに持ち出されてしまって。彼らの行方を追っているのです」

「存じ上げません。罪人たちなんて」

 嘘ではないが、真実でもないことをすっとぼけて応える。

 でも、本当だ。カザロたちは何も知らない。ただ、亡命するのに選んだ船の隠れ底に、国家機密情報がたまたま置いてあっただけだ。

「またまた。ご冗談を」

 ケゼータは後ろ手に手を組んで、でもやはり笑顔を浮かべたままだ。なんだか……薄ら寒い。腹の底で何を考えているのか、さっぱり読めない。

「匿っていますよね? 彼らを。あの船は我が国が所有する物だ」

「匿ってなどおりません」

 俺は負けじと一歩踏み出す。挑むようにケゼータを睨みつけた。

「この国にいるのは、ライリーレ国民だけですから」

「へえ?」

「お帰り下さい。国家機密情報とやらでしたら、これから海の底にすべて沈むでしょう。あの燃えようでは」

「そういうわけにはいきません」

 ケゼータから、笑みが消えた。冷徹な目になり、腰に下げた剣をすらりと抜く。

 ならって、背後のサーシェ兵たちも武器を取った。

「大罪人はみな、死刑だ。彼らを庇い立てするのなら、容赦はしない。我が国の公務執行妨害罪とみなします。--かかれ!」

「!」

 俺たちも即座に各々の武器を抜いた。

 剣を構えたけど……多勢に無勢だ。俺たち三人で、この数を相手にするなんて、本当にできるか?

 内心、不安が勝つ俺の予想に反して、イブキがやってくれた。

 イブキの異能力なのか、サーシェ兵たちが動きを止める。ぷるぷると震え、必死に何かに抗おうとしているように動こうとする彼らの間を、ほぼ数秒でイブキが走り抜けた。

「イブキ!」

 俺が明るい声を上げた直後、サーシェ兵たちがほんの僅かな血しぶきを上げながら、その場にバタバタと倒れていく。イブキが彼らを斬り伏せたのだ。

 ケゼータは驚きに目を見張っていた。

「鬼族特有の異能力か……!」

 鬼族特有の異能力。そんな力が鬼族には隠されているのか。

 驚く俺を尻目に、唯一生き残ったケゼータが険しい顔で、剣の切っ先を空に向ける。ケゼータの足下に淡い白光の魔法陣が浮かんだ。

 まずい……! 光魔法だ!

「!?」

 驚きに目を見張るイブキの上空にもまた、巨大な魔法陣が出現する。そこから強烈な光の槍が幾重にもなって降り注いだ。

「く…っ……!」

 イブキはどうにか逃げ回って攻撃をかわしている。だけど、そう長くは持たないはずだ。

 俺もまた、所持している剣の切っ先を空に向けた。

「イブキ! 今、助ける!」

 叫びながら、俺の周囲にふわっと風が蠢く。

 発動。--魔法『強制取消』。

 俺が駆使する魔法の真髄は……実はあらゆる現象に干渉できる能力にある。それは魔法も例外じゃない。膨大な魔力を消費するから、決して乱発はできないけども。

 直後、ケゼータが発動している光魔法が強制的にキャンセルされた。

 自由になったイブキが素早く旋回する。俺の魔法に驚いて突っ立ったままでいるケゼータに向かっていき、刀を振るった。

「いけぇえええ、イブキ!」

 俺は咄嗟に握り拳を作る。

 ケゼータははっと我に返った様子だ。が、--その瞬間にイブキの刀に敗れた。

「ぐ、はっ……!」

 致死量ではないけど血しぶきを上げ、彼もまたその場に倒れ伏す。

 イブキは刀から血を振り払い、綺麗になった刀身を鞘にかちっと収めた。

「俺の出番……全くありませんでしたね」

 俺のすぐ背後で、レノスが苦笑とともに呟く。

 俺はあえてスルーし、炎上している船をちらりと見つめた。すべてを焼き尽くす炎が、どこまでも船を飲み込んでいく。

 とんでもないことになってしまったな。改めて船を作るのにどのくらいかかるのか。

 炭酸水の件……どうしよう。遅れてしまう。しばらく、焼きたてのパンはお預けか。

 って、今はそれどころじゃなかった!

「く、っそ……」

 倒れ伏していたケゼータが、よろよろと立ち上がる。イブキに斬られた胸元の傷を押さえながら。

 俺はまたもぎょっとした。動けるのか。

「覚えていろ……! 貴様ら!」

 悔しそうな顔をしつつ、ケゼータは配下を連れて立ち去っていった。サーシェ王国から乗ってきた船に戻るんだろう。

 俺たちは追いかけなかった。下手に捕まえたところで、サーシェ王国との間に角が立つ。また刺客が送り込まれる前にサーシェ王国に申し開きをすればいい。

 ともかく、どうにか終わった。

 ほっとする俺だったけど、……ん? 何か大きな旋回音が聞こえるな。

 ぼんやりと海を見つめると、気付いた。アルヴェルス王国の国旗が遠目に見える。またアルヴェルス王国からの刺客か?

 ……いや、もしかして。

「ウーシュ?」

 俺はぽつりとこぼす。

 ひとまずそこで待つほかなく、俺たちはしばらく待ちぼうけを食らった。



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