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「え! ナヤフ陛下からご許可出た?」

 翌日。

 迎賓棟で朝食をいただいた帰り、シャルーラがこそっと俺に耳打ちしてきた。兄からの了承はもらったと。

 思わず、「本当に?」と聞き返してしまいそうになった。だって、すんなりといきすぎている気がして。

「……嘘じゃないよな?」

「本当よ。お兄様からの承諾は得たわ」

「ヌルゴさんは?」

「内緒」

 シャルーラはすっとぼけた反応を返してから、上機嫌で笑った。花のような笑みだ。不逞の蜂が寄ってこないか心配になるくらい、可愛らしい王女様なんだよな。

「ともかく、だから今日、一緒についていくわ。よろしくね」

「そうか……分かった」

 俺はなんとも言えない気持ちで相槌を打った。本当にこれでいいのだろうか。

 そういう思いは多少ずっとある。でも、泣くほど嫌がっているシャルーラを放っておけなかったんだ。ナヤフも許可を出したのだし、罪悪感を感じなくてもいいはず……なのに。

 だけど、なぜなんだろうな。シャルーラが生まれ育った故郷から、俺たちの国に移住することを素直に歓迎できない自分がいるのは。

 それはもちろん、シャルーラ自身のことを受け入れられないとか、そういうことじゃないんだけど……うーん、上手く考えがまとめられない。

「ラーシヴァルト?」

 シャルーラから名前を呼ばれて、俺ははっとする。慌てて笑顔を取り繕った。

「あ、いや。じゃあ、王城前の広場で待ち合わせるか」

「うん!」

 荷物を取りに行くんだろう。シャルーラは小走りで後宮へ向かっていく。俺はその背中をなんとも複雑な気持ちで見つめた。

 ……これでいい。言い出しっぺは俺だ。

 シャルーラをライリーレ王国に迎え入れ、庇護するのが俺の責任なんだから。俺は俺の責務をまっとうしよう。

「では、俺たちも荷物を取りに戻りましょうか」

 遠慮がちに声をかけてきたレノスに、俺は「ああ」と応える。レノスとカザロを連れて迎賓室に戻り、そこからカレシア王城前の広場に向かった。

 空は、晴れ渡った青空だ。雲はうっすらあるくらいで、綺麗な空色。

 太陽が燦々と輝く下、石畳が敷かれた丸い空間スペースには、木製のベンチがいくつか置かれてあった。プランターには色とりどりの薔薇が植えられており、華やかだ。

「ここで待っていよう」

「「はい」」

 ベンチには座らず、王都内の地図が描かれた看板の前に立っていると、ほどなくして。

「ラーシヴァルト! ごめんなさい、待たせたわ」

「シャ、シャルーラ……」

 俺は呆気に取られた。それはそうだろうと言いたい。だって。

「なんだその服装は……!」

 派手な深紅のドレス。足下はかろうじて底の低いブーツだけど、どう考えても船旅をするための服装じゃない。

 シャルーラは、不思議そうに小首を傾げた。

「え? ダメなの?」

「ダメに決まってるだろ! 旅装に着替えてこい!」

「えー!?」

 お気に入りのドレスなのに、とシャルーラは口を尖らせる。

 俺は頭が痛い。お気に入りかどうかなんて旅装に関係ないだろ。さすが、本物の箱入りお姫様だ。

 小言をついまた言ってしまいそうになったところで。

「わぁ! シャルーラ様だわ!」

 近くで、女児の弾んだ声が響き渡った。

 俺は「ん?」と振り返る。

「本当だ!」

「いつ見ても、素敵!」

「あのドレス、私も着てみたーい!」

 年の頃は八歳前後か。平民の女児数人が、シャルーラの傍まで元気いっぱいに駆け寄ってきた。

 俺は意外に思った。あれ、シャルーラってそんなにも平民から慕われているのか。少し高飛車なところがあるから、ちょっとびっくりだ。

「シャルーラ様! どこかへお出かけですか?」

 女児が無邪気に訊ねると、シャルーラは一瞬、空色の美しい瞳を揺らす。俺はその迷いを見逃さなかった。

 シャルーラ……やっぱり、お前は。

 もしかして--。

「ふふ。ちょっと散歩に行くだけよ。彼らを従えてね」

 シャルーラは腰を屈め、女児にウインクを飛ばす。

 女児たちは目をキラキラとさせた。

「さすがシャルーラ様! カッコイイ!」

「あーあ、私もイケメンな殿方に守ってもらいたいなー」

「ねね、あの塩顔のおにいさんとかよくない?」

 え、レノスのこと? 俺とカザロさんは?

 俺はなんともやるせない気持ちになる。俺だってカッコイイと言われたいのに。

 だけど、無言で女子トークを遠目から眺めるほかなかった。カザロさんは興味がないのかにこにこ笑っているけど。さすが、伴侶持ち。余裕だな。

「こらこら。真ん中の銀髪の殿方もいいでしょう?」

 シャルーラが援護射撃してくれる。

 が、女児たちの反応は残酷だった。「えー……」と言い渋る。

「ちょっと、偉そう」

「ね」

 マジか。俺って傍目から見てそんなに不遜なのか……?

 内心がっかりしていると、女子たちの会話はまた別のことに移った。今度は、シャルーラが身につけている宝石についてだ。

 シャルーラもそうだけど、女児たちは楽しそうに笑っていた。本当に幸せそうだな。

「では、お気を付けて下さいね、シャルーラ様!」

 女児の一人が会話を切り上げ、手を振る。シャルーラにだけ。

「絶対に危ない目に遭わせたらダメですよ、おにいさん方!」

「シャルーラ様は、私たちの大切なお姫様なんですからね!」

 女児たちは俺たちにちゃっかり命令をしてから、「シャルーラ様、また明日ー!」と弾ける笑顔でその場を走り去っていった。いやだから俺たちは?

 とはいえ、俺は無言でシャルーラの背中を見つめた。緩やかな金色の巻き髪に隠れて、その表情はよく見えない。

 でも。

「……ラーシヴァルト」

 シャルーラがぽつりと呟く。その一言で、俺は察した。シャルーラの決断を。

 シャルーラはぱっと俺を振り向き、ヒマワリのような笑顔を浮かべた。

「~~っ、やっぱりごめん! 私、行けないわ!」

 俺は驚かなかった。やっぱりそうか。

 シャルーラが生まれ育った故郷を置いていけるはずがない。何よりも彼女は、民のために存在する王女だ。

「本当にごめんなさいね。振り回してしまって」

「……いや。大丈夫だよ」

 シャルーラ、お前は『この国』を選んだんだな。俺はその決断を、もちろん尊重する。そして、とても尊敬するよ。

 俺がふっと柔らかい笑みを浮かべると、シャルーラは「っ!」と一瞬泣きたそうに顔を歪めた。でも、絶対に涙は見せなかった。

 シャルーラは精一杯の健気な笑みを浮かべる。

「あなたのことを好きになってよかった。ありがとう、ラーシヴァルト」

「!」

 シャルーラが俺の前までやってきて、俺の頬に口づけをする。すぐに体を離して、満面の笑顔で手を振った。

「気を付けてね! またいつか、会いましょう」

 シャルーラはくるりと踵を返す。言うだけ言って、颯爽と帰って行く。--『カレシア王国』へと。

 はは。なんだか振られてしまった気分だ。

 俺もまた、その細い背中に少し大きな声で応えた。

「ああ! --またな、シャルーラ!」

 返事はない。どんどん遠ざかっていく。

 俺は振り上げた手を下ろした。心の中で元婚約者候補に語りかける。

 俺も頑張るよ、シャルーラ。

 いつか、シャルーラを自信を持って招待できるような、素晴らしい国にしてみせる。

「……行きましょうか。ラーシ様」

 レノスが俺の肩にぽんと手を置いた。俺はふっと笑みを返す。

「ああ」



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