表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/24



「ふぅ。これで準備はいいか」


 軽い旅装姿に着替え、着替え等を詰めたリュックを肩に背負う。路銀も忘れない。

 俺は質素な自分の部屋をぐるりと見回した。十六年間……お世話になった部屋だ。

 まさか、離れる日がくるなんてな。


「……」


 俺はそっと目を伏せた。

 思うところはある。だけど、必死に見て見ぬふりをして部屋を出た。

 こそっと宮殿を出ると、もう夕方だ。アルヴェルス王城の方を通って、王都を出ようとしていると、なんと弟王子のエリューハニスの姿があった。


「ラーシ兄上…っ……!」

「エリュー」

「どうか、お元気で……」


 はらはらと涙をこぼす一つ年下の末っ子王子は、どうやら俺を見送りにきてくれたらしい。

 俺は驚いた。マミバの奴は弟たちには秘密にするって言っていたのに……あれ?


「聞いたのか? 俺が流罪になること」

「はい……っ、レノスから」

「……」


 俺は苛立ちに眉をひそめる。レノス。一体、なんなんだ。

 ひとを裏切るわ、弟に話してしまうわ。弟には心配をかけたくなかったのに……腹立たしい。何がしたいのかよく分からない。


「……俺が悪いんだ。だから、軽蔑してくれていい」

「嘘だっ! ラーシ兄上はそのようなことをする人じゃありません! 僕は絶対に信じないっ!」

「エリュー……」


 胸がじぃんと熱くなった。俺のことを信じてくれる弟が本当に愛おしい。

 エリューハニスは昔からこうだった。俺のことを尊敬の眼差しで見上げて、俺の後ろをいつもついてくる。時に盲信するところもあったけど、可愛い弟だ。

 この子の兄でよかった。

 俺は、エリューハニスから手を離して立った。傍に他に誰もいないことを確認する。


「そういえば、ウーシュは?」

「ウーシュ兄上でしたら、執務室に立てこもっています」

「……そうか」

「お話したんですけどね! どうしてああも冷たいのか!」


 ぷりぷりと怒るエリューハニスに、俺はぎこちなく苦笑いした。


「そんなことない。ウーシュはただ、不器用で誤解されるところがあるだけだ。これからもウーシュと仲良くしろよ」

「……はい」


 俺に窘められて、しょんぼりとするエリューハニス。もう泣いていない。感情を爆発させたら、涙がどこかへ吹き飛んだみたいだ。多分。

 俺はくるりと背を向けた。手をひらひらと左右に振る。


「じゃあ、またな」

「はい! ……あっ! ラーシ兄上!」


 エリューハニスに呼び止められ、俺は足を止める。

 エリューハニスが小走りで追いかけてきて、首に提げていたペンダントを自分で外した。珊瑚のような透き通るような赤い宝石が金細工にはめ込まれた、美しく高価なペンダントだ。


「ラーシ兄上。こちら、どうぞ」


 俺は目を瞬かせる。


「これ、お気に入りのペンダントだろ? どうして急に」

「再会する時まで預けます」


 エリューハニスは泣きたそうな笑顔で応えた。

 俺は虚を突かれた。……再会する時まで。そうか、再会を信じたいのか。

 俺がさっき世辞で「またな」と言ってしまったから。元気そうに振る舞っているのも、きっと俺に心配をかけたくないから……かもしれない。


「……俺は兄失格だな」

「え?」

「いや。分かった。ありがとう」


 俺はペンダントをそっと受け取る。柔らかい笑みを返しながら。


「じゃあな。エリュー」


 今度こそアルヴェルス王城前を発つ。早歩きで城下町へ向かいながら、考えるのは双子の弟王子のウシュベルーナのことだ。

 ちょっと人見知りでおとなしいだけで、心優しい子だと思っていた。仲良くやっていたと信じていたのに。

 --あの白豚宰相と実は結託していたのか?

 そうでなければ、エリューハニスと一緒に見送りにきていたはずでは?


「……」


 兄上、兄上、と人懐っこかった幼少期のウシュベルーナの姿を思い出す。

 少しずつ距離を置かれていったように感じてはいたけど、それは兄離れしたのだろうとてっきり思い込んでいた。

 だけど、それは違ったのか……?

 俺は足を止め、そっと目を伏せた。王城を振り返って小さく呟く。


「ごめん。ウーシュ」


 お前を信じ切れない俺を許してほしい。

 裏切っていないと信じたいのに、状況がそれを許さない。でも、お前ならきっといい次期国王になるはずだとは信じている。

 だから、王位はお前に譲る。

 静かに顔を伏せたまま、とぼとぼと歩いていると。


「ラーシヴァルト殿下」


 どこからか、小声で俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「?」


 顔を上げ、右脇を見ると、王立騎士団本部がある。

 そこには、なんと。


「みんな……!」


 ずらりと王立騎士たちが整列して敬礼をとってくれていた。もちろん、王立騎士の全員ではない。いないのは、宰相側の者たちだろう。

 全員でなくとも、俺にとっては十分励みになる見送りだった。

 顔ぶれにレノスはいない。痛む胸を堪える。

 ーーありがとう。みんな。

 俺は目配せだけでお礼を伝え、颯爽と城下町に下りた。

 馬を借りられる場所へ急ぎながら、俺は路銀が入った袋を見下ろす。

 持ってこられた路銀は、金貨が百枚ほど。馬を使って路銀をケチれば、隣国のカレシアまで問題なく移動できる。

 もう夕方だ。早く隣の村までには移動しないと。


「カレシアに出たら、どうするかな……」


 呟きながら、俺はいそいそと歩く。

 どこかでのんびりと暮らしたい。王太子という重責から解放されたんだ。もっと世界を見て回って、定住する国を探そうか。

 どんな国なら、住み心地よく生きられるんだろう?

 俺はもう平民同然だ。平民目線で生きやすい国……正直、あまり考えないでいた。だって所詮、俺は王族だから。

 見本のような王太子。嫌みったらしく言われたとはいえ……俺のどこが王太子の見本像だったんだろう。

 こんな無力で能力の低い王太子のどこが。

 なんとも言えない気持ちでつらつらと考えていたら、王都の端にある貸し馬ギルドに到着した。金貨一枚で馬を一頭借り、さっさと外に出る。


「お釣りはいらない。あんたへのチップだ」

「あ、ありがとうございます!」


 店主は嬉しそうににこにこ笑い、快く俺を送り出してくれた。元王太子だとは分からなかったみたいだ。まぁ、もう出で立ちは庶民と変わらないからか。

 ほっとしたような、でもがっかりしたような気分で、俺は馬に乗る。ランランという名の栗毛の馬に跨がって、王都を発った。

 城塞都市である王都だ。門の下を抜けてから、なんの建物もない荒れ地へと飛び出す。砂塵を巻き起こしながら、ひたすら荒廃した道を突き進んでいると、--ん!?

 俺の視界に砂塵が映った。ざざっと舞う砂塵は、なんと栗毛馬の耳の中へ入っていく。


「ヒヒーン!」

「ちょっ、ま……うわぁあああああ!?」


 栗毛馬は驚いたのか、暴走して勝手に突っ走り始めた。

 焦った俺はどうにか手綱で制御しようとしたが、馬の扱いには実はさほど慣れていない。そのまま置き物のように座ったまま、運ばれていくしかなく。

 --なんでこんなことに!?

 幸先が悪いにもほどがある。


「止まってくれよ、ランラン--ッ!」


 俺の叫び声が、夕日が沈んでいく荒野にこだました……。 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ