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     ***



「ラーシヴァルトがいないとつまらないよねえ」

 孤島にて。

 島の巡回をかねて炭酸水が湧き出る山の八合目に、イブキとリスガはいた。

 炭酸水を飲みながら愚痴るリスガの言葉に、イブキは沈黙する。しかし、確かにラーシヴァルトがいないと、妙に静かだ。

「あいつは……太陽みたいな奴だからな」

「はは、確かに。ドジな太陽だよね」

「配慮なし無神経王子でもある」

 本人がここにいたら、俺の悪口かよと顔をしかめそうなことを、二人は純粋に楽しげに

口にした。

 そう、本当だ。本気で嫌っているだとか、疎ましく思っているわけではない。

 イブキは、未だ慣れない炭酸水を一口飲む。びりびりとした喉ごしがまだ苦手だ。だが確かに血行がよくなるような気はしていて、だからたまに飲むことにしている。

『じゃあ、この島のことは任せたよ。イブキ』

 爽やかな笑顔で発ったラーシヴァルト。

 イブキだって、ラーシヴァルトを守るためについていきたかった。けれど、ラーシヴァルトの護衛にはレノスがいる。

 二人の付き合いの長さには勝てないし、そもそもレノスも相当に腕が立つ。ラーシヴァルトから命令されるのも、いつもレノスだけ。非常に信頼し合っている仲だと分かる。

 その関係性にイブキが割って入れるわけがなかった。

(悔しいな)

 俺だって……ラーシヴァルトのことを大切に想っているのに。

「イブキは、ラーシヴァルトのことが好き?」

「!」

 唐突に話を振られ、イブキは飲んでいた炭酸水を危うく噴き出しそうになった。リスガが可笑しそうに笑う。

「僕もね、ラーシヴァルトのことが大好き」

「そうか」

「うん。ラーシヴァルトのおかげで、僕はこの村に帰ってこられたから。でもね、ラーシヴァルトだけのことじゃないよ」

「?」

 隣に立つリスガを見ると、弾けるような少年の笑顔があった。

「イブキもレノスも、みんな大好き!」

 イブキは面食らった。まさか、自分のことも含めて言ってくれるとは思わなかったから。

「そうか」

 イブキはふっと笑う。小さく呟いた。

「俺もだ」

「ずっと、みんなと一緒にいられたらいいよね」

「ああ」

 さて、そろそろ村に戻ろう。

 道を引き返そうとした時、イブキはふいに気付いた。水平線の向こうから、大きな船が迫ってきているのが。

「戦艦か……?」

 国旗は……小さすぎてまだあまり見えない。どこの国の船だろう。

 けれど。

 --招かざる客がきたような気がして、イブキは無意識に刀の柄を握りしめた。

 万が一の時は、この島は俺が守る。ラーシヴァルトも信じて任せてくれた。

(俺の居場所を失いたくない)



     ***



「カレシア王城はこちらです」

「ありがとうございます」

 カレシア戦艦と邂逅したあの後。

 俺たちはカレシア港に入港できた。俺の顔パスで。持ち物検査くらいはあったけども。

 カレシア港から馬車で王都に向かい、一週間ほどかけて到着した。これからカレシア国王ナヤフと謁見する予定だ。 

 カレシア王城に入ろうとしたら、奥からバタバタと誰かが走ってくるのが見えた。

「ラーシヴァルト!」

「ぐえっ!」

 カレシア王女シャルーラ・カレシアだ。シャルーラは脇目も振らずに俺に抱きついてきた。

 シャルーラは俺と同じ十六歳の女性。ちょっとだけ、奔放なお姫様だ。

「よ、よせよ。シャルーラ」

 俺はすぐにシャルーラをひっぺ剥がした。紳士として当然のことだ。

 だけど、シャルーラはむっとする。

「久しぶりの再会でしょう? 嬉しくないの?」

「普通」

「何よそれー!」

「はは。冗談だ。嬉しいよ、もちろん」

 俺が柔らかく笑むと、シャルーラは頬をぽっと赤く染めた。「も、もうっ! 正直なんだから」と体をゆらゆらと動かす。

 俺の背後では、レノスが微笑ましそうな顔をしていた。それはそうだろう。俺とシャルーラは国の垣根を越えて、婚約の話が決まりかけていた関係だ。

 といっても、俺にとっては妹みたいな存在だった。特別女性として色目を使って見ているわけじゃない。我ながら謎ではある。シャルーラはカレシア王国三大美女の一人であり、気立てもよく、思いやりのあるいい子なのに。

「ラーシヴァルト……大変だったね、アルヴェルス王国でのこと」

 シャルーラはふと気遣わしげな表情を浮かべ、石畳が敷かれた地面を見つめる。どこに視線を向けたらいいのか、困っている様子だ。

 俺は苦笑いするしかなかった。

「心配しなくても大丈夫だ。俺は今、充実してる」

「本当に?」

「ああ」

 シャルーラは顔を上げる。ほっとした顔をしていた。本当に優しくていい子だ。

「そういえばね、ラーシヴァルト。アルヴェルス王国では、ウシュベルーナ殿下が国王にご即位されたわ。……あっ、もう陛下ね」

「ふぅん。そうか」

「そうかって……悔しくないの? 弟に王位を奪われて」

 なぜか、シャルーラが憤慨した顔をしている。俺はやっぱり苦笑いするしかなかった。

 ウシュベルーナが王位につくことは、重々承知の上で俺はアルヴェルス王国から追放されてやったんだ。今更、怒ることでも、ショックを受けることでもない。

「平気だよ。ウーシュは優秀だからな。俺よりも、よほどいい国王になれるさ」

「そんなことないっ! ラーシヴァルトの方が……!」

「買いかぶりすぎだよ。俺のこと」

「……そう」

 シャルーナは、しゅんとした。なぜかはよく分からない。

 でもすぐに笑顔を浮かべ、サッと身を翻した。

「行きましょう! お兄様のところまで案内するわ」

「ありがとう」

 シャルーナはヒールの音をカツカツと鳴らしながら颯爽と歩く。その後ろを、俺とレノスはついていく。

 ……それにしても、ウシュベルーナが国王か。

「大丈夫ですか。ラーシ様」

「……ああ」

 声をかけてくれたレノスに小さく返答をし、俺はそっと目を伏せた。

「ウーシュの奴は、俺のことを嫌いだったのかな」

「……なんとも申し上げられません。すみません」

 正直な男だ。でも確かにレノスから見ても、よく分からない経緯なんだろう。

 しょんぼりとすると。

「ですが」

 レノスは付け加えた。言葉を選ぶように、ゆっくりと。

「ラーシ様が何か悪かったわけではないと思います。ウシュベルーナ陛下も、ラーシ様のことを毛嫌いしているようには見えておりませんでしたし」

「そう、か……」

 ウシュベルーナ。

 もし会う機会があったら……本音を聞きたいな。

「ラーシヴァルト。こっちよ」

 シャルーナに案内されて、俺たちは謁見の間に辿り着いた。玉座には二十代半ば頃の男性が腰掛けており、俺の姿に気付くとすぐ立ち上がった。

「ラーシヴァルト! よく無事でいてくれた!」

 カレシア国王ナヤフだ。漆黒の軍服のような装いをしたナヤフは、ずんずんと駆け寄ってきてくれた。

 熱いハグを交わして、握手もする。

 俺は自然と柔和な笑顔を浮かべていた。

「お久しぶりです。お元気そうで何よりです。ナヤフ陛下」

「陛下呼びなんてしなくていいと何度言ったら分かる。俺とお前の仲だろう」

「とんでもない」

 さすがに一国の国王のことを呼び捨てにするなんて無理だ。今の俺は……まぁ、しがない庶民であるし。いや、庶民派次期国王か。

 謁見の間は、驚くほど広い。アルヴェルス王国の玉座の間よりも、ずっと。さすが、鉱山資源が豊富な大国だ。

 国が繁栄していることをよく現しているのが、シャルーナの装いだな。ドレスは一目で上質なものだと分かるし、特に胸元にきらりと輝く宝石は……何カラット分のダイヤモンドなんだろうか。考えるだけで恐ろしい。

「ワン!」

「おお! シロ、お前もラーシヴァルトに会いたかったか」

 そこへ、一匹の小型犬が謁見の間に走ってやってくる。もふもふの白い毛並みの小型犬だ。それからぞろぞろと他の小型犬も十匹ほど駆け込んできた。

 俺は呆気にとられるしかない。すごい。どれだけ多頭飼いしているんだ。

 ナヤフはシロと呼んだ小型犬を抱き上げた。俺に挨拶させるように、シロの鼻先を俺の顔に近づける。

「わっ」

「ガハハ! 犬は嫌いか?」

「す、好きですけど……飼ったことはなくて」

「動物はいいぞ。癒やされるし、何よりも」

 ナヤフはシロの鼻先に軽くキスをし、続けた。

「愛おしい。庇護欲がそそられる」

 俺はふっと笑みを浮かべる。さすが、軍人上がりの国王だ。何かを守るために戦うという考えが板についている。

「『愛犬王』と呼ばれているのよ。お兄様は」

 シャルーナがくすくすと笑いながら口を挟む。

 俺もつられて笑ってしまった。なるほど、『愛犬王』か。これだけのワンコを飼い、これだけ溺愛していたらそうも呼ばれるか。

 といっても、もちろんそれだけじゃないことを知っている。

 その時、こつんと靴音が脇から鳴った。

「もちろん、それだけではありませんよ。我が国の国王陛下は」



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