16 ※
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「ラーシヴァルトがいないとつまらないよねえ」
孤島にて。
島の巡回をかねて炭酸水が湧き出る山の八合目に、イブキとリスガはいた。
炭酸水を飲みながら愚痴るリスガの言葉に、イブキは沈黙する。しかし、確かにラーシヴァルトがいないと、妙に静かだ。
「あいつは……太陽みたいな奴だからな」
「はは、確かに。ドジな太陽だよね」
「配慮なし無神経王子でもある」
本人がここにいたら、俺の悪口かよと顔をしかめそうなことを、二人は純粋に楽しげに
口にした。
そう、本当だ。本気で嫌っているだとか、疎ましく思っているわけではない。
イブキは、未だ慣れない炭酸水を一口飲む。びりびりとした喉ごしがまだ苦手だ。だが確かに血行がよくなるような気はしていて、だからたまに飲むことにしている。
『じゃあ、この島のことは任せたよ。イブキ』
爽やかな笑顔で発ったラーシヴァルト。
イブキだって、ラーシヴァルトを守るためについていきたかった。けれど、ラーシヴァルトの護衛にはレノスがいる。
二人の付き合いの長さには勝てないし、そもそもレノスも相当に腕が立つ。ラーシヴァルトから命令されるのも、いつもレノスだけ。非常に信頼し合っている仲だと分かる。
その関係性にイブキが割って入れるわけがなかった。
(悔しいな)
俺だって……ラーシヴァルトのことを大切に想っているのに。
「イブキは、ラーシヴァルトのことが好き?」
「!」
唐突に話を振られ、イブキは飲んでいた炭酸水を危うく噴き出しそうになった。リスガが可笑しそうに笑う。
「僕もね、ラーシヴァルトのことが大好き」
「そうか」
「うん。ラーシヴァルトのおかげで、僕はこの村に帰ってこられたから。でもね、ラーシヴァルトだけのことじゃないよ」
「?」
隣に立つリスガを見ると、弾けるような少年の笑顔があった。
「イブキもレノスも、みんな大好き!」
イブキは面食らった。まさか、自分のことも含めて言ってくれるとは思わなかったから。
「そうか」
イブキはふっと笑う。小さく呟いた。
「俺もだ」
「ずっと、みんなと一緒にいられたらいいよね」
「ああ」
さて、そろそろ村に戻ろう。
道を引き返そうとした時、イブキはふいに気付いた。水平線の向こうから、大きな船が迫ってきているのが。
「戦艦か……?」
国旗は……小さすぎてまだあまり見えない。どこの国の船だろう。
けれど。
--招かざる客がきたような気がして、イブキは無意識に刀の柄を握りしめた。
万が一の時は、この島は俺が守る。ラーシヴァルトも信じて任せてくれた。
(俺の居場所を失いたくない)
***
「カレシア王城はこちらです」
「ありがとうございます」
カレシア戦艦と邂逅したあの後。
俺たちはカレシア港に入港できた。俺の顔パスで。持ち物検査くらいはあったけども。
カレシア港から馬車で王都に向かい、一週間ほどかけて到着した。これからカレシア国王ナヤフと謁見する予定だ。
カレシア王城に入ろうとしたら、奥からバタバタと誰かが走ってくるのが見えた。
「ラーシヴァルト!」
「ぐえっ!」
カレシア王女シャルーラ・カレシアだ。シャルーラは脇目も振らずに俺に抱きついてきた。
シャルーラは俺と同じ十六歳の女性。ちょっとだけ、奔放なお姫様だ。
「よ、よせよ。シャルーラ」
俺はすぐにシャルーラをひっぺ剥がした。紳士として当然のことだ。
だけど、シャルーラはむっとする。
「久しぶりの再会でしょう? 嬉しくないの?」
「普通」
「何よそれー!」
「はは。冗談だ。嬉しいよ、もちろん」
俺が柔らかく笑むと、シャルーラは頬をぽっと赤く染めた。「も、もうっ! 正直なんだから」と体をゆらゆらと動かす。
俺の背後では、レノスが微笑ましそうな顔をしていた。それはそうだろう。俺とシャルーラは国の垣根を越えて、婚約の話が決まりかけていた関係だ。
といっても、俺にとっては妹みたいな存在だった。特別女性として色目を使って見ているわけじゃない。我ながら謎ではある。シャルーラはカレシア王国三大美女の一人であり、気立てもよく、思いやりのあるいい子なのに。
「ラーシヴァルト……大変だったね、アルヴェルス王国でのこと」
シャルーラはふと気遣わしげな表情を浮かべ、石畳が敷かれた地面を見つめる。どこに視線を向けたらいいのか、困っている様子だ。
俺は苦笑いするしかなかった。
「心配しなくても大丈夫だ。俺は今、充実してる」
「本当に?」
「ああ」
シャルーラは顔を上げる。ほっとした顔をしていた。本当に優しくていい子だ。
「そういえばね、ラーシヴァルト。アルヴェルス王国では、ウシュベルーナ殿下が国王にご即位されたわ。……あっ、もう陛下ね」
「ふぅん。そうか」
「そうかって……悔しくないの? 弟に王位を奪われて」
なぜか、シャルーラが憤慨した顔をしている。俺はやっぱり苦笑いするしかなかった。
ウシュベルーナが王位につくことは、重々承知の上で俺はアルヴェルス王国から追放されてやったんだ。今更、怒ることでも、ショックを受けることでもない。
「平気だよ。ウーシュは優秀だからな。俺よりも、よほどいい国王になれるさ」
「そんなことないっ! ラーシヴァルトの方が……!」
「買いかぶりすぎだよ。俺のこと」
「……そう」
シャルーナは、しゅんとした。なぜかはよく分からない。
でもすぐに笑顔を浮かべ、サッと身を翻した。
「行きましょう! お兄様のところまで案内するわ」
「ありがとう」
シャルーナはヒールの音をカツカツと鳴らしながら颯爽と歩く。その後ろを、俺とレノスはついていく。
……それにしても、ウシュベルーナが国王か。
「大丈夫ですか。ラーシ様」
「……ああ」
声をかけてくれたレノスに小さく返答をし、俺はそっと目を伏せた。
「ウーシュの奴は、俺のことを嫌いだったのかな」
「……なんとも申し上げられません。すみません」
正直な男だ。でも確かにレノスから見ても、よく分からない経緯なんだろう。
しょんぼりとすると。
「ですが」
レノスは付け加えた。言葉を選ぶように、ゆっくりと。
「ラーシ様が何か悪かったわけではないと思います。ウシュベルーナ陛下も、ラーシ様のことを毛嫌いしているようには見えておりませんでしたし」
「そう、か……」
ウシュベルーナ。
もし会う機会があったら……本音を聞きたいな。
「ラーシヴァルト。こっちよ」
シャルーナに案内されて、俺たちは謁見の間に辿り着いた。玉座には二十代半ば頃の男性が腰掛けており、俺の姿に気付くとすぐ立ち上がった。
「ラーシヴァルト! よく無事でいてくれた!」
カレシア国王ナヤフだ。漆黒の軍服のような装いをしたナヤフは、ずんずんと駆け寄ってきてくれた。
熱いハグを交わして、握手もする。
俺は自然と柔和な笑顔を浮かべていた。
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです。ナヤフ陛下」
「陛下呼びなんてしなくていいと何度言ったら分かる。俺とお前の仲だろう」
「とんでもない」
さすがに一国の国王のことを呼び捨てにするなんて無理だ。今の俺は……まぁ、しがない庶民であるし。いや、庶民派次期国王か。
謁見の間は、驚くほど広い。アルヴェルス王国の玉座の間よりも、ずっと。さすが、鉱山資源が豊富な大国だ。
国が繁栄していることをよく現しているのが、シャルーナの装いだな。ドレスは一目で上質なものだと分かるし、特に胸元にきらりと輝く宝石は……何カラット分のダイヤモンドなんだろうか。考えるだけで恐ろしい。
「ワン!」
「おお! シロ、お前もラーシヴァルトに会いたかったか」
そこへ、一匹の小型犬が謁見の間に走ってやってくる。もふもふの白い毛並みの小型犬だ。それからぞろぞろと他の小型犬も十匹ほど駆け込んできた。
俺は呆気にとられるしかない。すごい。どれだけ多頭飼いしているんだ。
ナヤフはシロと呼んだ小型犬を抱き上げた。俺に挨拶させるように、シロの鼻先を俺の顔に近づける。
「わっ」
「ガハハ! 犬は嫌いか?」
「す、好きですけど……飼ったことはなくて」
「動物はいいぞ。癒やされるし、何よりも」
ナヤフはシロの鼻先に軽くキスをし、続けた。
「愛おしい。庇護欲がそそられる」
俺はふっと笑みを浮かべる。さすが、軍人上がりの国王だ。何かを守るために戦うという考えが板についている。
「『愛犬王』と呼ばれているのよ。お兄様は」
シャルーナがくすくすと笑いながら口を挟む。
俺もつられて笑ってしまった。なるほど、『愛犬王』か。これだけのワンコを飼い、これだけ溺愛していたらそうも呼ばれるか。
といっても、もちろんそれだけじゃないことを知っている。
その時、こつんと靴音が脇から鳴った。
「もちろん、それだけではありませんよ。我が国の国王陛下は」




