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     ***



 その頃、アルヴェルス王国内では、大規模な人員整理が行われていた。

 中でも大きな人事異動は、宰相マミバの降格。末端の文官どころか窓際まで追いやられることになっていた。

「く、そ……っ。なぜ、私が!」

 宰相室。人事異動書をくしゃりと丸めるマミバの目の前に、元『第二王子』ウシュベルーナ・アルヴェルスが立っている。

 ウシュベルーナは冷徹な目で断罪した。

「貴殿ははラーシ兄上を捏造の証拠で追放した。そして、俺のことも傀儡にしようとした。それが罪状だ」

「……っ」

「残りたいのなら残ればいい。閑職だがな」

 ウシュベルーナは冷たく言い放ち、宰相室を颯爽と後にする。じき、新しい宰相がこの部屋の主となるだろう。

「さすが、ウーシュ兄上ですね!」

 ウシュベルーナの傍を歩くエリューハニスが、興奮気味に言う。兄王子ラーシヴァルトを陥れたマミバを実質処罰できて、やっと溜飲が落ちたようだ。

 ラーシヴァルトが去ってからというもの、エリューハニスの落ち込みようはひどかった。とにかくラーシヴァルトのことが恋しいようで、ひたすら泣く日々が続いた。

 しかし、マミバの思惑のせいだと分かるや否や、その恨みがマミバに一心に注がれた。少し怖いくらいに。

「いや。俺など……大したことはない」

 弟からの温かい眼差しにも、ウシュベルーナは素っ気なく答える。

 歴代のアルヴェルス国王が描かれた絵画が立てかけられた回廊を二人、きびきびと歩いた。歩幅の短いエリューハニスは少し不満そうだったが、いつものようには小言を言わず。

「エリュー」

「はい。なんでしょう」

「ラーシ兄上の行方を掴んだ。……かもしれない」

「本当ですか!?」

「ああ」

 近隣の村で、ラーシヴァルトらしき人物の目撃情報があった。雨乞い師のふりをしていたそうだが、間違いなく使ったのは魔法。それも天候を操作するなんて、この国にはラーシヴァルトしかありえない。

「どこへ行かれたんでしょう。カレシアですか?」

「いや。--西の孤島だ」

 エリューハニスは怪訝な顔をした。

「孤島? なぜ」

「分からない。だが、行ってみる価値はある。そうは思わないか?」

「同意します」

「では、先に行け。エリュー。俺もあとから追う」

「分かりました!」



     ***



 村長宅が出来上がってから、半月後。

 海を渡る船--サーシェ人のみんなが乗ってきた船--の上に、俺たちはいた。俺たちというのは、俺、レノス、カザロたち七人のことだ。

 あれからカレシア王国へ向かうことにしたのだ。この島に無限に湧き出る炭酸水と、小麦を交換し合うために。厳密には、商談になる。

 炭酸水は主に富裕層の貴婦人たちからの需要が多い。輸出したら喜ばれること間違いなしだ。

『じゃあ、この島のことは任せたよ。イブキ』

『……ああ』

 万が一の場合に備え、イブキは戦力として島に残した。リスガやダデラとともに。

 イブキにもそう伝えたんだけど、イブキはどことなく不満そうだったな。なぜだろう。

「ラーシヴァルト殿下」

 俺が船の甲板で押し寄せる波を見つめていると、声をかけてきたのはレノスだ。

「レノス。どうした」

「カレシア王室には、どう連絡をとるおつもりなのかと」

「直接、顔を見せに行くしかない。門前払いされたら、その時はその時だ」

 アルヴェルス王国の内情を聞いてはいるだろうから、もしかしたらもう使えない人脈扱いされている可能性はある。というか、その方がありうるかもしれない。

 だからこそ、俺はあの島で『国王』になることを宣言し、有能な人材だとアピールする必要があるんだ。俺の守りたいもののためには。

 待っていてくれ、みんな。必ず、小麦の輸入も国作りの件もまとめて吉報を届ける。

「ラーシヴァルト様。そろそろカレシアの傍まで行きます。何か旗を掲げた方がよいかと思いますが、いかがされますか」

「旗? --ああっ! 国旗を作り忘れた!」

 せっかく、イブキやリスガと考えていたのに!

 カザロからの助言に、俺は大慌てだ。それはそうだ。このまま、カレシアに入港するのに国旗を振っていないと、どこの不審船だと門前払いを食らいそうだし、何よりも俺たちの記念すべき門出が!

「ラーシヴァルト殿下。こちらにペンキならありますよ」

「それだ! 使う!」

 俺は自分が羽織っていたマントを脱ぎ、破いて、ざっと簡略国旗を描いた。手と手を取り合うイラストだ。背景には炭酸水の泡も忘れない。

 これらは島の特産物、そして--誰とでも手を取り合う国というモチーフで考えたんだ。

 もし、色も付けるとしたら……どんな色がいいかな? 炭酸水の泡は水色でいいとして。

「レノスだったら、何色を使う?」

「では、黄色いで」

「どうして」

「補色色がいいかなと」

「なるほど」

 うーん、黄色か。悪くないかも?

「できれば、虹色で描きたかったんだけどな……」

 諦めて、黄色いペンキで色を塗る。

 しょんぼりとする俺に、レノスは苦笑いだ。

 カザロは「虹色で描けたら、素敵な国旗になっていたでしょうね」と興奮気味に褒めてくれたけど。

「ラーシヴァルト殿下は、やはりロマンチストですね」

「え?」

「虹色のペンキなんて存在しないでしょう」

「それは知ってる。ただ、七色を繋ぎ合わせて描いたら、虹色になるかなって」

「ああ、そういうことでしたか」

 レノスが俺の隣にしゃがみ込む。さりげなく、俺から黄色いペンキを奪い取り、綺麗に塗り直した。ぐぬぬっ、レノスの方が手先が器用なんだよな。

「さすが、ラーシヴァルト殿下です。俺には想像が及びませんでした」

「はは。そうか?」

「ええ」

「俺の弟も……殿下のように奔放な子だった」

 俺ははっとする。そういえば、レノスは年の離れた弟を養うため、早々に王立騎士団入りしたんだっけ。

 ただ、その弟さんは……数年で病死してしまったそうだけど。

「……すみません。辛気くさい話を」

 レノスが国旗を塗り終わって、腰を上げる。苦笑しながら、ペンキを片付けに行った。

 俺は何も言ってあげられなかった。

 当時のレノスにもあまり上手く声をかけられていなかった記憶がある。本人がけろっと元気に見えたのもあって。

 でも、こんなんじゃ主人失格だ。

「レノス」

 小走りでレノスを後を追いかけ、声をかけると、「どうされましたか」とレノスは柔らかく微笑む。

「あの、さ。俺は長生きするから」

「? ええ」

 不思議そうな目で俺と見つめるレノスを、俺も見上げる。照れ笑いを浮かべながら。

「だから、ずっと俺のことを傍で見守っていてくれよ。お前の葬式くらい、俺が手配してやるし」

「ラーシヴァルト殿下……」

 レノスは「ぷっ」と吹き出した。声を出して笑い、びっくりするほど優しく笑んだ。

 こちらが戸惑ってしまうほどに。

「ありがとうございます。仰せのままに。ラーシヴァルト殿下」

「今更だけど……俺はもう王子じゃない。変じゃないか? そういえば」

「確かにそうですね。いつまでもしつこくお呼びしてすみません」

 レノスは「では」と、もう一度にこりと笑った。

「ラーシヴァルト様と以後お呼びしますね」

 我ながら、名前が長い。アルヴェルス王族の名前はみんなそうなんだ。なんでも、その方が王族らしいのと、ただ単に名前かぶりを嫌がっていたからだそうな。

「ラーシでいいよ。長いだろ」

「ラーシ様?」

「うん。それでいい」

 俺もにっと笑い返す。

「ではこちら、船尾につけておきますね」

 柔らかく口を挟んだカザロが簡略国旗を持って行き、船の後ろへ向かっていった。

 やがて、潮風に揺れる簡略国旗が俺たちの船に出現する。おお、悪くないな。海の色に対して黄色がよく映える。レノスの提案を聞いてよかった。

 でも、本物の国旗は……虹色で作りたい。夢があるような気がして。

 人も国も、きっとグラデーションのように明確な境目なんてないはずだから。

 しばらく航海を続けていると……ん? 大きな船が見える。ほとんど戦艦に近い船だ。

「カレシアの戦艦か」

 俺は甲板で小さく呟く。

 船尾で揺れている国旗がカレシア王国のものだ。ということは、もしかして領土近辺の海域をパトロール中なのか?

 まずい、と思った。絶対にあちらから問い詰められる。俺の顔が利かない相手だと、話が面倒になりそうだ。

 そしてその予感は当たった。

「貴殿らはどこの国の者だ! 名を名乗れ!」

「ライリーレ王国! ラーシヴァルトです!」

 俺は腹の底から大声を出し、戦艦に向かって叫んだ。

 ライリーレ。それが俺たちが名付けたあの島の国名。俺たち四人の名前を知る者なら、察するものがあるだろう。

 これから歴史に名が残るかと思うと少し恥ずかしいけど、でもいい国名にできたと思う。響きも悪くないし。

 カレシア海兵の軍服を着たカレシア人たちは、怪訝な顔をした。

「らいりーれ? どこだ」

「知ってるか?」

「さぁ?」

 口々に確認し合うカレシア人たち。みな、見知らぬ国名に戸惑っている。

 だけど、一人だけ俺の名前の方に反応していた。

「でも、『ラーシヴァルト』って……もしかして、アルヴェルス王国の元王太子様じゃないか?」

 俺は「おっしゃる通りです!」と声高に主張した。元王太子になっている理由を知られていたらちょっと嫌だけど、それは仕方のないことだ。政争に負けた自分がそもそも悪い。

 でも、今は。みんなと新しい国を作ることが楽しくて仕方ない。マミバの奴は今も許しがたいけど……今は今だ。

 みんなと、未来に向かって生きていく。

「ラーシヴァルト様でいらっしゃるのですか!?」

「はい!」

「お探ししていました!」

「え?」

 カレシア人たちは俺にだけ向かって敬礼を取る。肘を折り曲げ、指をぴしっと伸ばして。

「我々一同、ラーシヴァルトご一行様を歓迎いたします!」



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