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 それから数時間後。

 二人の馴れ初めを聞きながら貝堀りをのんびりと終えて、村に戻ると、リスガとダデラがにこにこと出迎えてくれた。


「ラーシヴァルト! 今日はたくさん野菜を植えたよ!」


 僕、頑張ったんだから、と胸を張るリスガの頭に、俺は笑って手を伸ばした。


「そうか。よく頑張ったな」


 よしよしと撫でてやると、リスガは嬉しそうに笑う。

 ダデラはそれを見てなぜだかむっとした様子だった。おや? 自分のことも褒めて欲しいのか?


「ダデラも偉いぞ。よしよし」

「ちょっ、バカ! やめろ!」


 ダデラの頭もぐしゃぐしゃに撫で回すと、ダデラは嫌そうに顔をしかめつつも、楽しそうに笑っていた。もう、俺への対抗心は感じられない。

 あのトンデモエピソードで親近感がアップしたのかな? それならいいけど。


「そういえば、あの鬼のにいちゃんは?」

「イブキにいちゃんか? まだ船の方にいるけど……どうした?」

「……謝ろうと思って」


 俺は目を瞬かせた。謝るということは、あの暴言に対してか。

 そういえば、なんとなくみんなあの場で誰も諫めなかったな。俺としたことが。

 俺はふっと笑む。


「そうか。偉いな。ダデラは」

「べ、別に。普通のことだろ」


 それはそうかもしれないけど。子どもはやっぱり素直なんだな。


「でも、どうして急に? リスガ、何が話したのか?」


 俺に話を振られたリスガは、怪訝な顔だ。


「え? 別に何も」

「本当か?」

「本当だよ。もう、しつこいんだから」


 むっと膨れっ面になるリスガに、ダデラは苦笑いだ。


「本当に何も悪い事なんて聞いてないよ。ただ……」

「ただ?」

「みんな楽しそうな旅の話を聞いてたら、誰が仕切るとかリーダーだとか、バカバカしいなって思って」

「なるほど」


 言われてみるとそうかもしれない。俺は……『次期国王』としてみんなを守り引っ張っていきたいと思ってはいるけども。

 でも、そうだな。本来、こういう生活ってみんなで楽しみながら支え合うものだ。

 子どものふと一言って刺さる。参ったな。


「ダデラはきっと、いい大人になれるよ」


 ダデラは口を尖らせる。


「ラーシヴァルトにいちゃんだって、俺と年は変わらないだろ」

「俺はもうすぐ成人するんだ」


 この世界の大多数国では、十七歳から成人扱いだ。冬生まれの俺は、今年の冬には晴れて大人というわけなんだ。

 その時までには、もっと建国を進めておかないと。


「ダデラが大人になった姿、見てみたいけど。旅行中に漂着しただけだものな。帰ってしまう時はつらくなるなぁ」


 ふとこぼした、その時だ。


「旅行ってなんのことー?」

「!? こ、こら! スウェン!」


 サーシェ人の子どもが声を上げると、傍にいた母親が慌てて口を塞いだ。

 が、俺は聞き逃さなかった。どういうことだ。ベニートたちは、自分たちは旅行中に漂流したと言っていたけど。

 --もしかして、嘘だった?

 俺は途端に心が猜疑心でいっぱいになった。やっぱり、サーシェ王国からの刺客か? この島を乗っ取るつもりだとか?

 内心焦りが走る。俺の判断ミスでみんなを危険な目に遭わせるのではないかと、怖くなったのだ。まずい。


「レノス!」


 己の護衛騎士の名を呼ぶと、レノスは「はい」と即座に馳せ参じてくれた。大量にぐるぐると束ねた縄を持って。


「サーシェ人全員、拘束しろ」





 サーシェ人の大半は、おとなしく捕縛されてくれた。

 一部のサーシェ人は暴れて逃げようとしたけど、彼はちょうど戻ってきたイブキが峰打ちで倒した。

 本人はなんとも言えない表情だった。相手は、自分を恐れ、でも謝ってきたあの男性だったから。


「--どうして、嘘をついたんですか?」


 数十分後。捕縛されたサーシェ人たちを集め、俺は厳しい声で言及していた。

 俺が見つめているのは、ベニートだ。サーシェ人みなが同罪とはいえ、最初に嘘をついたのは彼だから。


「……」


 ベニートは、肩を震わせている。


「ラーシヴァルトさん、あの」

「俺は彼に聞いています。カザロさんはお控え下さい」

「……はい」


 口を挟んだカザロを毅然とはね除けると、カザロはおずおずと引き下がる。

 しばらく沈黙が下りた。広場の中心で、ベニートは震える唇を動かす。


「申し訳、ございませんでした……その、本当のことを打ち明けたら、受け入れてもらえないのではないかと、思いまして……」

「事情を詳しく聞かせて下さい。今度は、誠実なお言葉で」

「はい……」


 ベニートはか細い声で話し始めた。サーシェ王国での、自分たちの立場を。

 サーシェ王国では、古くから女神を崇拝している。五穀豊穣の女神であり、子孫繁栄を司る宗教でもある。

 ゆえにサーシェ王国では、同性愛は禁忌中の禁忌。


「俺たちは……みんな、同性愛者なんです。性自認がみな、実は男です」

「!」


 俺は咄嗟に女性だと思い込んでいたサーシェ人--いや、確かに体の性別は女性ではあるが--を振り向きたくなるのを、どうにか堪えた。

 そうだったのか。子連れの夫婦も、一般的な男女のふうふだと勘違いしていた。

 ベニートの目から、はらはらと涙がこぼれ落ちる。


「でも、それを隠して生活するのがつらくて……っ! どこか、違う土地に逃げようと思い立ったのが、今回の計画です……!」

「では、俺たちの島を乗っ取るつもりだとかは?」

「とんでもございません!」


 ベニートはくしゃくしゃになった泣き顔で、深々と頭を下げた。


「虫のよい話だとは分かっています! ですが、どうか! どうか、俺たちをこの島に住まわせてもらえないでしょうか……!」

「……お話は分かりました」


 俺はすぐ、レノスに縄をほどくように命じた。イブキやリスガも、倣ってみんなの縄をほどいてくれた。

 今度こそは、嘘ではないだろう。振り返ってみると、だから、俺たちの国に興味があったのだと分かるし。

 思うところはある。でも、俺はベニートを含むサーシェ人たちみんなに優しく笑いかけた。


「承諾します。ぜひ、一緒に新しい国作りをしていきましょう」


 ベニートとカザロ。他のサーシェ人も、ぱっと顔を明るくする。


「はい!」


 大勢のサーシェ人の賛同の声が、太陽が天高く上る中、響いた。





「……これでよかったのかな」


 その日の昼。

 喜びの祝杯をあげるサーシェ人を、俺は遠目に見つめている。

 コップに注がれた炭酸水を一口飲み、不安に瞳を揺らす俺に、レノスは「おや、珍しいですね」となぜか軽口を叩いた。


「ラーシヴァルト殿下がお不安になるなんて。本当に珍しい」


 俺はむっとして口をへの字に曲げた。


「俺だって、自分の判断を不安に思うことはある」

「彼らの言葉が、まだ虚言だと?」

「そうじゃない。同性愛者を受け入れるのはいいが……先行きがな。国民、全員が同性愛者の場合を想定したら、国の維持を移民に頼らざるを得ないのではないかと」

「……それは」

「分かってる」


 俺はそっとため息をついた。我ながら、最低な悩みを口にしている自覚はある。

 でも、と思うのだ。個人を守るために国を作る。それがすべての起源のはずだったのに、いつしか国を守るために個人に犠牲を強いている部分があることに気付いた。

 それもまた、絶対に間違っている。


「俺は差別のない優しい国を目指してる。誰もが自分らしく生きられる居場所を作りたい。それは彼らに対しても同じだ」

「……ラーシヴァルト殿下。今、お考えになられている不安は些か極論すぎなのでは?」


 レノスはにこりと笑った。叱咤するように続ける。


「ラーシヴァルト殿下はこれから、たくさんの民を招くおつもりなのでしょう? この『国』に」

「! そう、だな」


 同性愛者も異性愛者も、みんないていい。それが俺の答えだ。

 たとえ、国が滅びるリスクがあったとしても。


「ラーシヴァルト」


 ふと横合いから声をかけられ、俺は顔をそちらに向けた。


「イブキ。どうした?」

「実は今日、船の修理中に奇妙な物を見つけた」

「奇妙な物って?」


 俺が首を傾げると、イブキが袋から小さな黒塗りの箱を取り出した。表面にサーシェ王国の国章が刻まれている。


「隠れ底に置いてあったんだ」

「!」


 俺はさっと顔色を変えた。それはまずいものだと直感的に悟った。

 おそらく、国家機密に関する資料か何かだ。


「どうすればいい? 開けるか?」

「ダメだ!」


 咄嗟に強く止めてしまった。イブキはびっくりとした顔をしていたけど、俺の様子がただ事じゃないと気付いたのか、僅かにたじろぐだけだ。


「燃やしてくれ。今すぐに」

「……中身は確認しなくていいのか」

「必要ない。なんでもかんでも、知ればいいというものじゃないんだ」

「……分かった」


 イブキはその場で、焚き火の中に小箱を放り投げた。小箱がめらめらと燃える炎に焼き尽くされていく。少し野焼きの香りが漂ったが、周りのみんなが騒いでいて気付いていなかった。

 国家機密に関する文書なんて……下手に知ったら、知る前に戻れなくなってしまう。争いの火種にもなりかねない。


「ラーシヴァルト殿下。大丈夫でしょうか」


 珍しく不安そうなレノスに、俺はなんとも答えられなかった。

 サーシェ王国、か。


「何事も起こらないことを祈るしかないな」

「はい」



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