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「みなさん、おはようございます。それでは、今日はいくつかの班に分かれて行動してもらいます。よろしくお願いします」


 リスガの村の家屋でどうにかみんなの寝床を確保した、翌日。

 晴れ渡った空の下。サーシェ人たちを広間に集め、俺が場を取り仕切っていると、なんとも嫌そうな顔をした少年が「なぁ」と口を挟んだ。

 ん? なんだ?


「なんであんたが仕切ってるんだ?」

「こ、こらっ! タデラ!」


 父親らしき三十代男性が少年--タデラの肩を掴む。「すみません」と小さく謝ってきたけども、タデラは頑として謝罪しなかった。


「だってさ。あの地味男の方が年長者じゃん。なんであんたが威張ってるんだよ。俺と大して年は変わらないだろ」


 地味男って。もしかしなくても、レノスのことだろうか。ちらりと振り返ると……いちいち目くじらは立てていなかった。ほっ、大人だ。

 俺は内心苦笑いしつつ、ダデラに向き直る。


「そうだな。俺は十六歳。君は?」

「十五歳」


 十五歳。エリューハニスと同年代か。

 エリューハニスは素直で人懐っこい子だけど、彼は……反抗期真っ盛りとでも言うべきような雰囲気だな。

 でも、よく考えたらそうか。俺の元々の身分を明かしていない以上、年長者であるレノスを差し置いて、子どもの俺がふんぞり返っているように見えるわけだ。

 しかし、俺がアルヴェルス王国王太子だったことを話すのにはまだ早い。すぐに出て行ってしまう人たちでもあるし。

 考えた末、俺はいいことを思いついた。


「じゃあ、しばらく俺じゃなくてレノスの言うことを聞いてほしい。それならいいだろ?」

「ちょっと待って下さいよ、ラーシヴァルト殿下」


 うっかりレノスが俺のことを呼んだ途端に、カザロを含む大人のサーシェ人の顔色が変わった。ざわざわとざわつく。


「でんか? 殿下って言ったわよね?」

「まさか、どこかの王族の方だったのか? とんだご無礼を……」


 俺は慌てた。


「あ、いえ! 気にしないで下さい! 元王族出身というだけですので!」


 とんだ大事になってしまった。レノスめ。

 タデラはぽかんとしていた。「王子様だったのか……?」と口をあんぐりと開けている。しかし、すぐにふんと鼻を鳴らした。


「元王族なら、もう王子じゃないんだろ? 偉そうにすんなよ」

「偉そうなのはお前も一緒だろう」


 辛辣な言葉を吐いたのは、イブキだ。俺はちょっと感動したけど、あれ? と思う。偉そうなのは『お前も』って。結局、俺もやっぱり不遜なのか?

 タデラはぐっと言葉に詰まっていた。悔しそうにイブキを睨み上げる。


「っ、なんだよ! ツノなんてつけて、カッコつけちゃってさ! 全然怖くないんだよ、バーカ!」


 己の劣勢を悟ったのか。むっとした表情のタデラは、どこかへと走り去っていってしまった。

 タデラの父親が慌てて追いかけていく。「本当に申し訳ございません!」と謝りながら。「なんだよ、お前こそバーカ!」

 舌を出して見送るのはリスガだ。隣にいるレノスは苦笑いだった。


「なかなかやんちゃなお子ですね……」


 お前が火を延焼させたわけだが。いやまぁ、俺が『殿下』呼びを改めさせていなかったことが原因だけど。

 イブキはなんとも複雑な表情をしていた。俺を悪く言ったことを許せないという思いと、一方で強がりでも己を怖くないと言ってくれたことを嬉しく思ってもいそうな顔だ。

 それにしても、ツノなんてつけてカッコつけちゃってさ、か。やっぱり、年頃の男子から見たら頭部のツノはカッコいいんだよな。


「よかったな、イブキ」

「何が?」

「そのツノ、カッコイイってさ」

「……ふっ。困った子どもだったな」


 結局、リスガを除いた俺たち三人は温かい目でタデラを見守ることにした。

 父親に連れ戻されてきたタデラは、いかにも渋々といった感じで「モウシワケございませんでした」と謝ってくれた。ま、まぁ、いいか。

 その日は、食料班を三つに分け、お子様組だけがレノスと畑に向かった。ただし、イブキだけは船の状態を見に行く。


「俺も狩りに行きたかったのに。ちぇっ」


 愚痴るダデラに、すかさずリスガが意地悪を言う。


「お前に狩りができるのかよ。狩りって大変なんだから」

「う、うるせえな。やってみたいのに何が悪いんだよ」


 言い合っている二人の下へ、俺はそっと背後から近づいて声をかける。


「そうだな。悪いってことはない。何事もやってみないと分からないよな」

「!」


 ダデラははっとした顔をする。俺を振り向いたけど、すぐにふんとそっぽ向く。

 無視かい。

 年下だからと己を諫めている部分があるものの……ちょっと生意気だ。が、いかん。ここは年上として、何よりも村長として威厳を見せねば。


「俺は一昨日、初めて川魚を素手で捕まえたんだ。なかなかすばしっこくて大変だった」

「で、喜んで持ち上げた川魚を阿呆鳥に持って行かれちゃったんだよね」


 ダデラが思いっきり吹き出した。お腹を抱え、けらけらと笑う。


「はは! なんだそれ!」

「ドジ王子だよね」


 なぜか、急速に仲良くなってしまうお子様二人。ええっ? 俺のトンデモエピソードで? 確かに傍から見ていたら笑えたかもしれないけどさ。

 俺はリスガになんともジェラシーを感じつつも、「じゃ、じゃあ二人とも頑張れよ」と二人のことを追い越して前に進んだ。子ども同士は単純でいいな。


「レノス。子どもたちのことは頼んだ」

「はい。ラーシヴァルト殿下もお気を付けて」


 俺の傍を離れるからか。少しだけ不安そうな元護衛騎士をさらに追い越し、続いてイブキに声をかけた。


「イブキ。一緒に海岸まで行こう」

「ああ。……心配するな。お前のことは俺が守る」


 レノスが傍にいなくなることを分かっているからだろう。イブキは不敵に微笑んだ。


「ありがとう。頼もしいな」

「武術には自信がある。ラーシヴァルト様には指一本触れさせん」

「はは。やめろって」


 イブキは俺をからかうことが増えたな。ここ数日で、よく笑うようにもなった。

 イブキが元気になってくれたのなら、これほど嬉しいことはない。

 和気藹々と雑談しながら、森を抜け、難破船がある砂浜まで向かう。俺はここでベニートたちと潮干狩りだ。


「怪我をするなよ。ラーシヴァルト」

「ああ。イブキも船の調査、気を付けて」


 俺たちは違う作業をするため、浜辺で別れた。イブキはカザロたち数人のサーシェ人を連れて、難破船へ入っていく。


「仲がよろしいのですね」


 微笑ましそうにくすりと笑いながら声をかけてきたのは、ベニートだ。

 俺は「ありがとうございます」と笑顔で返す。


「焼けちゃうわぁ」


 そう乗っかってきたのは、昨日イブキとよく一緒にいた女性だった。イントネーションがちょっと独特で艶っぽい。それに……女性にしてはハスキーな声だな。

 とはいえ、俺は「へ?」ときょとんとした。慌てて振り向くと、女性はウインクを飛ばしてくる。


「私のイブキ君、取っちゃ嫌よ?」

「そ、そんなわけ……」

「長い人生、何があるか分からないものなんだから」

「ええと……」


 なんなんだ、このノリ。俺とイブキは……男性同士なのに!


「す、すみませんが。潮干狩りを始めましょう」


 俺はどもりながら宣言する。いやまぁ、満潮時刻とかまだ全然分からないんだけども。とりあえず、女性陣(二人)と貝集めだ。

 木製の熊手で砂を掘る。おお! 案外たくさんあるじゃないか!

 薄いベージュ色の大きめの貝が大量に埋もれている。これは、バカ貝か。あとで砂抜きをして生のまま食べてもいいな。

 夢中で貝を掘っていると、ベニートと額をこつんとぶつけた。


「いてっ」

「いたっ」


 俺たちは顔を見合わせ、可笑しくなって笑う。バカだ、俺たち。


「あの。カザロさんとの馴れ初めを聞いてもいいですか?」


 さりげなくずっと気になっていたことだ。どんな経緯で永遠の愛を誓い合う夫夫になったのだろうか。

 唐突すぎたからか、ベニートは「大した馴れ初めではないですよ?」と苦笑いで応えた。


「ぜひ、お聞きしたいです」

「ラーシヴァルト様も恋愛にご興味がおありで?」

「え!」


 恋愛について興味。

 俺は返答に窮してしまった。確かに王太子時代は誰と結婚するかよく父王やマミバの奴と話していたけど……恋愛か。今後はできるのかな。


「……しばらくは国作りで忙しいので」

「国作り?」

「はい。この島に新しい国を作ろうと思っています」

「へえ……」


 ベニートの目が興味ありげに輝く。


「どのような国作りをなされていくのですか?」

「差別のない優しい国を作りたいと思っています。誰もが自分らしく生きて笑っていられる居場所を」


 きちんと答えたのに、ベニートから返答がない。俯き、押し黙っていた。


「ベニートさん?」

「あ、いえ! 素敵ですね」


 ベニートはどことなく羨ましそうな目をしている。ん? どうしたんだろう?

 俺は首を傾げた。


「もしかして、俺たちの国にご興味がありますか?」


 的外れかもしれないけど言ってみると、ベニートは「ぜ、ぜひ」と震える声で応えた。そして意を決したように続けようとした。


「俺たち、実は……」

「はい。なんでしょうか」

「……い、いえ。カザロたちとも相談します。のちほど、もっと詳しくお話を聞かせ下さい」

「! 分かりました」


 おお! 早くも国民が増えるかもしれない。

 サーシェ人だと知った時は疑ってしまったけど、みんないい人たちだ。受け入れても、みんなで仲良くやっていけるだろう。

 俺はそう純粋に思っていた。……この時はまだ。



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