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「お湯加減はどうでしたか?」

「ええ。とても気持ちよかったです。さっぱりしました」


 薪で沸かす筒式風呂から出てきたカザロに声をかけると、彼はほかほかと湯気を出しながら至福の笑顔で答えた。

 上半身は裸だ。湯上がりだからだろう。


「素敵な村ですね。自然豊かで、空気も綺麗で、お風呂まであるなんて」

「はは。ありがとうございます」

「住まわれている方々は、ラーシヴァルトさんたち四人だけですか?」

「ええ」


 話を弾ませようとしているのは分かる。的外れな嫌疑だったら胸が痛いが、俺もまだ信頼しきれていない相手に迂闊に情報をもらすことは、できかねた。


「着替えを終えましたら、あちらの家にきてもらえますか? もう少し、事情をお聞きしたくて」


 表向き優しい笑顔でさりげなくお願いすると、カザロはただ「分かりました」と頷き、いそいそと着替える。

 そこへ、後ろからベニートがすたすたと通り過ぎていった。缶風呂に向かう姿を見て、ぎょっとした。タオルは下に巻いているものの、上は何も隠していなかったからだ。

 ……超絶、貧乳の方?

 一瞬、そう思った。だけど、違った。薄めとはいえ、胸板ががっしりとしているから。


「あの……」


 なんと発言したらいいのか分からず言いよどむと、カザロが苦笑して応えた。


「ベニートは男性です。もしかして、女性だと勘違いしていましたか?」

「は、はい……。すみません」

「いえ。昔からよく間違われやすくて」

「その、大変綺麗な顔立ちをされていますもんね。はは」


 失礼な勘違いをしてしまっていた。そうか、男性同士だったのか。

 ……ん?

 海岸での、二人の仲睦まじい様子を思い出す。勝手に夫婦だと思い込んでいたけど、じゃあ兄弟とか幼なじみなのか? いまいち腑に落ちない。


「てっきり、ご夫婦かと。すみません」

「ふうふですよ」

「え?」


 カザロを振り返ると、彼はにこりと微笑んで、でも挑戦的に訊ねた。


「僕たちは『夫夫』です。いけませんか?」

「い、いえ」


 少し気圧されてしまった俺。

 でも、そうか。同性愛者同士だったんだ。アルヴェルス王国でも見聞きしたことがある。

 咄嗟に機転の利いた反応を返せなかったけど、飛び上がるほど驚くことでもなかった。だって、身近の騎士同士にいたから。


「失礼しました。……愛し合うのに、性別の壁なんて関係ないですよね」

「!」


 さりげなく俺の考えを添えると、カザロはびっくりしていた。同時に挑発的な言動をとった己を恥じるようにそっと目を伏せる。


「……こちらこそ、すみません。恩人に対して」

「いえ。お気になさらないで下さい」


 ふと思う。誰かを愛することができる人が、わざわざ漂着したふりをして俺たちの『国』にやってくる理由。それが刺客だとは思えない。

 少しだけ心を許し、俺はカザロとともにリスガの自宅に向かった。

 その後もカザロから事情聴取をしーー。


「ラーシヴァルト殿下。いかがでしたか?」


 カザロが部屋を出て行ってすぐ、レノスが気遣わしげな表情でやってきた。

 文机に腰掛けて考え込んでいた俺は、顔を上げる。


「そっちは?」

「俺の方では、不審な動きをする者はおりませんでしたよ」

「そうか……俺の方も、問題なかった」


 だから、本当にサーシェ人たちは純粋な難民なんだろう。予想通り船を修理できたら、出て行くとも行っていたし。

 これ以上、警戒する必要はなさそうだ。

 俺は文机の上でゆったりと指を組む。


「船がどのくらいで修理できるかにもよるけど、案外すぐに出て行くらしい。目下の課題はそれまでの食糧確保だな」


 四人から、いきなり十九人に人口が爆増した。備蓄食料なんて残り僅かだ。

 先日、トマトは植えたとはいえ、実がなるまでまだまだだ。山や川の生き物たちのお世話になるしかない。

 レノスは懐からサッと例のアレを取り出した。


「では、次はナスの種を」

「しつこい」


 笑い事か。こっちは真剣に話をしているのに。

 小気味いい笑いを提供してくれたレノスは「あとで植えておきますね」と、ナスの種を懐にしまい込んだ。いやだから、何個持っているんだよ。


「しかし、船の修理か……できるか、レノス」

「船の修理は守備範囲外ですね」

「俺もだ」


 子どものリスガだってそうだろう。

 となると、イブキはどうだろうか。いや、でもイブキだって里の出身なのだから、難しいか? 聞いてみよう。

 俺は席を立ち、リスガの自宅を出る。

 イブキの姿を探していたら、あっ。いたいた。


「イブキ。ちょっといいか?」


 サーシェ人の女性と会話しているイブキを見つけ、声をかける。

 この二人、なんだか妙に仲がいいんだよな。というか、サーシェ人の女性から猛アプローチをかけているように見える。

 鬼族への偏見が消えたのは喜ばしいことだ。よかったな、イブキ。


「ラ、ラーシヴァルト。よかった」


 イブキはなぜかほっとしたような顔をして、俺の前まで走ってきた。おいおい、何も走って彼女を置いてこなくていいだろうに。


「何がよかったんだ? 彼女と楽しそうだったじゃないか」

「そんなわけない」


 なぜかきっぱりと断言する声音が冷たく感じて、俺は眉をひそめた。


「せっかく仲良くなったのに、失礼だろう」


 イブキもまた、むっとした顔をする。


「誰だって苦手な者の一人や二人、いるだろう」

「いい子そうじゃないか」

「それは分かっている。だが、苦手なものは苦手なんだ」

「そんなに?」

「ああ。その……些か積極的すぎる」


 珍しくおどおどとした様子のイブキだ。そうか、そんなにも猛アタックされて困り果てていたのか。


「ごめん。勝手に脳内祝福していて悪かったよ」

「は?」

「いや、なんでもない。それでさ、船の修理って頼めるかな?」


 ダメ元だったものの、イブキはあっさりと「構わんよ」と了承した。

 俺は驚いた。イブキは船についてももしかして詳しいのか? 意外だ。隠れ里って山の中にあるイメージだったから。


「ありがとう……! じゃあ、明日からよろしく頼むよ」

「分かった。里の長老から説明書きを読んだことがある。実践は初めてだが、まぁ大丈夫だろう」

「そうか!」


 不安がなくはないけど、他に任せられる人がいない。信じて託そう。

 用事が済んだところで、俺はふとと話題を変えた。さっきから、ひそかに気になっていたことがあったのだ。


「ところで、イブキ。じゃあイブキってどんな女性がタイプなんだ?」


 唐突にせよ、悪気なんてなかった。ただ、年頃の男子トーク的なものだったのに……イブキにギロリと睨みつけられた。


「黙れ。配慮なし王子」

「え!? な、何がだよ?」

「知らん。では、またあとでな」

「え、ちょっ、イブキ!」


 スタスタと去って行くイブキを、俺は慌てて追いかける。最近、多いな。

 イブキは村の井戸に向かっていった。縄を引っ張って水を汲み上げている。その後ろに俺は手持ち無沙汰で立った。


「な、なんかごめん。失礼なことを聞いたんなら」

「別にいい。悪気がないことくらい分かっている」

「本当にごめん……」


 理由を聞きたい。でも、それでは結局また『配慮なし王子』になってしまう気がして、それ以上は何も言えなかった。


「ほら。ラーシヴァルト」


 途方に暮れていると、イブキがコップ一杯の水を俺に渡してくれた。

 さりげない優しさがじんわりとくる。俺はちょっと泣きたくなった。


「あ、ありがとう」

「……そういうラーシヴァルトはどのような女性が好みなんだ?」

「え、俺?」

「人に聞いておいて、自分は答えないのか」

「う……そ、そうだよな」


 俺はコップを持ったまま、視線を上に向ける。そこには、一番星が輝く夜空が見えた。空気が澄んでいるからか、綺麗な星空だ。

 春とはいえ寒空の下、俺は考える。……好みの女性か。


「ないかも」


 イブキは意外そうな目を俺に向けた。


「ない? 本当に?」

「好きになった子がそのまま俺のタイプだよ。きっと」


 そういえば、初恋らしい初恋をしたことがない。唯一記憶にあるのは、幼い時に家庭教師だった年上の女性への淡い恋心だ。

 今はもう既婚者であり、三児の子持ちの彼女。太陽みたいに朗らかな人だった。


「じゃあ、イブキは? 人に聞いたんだから、俺にも教えてくれよ」


 イブキは「しまった」というような顔をした。しばし逡巡した様子を見せたけど、観念してざっくりとではあるが誰かのことを話してくれた。


「太陽みたいな人」

「へえ! 奇遇だな。俺の初恋の人と同じだ」

「そうだったのか」

「うん。今はもう結婚して家庭を築いているけど……素敵な人だったな。はは」

「……」


 イブキはコップの水をぐいっと飲み干す。木製のコップを棚に置いて、立ち去っていこうとする。


「あ、イブキ。待ってくれよ」


 俺も急いでイブキのことを追いかける。

 年頃の男子トークが弾んだ日だった。多分。



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