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「ラーシヴァルトっ!」

「ぐえっ!」


 寝ていたら、リスガに腹部を軽く踏まれて苦い目覚めになった。

 俺はすぐに藁布団から起き上がり、リスガに対して軽く眦をつり上げる。


「リスガ! 朝早くからなんだ」

「もう昼前だよ。いつまで寝てるのさ」

「げっ、マジ!?」


 俺は慌てて飛び起きた。腕につけたままでいた腕時計を確認すると……あっ! 本当だ、もう正午前だ!

 寝坊してしまった。どれだけ過眠したんだよ、俺。


「ごめん、ごめん。みんなは?」

「畑を耕してるよ。まぁ、元からあったんだけど」

「ええ!?」


 俺が寝ている間に。イブキとレノスの二人とも、汗水垂らして働いてくれていたのか。

 急いで俺も手伝わないと!

 空腹を堪え、外に出る。リスガの案内で、二人がいる畑へと向かった。


「ごめん、二人とも!」

「ラーシヴァルト殿下。本日は遅いご起床ですね」

「だから、悪かったって」


 レノスにちくりと刺され、顔をしかめる俺。イブキはくすっと笑ってから、「おはよう、ラーシヴァルト」と笑顔を浮かべた。

 こんなにも爽やかなイブキの笑顔をこれまで見たことがなかった。いつも口数少なくて、表情にも陰があって……昨日の一件で、吹っ切れたものもあるのかな。

 よかった。


「おはよう、イブキ」


 俺も笑みを返す。にこりと微笑みを交わしてから、二人が耕している畑をよく見る。

 ああ、本当だ。元からあったということもあって、すでに畑の形にはなっている。二人がやっているのは、土をかき混ぜる作業だ。


「トマトを植えましょうかね」


 レノスが、懐からサッと『トマトの種』と書かれた小袋を取り出す。

 俺は吹き出してしまった。


「持ってるのかよ」

「自宅に置きっぱなしにしていたので」

「家庭菜園が趣味だったもんな」

「ええ」


 そう、レノスはプランター栽培をこよなく愛する男だった。すっかり忘れていた。

 ということは、農作物作りはレノスに任せたら安心だな。


「……二人は本当に仲がいいんだな」


 俺とレノスが笑い合っていると、イブキは少し寂しそうに呟いた。

 俺は驚いて、イブキの方を見つめる。


「俺とイブキだって仲がいいだろ?」

「!」


 イブキは目を丸くする。でも、どことなく嬉しそうに「そうだな」と同意した。ヤキモチでも焼いていたのか? 男友達同士だけど。

 それにしても、俺も鍬で畑を耕してみたかったんだけどな。もう終わってる。次の機会に頑張ろう。


「ねえねえ! 終わったらさ、山の湧き水を汲みに行こうよ」

「湧き水? ここ、水が湧いてるのか?」


 リスガを振り返ると、リスガは身振り手振りを使って解説した。


「うん。シュワシュワってする、不思議な水だよ」

「シュワシュワ……? え、もしかして炭酸水か!?」

「それそれ」

「すごいな! 自然の炭酸水なんて!」


 のちのち、諸外国に天然産の炭酸水として輸出できそうだ。ありがたい。

 レノスも「すごいですね」と感心したように呟いた。イブキだけは……見たことも聞いたこともないのかもしれない。不思議そうに首を捻っていた。


「タンサンスイ……?」





「!?」


 イブキが湧き水を飲んだ瞬間、ぎょっとして口の中の水を地面に吐き出す。


「なんだこれは! 毒でも入っているのか!?」

「違うよ。だから、炭酸水だって」


 リスガが呆れたように苦笑いで言った。

 あの後、俺たちはリスガの後をついていき、山の八合目まで登った。そこには本当に自然と湧き出る炭酸水があって、俺たちは目を輝かせた。

 イブキは炭酸水を飲んだことがないそうだ。事前に『シュワシュワする水』と説明したんだけどな。でも、そりゃあ初めてならびっくりするか。あのビリビリする感じ。

 俺もまた、苦笑いでもっと詳しく説明した。


「不思議なのどごしだけど、体がすっきりする水なんだ。血行がよくなったり、色んな美容効果が期待できるんだよ」

「本当に毒じゃないのか……?」

「ああ。俺だって、この通りぴんぴんしてるだろ」


 コップで汲んだ湧き水を飲む姿を改めて見せると、イブキは言葉に詰まっている。何度か俺と自分が持っているコップを交互に見つめた後、頑張って一気飲みした。

 でもやっぱり苦手なのか、口をへの字に曲げている。


「ま、まぁ、誰でも苦手なものはあるよな」

「……」


 俺が苦笑いで声をかけると、イブキは無言だった。レノスも、子どものリスガさえおいしく飲んでいるのにと、己に不満を感じているのかもしれない。

 イブキがもう一度、湧き水を汲んで挑戦しようとしたその時だ。


「あれ? あれって船じゃない?」


 リスガが一番に気付いた。


「船?」

「うん」


 リスガが指差した方向を、俺もレノスも振り返る。遅れてイブキも振り向いた。

 そこには、ボロボロになった小船がこの島に向かって流されているところが見えた。

 難破船か……? この島に? どこから?

 俺は怪訝に思ったものの、この島はもう俺たちの土地だ。何かあるかもしれないし、すぐに向かわないと!


「見に行こう! みんな」


 俺が即座に身を翻すと、イブキたち三人も後をついてきてくれた。

 上ってきた小山をくだり、海岸へ向かって走る。ぜいぜいと息を切らしながら、白い砂浜に向かうと……あっ! 誰か十数人もの人々がよろよろと歩いていた。


「大丈夫ですか!」


 目の前にどさっと両膝をついた若い夫婦に、迷わず駆け寄る。

 どちらも二十代半ば頃だ。男性も女性も同じ衣装を身につけている。金糸で縁取られた白いローブに記された勲章を見て、俺ははっとした。

 --サーシェ王国。

 教皇を国家元首とする絶対君主制の国。小さい国だが、宗教色が濃いと聞いたことがある。とはいえ、他国とほぼ外交をしないため、多くが謎に満ちた国だ。

 サーシェ人が、まさかこの島に漂着するなんて。


「分かりますか、俺の言葉」

「はい……」


 男性の方が先に返事をして、隣に連れ添う妻に声をかける。


「分かるよね? ベニート」

「うん」


 女性--ベニートも頷く。寄り添い合う二人の姿に愛を感じる。いいなぁ、夫婦って。

 って、はっ。そんな妄想をしている場合か。

 男性が再び俺のことを見上げた。


「大丈夫です。僕たちみんな、共通言語を話せます。ちなみに僕はカザロと言います」

「よかった。俺はラーシヴァルトといいます」


 言葉が通じるのなら、スムーズに話を聞くことができる。俺はほっとしたのち、眉尻を下げた。


「あの、何があったんですか? 氷山にでもぶつかったんでしょうか?」

「それが……ええと」


 言いよどむカザロを、ベニートが押しのけて答えた。


「りょ、旅行中に海流に流されてしまって。それで、こちらに漂着しました」

「なるほど」


 なぜ、二人がどもっていたのか分からないものの。旅行中だったのか。それでこの大所帯なら、まぁ納得はいく。団体旅行だったんだろう。

 その時だ。


「うわぁ!」


 誰か知らない人の怯える声が響いた。

 俺ははっとして振り返る。そこには……手を貸そうとしたイブキと、イブキを見てぎょっとした顔をしているサーシェ人男性がいた。

 イブキというか、正しくはイブキの頭部のツノを見てのことだ。

 イブキは少し傷付いたような表情と、そして同時に苛立ちの表情を垣間見せていた。とはいえ、相手には「すまない」となぜだか謝って、立ち去ろうとする。

 そんなイブキの態度でも、サーシェ人男性は震えたままでいた。

 ……サーシェ人からも、鬼族は差別されるのか。

 俺は軽く絶望感を覚え、俯き、唇をぎゅっと噛みしめる。

 でも。

 俺はぐっと顔を上げた。諦めてたまるか!


「みなさん! 鬼族の彼は、俺たちの仲間です!」


 精一杯声を張ると、イブキを含めたこの場のみんながはっとした顔をする。


「彼は……少し、俺たちと見た目が違うだけでしょう! まだ一ヶ月ちょっとの付き合いですが、泣いたり笑ったり、ひとをからかったり、俺たちと何も変わらない! 差別や偏見はやめて下さい!」


 先程、イブキに怯えていたサーシェ人はバツが悪そうに俯いた。

 砂浜が静まり返る。

 誰かがぽつりとこぼした。


「ツノが生えた人間なんて初めて見た。鬼族……と言うの?」

「飾りかと思ってた」

「鬼族ってどこの国の民族?」


 口々にサーシェ人が呟く。

 彼らの目は純粋にイブキを理解しようとしている。絶望するにはまだ早いと俺は気付く。

 少しでもイブキのことを伝えたくて、俺は慌てて口を開いた。


「ええと、彼は……」

「鬼族は、元々は東大陸の民族だった」


 続けようとする俺を遮って、イブキが小さく話し始める。

 俺は意外に思った。人見知りのイブキが、率先して話すなんて。それだけ、自分を理解してほしいという思いが芽生えてきたのかもしれない。

 イブキは訥々と話す。


「俺の祖先は、島国で細々と暮らしていたらしい。だが、攻め入ってきた和国人に数の利もあって追いやられ、こちらの大陸にちりぢりになって生き延びた。今はもう、鬼族の国はない」

「え。鬼族ってそんなに数が少ないの?」


 リスガが口を挟むと、イブキは小さく頷く。


「そうらしい。なかなか、子を授かれない一族だからな」

「なるほど。繁殖能力が低いのか」

「ラーシヴァルト殿下。露骨すぎます」


 レノスに苦笑いで指摘された。しまった。またも、無神経王子と言われてしまう。

 だけど、イブキから口を開いて言われたあだ名は今度は違った。


「配慮なし王子」

「ぐ…っ」


 ぐうの音も出ない。俺の方こそ、失礼な物言いをしてしまった。

 とはいえ、である。風向きが変わった。イブキへの偏見は薄れたように思う。

 俺はこほんと咳払い一つする。


「で、では、みなさん! 俺たちの村へご案内します! ついてきて下さい」


 食料は確実に足りなくなるけど……まぁ、それはみんなで確保したらいいだろう。

 こんなあっさりと十数人も難民を受け入れるなんて、甘い考えかもしれない。でも、ここはみんなの『居場所』にするつもりの国だ。一時的でも、受け入れたい。船を直すまでの間だけになるだろうし……。


「……」


 とはいえ、俺はレノスと目配せをし合う。何か合図を送ったわけじゃない。ただ、思うところは同じのはず。

 未知の宗教国家からの来訪人。

 無警戒のままではいけない。もっと詳しく話を聞き出さないと。この『国』を、みんなを、守るために。

 サーシェ人たちが感激した様子で、ぞろぞろと俺の後ろを歩く。

 うち一人は、イブキに駆け寄って謝罪していた。さっき、怯えた態度を取っていた男性だ。他にもイブキに声をかける女性もいる。

 その中でイブキは柔和に笑っていた。よかったな、イブキ。

 ふと、イブキが俺を見た。小さく口を動かす。

 ありがとう。


「!」


 俺はにこりと笑い返した。だけど、すぐに表情を引き締める。

 よくよく考えたら、彼らは実はサーシェ王国からの刺客という可能性がある。そんなことはないと信じたいけども。



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