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 どう見ても自害するつもりのイブキを、俺はどうにか止めたくて、必死に飛びついた。結果、勢い余って押し倒してしまった。


「いてて……」


 額を柔らかい地面にぶつけてしまい、鈍痛が襲う。だけども、イブキの心配をするのが先だ。


「イブキ! 大丈夫か!?」

「ラーシ、ヴァルト……?」

「心配させるんじゃねえよ、もう!」

「!?」


 怒号しながら、でも目の前にいるイブキの体を抱きしめる。強く、強く。イブキの温もりを確かめたかったから。

 自然と目から涙が流れ落ちていた。


「バカ野郎…っ……! 本当にバカだろ! どうして死のうとなんてするんだよ……!」

「……俺は」

「イブキが罪人であろうと、俺は許すよ! だって、イブキは理由もなくひとを殺めるはずがない! だいたい、だから『訳あって里を追い出された』んだろ!?」

「……だが。俺は」

「ああもう、うるさい! とっとと頭を冷やして起き上がれよ!」

「? ? ?」


 もう意味が分からない謎理論を口にしていることくらい、俺も自覚がある。

 でもこうでもしないと、イブキの覚悟を変えられない。だから。

 俺はぐっとイブキから体を離し、その頬に頭突きをかました!


「ぐっ!」


 イブキはさすがに驚き、また痛みに顔を歪める。

 俺も……ちょっと額が痛い。二重の意味でも、痛かった。

 ようやく冷静になってくれたように見えるイブキを、俺は正面から見つめる。


「生きよう。一緒に」

「……俺はお前と一緒に生きる資格など」

「そんなの俺が決める。一緒に生きていいって、俺が決めたんだ。--俺がイブキの居場所になる!」


 イブキの誤った覚悟なんて許さない。自死するなんて、そんな悲しい別れがあるか!


「どうしてもつらいっていうんなら、俺がずっと傍で支え続けるから! だから、頼む! 死なないでくれ!」


 俺がまた泣きながら訴えると、イブキはしばらく言葉を失っていた。でも、その眦からつっと涙が流れ落ちる。


「…っ……」


 静かに嗚咽を漏らし始めるイブキ。その華奢な肩を、俺はそっと抱き寄せた。


「泣き虫だな。イブキは」

「っ、うるさい…っ……この無神経王子」

「もう王子じゃないけど」

「だったら、俺も……泣き虫なんて卒業してやる」


 イブキは強引に俺の手を振り払う。顔を背け、とめどなく溢れ出る涙を必死に止めようとしている。

 それでも、なかなか涙は止まらなかった。


「ラーシヴァルト殿下! イブキ!」

「大丈夫ー?」


 事情をよく知らないリスガが、脳天気な声と一緒に現れた。続けて、レノスが切羽詰まった表情で駆けつける。

 俺たちは二人を振り向く。俺は大丈夫だという意味合いを込めて笑い返したけど、イブキは泣き顔を隠してすぐそっぽ向いた。


「イブキ。一緒に生きよう。それで一緒に国を作るんだ」


 もう一度、声をかけた。

 イブキは迷うそぶりを見せたけど……躊躇いがちにこくりと頷く。


「……ありがとう」





 その後、イブキの過去をもっと詳細に聞きながら森を抜けた。

 想像以上に重い話だった。鬼族の隠れ里に人間が侵入し、妹さんを……襲おうとしただなんて。不運だったという一言では到底済ませられない。

 俺はただ、「つらかったな、ずっと一人で」とだけしかイブキに声をかけてあげられなかった。

 確かにイブキは罪を犯した。でもそれは妹さんのためであり、正当防衛に近い。だから、俺はやっぱりイブキを拒むことはしないよ。

 イブキみたいな、やむなく罪を犯してしまった人の居場所も……俺が理想とする国に作りたいな。


「もうすっかり夕暮れだな」


 俺は小さく呟いた。

 リスガの故郷には、日が暮れる前に辿り着いた。森に囲まれた小さな集落だったようで、茅葺き屋根のような一軒家がいくつも点在している。数十人は住んでいた村じゃないだろうか。


「リスガ。君の家は?」

「こっち」


 誰もいない故郷に帰ってきたからか。なんとも形容しがたい表情で手招きするリスガの後をついていくと、周りのものよりも一際大きい家だ。二階建てだから、家族用のものだろう。

 家の中は、まだ生活できそうな外観だった。そういえば、まだ半年と少ししか経っていないからか。


「ここに住もうか。俺たちは」


 リスガは不思議そうな顔で俺を見上げる。


「俺『たち』? 誰と誰が?」

「俺とリスガ」

「え、本当に!?」


 リスガは嬉しそうに猫耳をぴくぴく動かした。無邪気にはしゃぎながら、俺の手を引いて中に上げてくれる。

 そこへ。


「……あの、俺もラーシヴァルト殿下のお傍を離れるわけにはいきません。俺も交ぜて下さい」

「いいよ!」


 なぜか……ではないか。リスガがレノスに許可を出す。

 レノスまで去っていき、イブキ一人が心細そうに立っていることに気付いた。だけど、イブキはすぐにはっとして「……じゃあ、俺は隣で」と離れていこうとする。

 俺はすかさず、イブキの手首を掴んだ。


「じゃ、イブキも俺たちとここで」

「!」

「もちろん、いいよー」

「俺も構いません」

「……」


 押し黙っているイブキを強制的に連れて行く。イブキはほんのり嬉しそうだった。別になんとも思っていませんと言わんばかりの表情だったけど。素直じゃないな。まったく。

 その後、リスガの家で夕食を食べ、湯浴みもした。薪でお湯を作る筒式のお風呂があったから。なかなか新鮮だった。

 この村……もとい、『この国』の食料源は多そうだ。森で木の実やキノコは採れるし、川や海辺で魚や貝類も手に入れられる。

 気になるのは……主食と野菜くらいか。


「よし。畑でも作ろうか。明日から」


 すっかり夜の暗闇の中、俺が藁布団の中で宣言すると、どこからか「明日から!?」という嫌そうな声が聞こえた。リスガの可愛らしい声だ。


「明日くらい休もうよぉぉ……」

「休んでる暇はまだない。頑張ろう。な?」

「ラーシヴァルトって人使い荒くない?」

「それは昔からです」


 レノスがにこやかに毒を吐くと、これまたどこからか吹き出す音が飛び出た。この声は……イブキだな。


「さすが、元王子さま」

「やかましいぞ。元頭領息子」


 軽口を叩き合うと、場が一瞬で楽しいものに変わる。和らぐとでもいうのか?

 イブキとは不思議と気が合う。こんなにも楽しくやりとりができる相手は、同年代では初めてだ。


「仲いいね-、二人とも。ふぁあああ」


 リスガはちょっと羨ましそうに呟いた後、盛大にあくびをした。


「じゃあ僕、寝るね。おやすみなさーい」


 もぞもぞと藁布団の中に頭を突っ込む音がする。


「おいおい。圧死するなよ」

「あっし?」

「重いものの下で死ぬことだ」


 イブキが俺の代わりに答えると、リスガは「大丈夫だよ」とお気楽に笑う。そんな気配を感じる。

 明かりのないこの家では、話し声だけが頼りだな。夜、もし起きたら、誰かを踏みつけないように気を付けないと。



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