プロローグ
「ラーシヴァルト殿下。宰相閣下がお呼びです」
執務室で書類仕事をしていると、護衛騎士のレノスがやってきてそう告げた。
俺--ラーシヴァルト・アルヴェルスは「ああ、分かった」と頷いて席を立つ。開けっぱなしの窓を締めてから、部屋をあとにした。風で書類が飛び散っては大変だ。
アルヴェルス王国、王太子。それが俺の身分であり、揺るぎない立場だ。
淡く光り輝く銀色の髪を揺らして回廊を歩きながら、俺は首を捻った。
「マミバの奴、なんの用だろうな。急に」
心当たりがない。個人的に宰相から呼び出されるなんて。
レノスもまた、首を傾げた。
「さぁ……? 分かりません」
「まだ成立していない予算案の話か? あいつ、使うべきところに使わず、余計なところに予算を組んでいるとしか思えないんだよな」
「申し訳ございません。俺にはさっぱり……」
俺の半ば独り言に相槌を打つレノスの表情は、いつものように苦笑いだ。
だけど、……ん?
「レノス? どうした?」
レノスの目の瞬きが異様に多いことに気付いて、俺は怪訝に思い訊ねた。なぜ、レノスが緊張するんだ。会いに行くのは俺なのに。
レノスは「いえ、なんでもありません」と笑顔を浮かべるだけだ。
何か隠し事をされているような気がしたけど、それ以上は追及できなかった。俺を呼び出した宰相マミバがいる宰相室に着いたからだ。
「じゃあ、行ってくる。またあとでな」
「はい」
レノスはなぜか、申し訳なさそうに目を伏せ、俺を見送った。
「……申し訳ございません。ラーシヴァルト殿下」
最後にそう呟いて。
「マミバ。俺になんの……」
宰相室に入ってすぐ、俺はびくりとした。年老いた宰相マミバが冷ややかな目をして、俺を睨みつけていたからだ。
なんだよ。俺が何をしたって言うんだ。
「……マミバ? どうした、怖い顔をして」
「率直に申し上げます。ラーシヴァルト殿下。先日、ウシュベルーナ殿下の暗殺を企てましたね?」
「は?」
俺はぽかんとするほかない。何を言われたのか、一瞬分からなかった。
ウシュベルーナ。俺の双子の弟王子のことだ。
「俺がウーシュの暗殺を企てた……? なんだよ、そのくだらない言いがかりは」
「白々しい。ウシュベルーナ殿下のことを忌々しく思っての犯行でしょう」
「はぁ!?」
意味が分からない。俺がなぜ、可愛い弟のことを忌々しく思わなきゃならないんだ。
俺はカッとなって声を荒げてしまった。つい、マミバの胸倉を掴み上げてしまう。
「そんなことするわけないだろ! ウーシュは俺の大切な弟だ!」
そう、大切な弟。目に入れても痛くないと言っても大袈裟なほど、可愛い弟なんだ。
だけど。マミバは冷ややかに俺を見つめている。普段は朗らかな表情が多いだけに、落差が凄まじい。敵対する相手にはこうも冷酷な目を向けられるのか。
「どうでしょうか。ウシュベルーナ殿下は、優秀であらせられる。正直、あなた様よりも」
「…っ……、それでどうして俺がウーシュの暗殺を企てる理由になるんだよ!」
「見苦しいですよ」
マミバが俺の手首を掴んで、自身の衣服から引っぺ剥がす。ぞんざいに振り払われた俺の手は、俺の太ももの横できつく握り拳になった。
どうしてこんな嫌疑をかけられている。ウシュベルーナがいくら優秀とはいえ、俺が弟を暗殺しようとするはずがないのに。意味が分からない。俺が誰に何をしたっていうんだ。
腹立たしいが、感情的になっても己の劣勢は変わらない。
俺は深呼吸して、またマミバと正面から対峙した。
「証拠は? 当然あるんだろ?」
あるわけがないが、挑発的に言葉をかける。嘘をつくのなら、そこを徹底的に糾弾してやろうと思った。
マミバは、淡々と話を続けた。
「もちろん。レノスから証言は取れております」
「レノス……?」
俺は言葉を失う。頭をガンッと強く殴られたような痛みが走った。
レノスは、俺がもっと子どもの頃から付き従ってくれている護衛騎士だ。兄のように慕っていたのに、なぜ。
何も言えない俺を、マミバは追い詰めた。
「このような醜聞、もみ消すほかありませんが……。王太子殿下には流罪となっていただくほかありません」
「……」
「ご安心下さい。弟君たちには秘密にしておきますから。ああ、もちろん次の王位は」
マミバは、ニタリと笑った。
「ウシュベルーナ殿下になっていただくとしましょう」
「!」
その時、俺は直感で悟った。--こいつにはめられているのだと。
ウシュベルーナ暗殺を指示したなんて、濡れ衣だ。真っ赤な嘘。だけど、おそらくマミバはそれを分かっていながら、俺のことを疎ましく思ってこんな暴挙に出た。
どうにかしないと、このまま汚名を着せられたまま、流罪となってしまう。それは分かっている。
でも。
「……お前。よほど、俺のことが嫌いだったんだな」
「……」
「分かった。確かにウーシュは優秀だ。よき国王になるはずだ」
素直に頷くと、マミバはほんの少し意外そうな目で俺を見た。だけど、深くやりとりをしない方が楽だと思ったのか、俺の真意を追及はせず。
「それでは、今日中にこの国を立ち去り下さい」
「ああ」
「さようなら。『見本のような王太子』様」
マミバは嫌みったらしくこぼし、自分から宰相室を出て行った。
俺はその肉厚の背中を静かに睨みつける。
このまま終わりたいわけじゃない。ただ、下手に国を二分する方向に行ったら、王位争いの余波で民が苦しむ。それだけは避けたい。
そのためなら、汚名も流罪も受け入れてやるよ。この白豚宰相。




