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六月二十九日 病人

「じゃあ、もし……」


「はい?」


「もし、完全に女の子になったとしても……それは受け入れるべきだということでしょうか?」


「それも自由です。でも、どんな姿になったとしてもあなたはあなたです。受け入れるも何も、根本的なところは何も変わらないんですから」










「おはよう」


難なくそいつは言って見せた。


「おはよう」


俺も返した。だけど違和感は拭えなかった。


「橘」


「なんだ」


皆も注目してる。手短に済ませよう。


「なんでセーラー服なんだ」


「に、似合わないか?」


また、それか。こいつ、なんで……ひょっとして昨日のはこれの予行演習だったのか?


「似合わなくはないけど、いいのかよ」


「裏切りは、嫌なんだろ?」


「そりゃそうだけど……」


よく考えたら、友達もなにもないやつに裏切りなんて言葉、おかしかったよな。ちょっと嘘を突かれたぐらいで。これじゃあなんか俺が悪いみたいじゃないか。理不尽だ。


いや、どうせ来年もこいつは女になるんだから今のうちに練習しといて損はない、そういうことなんだろう。どの道いつかは着る予定だったんだ。それが早まっただけ。


「なんか恥ずかしいな」


「俺はその恥ずかしい格好をずっと続けてるんだけど」


「お前は似合ってるからいいよ。俺は……」


「似合ってるよ」


「本当か?」


「ああ、似合ってる似合ってる」


本当のところいうと着こなせてないんだけど、変にネガティブになられると気持ち悪いし。


「……もういい?」


「え、あ、ありがとう」


何に対してのありがとうなんだよ……似合ってるってのがうれしかったか?


俺はセーラー服似合ってるなんてこいつに言われても絶対うれしくない。ま、愛なら……


そうだ! 愛……よかったあ、ちゃんと学校に来てくれた。仲直り――出来たってことでいいよね?


「愛、おはよう」


あんなヤツとずっと絡んでても仕方ないからね。愛と話そう。


「おはよう……」


あれ? 元気ない?


「どうかした?」


「ううん。なんか……健気だと思って」


「俺が? いやいや、さっきのは仕方なしだから。ほら、おはようって言われたら返さないのもあれだし……」


「……はぁ。陽君、案外自分しか見えてないんだね」


「え? それってどういう……」


そういえば、愛って一昨日にあいつと会ってたんだっけ。そのときなにかあったんじゃ……


「私、嘘って下手かもしれない」


「いきなりどうしたの?」


「だから、結構誰かの秘密とか簡単に言っちゃうかも。例えば――」


なにか言おうとした愛。だけど、遮るみたいに、いつのまにかあいつがいた。


「はぁはぁ……大岡。それは……勘弁してくれないか?」


「なんで?」


「約束してくれたよな?」


「私、あなたを最低だって思ってるんだよ? 約束なんて守るかどうかわからないじゃん」


「お前も最低になるぞ?」


「私はもとから最低だから関係ないよ」


「違う、違うから、頼む」


なんだ? あいつ、なにをいきなり……。約束? なんの約束を……。


「……わかった、言わないから席についてよ」


「本当だな」


「うん、言わない」


「そうか、ありがとう」


腑に落ちないといった表情。でもしぶしぶ自分の席に帰っていく。


なんだったんだろ?


「ねえ、愛……」


「言わないよ。約束らしいから」


「え、あ、そう……」


「大したことじゃないんだけどね。どうせすぐにわかることだし」


すぐにわかること……ひょっとしたら六月が終わってのことか?


だったら、あいつの誕生日について、とか、男に戻るからどうとか、そんな関係のことぐらいかな。


「……陽君、あんまり考えない方がいいよ」


「え?」


「陽君ってさ、結構悩むタイプだから」


「愛だってそうじゃん」


「そうだね」


まぁいいや。どうせすぐわかるなら、無理して詮索する必要はないや。


それよりも俺はもっと気楽でいるべきなんだ。


だって、明後日には男に戻れるんだから。


そしたら、もっと、ちゃんと愛を好きになれるはずだ。










「大岡、ちょっといいか」


「ん?」


昼休み、あいつは愛に話しかけてきた。なんか最近愛とよくからんでるみたいだけど、まさか狙ってる?


「おい、橘。お前馴々しくない?」


「えっ……す、すまん。だけど……ちょっと大岡に用事があるんだ」


「ここで言いなよ。二人が秘密持ってるなんてなんか嫌だ」


と、自分の意思を見せてから、愛の様子を伺う。


愛なら、仕方ないなぁ、って感じで教えてくれると思ったのに、


「陽君、ごめんね。ちょっと話聞いてくる」


席を立った。









俺はなにしてるんだろ。気付いたら後を追ってた。


二人が止まったのは階段の踊り場。一番人通りの少ない方の場所だった。


話しはじめたみたいだ。耳をすませてみる。


「そういえば、女の子プランは楽しめたの? 女の子に慣れるための」


「あ、あぁ。これで、もう、男の自分とはおさらばするよ。最後に、あいつと二人で遊べたのは、本当に楽しかった。出来ればもう一度、男同士で遊びたかったけど。考えてくれてありがとうな」


「別に礼を言われるつもりで考えたわけじゃないけどね。で、呼び出した理由は? それだけ?」


「あ、えっと……この間のやつ。返そうと思ったんだけど――代わり買えなくて」


「いや、返されても困るよ。あなたの一度身につけたものなんて」


「うっ……なんで毒舌なんだよ」


「そりゃ、嫌いだから」


「ははは……そうか」


なんの話だろう。なにかを貸したみたいな……。


「で、でもさ、俺がずっと持っててもあれだし……」


「私の付けたやつだから興奮するっていうの?」


「違うって言っただろう!自分のを手に入れたら必要なくなるから……」


「そうだね。だったら捨てといていいよ。そのほうがどっちにも後腐れないし」


「……わかった。って、どこに捨てれば?」


「さぁね」


なんだ?身に付けるもの?


「でも、気を付けてよね。女の子として生きていく以上、絶対に必要だから。私だってあなたのこと好きじゃないけど、知ってて何も言わないほど鬼じゃないから。だからちゃんと聞き入れて」


「あぁ、わかってる。覚悟は出来たから」


「あと……あれも。最初だけね。今度からは自分で買って。女の子なんだからそれが普通だよ」


「……わかってる。もう必要だから」


「なに?もう来たの?」


「いや、まだだけど――。時期もわからないけど。でも、間違いなく来るって言われた。それだけで、もう、俺は男じゃないんだなぁ……って痛感させられた」


――えっ? 今、何て……。


「皮肉だよな。あいつより先に完全な女の子になってしまうなんて。本当にバカみたいだ」


「天罰なんじゃない? あのときに陽君に酷いことしたから。女の子に弱さを知れって神様が言ったんだよきっと。まぁ、それでも私もちょっと同情するよ、さすがに」


「はは、ありがとうって言えばいいのか?」


「虫唾が走るからやめて。でも、陽君はどう思うだろうね。あの人は優しいから……きっと悩むよ」


「あいつは関係ない。あいつは。俺はただ、あいつとたまたま同じ病気にかかっただけだから」


――完全な女の子になる? それって……男に戻れないってこと?


「ねえ、一つ聞いていい」


「なんだ?」


「今は――陽君のこと、どう思ってるの」


「あいつのこと? そりゃまだまだ反省してるさ。ずっと反省する。あいつが笑顔でもういいよって言ってくれるまで」


な、何言ってんだあいつは。俺、そんなことできるわけないのに。そんなこと期待すんなよ。だいたい、許してくれるわけないなんて言ってたのに、嘘じゃん。


「違うよ、そういうことじゃなくて。まだ、好きなのって意味」


め、愛すごいこと言いだしてるなあ。確信に迫りたいという気迫がここまで伝わってきそうだ。


ほら、あいつきょとんてしてるじゃん。


「あ、あぁそうだな……不思議なんだよ。前みたいに興奮なんかはしないんだけどさ……どんなに悪口言われたって、あいつの側にいるだけでほっとする」


「そういうのはいいから。それは好きってことでいいの?」


「そんな怖い目で見ないでくれ。――変だよな、今は女の子同士なのに、まだちょっと好きだ。それが恋愛感情なのかはわからないけど」


は、恥ずかしいことを惜し気もなくよく言えるな。こっちが恥ずかしくなるよ。正直者も度が過ぎると困ったもんだ。


「……それは変じゃないよ」


「慰めてくれるのか?」


「違う。普通じゃない恋愛は私だって同じだから。私自身を擁護してるだけ」


「そうか……なぁ、この前の約束、付け足していいか?」


約束……きっと、家に言ったときのこと。そう言えばなんで愛に先に男に戻れないことを言ったんだろう。


「なに? 陽君に関してのこと以外は断るよ」


「安心してくれ、それの延長だから」


俺について、つまり秘密にしててってことなんだろう。今、こうして聞いてるから意味ないけど。


「大岡、お前を疑うわけじゃないけど……もしあいつと付き合うなら、あいつが男に戻っても好きでいてくれるのか?」


「どういうこと? まるで私が、女の子しか愛せないみたいな言い方じゃない」


「……俺、それだけが不安なんだ。お前、あいつが男に戻った瞬間飽きちゃうんじゃないかって。あいつ、結構脆いからさ。そういうのあったらもう立ち直れないかもしれないだろ」


人を襲っておいて、立ち直れないような状態にしかけておいて、こいつはなにを抜かしてるのやら。


「だから、この前の追加事項。付き合うのだったら、ずっと好きでいてやってくれ。俺にはもう、あいつを守る力はないから」


「私だって女だよ? 大差ないと思うけど」


「違う。心の支えになって欲しいんだ。俺には、その資格はないし、逆効果だから。あいつ、最初にお前と友達になったとき、とても喜んでた。だから……」


「おかしいよ、あなた。本当に」


愛の声が少し変わった。


「なにがおかしいんだよ」


「嫌われてるんだよ。あなたは、陽君に心底嫌われてるはずなんだよ! なのに! なんでまだ陽君のためを思うことが出来るの! あなたは悪いことした。でも、忘れた方がお互いにわだかまりが無くなるでしょ? もういいじゃん。こんなことわざわざ私に頼まないでよ! 言われなくたって私はずっと陽君と仲良くするしし――違う、私が言いたいのは」


悔しそうに、愛は唇を噛んでる。睨んでる、あいつのこと。


「どうして、そんなに、上から目線なの? 勝ち誇ってる雰囲気なの? 自分の方が陽君を知ってるとでも思ってるから? なんで! なんでなの! もう、とっくに陽君には嫌われてるはずなのに! なんで――」


愛は、崩れ落ちるように腰を下ろした。涙声だった。


「私、あなたに、全く勝てる気がしない」


「――俺は、勝ってなんかいないし、最低な奴だ。俺なんか見ない方がいい」


「でも、私わかるもん。この先ずっと、陽君があなたを忘れることなんて絶対にない。いつも、心の隅で、考えてる気がしてしかたないもん」


そうなのか? 俺自身はそうは思わない。橘のことなんか顔を思い出すだけで嫌になるのに、愛は何を心配しているのか――


「今日だって、そう。一番に陽君の目に留まったのはあなただった」


「それは、いつもと違うセーラー服で来てたからだろ。それに、俺が呼びとめたから」


「本当に嫌ってる人に呼び止められて、普通にあいさつすると思う?」


――本当だ、なんでだろう。無視だって出来てたはずなのに。


「――付き合いが長いからじゃないのか。ほら、反射的にだよ。中学もずっと一緒だったんだからそんなもんだ。すぐには無視できるようにはならないんだよ」


「ずるい、適当なこと言ってごまかして。それが余裕に見えるんだからね」


「――じゃあ、一番肝心なこと言っておくよ」


「なに?」


「大岡、お前があいつと話し始めたのは、あいつが女の子になってからだろ。俺は、男の時から、ずっとあいつのことを知ってる。あいつも、俺のことをずっと知ってる。お前は、あいつの全部を知らないだけだ」


「――そんなの、わかってるよ」


「だから、男の時のあいつもちゃんと知っていて欲しい。どっちも高杉陽なんだから。じゃないと、あいつがかわいそうだろ?」


「そんな言い方やめて。陽君に失礼だから」


「そうか。じゃあ、さっき言ったことの意味もわかってくれるよな。両方のあいつを知ってからが本当にあいつのことを好きになることだから。少なくとも俺は全部含めて、恨まれても、一生無視されても、あいつが好きだよ、友達としてな。別にあいつが俺を嫌いでいてくれてもいい。あいつにとっては俺はただのクラスメートなんだから」


本当に、意味分かんない。なんでだよ。俺、お前に何にもしなかったじゃん。好きになる要素ゼロじゃん。俺、お前のことちゃんと友達なんて言ったことないじゃん。


俺だって、それでいいんだろ? あいつはただのクラスメート、変態野郎。それだけだろ。それ以上にはなりえないんだろ。


なのに、なんで――


涙が止まらないんだよ。


立っていられない。情けない。腰が抜けちゃった。


気持ち悪過ぎてびっくりしたじゃないか。


「――あなた、男前だね。びっくりした。ほんと――あんなことがなかったら、どうなってたかわからないね」


「なに言ってるんだよ。何にもならないから。でも――今よりはもうちょっと仲良くいられたんだろうな。それだけは残念だった。あ、立てるか?」


「あなたの助けなんかいらない。ってか、ここで見たこと忘れてよ?」


「忘れるよ。お前らのこと全部さ」


「嘘つき」


「もう勘弁してくれ――そろそろ、休み時間が終わるな。早く帰ろう」


「言われなくたって。私には陽君が待ってるし」


「涙、隠しとけよ」


「うるさい」


やばい、来る戻ってくる! 動け! 早く! ここを離れないと――


「――え? 陽?」


「あ、あ、いや――」


見つかった。終わった。


「なんでここに――まさか、全部聞いてたのか?」


「え、あ、う――」


うまく声が出ない。涙もまだ止まってない。


愛も俺がいることに気がついた。


「え、陽君ついて来てたの?」


さすがに驚きを隠せないだろう。自分の言いたいことを全部さらけ出していたのを、俺は全部聞いてしまっていたんだから。ひょっとしたら、嫌われるかもしれない。


「な、泣いてるのか」


橘はそんなことよりも、俺の涙が目に入ったみたいだ。


「だ、だいでだんが――いない……」


「――陽」


俺の顔をのぞいてくる橘。見るな。見ないでくれよ。わるかったから――


「話、聞いてたんだよな。ひょっとして、聞きたくないこと聞いちゃったか」


「――」


「だったら、ごめん」


おかしい、こんなときでも謝るなんて。どう考えたって、これは俺が勝手に泣いてるだけだし、盗み聞きしてたし。なんで、優しくするんだよ。やめろよ――本当に。


「なあ、陽」


「うっ、う――」


「聞いちゃったんだよな。だったら――あと少し、全部聞いてくれないか?」


俺には拒否権は無い。


ゆっくりと首を縦に振った。


それに、俺自身も、言いたいことがあったから――。



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