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六月二十八日 女の子

「自分って、本当に普通の生活を送っていいんでしょうかね」


「……医者としては自由にお過ごしになられることをおすすめします。しかし、研究対象としてはかなり興味深いものはありますけれどね。そうですね……どうせなら、女の子の生活を満喫してみればいいんじゃないでしょうか?」


「でも、それだったら、男に戻りたくなくなってしまいませんか?」


「そうかもしれません。でも、裏を返せばこれは貴重な体験という考えも出来ます。ある程度楽しんでみるのもいいと思いますよ。病気だから最悪だという考えを変えれば、これは病気ではないという新しい認識も出来ますしね。


結局は自分次第なんですよ」










「……え?」


突然だ。家のチャイムが鳴ったと思って玄関に出たら――。


「なぁ、ちょっと出かけないか」


橘がいた。


午前九時。俺も起きてそう時間が経ってないときにいきなりこいつの顔を見ることになるとは思いもしなかった。


というか……驚くべきなのは――。


「へ、変か?」


奴が女の子の服を着ていることだった。


愛が昨日の俺を見たときもきっとこんな気持ちだったに違いない。いや、普段制服はセーラー服着てるからそこまでではなかったのかも。


なら、尚更こいつの違和感は計り知れない。それに、なんだろう、いい匂いがする。


しかも、なんか可愛らしい髪留め付けてるし。


なんというか、女の子だ。

ってか、仕草もちょっとおとなしくないか?


「す、スカートなんて初めて着るから……わかんなくてよ、変になってるかも……」


「いや、大丈夫だけど……」


なんだ、俺は何を言えばいいんだ? さすがにこんな状態のこいつを無視することは出来ないだろ! いや、むしろ聞きたいことがありすぎる!


「お前、なんで――」


「とにかく、いいのか、ダメなのか言ってくれ!」


「えっ、あっ、別にいいけど」


やば、ついなにも考えずにオーケーしてしまった。あんまり関わりたくないのに。


「よかった。じゃ、じゃあついて来てくれ」


「あっ!」


言い直す暇なんて与えてもらえなく、手を引かれ連れ去られた。






「なぁ」


「なんだ?」


歩いて十分。俺はあることに気が付いた。


「もしかして化粧してる?」


「あ、わかってくれたのか!」


「……」


なんだよ、この反応。これじゃまるで喜んでるみたいじゃん。


「……似合ってないよ。化粧」


なんか悔しいから否定する。


「えっ? そうか、やっぱ慣れないことはするもんじゃないか……」


おいおい、なぜ男の中の男が照れる! 本当におかしいぞ!?


「あ……化粧しない方がいいってことだよ。ほら、大人びれるような見た目じゃないだろ?素顔のがましだって意味だよ」


「……なるほど」


なんの参考だよ! こいつまさか、女装に目覚めたんじゃないだろうな?


「でも、女って容姿に限らず誰でも化粧しないか?」


「知らないよ、ったく……」


なんか、今日のこいつ気持ち悪い。


「……話は変わるけど」


そういや聞きたいことがあった。うん、昨日のことだ。


「なんだ?」


「なんでお前、愛の家に……」


「あっー!」


かき消すようにこいつは叫びやがった。さらには白々しく、手を重ねてやがる。


「そういえば、俺、お前に言ってないことがあった!!」


無理矢理話題を逸らそうとするのは腹立たしいけど、まぁ、我慢だ。一応聞いてみよう。


「……なんだよ」


「いや、この前のこと悪かったって思っててさ、その……代わりと言っちゃあれなんだが……俺が奢るから遊びに行こうって話だったんだよ」


「あぁ……」


これ、遊び目的だったのか。なんか重大な何かかと思ってた。いきなり朝早く来やがったし。


「で、まずは――」


手帳を取出して何やら確認する仕草を見せてる。またまた、可愛らしい手帳だし。よくよく見れば肩にかけてるバッグもなんか女子高生とか好きそうな花柄だし。


こうさ、こいつが普通に今風の女の子してると……部屋着に使ってるパーカーで出てきた俺が浮いて見えるじゃないか。


そうだよ、せめて着替えくらい……って、着替えるような服を持ってなかったわ、俺。


ん? そういやこいつこの服とかどこで……そもそも――


「って感じでさ……聞いてたか?」


「はい?」


あ、今日の予定でも話してたのか? なにも聞いてなかったよ。


「……聞いてなかったのか。だが、うん。まぁ、なにも聞いてなかった方が楽しめるよな。もしさっきの予定聞いてたなら忘れてくれ。んじゃ行こうか」


「あのさ」


「ん?」


「その格好もエンターテイメントの一つか?」


うわ……なんか気まずそうな顔されたよ。これも聞いたらまずいことだったか?


「あ、あぁ。そうだよ。面白いだろ!」


くるっと回ってスカートを翻す橘。ポーズをとって笑って来るものの、その表情は固すぎる。


だが、なんだ、様になってるじゃん。


そうだよ、違和感ないんだからとりあえず今はこれについては触れないで置こう。







「映画?」


「あ、あぁ。ほら、前に行っただろ。もう一個人気のヤツがあって……」


「また、恋愛モノか」


「女の子同士は恋愛モノしか見ないんじゃないのか?」


「いや、別に好きなものでよくない? そりゃ恋愛モノだって面白ければ見るけど。というか女の子同士とか言うのはちょっと……」


「す、すまん。今日はとりあえず恋愛モノなんだよ」


「それは決定事項なのか?」


「あぁ。ほらチケットはあるから行こう」







「次は……喫茶店ですか」


「なんかお洒落だろ?」


「まぁ、お昼時だからいいんだけど……ファミレスとかでも……」


「あ……ん……まぁ、喫茶店のが勝ちだ」


「はぁ?」


「いいから!……あ、すまん……いや、ごめんなさい。そうだな、お前に決定権はあるよ。今日は謝りたいんだから」


「……喫茶店でいいよ。どうせ、メニューまで考えてるんだろ?お腹が満たせればなんでもいいからさ」


「あ……えっと、ありがとうな」








「なぁ、まだ今までは許せたけどさ」


「ん?」


「ここって、下着売場じゃない?」


「う、うん……」


うんって……いや、こいつ女モノの下着を買うつもりかよ。ってか、これは俺に買うのか?それとも自分用……


「……あ、えっと。どれがいいと思う?」


自分用なのか。というか――


「今って、どっちなの?」


「ん?」


「いや、男モノ?女モノ?どっちつけてるのかなぁって」


あ、これセクハラ発言かな?まぁ、こいつだからいいか。


「あ、えっ……ちょっ――み、見せればいいのか?」


「いやいやいやいや!そこまで言ってないよ!口で言えばいいから!」


「……お、女モノだ」


「ふ、ふーん……」


なんか、自分で聞いておいてかなり気まずくなったな。ま、もとからいい空気ではなかったけど。


「ってことは買ったんだよな?だったらそんなすぐ買う必要なくない?どうせ何枚かあるんだろ?」


「いや……必要だから買うとかじゃないだろ。こういうのって。ほら、なんつうか、流れだよ」


「は?」


「……あ!これ、陽に似合うんじゃないか!」


誤魔化し下手だな。ってか、俺に女モノ勧めないで欲しい。


「似合うとかどうでもいいよ。どうせ買ってもあと二、三日しか使わないだろ。お前だってそうじゃないか。我慢すればいいのに」


「お、お前は今どっちなんだよ」


「え? あぁ……あ、女モノだった」


やば、無意識にこっちにしてた。休日は男モノにしとこうと思ってたのに。昨日の流れの所為だね。


「ほら! 来年だって必要だろ? 今買わないと遅いって」


「いや、無くてもいいし」


「……じゃあいい。とりあえず俺のを選んでくれ」


結局それかよ。なにが悲しくて男の下着を……いや、女の下着だけどさ。


「お前も来年でいいじゃん。俺こんなとこにいるの不本意なんだけど」


もっと言えばお前といるのも不本意なんだけど。奢りじゃなけりゃね。


「楽しくないのか」


「下着選びは楽しいとは思わないね」


「そうか……じゃあ早く選んでくれ。なんでもいい、それにするから」


「サイズとかどうなんだよ」


「サイズ?」


こいつ何もわかってなくて来たのか?いろいろリサーチ済かと思ってたのに。


「バスト。ブラ買うならいるだろ」


「いや、知らない」


「……もしかして、だけど。今下着付けてるのって、下だけ?」


もしそうならとんだ変態じゃないか!


「いや、違う! ちゃんと上も付けてる!」


「じゃあ知らないってのは覚えてないってことでいいんだな。それを任せっきりにして買ったのかは知らないけど」


「あ、ああ」


「それのサイズを試着室で確かめてこい」


「あ、おう。あ、でも……わかった」


試着室にとことこ歩いていくあいつ。なんか妹もったみたいな気分だ。


前まで俺が妹みたいな立場だったけど、これから六月の間は俺に利権が回るな。


って、出てきたか。


「どうだった?」


「Bの65だった」


「へえ……でも、ちょっと大きいんじゃないか?」


「え?」


「お前のサイズに合ってない気がする。ひょっとして適当に選んだ奴? だってそれだったらあんまり俺と変わらないじゃないか。お前全体的にちいさいから、もっと小さいのを――」


あぁ、だからバストサイズがわからないって言ってたのか?


「65ってのもきわどい気がするなぁ。全体的に一回り小さいやつにするか。いや、ちゃんと測ってもらった方がいいか」


「え! そりゃ嫌だな……」


「でも今後のことを考えるとか抜かすんだったらちゃんと……」


「今後――そうだな。そうだったよ。うん。わかった。ちょっと聞いてみて来る。あ、あと」


「ん?」


「このあと服屋にも付き合ってくれ」


おいおい、これって俺のためじゃなかったのか? 完全にこいつが主導権握ってんだけど。こうなりゃ、腹いせにつけるのも恥ずかしい可愛らしいやつを選んでやる……











「合うサイズが無いなんてな」


「ああ。びっくりした。AAAとかあるんだな。まあ、取り寄せしてくれるらしいからよかったけど……自分の名前を書くとき恥ずかしかった」


「まあ、店員の人、男性みたいな名前ですねなんて言ってたからな。真実はちょっと言いづらいし、水月病なんて迷信って思ってる人結構いるしな」


俺よりも小さくて幼児体型な女のこいつには合うサイズは売ってなかった。でも、気にいったデザインのをオーダーメイドしてくれるって話だからよかったけど。高くつくのにこいつ大丈夫なのか? 今までだって金を散々つかってるのに。服まで買い出すしさ。やれやれだよ。


「さて」


「なんだよ」


「次はカラオケ」


「は? もう十分じゃないのか?」


「いや、締めはカラオケって決まってるから」


お前が勝手に決めたんだろ! なんで俺がカラオケなんかに……俺歌うの苦手なんだよな。


「い、嫌か? 疲れたか?」


「どっちもだよ」


「う……わかった」


何やらまた手帳を取り出す。一体なにが書いてあるんだ?


「じゃ、じゃあ最後に頼む」


「だから! なんで俺が頼まれる立場なの? お前、完全に自分の好き勝手になってるよね」


「た、楽しくなかったか?」


「普通。めっちゃ楽しんだとは口が裂けてもいえない」


「――そうか、そうだよな。で、でも、ホントに、これだけは!」


「なに? 言うだけ言えよ」


「プリクラ撮ろう」












「これでいい?」


「あ、あぁ。本当にすまない」


近くのゲーセン。前にも来たところ。プリクラで楽しむなんて発想前ではありえなかった。


いや、楽しんだとは言えないかも。一応写真だから笑顔を頑張ってみたけど、引きつってるし。


「プリクラなんて、ホント女の子って感じだよな」


「……本当は前の姿で取りたかったけどな」


「男同志でプリクラ撮ってどうするんだよ」


「だって、友達なら……プリクラ撮るだろ……」


「お前、俺のことまだ友達とか言ってんの? 無理あるんじゃない? ってか、俺が無理だし。今こうしてるだけでもありがたいと思ってよ」


「そうだったな。ホント有難う。これ、大事にするからさ」


「俺も大事にしないといけないのか?」


「無理はしなくていい。でも……これが俺の覚悟でもあるから。持ってて欲しい」


今、覚悟って言ったか? なんのだよ。聞き間違いだったのか?


「あ、いや――今のは忘れてくれ」


「あ、あぁ」


「じゃあ、帰ろうか。ホントに今日はありがとう。大したこと出来なかったけど。ほら、おもしろかっただろ? 俺が女の子みたいなことしててさ」


「え、ま、まあ」


それを見る分には楽しめたけど。


「最初で最後だから。そんなの見せるのは。だから、それが一番の謝罪の気持ちと思ってくれ」


「ま、セーラー服の件はそれでいいよ」


セーラー服の件はな。大したことではなかったし。あれにくらべれば。


「だけど、なにもかも許したとは思わないでよ?」


「わかってる」


そんな会話を交わし、最後のプランは終了した。


もう一度プリクラを見てみる。


こいつの顔、いい笑顔だ。


でも、撮り終えたあとのあいつの顔は――なにか思いつめたようだった。


俺は、本当にもう、あいつと関わるのをやめるべきなのか?


この引っかかりをずっと残したままでいいのか?


せめて、あいつが何を思ってたか、知らなくてもいいのか?


考えたくはない。俺にはもう、愛がいるんだから。

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