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六月二十七日 裏切り者

「…そういえば、これって移ったりしませんよね?」


「原因不明ではありますが、ウイルスを検出することは出来ませんでしたので、絶対に移ることはないでしょう。はっきりしたことはまだ分かりませんが、そういう例を聞いたことはありませんので」


「…この病気ってかかるべきの人がいると思うんです、っていうと変かもしれませんが……自分は男でありたいのに無理やりに女の子になるなんて…女の子になりたい人に悪いなって…」


「そうですね。確かにこの病が完全に解明されれば…性の選択によって望みの自分を手に入れることが出来ますから……」










「…なんで、あんなこと言ったんだろ」


ベッドでゴロゴロ…朝から続けてもう100往復以上はしてる。


でも、もやもやは晴れない。こういうのってどっちつかずってときに起こるものだよね。


つまり…俺は自分が悪いとこもあるって認めてるわけだ。


「…わかってたけどね…そりゃ嫌だよな、セーラー服なんて。俺は二年目だから抵抗少なかったけど、あいつはいきなりだからなぁ…男の威厳、わかるよ」


男の中の男、ってのはあいつのことを言うんだろうな…って思うことはよくあった。でも、大抵そのときはからかわれるから考えを改めて直しちゃうんだけど。男らしい奴としてはそりゃ嫌だよね。


だけど人の気持ちをよく考えられるやつだから、なんとか裏切ることにならないように努めたんだ。


それに……俺が逆の立場…もし、一週間だけ女の子になるとしたら、セーラー服は着ないだろうね。


ま、かといってだぼだぼを着るのはごめんだけど…って、だぼだぼのスウェット着てたら説得力ないか。


…そういや、あれから愛からメールは一切来てない。本当に縁を切られたのかも。でも、学校休むなんてよっぽどだよね。


…振られたらそれだけショックを受けるものなのかな。この痛みがわからないのは俺だけ…か。


俺って…子供なのかな。


わけもなく簡単に許すことが出来るのは…大人?違うよね。


…そもそも怒られるようなことをする方が悪いんだ。許す許さないの判断を設けた時点でだめなんだ。


最初からこれはだめ、あれはいいって明確な判断基準があれば、許すかどうかは一瞬で決まる。


だけど…じゃあ、俺はどうなの?


俺は許す許さないの判断にかけられたことがあるのか?


愛も、あいつも…俺に対して機嫌を損ねることなんて一度もなかった。常に笑顔だった。


俺はいつも一人で勝手に悩んで…一人で勝手に怒ってたんだ。


「頑張ってたんだな…か。それはこっちのセリフだよ」


…家にいたって仕方ない。あいつはちょっと反省させるとしても…愛には一応会っておきたいから。


行こう…きっと仲直り、できる。


友達のままでいられるはずさ……










「変じゃない…だろうか……」


愛の家の前でもう一度自分の身なりを確認してみる。


今の服装はいつものちょっとでかい男物…ではなく、姉さんに借りた正真正銘の女の子物だ。


折れ目のないスカートと、袖の無い服、それに薄い透けるような上着を羽織った。まあ、女の子の服装のことなんか全くわからなくて、全部選んでもらったんだけど。やっぱり妹がいなかった反動でこういうのはちょっと嬉しかったらしい。


おかげでいい着せ替え人形にされちゃったけれど、これで本当にいいのかな?


それにしても……制服以外では初めてになる女装だ。むず痒くもなんとかここまで歩いてきたんだな。


学校のクラスメイトに見られたらどうしよう…なんて思ったけど、よくよく考えたらもう変態扱いされてるよね。


だから、今日は堂々と女の子だ。今日だけは。


愛はきっと女の子の俺の方が好きだろう。なら、とことん女の子して機嫌を取らなくちゃいけない。


安直な考えだけど…きっと愛にはこれが一番だと思う。俺だって少しぐらいは愛のことをわかってるつもりだから。


「…よし」


インターフォンを強く押す。すぐにピンポーンという音がここまで響いてきた。


「留守じゃなきゃいいけど…」


一応休日だし、外出している可能性は十分にあるからな…





っと、そんな心配はいらなかったみたいだ。


「…どちらさま………!!」


「うわあ!閉めないで!!」


俺を見たとたん逃げようとした。やっぱ、気まずいよね。


でも、声に反応してくれるだけ会話の余地はあるのかな。顔だけしか見せてくれてないけど。


「陽君…なんで来たの」


「だ、だめだったかな?あはは…」


「あなた、振った相手の所に来てるんだよ?」


「そう…なるのかな」


「そうよ、そうじゃなきゃ私がバカみたいだから…」


それは…あのときは本気だった、という意味合いなのか。


「…まあいいわ。で、惨めな私に何をしに来たわけ?」


ここで女の子作戦だ。


「えへへ、わ、私、ひどいことしちゃったなって思って…愛のことなんにも考えてなくて…でも、それでも、また仲良くなれたらいいなって思ったから、ちょっとお話がしたくてきたの」


「無理しなくていいよ、それに服装も」


「あ、わかってたんだ、ははは……」


「うん、陽君が女の子の服を毛嫌いしてるの知ってたから」


見透かされちゃったら、なんだかこっちも惨めに思えてきた。


「でも、俺どうしても愛の機嫌を取り戻したくて……」


「……わかってるけどね、痛いほど。その純真な考えが見えれば見えるほど私は苦しくなる」


「……愛」


「話すことなんてないでしょ?恋愛話が絡むと気楽な関係になんてそう簡単に戻れないものなの。だから…私のことは放っておいて…」


だめだ、このままなんて…俺だって愛のことは大好きなのに!なにか…なにか…!


「まって!…あ、愛パジャマじゃないか!こんな時間なのに!そ、それに頭だって寝ぐせばっかりだし…うんこれはいけないよ…そうだ、お手伝いするよ!女の子は常に身だしなみをきちんとしなくちゃいけないからね!」


「なにを手伝うの?」


「き、きがえ…とか」


「そんな度胸あったんだね」


……はっきりいうとないだろう。自分の裸にようやっと慣れてきたばかりだって言うのに、いくら見たことがあると言えど、自分以外の女の子の裸なんてそう簡単に見れるもんじゃない。いや、女の体をしてるからって見ていいものじゃない。そんなのは最低な奴だ。


「……いや、もう別にいいか……どうでも」


「え?」


「いいよ。着替え、手伝って」


「いいの?」


「むしろ陽君の方が無理そうかも」


「だ、大丈夫…たぶん」


「そう。じゃ、それだけお願いして帰ってもらうから…」










「…上手だね」


「そ、そう?」


「うん、なんだか気持ちいい」


俺は今愛の髪を梳かしている。さっきまでくしゃくしゃだったけど、一回櫛を入れただけで驚くほどさらさらになった。触ってるこっちも気持ちいいくらいだ。


「愛、こんなきれいな髪してるのに、なんで男は目を向けないんだろうね?」


「……それは私は陽君以外の人を見ろって意味かな?」


「あ、いや、そうじゃなくて…」


「…はぁ。陽君は言葉を選ぶってことがわかってないよ。だから、本心がいつも丸見え」


「うぅ…」


「…私には魅力が無いんだよ。外見も陽君みたいに可愛くないし、変わった性格してるし、第一、気持ち悪いでしょ?こんな変態」


変態、その言葉は少し痛かった。俺も普通の人から見たら変態だろうから。愛とは変態同志……なの?変態ってなに?わからなくなってしまう。


「……そんなことはないよ」


「そりゃそうだよね。私が変態なら男なのに女の子の格好をしてる自分はどうなるんだ……だもんね」


……ホントに丸見えなのかも。愛には。俺の考えてること全部読まれてる。だけど…それが全部本心なわけじゃない。


「た、確かにそれももちろんあるよ。隠してもわかるんだろ?でもちがう!俺は友達を蔑視するのなんか嫌なんだ!」


「模範回答だね。とてもうれしいけど、友達…か。でもね、私は友達のままじゃ嫌だったんだよ。それはわかってるよね」


「う、うん…」


「…正直ね、いけるって思ってた。自己陶酔、自意識過剰、有頂天、要するに調子に乗ってた。彼に酷いことされたばかりで心も傷ついてただろうし…陽くんには私しかいない…なんて、最低な妄想抱いてたの」


嫌だ。こんなの聞きたかったわけじゃない。こんなの…愛じゃない。こんな…陰湿で、皮肉めいてる言い方してる愛なんて…嫌だ。


「だから、こんな私とまた友達関係に戻ったとしても陽くんにはなんのメリットも…」


「…くっ!」


「痛いっ!!」


「あっ、ごめん…」


思わず櫛を強く頭皮に当ててしまった。


「…もういいよ。着替える」


「あ、うん…」


愛は俺なんて気にしていないかのように、スルスルと肌を曝け出していく。薄暗い部屋の中に差し入るわずかな光が愛の軟肌を照らしていき、ついには上半身に纏うものがなくなってた。どうやらもともと寝るときは下着を着けないみたいで、一枚脱いだだけで胸から上のありのままを見せられた。


「……男なら少しは興奮とかするよね」


「……え、ま、まぁ……どう、なんだろう……」


「ここで色仕掛けでもすれば…私を押し倒したくなったりしないかな?」


言いながら下を脱いでいく。今度はこっちに意識を向けて。


なんとなく、女の子独特の脱いでいく仕草には少しだけドキドキした。


パジャマのズボンを脱ぐと、さすがに下の方は穿いているのでパンツだけという多少おかしな格好になった。


「……水着に着替えるときは、あんまりこっち見ないようにしてたよね?今……私の大事なところを見せたら……どうなるのかな」


最後の一枚に手をかけようとする。


俺は目を逸らすしかできない。


「こんなの…変だよ」


「変じゃないよ。女の子の身体は好きな人を魅了するためにあるんだから。チャンスが無くなるまで私はいつだって……」


「だとしたら……尚更俺は見ちゃいけない」


「……それって私に魅了されたくないってこと?私を好きになりたくないってこと?……ま、私の身体じゃ誘うもなにも効果ないだろうけど……でも!男の子なら女の子の裸であればなんでも興味あるだろうから」 


「違う!そんな話じゃない。俺が言いたいのは…」


「……なに?」


傷つけるし、俺も傷つく……たぶん。でも、正直に言う。これを言うために来たんだから。


「……女の子は、女の子を好きになっちゃだめだ」


「……ちょっと、なに言ってるの?」


「今の俺は…女の子だよ」


「だとしても、恋愛は自由でしょ?陽くんはそんな偏見ないはずだよね?だいたい陽くんはもともと男の子だし……」


「確かに俺の心は男だし、女の子みたいになりたいなんて思ってもいないよ。だけど……愛は、俺の気持ち考えたことある?俺がどんなことを考えてるか想像したことってある?」


「……あるよ、いつも考えてる。そのたび不安と期待が行ったり来たりしてる」


「そっか……俺は偏見は少ないほうだと思う。でも、自分が普通じゃないことぐらいわかる」


「……私だって普通じゃないよ」


「そういう話じゃないよ。俺が言いたいのは……俺が病気だってことだよ」


「……そんなの知ってるよ。何をいまさら……」


「じゃあ、これがどういう意味かわかってるかな……」


「意味?……不安なんて軽い言葉じゃ形容しきれていないかもしれないけど……そういう気持ちだと思う」


「そうだろうね。ふつうはそう考えるよ。それに実際にそうだし。だけどさ、違うんだ。最近は不安なんて気持ちがあるだけじゃない」


「なに?わたしなら相談に乗るから……」


「愛は。わからないよ」


ただの否定。そんなはっきりいうか?と自分でも思う。でも、こればっかりは本当に愛にはわからない。


「……それは私が当事者じゃないから?」


「違う。愛には……理解ができないって意味だよ。きっと愛が俺と同じ立場に立ったとしても、それはわからないことなんだ」


「……もったいぶらせないでよ。私、真剣だから。そもそも私と仲直りしたいんだよね?だったらちゃんといいたいことを……」


「愛は……」




ちょっと後悔。


隠してた気持ちを打ち明けること。認めたくない気持ちを認めること。


秘密を話してしまうこと。


これを誰かに話すだけで、


きっと、もっと不安になる。








「……同性を好きになってしまったときの気持ちわかる?」


「……からかってるの?私言ったよね?両性愛者だって。現に今、女の子の姿をした陽君を好きになってる。……関係ないんだよ。好きって感情は性別に縛られるべきじゃない。私は女の子を好きになったとしても、ちゃんと受け止める。じゃないと、今までの私に悪いから。それに……陽君にも悪いから。今の私は、そんなことに劣等感とか背徳感を抱いたりしないよ」


「そういうと思ってた。でもね俺……嫌なんだ。こんなの。認めたくないんだ……」


「もしかして……」


「……そうだよ。あいつに…乱暴されそうになるまでは――」


好きになりかけてた。


「……」


なにも言えないと思う。なにか気のきいた言葉が見つかるならぜひ掛けて欲しい。


「だ、だから何?問題ないよ。今は違うんでしょ?だったら、私を好きになろうよ!そっちのが正しいんだから!一時の気の迷いだよ?気にしてちゃだめだって。わ……私を好きになればきっと彼のことなんてどうでもよくなるし――」


「俺は気にするんだよ!」


等身大の気持ちをぶつけたと思う。たぶん、今俺を締め付けている感情の大半がこれだ。


俺は普通じゃない。身体だけじゃなくて、こころまで。男を好きになるなんてこと、以前なら絶対にあり得なかったから。変えられてる。俺は……


「最近のさ、いろいろあった中で俺、思ったんだ。この病気ってさ、今じゃなんとか認知されてるレベルだけど、それでも今まで治った例は無いらしいんだ。言ってしまえば不治の病。それに加えて……心の病でもある」


「……」


「俺は、愛にはわからない背徳感や劣等感を抱きながら一生過ごしていくんだ。女の子を好きになったり、男の人を好きになったり、曖昧で、矛盾してね。どちらをとっても、すっきりすることなんてあり得ない。それは本当の俺が決めたことじゃないから」


「私だって、昔はそうだったよ。人とは違う自分が嫌だった。でも、そんなの関係ないって……好きの気持ちは裏切らないから……」


「裏切るよ。俺は。だって、本心じゃないから」


実際のとこはわからない。でも、病気の所為に決まってる。先生だってそう言っていたから。俺が、男を好きになるのはおかしいことなんだ。


「愛はさ、両性愛者だっていったよね」


「うん」


「それってさ、いい逃げ道だよ」


最悪な言い方だ。でも、わかってもらいたい。諦めて欲しいことがあるから。俺は言ってしまう。


「どういう意味?なんだかわからないけどひどいこと言ってるの?」


「そうだね……そうだよ。ひどいことさ。愛は、男を好きになることもできるんだろ?それってとてもいいことじゃないか。選択肢があるってことだよ俺は違う、選択肢はきっと消されていく」


「関係ないじゃない。そんなの。私は女の子だからとか、そういうのじゃなく陽君を選んだんだから。男の人を好きになれるから、女の子を好きになれるからと言って無理に好きになる必要性はないよね。私間違ってるかな?」


少し怒ってる。俺がわけのわからないことを言ってるからだ。俺だって……わけがわからないぐらいだから。本当に……どうしてこんなことに。


「間違ってないよ。ただ、愛には後悔して欲しくないから言ってるんだよ。……さっき愛が脱ごうとしたのを止めたよね」


「う、うん」


「それさ……俺が女の子の裸に興奮しないかもしれない可能性があったからなんだ」


「え?」


「だって……今だってほとんど裸のようなものなのに、平然としてると思わない?」


「あ……」


そう、それに気がついたのは最近だった。最初は自分の裸で全く恥ずかしく無くなったこと。そして次に気づいたのは雑誌のグラビアを見ても何とも思わなくなったことだ。


勘違い、気変わり。そのぐらいのもんだと思っていた。でも、今さっき確定した。


「少なくとも、前の俺は愛のことがかわいいと思っていたし、付き合いたいなんても思ってた。でも、そんな女の子の裸を見ても興奮しないのはおかしいだろ?男としてね」


「……」


「ごめんちょっと余計なことを言い過ぎたよ。論点がずれちゃったね。結局さ、俺が言いたいのは、男が好きなのか女が好きなのかわけのわからない状態で誰かと付き合うのは無理だってこと。いろいろとさ、怖いんだよ。俺は、愛とは楽しく笑いあうだけでいい。それ以上の関係になったとき……きっといつか、愛が悲しむことになる日が来ると思うから。愛は、普通を選ぶことができるんだ。男を好きになるってこと。なら、それが一番いいじゃないか。俺はそれが無理なんだから。はっきり言って羨ましいよ」


それは、愛は病気じゃないからって意味ももちろん含まれてる。その違いは、俺の中でとても大きくて、いつの間にか越えられない壁になってた。


「それでも……私は、いい」


結構強情だと一瞬思ってしまった。面倒って。こんな愛は初めてだ。


「愛、俺は愛のために言ってるんだよ。それに、愛だって俺が悲しんだり不安になったりするのを見るのは嫌だろ?本当に俺が好きならわかってよ……」


「でも!!陽君言ったよね!」


「何を?」


「私と付き合いたいって思ってた時があったって」


強い視線だ。さっきまでの暗い顔が消えていた。訴えかけるような目。逸らすことができなくて、愛の気持ちが全部入りこんでくる。


「だから……なんだよ……」


「それが、陽君の本当の気持ちなんじゃないの!!」


「……!」


自分自身がわからない自分の気持ち、それをくみ取ってくれたような気がした。


「今の陽君がおかしいって言うなら、六月初めの陽君は本当の陽君だったってことだよね?自分で今、そういったよね?だったら!……私と本当は付き合いたいって気持ちが本心じゃないの?」


「……」


「ほら、何も言い返せない。それは図星だからでしょ?結局は難癖付けて逃げたいだけじゃないの?友達っていう安定した垣根の中でぬくぬく過ごしたいだけなんだよ!病気?知らないよ!風邪を引いても恋をしちゃいけないなんてことある?好きな気持ちを偽って違う人を好きになることに意味があると思う?私には陽君だけしかみえてないんだよ?相思相愛じゃないの!!」


「愛、自分でそんなこと言ってて恥ずかしくないの?」


苦し紛れの抵抗をしてみる。いつのまにか気が楽になってた。だから、これは冗談のつもりだったりする。


「だって!私、今とってもうれしいんだもん。陽君が私と付き合いたいなんて思ってくれてたんだから!」


愛は、きっとポジティブなのかもしれない。いくら暗い過去があったと言っても、それと向き合い本当の自分を選んだのだから。


「は、ははは……」


もしかして、愛なら……


「俺、愛の機嫌を直すために来たのに、なんか逆に励まされちゃたみたいだ」


「あ、笑ってくれた。陽君はやっぱり笑った顔が可愛いね!――くしゅんっ!」


「あ、ずっとそんな恰好してるから……」


「へへへ、だって、陽君に見てて欲しかったから」


トクン。


いつだかも言われた。可愛いって。でも一番可愛いのは。


愛の笑顔だった。俺も言ってたじゃないか。あれは、嘘じゃなかったはずだ。


「……風邪引くよ」


「あ……」


俺は、初めて自分の意思で、人を抱きしめた。


「……温かい」


「愛はちょっとべたべたしてるね」


「ひどい!そんなこと言うなら……今からお風呂入ろうよ二人で……なんてね」


今なら、愛の言動全てが、正しく思える。不思議だ。だから……


「……いいよ」


「……え!?いいの?」


「愛がいいならね。冷えた身体も温まるだろうし」


「わ、私は全然いいよ!むしろお願いします……でも、陽君は熱くないかな?」


「大丈夫だよ。たまには……熱すぎるのもいいかもだから」


「え、えっと……お、お風呂ためてくるよ!」


「あ、裸のままで行っちゃ……」


……行ってしまった。今は家族とかいないみたいだからいいのかな?


それとも……照れ隠しをしたかったのかも。


それならちょうどよかった。俺も顔が真っ赤になってたから。










俺は、いったい何をしてたんだ。冷静になって思い返してみろ。女の子と二人でお風呂に入って……


それってとんでもなくアレなことじゃないか?


べ、別に何もなかったけどさ……勢いに任せてOKなんて普通しちゃだめだろ?


「反省しよう。まだ女の心があったから理性が保ててたんだ。男の俺だったらきっと……」


家に帰ったら、心を落ち着かせるんだ。たとえ愛と付き合うことになったとしても、順序ってのは考えるべきだ……付き合うことになるんだろうか。


結局決定的な答えを言うことにはならなかったけど。……今なら愛を好きでいてもいい気がしてる。なら……


「ん?」

帰り際の愛の家と俺の家の中間地点。見知ったような見知ってないような奴の顔がそこにあった。


橘律弥。いろいろと気まずい。それに胸がむかむかする。


服装は……男物か? サイズは少々大きめに見えるものの、まだ不格好ではない程度。きっと、古いやつを下ろしたんだろう。そんなに女モノは嫌なのか――。


「陽……お前なんでこんなところに」


「俺の勝手だろ」


こいつとは話したくない。早く帰ろう。


だけど、横を通り過ぎようとしたものの、目についたのが運の尽きだったのか、近づいてくる。


「あのさ……」


こいつ、性懲りないとこあるよね。やっぱ話しかけてきた。きっとこの前のいいわけタイムが始まるんだ……


「なんだよ、いいわけなら……」


「大岡の家ってどこか、教えてくれないか」


「え……」


質問の意図がよくわからなかった。とりあえず、そうそうに立ち去りたい。


「さぁ。俺の来た方に歩いていけばわかるんじゃない」


適当に答えてやった。


「ありがとう」


それだけだった。やつはそれだけいって歩いて行った。


でも、あんだけしか言わなかったけど下手したらわかるよね?どうせある程度把握してたんだろうし。もし、本当にあいつが愛の家に着けてしまったら、愛に謝っておこう。


それより、どうして愛の家に行こうとしてたんだろう。

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