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六月二十一日 被害者

「それじゃあ…今まで友達だったやつがいきなり告白してくるとか?」


「言いたくありませんが、そういうこともありえるでしょうね。まぁ、とくに目立ったことをしなければそんなに目につくことはないでしょうけど…」


「…」


「気まずくはなるでしょうね、そんなことがあったら。なにせ、六月が終われば男に戻るわけですからね。もちろんフェロモンの効果もなくなりますから、惚れてたことすら自分で信じられなくなるでしょうし…」










「…本当に一人で来たんだな」


「うん、お前がそう言ったから。まぁ、愛は最後までやめとけって言ってたけど」


「まぁ、大事な大事な高杉くんだからな」


「そんなんじゃないって。そりゃ友達として大事に思ってくれてるならうれしいけど…」


「うん、多分それであってるだろうよ」


「え?」


「いや、なんでもない。まぁ…そこに座ってくれ…」







驚くほど落ち着いてる。なんでだろう。昨日の慌てっぷりが嘘みたいだ。とにかく、今はこいつと向き合える。


たぶん、こいつだって同じ。逃げたりしないはず。ちゃんと話してくれるはずなんだ。だからこそ落ち着けるのかもしれない。


「昨日もちょっと言ってたが…俺がお前を襲ってしまうとか考えなかったのか?」


「無理ってお前は言っただろ?」


「やってみないとわからないぞ?それになんてったって一度はお前を裏切ってるんだから…」


なんで、わざわざ挑戦的な言い方なんだろう。許して欲しいなら下手に出ればいいのに…


だけど、そっちがその気なら俺だってちょっとぐらい挑戦的になってやる。舐められたくはないし。


「だったらさ」


「ん?」


「やってみろよ今は座ってるから倒れこむだけで押し倒せるかもよ」


「…言ったな」


もし、ここで本当に来たとしたら…ただ、挑発に乗ってきたってことになるのかな?それとも、まだ、俺を襲いたいと思ってるのか…


いや、後者ないよな。だってこいつは俺のためを思って襲って来たわけなんだから。今のこいつは女の子なんだから、襲われたって俺が男を嫌いになるわけじゃない。


「お前から言ったんだからな」


勢い良く…とまでは行かないけど、ゆっくりと俺にのしかかってきた。


なんでだろう。反省してるならこんなこと絶対出来ないはずなのに…悪乗りだったとしてもちょっと裏切られた気分だ。


でも、まったく恐怖とかはないな。だって押し倒されないから。こいつ、恐ろしく軽いよ。


「…」


「どうしたの?全然だめじゃん」


「…ま、わかってたけどな。体重全然ないし。身長低いし」


「でもさ、襲ってきたことに変わりはないよね。本当に反省してんの?言ってることとやってることが矛盾してるよ」


「ごめん…ちょっとな…」


これだけ近づくとよく見えるけど、顔はかなり幼くなってる。跡形もない。


橘はゆっくりと離れる。


「なぁ…怖かったか?」


「そりゃ…言わせないでよ。あのときのことは…」


「違う。そうじゃなくて…今の」


「えっ?」


あの抱きついてきたようなのに恐怖なんて感じるわけはないけど…


「…別に」


「そうか。そうだよな。あの時とは違うから」


「そりゃ元のお前ぐらいの体型のやつに押し倒されたら嫌でも怖いって」


「違う。俺が言いたい違いはそれとはちょっと違う」


「なにがだよ」


「俺が言いたいのは…あの時と違うのは、身体だけじゃないってことなんだ」


なんだか、真剣な顔つきになった。多分…前振りのつもりであんなことをしたのかも知れない。それならちょっと安心した。


「…あの時と一番違うのは、俺の気持ちだよ」


「気持ち…」


「ここからの話だけは、大岡には聞いて欲しくなかったんだ。まぁ…俺の嫉妬みたいな話になるから」


「なにに嫉妬するんだよ」


「決まってるだろ?大岡にだよ」


こいつが愛に嫉妬?なんでだろう。


「…あの時の俺はさ。昨日は誤魔化してたけど…はっきり言うと、お前の身体に欲情してた」


「えっ?」


突然の言葉。でも、理由としては一番明確で単純で、あり得る話しだ。だからこそ…俺だって一番否定したかったことだ。


「…そうなんだ…」


「お前だって気が付いてただろ?俺の目の違いに。いや、いつのまにか変わってたんだな、きっと。俺自身自覚出来てないとこもあったから」


「でも、さ。おかしいじゃん。そりゃさ、女の子を襲う理由なんてシンプルに考えれば身体が目的とかそうだろうけど…違うじゃん。俺はもともと男なんだから」


「…男に欲情するのは普通じゃないってか?」


「そうだよ。そうに決まってる!中には男が好きな男がいるのも知ってるけどさ、だってお前が女の子好きなの知ってるし。有り得ないだろ!」


そうだ、今は批判するしかない。


「そうだよ。俺は女の子が好きな世間一般で言う普通の男だったよ。だけどな、お前だってわかるだろ?普通じゃない状況なら普通じゃないことが起こってあたりまえなんだから」


「わ、わけわかんないよ!」


わかりたくないんだよ。


「俺、病院に行って聞いたけど…どうやらこの病気って…」


「言うな!言って欲しくない!」


それを聞いたら、全部受け入れなくちゃいけなくなる。あのときのことを。


「いや、聞け。じゃないと俺は困る。一応弁解ってことで言わせて欲しいから。だから…言う。この病気の所為で俺は…お前に魅了されたんだ」


「あっう…」


それじゃまるで…


「そんなこと言ったら…俺が悪いみたいじゃん」

「ごめん。うまい言い方が解らない。でも、それが理由だってのはあると俺は思うんだ。だって、あんなことをして現に俺は後悔してるしさ…それにさっき言っただろ?」


「えっ?」


「気持ちの違い。あのときの俺と今の俺じゃ…お前に対する認識が違う。だからお前に恐怖を与えることもなかったんだ」


「どう違うんだよ」


「あのときはお前に欲情していたけど…今は、抱きついたとしてもほとんど興奮とかそういうものは感じなかった。まぁ…つまりそういうことだ」


「そういうってことはさ、俺のためだとか言ってたのは昨日のあの場を誤魔化すためだったってこと?」


「嘘なんかじゃない。いや…どんなによく言っても変わらないが…あぁ、確かにあのときは正常な判断が出来てたなんて自信はないからなぁ…完全に否定は出来ないか」


「最低だ…」


正直なのはいいけど、本音が出すぎるのは気分が悪い。


「だけど…あのときの一連の出来事はあくまで引き金にしか過ぎないんだよ」


「はぁ?まだ何言うの?」


「まぁ、頼む、聞いてくれ。いいか、俺はお前が大岡と仲良くなるのが善しと考えていたって言っただろ」


「あ、う…ん…」


女と仲良くなれば男としての感覚は薄れにくくなるとかどうとか…


「で、お前らをなるべく見守っていこうと思ってたんだが…その…大岡とお前が仲良くなりすぎて俺の入り込む余地とか、なんていうか…ほったらかしにされたような気持ちになってきてさ…」


「だせえ男だなお前」


「うるせえな!で…嫉妬心がさ、日々積もってくるわけだ。お前のためとはいえ部外者がどんどん仲良くなりやがって…ってな」


「別に俺が誰と仲良くなろうが勝手だろ?」


「そうだ、でも、すでに俺はおかしくなってて…なんだろう、お前に対する独占欲みたいなのが芽生えてきたって感じか。とにかくお前を独り占めしたくなってたんだ」 

こいつ、普段そんなふうに思いながら俺の傍にいたのかよ。危なっかしいにもほどがある。


「だけど、さっき言ったとおりにお前が男だっていうのを頭の中で何回も繰り返してそういう気持ちを必死に抑えてた。俺だってこんなの間違ってるって思ってたから。だから、お前のためってのは嘘じゃないんだ。ただ…」


「ただ?」


「ときどきお前のことがどうしようもなく可愛く見えてしまうときがあったんだよ。そういうときは…ちょっかいぐらいは出したくなる」


「だから完全に関わりを断ったりはしなかったってことか」


「あぁ、でも、それでも極力はちょっかいの範疇で済ませてたんだ。なのに…あのとき、引き金を引いてしまったってことだ」


「引き金…」


「お前の裸。あれは…俺にとってものすごく魅力的に見えてしまったんだ」



…ものすごい悪寒がする。


「これを大岡に渡すなんて嫌だ。いや、誰かのものになるなんて嫌だ。なら、いっそのこと…ってな。もはや弁解にすらならないか。まぁ…これが本音ってわけだ」


「…なんで我慢仕切れなかったんだよ。そこまで魅力的って感じか?男だって思い込めば大丈夫だったような気もするけど。そんな一時の気の迷いの結果があれだったなんてひどいよ」


「それだよ」


「はい?」


「お前さ…女の姿の自覚あんまりなかっただろ」


「そりゃそうだよ、俺は男だから。でも、身体が女ってのはちゃんと自覚してたし、女が簡単に裸を見せたりするのはよくないのもわかってたし…」


「それは大前提に決まってるだろ。そうじゃなくてさ…お前、自分自身をどう思ってる?」


「え?…質問の意味がわからないんだけど」


「…女としての感覚、むしろそれがなかったら普通わかるはずなんだが…つまりお前が正常な男としての感覚を持ち合わせていたとして、だ。どう思っていればよかったかと言う話だが…」


「ん?」


「はっきり言う。お前、クラスの中で一番かわいいぞ」


「はぁ?」


それは…喜ぶべきなのか?愛も似たようなことを言ってた気がするけど、あんなの冗談だと思ってたのに。


「ほら、やっぱり自分でわかってなかった。それが自覚が足りてないってことだ。それで多分男としての感覚も若干狂ってたみたいだな。もしかすればそれも病気の所為なのかも知れないが…」


「か、仮に!そうだとしてさ、顔がかわいいからって元男を襲うのってどうなんだよ!」


「…かわいいのは顔だけじゃないさ」


こいつ、頭おかしいだろ。


「お前自身が自覚してないのはわかったからいいとして…お前、この病気で自分の心が女性的になりやすくなるってのは知ってるよな?」


「あ、あぁ。俺の心も女っぽくなってるとこがあるとか前にも言われたと思うけど」


「単純にさ、そこになんていうのか…惹かれるんだよ。あんなに普段男っぽさがあったのに、なぜか女としてしか見れなくなるような仕草をするお前にさ。わかるか?見た目が可愛くて女としての仕草があれば大抵の男は興味を持ってしまうってことが。いや、女っぽい仕草なんてなくても顔だけでも十分過ぎるくらいではある」


「…」


真面目なのか、不真面目なのか。信じがたい話をされるとどうしても真剣に受けとめられない自分。


「それにフェロモンの効果だってある。惹かれないほうがおかしいくらいだろ…ははは、なんかいろいろ言い過ぎて言い訳苦しくなっちまったな」


「…」


だけど、今まで言われたことは全部事実だとはわかる。俺だって医者に病気については聞いてたし、男の気持ちだってもちろんわかるから。


でも、それを受け入れられないのはたぶん、今俺は女だからなのかも。


「あとさ…ついでだからもう言うぞ」


「な、なに?」


「たぶん俺さ、期待してたんだよ」


「期待?」


「お前に好かれてるって」


「…はい?」


それは…俺がこいつのことを…ってことか?


「お前が女になってさ…病気の所為で男を好きになるんだろう…と思って。だから、なんか、こう…俺に懐いてる感じして、嫌々って雰囲気はしてたけど、ほら、嫌よ嫌よもなんとやら、って」


「ないだろ」


「俺もそう思うさ。それに、それだけにはならないように避けてたんだから。でも…お前自身も自覚してたんじゃないかな…って」


「なに?お前を好きってか?馬鹿馬鹿しい」


「なら、なんで…一緒にいてくれたんだ?」


「…いつ」


「ずっとだよ」


「俺は最近愛とずっといたよ」


「違う、そんな短いスパンの話じゃなくて、今まで、だよ」


「それはたまたま同じクラスになったから」


「それでも…お前は話相手になってくれたじゃないか。面倒くさそうな顔しながらも、一緒に話をしたりしてたし」


「お前がひとりの俺の無理矢理話し相手になろうとしたからだろ?」


「なんでそんな言い方するんだ。俺はただ、友達でいたかったから一緒にいたんだ。お前だってそれになんだかんだで答えてくれてた、そうじゃないのか。」


「俺は…お前は、クラスメートのひとりだよ」


友達は…愛だけ。


「…なんだよ。なんで…遊んで、一緒に話をしてたら、友達だろ?なにが…足りないんだ?そりゃこの前のことはひどいと思ってる。でもそれ以前は、お前は俺をどう思ってた?」


「同じだよ、ただのクラスメート」


「…そうか、なら、いいや。全部俺の勘違いだったんだな」


今日で一番悲しげな表情。


「俺は…女になったお前に好かれてると勘違いして、男に戻るまで変に関わりを持たないように努力したつもりが…裸を見せられて誘われてると自分で思い込ませて、正当化して、お前にひどいことをしちゃったんだな…」


「そう…なるね」


「…ごめん。ついでの部分は言わないほうがよかったな。お前の気分を悪くさせちまった」


「そうだね」


「ごめん。俺はただの勘違い野郎だったよ。病気云々無しにしても、やっぱ馬鹿だった」


「…」


「ごめん」


「ねぇ」


「なんだ?」


「結局さ、お前、女の俺のことが好きだったの?」


「…たぶん。女のお前を見てから、好きの気持ちが出来たんだろうな…」


「そっか。…変なやつ。ちゃんと言わせてもらうけど、俺はどんなにしたって男だから。男を好きになったりしないから」


「わかってる。わかった。悪かった。もう…いいから。なにも望まないから」


「じゃあ…もう、いいんだね」


「…うん。俺にはもう、弁解の余地はなんてない」


「そ…じゃあ…本当にさよならか」


「…」


顔を上げない橘。ひょっとして泣いてるのかも。男のくせに…いや、今は女だからいいのかな?でも女だとしても自分が悪いのに泣くってどうなの?


「…泣いてんの?」


この質問は最低かもしれない。でも、俺は被害者だから…いいんだ。


「…」


答えてくれない。でも、鼻を啜る音が少し聞こえるから、たぶん泣いてる。もう話も出来ないな。


「じゃ、帰るから」


「…」


「最後になんか言っとく?」


なんでこんな質問をしたのかはわからないけど、まぁ、たぶん、慈悲みたいなものかな。


「…お、俺さ…」


「ん」


「おまえなら…なんだ、かんだ…で、許して…くれると、思ってたよ」


「…そ」


この瞬間、なんでか知らないけど、とても苦しくなった。


なにも間違ってなんかいないのに…


でも、扉を開けてから、もう戻ろうとは思わなかった。


友達は一人だけのまま。なのに…なぜか減ったような気がした。


自分がなにをしたかったのか、なんのためにここに来たのか、もうわからなかった。

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