六月二十日 あいつ
「フェロモン?」
「そうです。まぁ、ようするに男を寄せ付けやすくなってしまうというわけです」
「俺は男ですよ!?そんなの嫌ですよ!何がうれしくて男に群がられなければいけないんですか!」
「えぇ、そうですよ。好ましくないのです。あなたが男に戻りたいのであれば」
「…抑えられたりできないんですか?」
「現段階では無理です。この病気でわからないところの一つですから。そもそも便宜上はフェロモンと言いましたが、それすらもはっきりはしてません。ただ、はっきりとわかることは、今のあなたは男性にとても魅力的に映ってしまうということだけです」
「雨か…」
外は久しぶりの雨か。梅雨の季節のわりに最近はちょっとだけ快晴が多いような気がしてたけど…ひょっとしたらもうとっくに梅雨なんて開けちゃってるのかも。なんて、この天気じゃそうは簡単に言えないか。どちらにしても湿度が高くてじめじめするから過ごしやすいとは思えないけどね。
それにしても朝から結構降ってるなぁ…こんな日は家の中で閉じこもってるのが一番だよ。
「ねぇ、高杉くん。いつまで空を見てるの?そんなすぐに雨は止まないよ。待ってちゃきりがないよ」
「うん、そうだね。わかってるよ。ただ、嫌だな…って思ってただけだから」
「それでも今日は行くんでしょ?」
「うん」
そうだよな。わざわざ迎えにきてくれた愛にも悪いし、そろそろ行かないと…
「…久しぶりに傘差すなぁ」
男用として買っていた傘だから今の俺にはちょっと重かったりするので両手で持って差す。
となりに立ってる愛は小さめの可愛い女の子用の傘だから軽々片手持ち。ちょっとうらやましい…
どうせ大きな傘なんだから愛と相合傘とかしたら有効活用なのに…とか思ったけど、2つあるのに無理してする必要はないのかも。
「ん?高杉くん、またぼけっとしてる!ほらっ!早く行こうよ」
「あ、うん、ごめんごめん!」
コンコン
「あ、二人とも来たのか…」
「うん。そういえば今日も家の人がいないみたいだけど?勝手に部屋まで上がってよかったのかな?」
「仕事が忙しいらしいからな。二人とも朝からいない。それに俺は玄関まで迎えに出られないから、ここまで来てもらわないと話にならない」
「そうか…じゃあ、遠慮なくお邪魔します」
ドアを跨いでの会話。でも昨日と前と違うのはドアに鍵が掛かってないってこと。ノブを捻れば簡単に開けることができた。
「やぁ、二日ぶり」
「あぁ…そうだな。でも本当に来てくれるとは思わなかったよ」
「別に許してはないからな。ただ、話をしにきたんだ。気になることはいっぱいあるからね」
「ははは…そうだよな。いいよ、別に許して欲しいなんて言わないから」
ドアの向こうにいたのはベッドの上に座り自嘲気味に笑う小さな少女。ただえさえ身長の低い俺よりももう一回りは小さい。格好はえらくみすぼらしい赤色のパジャマ。というよりも多分着る服がなかったんだろうから、家にあった古着を適当に見繕っただけのかも。
だけど、そんな服を着ていたとしてもこの少女は、誰もが振り向くほどの美少女だと思う。どちらかと言えば守ってあげたくなるような、そんな感じ。少なくとも俺はそう思った。
髪はセミロングで、かなり跳ねてるけど細く綺麗な黒。肌も簡単に傷がついてしまいそうな陶器のような白。全部が全部綺麗だ。ただ、そんな美少女には不釣り合いな口調。それだけは滑稽に思えた。
「どうした?早く入れよ」
「あ、うん」
「座布団とかないからカーペットの上で悪いけど…」
「いいよ、それくらい」
部屋の中は…えらく片付いていた。前に来たことのあったときは漫画が床に散乱してた記憶があるけど…高校生になって心境の変化でもあったのかな?
とりあえずカーペットに座ることに抵抗を覚えるようなことにはならない。
「それにしてもあれだな、他人から見れば俺たちって女の子の集まりにしか見えないよな。ははは…」
「そんな冗談はいいよ。それより…一応確認していい?」
「どうぞ」
「本当に橘なんだな?」
「あぁ、俺に兄弟なんていないのは知ってるだろ?俺の家にいるんだから俺は俺だ」
「…誕生日、好きなモノ、嫌いなモノは?」
「誕生日は七月一日。好きなモノは焼きそばパン、嫌いなモノは…七月かな」
聞いてみたものの…なんだろう。こいつのこと誕生日くらいしか知らないからあってるのかどうかわからない。でも、まぁ、雰囲気はあいつだよな。
「ちなみに七月が嫌いな理由は…」
「あわわわ、やっぱいい!お前だ!うん、信用する!」
「…高杉くん、どうしたの?そんなあわてて…」
「あ、いや、なんでもない。うん」
まさか…そうだよ、こいつ、七月が嫌いな理由あったよ。あんな恥ずかしいことを愛の前で言うつもりだったのか?
「誕生日がある月が嫌いって私にはわからないなぁ…やっぱり理由ははっきりしてた方が…」
「いや、いい。俺は知ってるから!」
「そう?ふーん…」
愛が疑わしそうな目で見てくる…で、でもそうそう聞かれたくないし。まぁ、今は黙っておこう。
「とにかく…ここにいるのは橘くんでいいんだね?そういや、私、初めてちゃんと話すかも」
「そうだな…まぁ、よろしく」
「よろしくってのは素直に受け取れないなぁ。だってあなた、高杉くんをいじめたし」
ちょっと愛が喧嘩腰な気がする…俺のためとは言え今はそういうのはやめて欲しい…
「そうだな、うん。謝っても謝ってもどうしようもないと思う」
「そうだよ、高杉くんは絶対に許したりしないんだからね。ただ、あなたは反省するのみなんだから」
「め、愛ちょっと言いすぎじゃ…」
「言いすぎじゃないよ。だって彼は犯罪者なんだよ?警察に言わないだけでもありがたくないかな?」
いつもより感情的だな。これじゃ話が進まないじゃないか。
「でもな、愛…」
「いや、陽。いいんだ。大岡の言いたいように言わせても。それどころかお前だってなんでも言えばいい」
「待てよ。俺は文句を言いに来たんじゃないんだ。…ごめん、やっぱり多少は言わせてもらうけど…本題はお前のことだから」
「…そっか」
どこか落ち込んだ表情。きっと今は罵られた方が楽なのかもな…
「愛。とりあえずは落ち着こうよ。被害者は俺だったんだから愛がそこまでイラつく必要はないよ」
「…じゃあ、高杉くんは逆の立場だったらどうしたの?私に変わって怒ってはくれないの?」
「それは…確かに我慢出来ないけど…」
「ほらっ!だったら彼を責めるのは仕方ないよね?」
「責めるのは後でも出来るから…だから今は、俺のために話をさせてくれないかな?」
「…何よ…わかったよ。今は静かにする」
意外と引き際は良いみたいだ。
「ありがとう。…じゃあさっそくだけど、橘。お前、自分がどうなった説明できる?」
「…わかってるさ。まさか俺がこうなるとは夢にも思わなかったよ。しかもこんな時期にな。本当に…おかげさまでこの通りだよ」
「この通りって?」
「…実はまともに歩けないんだよ。ゆっくりなら今ならなんとか歩けるけど…発病直後は起き上がることすら出来なかったよ」
「俺も…最初はそうだったけど、ずっと歩けないなんて初めて聞いたけど?」
「どうやら医者が言うには時期が関係してるらしい。普通は六月の初めに二、三日の差はあっても発病するものらしいが、ごく稀に六月中に発病することがあるらしいんだ」
「それがお前?」
「そうみたいだな。ははっ」
おどけて言ってるようだけど、顔は笑えてない。
「それでさ、その場合は不完全変化らしくて筋肉が弱くなってしまうらしい。さらにな、俺は元の図体が大きな方だったからその分そのまま変化してしまうと身体が支えられなくなってしまうからかなり小さな身体になってしまったらしい。まぁ、このサイズでもやっとみたいだけどな」
ってことは単純に学校にこれなかったってことだったのか。風邪ってのは本当のことを知られたくなかった嘘…なのかな?
それにしてもこの病気、当事者のはずの俺ですからまだ知らないことがあったんだ。
「いやぁ…この病気、かなり怖いな。俺ホントは結構軽視してたよ。ただ、女の子になるだけと思ってたからさ。まさか変化するときあんなに苦しいとは思わなかったよ」
そうなんだよなぁ、これ、身体が変化するときあり得ないくらい痛くてさ。だいたい気絶してしまうんだよ。で、気が付いたら女の子になってるわけ。最初は本当にわけがわからなかったよ。
俺の場合、最初に水月病にかかったときは一日入院したんだけど、とくに悪いところはないからすぐに退院したっけ。先生の話が結構長かったような記憶はあるけど…よく覚えてないな。
学校への手配もなんか特例としていろいろしてくれてなんの不便はなかったな…そりゃ、身体の変化での不便はあったけど、生きていく上での大それた不便はなかったと思う。
だから、こいつの置かれてる状況はそれなりに辛いと思う。
「だからさ、それを含めておまえには悪かったよ。俺、お前をからかってたしさ」
「ごめんで許してやろうとは思わないけどね」
「わかってる」
ずっと自嘲気味に笑うこいつは全然怖くない。ある意味ありがたかったのかも。もし、元の姿で会ってても平静を保てたかって言うと…かなり際どいな。
「…お前の置かれてる状況はなんとなくわかったよ。じゃあそろそろあのことについて聞いていい?」
「あぁ、どうぞ」
「なんで………なんであの時俺を…」
ダメだ、今のこいつは怖くないけど、いざとなるとやっぱりフラッシュバックしてくる。少しはましになったと思ってたのに。
「高杉くん、私が代わりに言うから」
「愛…」
「橘くん。なんで高杉くんを襲おうとしたの?私は高杉くんから話しか聞いてないけど、少なくとも最低って言われても仕方ないようなことをしようとしたんでしょ?」
「…さぁ、どうなんだろうな…」
やつは少し俯いた。誤魔化そうとかそんなんじゃなくて…ただ、心細そうにしてるみたいに見える。
「…反省はしてるよね?ならなんで言わないの?それとも言えないような恥ずかしい理由?私は…橘くんは友達を裏切ったりするようなことはしないって思ってたんだよ?」
「えっ?」
意外だ…愛ってこいつを完全否定してると思ってたのに。ちょっとはこいつのこと買ってたんだ。
「だから…ただ単にそういういやらしい考えで高杉くんに手をあげたなんて思いたくはなかったんだよ。ねぇ?どうなの?」
「…言っても言い訳にしかならないと思ってたのに…まさか発言権をくれるとは思わなかったよ。ありがたいことこの上ないな」
「うん、そう。発言権をあげるから…高杉くんだって聞きたがってる。あなたを本当は信じたいの」
…愛はそうはいうけど…実際に理由を聞いてはいはいと納得できるとは思ってないよ。ただ、今日は…仕方ないかどうなのかを確かめに来ただけだから。
もし…理由を聞いても納得が出来なかったら…もうこいつと話す機会はなくなるんだろうな…
「じゃあ、ありがたく言わせていただきますよ」
「言っておくけど、それっぽい嘘とかは許さないからね」
「あぁ。…俺はさ」
ごくり
思わず生唾を飲む。少し気分が悪いかも。
「こいつを助けてやろうと思ってたんだよ」
…あまりにもそれっぽい嘘にじゃないか。
「ねぇ、橘くん。もしかして私たちを馬鹿にしてるの?」
「逆に人が真剣に言ってるのに馬鹿にしてるとは失礼じゃないか?…とにかく、最後までは聞いてくれ」
「…そうだね。いいよ、続けて」
「…俺なりにさ、水月病については調べてたんだ。どういう病気かってな。で、治す方法とかもないか調べようともした」
あれ?こいつ、俺が女になって喜んでたわけじゃないのか?なんで治療法なんかを…
「で、わかったことが一つ。発病者のお前にはわかると思うけど、現時点では完全に治療する方法はないってな」
「うん、そうだよ」
「それでさ、ちょっと悪いなって思ってたんだ。治る見込みはなくてお前は苦しんでるのに、俺は笑ってばっかりでさ」
確かにこいつの態度には苛ついてたよ。何様なんだってね。
「だから、俺なりに考えた。お前にできること。水月病の資料とかを見ながらさ。それで、またわかったこと…お前に女の意識を持たせないようにって」
「え?」
「気が付かなかったか?俺、結構頑張ってたんだぜ?お前に男友達と同じように振る舞うのをさ。俺が男友達としてお前と関わってたら、お前が女らしくなるのを防げるかなって思って…」
そういえばこの病気って女になりたいとか思えば思うほど進行するって言われてたっけ。
ってことはなるべく女だって自分を意識させないように尽くしてくれてたってことなのかな?
「でも、お前セクハラまがいの発言を結構してた気がするけど?」
「変に意識してしまうよりはいいと思ったんだよ。じゃああれか?妙に優しさ溢れたボディタッチとかされてうれしいか?」
「いや…」
「そう、それでよかったんだ。むしろうれしがられたらやばかったんだよ。女として接してもらわれてうれしいなんてな。その距離感を微妙な感じで図ってたつもりだった…」
あんなふざけてたこいつがそこまで考えてたとは思えないけど…絶対素でやってたとこだってありそうだし。
「でもさ、お前…やっぱ日に日に女っぽくなってくんだよ。去年とは段違いのペースで」
「そうなのか?」
まぁ、去年のことなんてびくびくしてたし、もういろいろ精一杯だったからなにも覚えちゃいないけど。
でも、そう考えると去年に比べてはこの状態にも落ち着いてしまってるから…こいつの言うとおりなのかもしれない。
「だからわからなくなってしまったんだ。お前、本当に男のままでいたいのかって。もしかしたら女になってもいいとか思ってるんじゃないかって」
「それは違う!俺は男でいたいよ」
「そうだろな。でも、日頃のお前を見てたらわからないんだよ。だから…それも病気の影響だと思った。いや、多分そうなんだと思う。少なくとも病気の所為で違和感って言えるものは薄くなってきてたんだろ」
「そ、そうなのか?」
無意識に…やはり女に変えられてた?俺にはわからないけど、こいつは気付いてたんだ。
「だから焦った。それに知らず知らずに変わってしまうなんてかわいそうだと思った。だから俺は…手段を変えるにした」
「手段?」「お前さ、大岡と仲良くなってただろ?」
「え?えっと…う、うん。まあね。それなりには…」
「俺はな…次に女を好きって概念さえ残っていれば女になっていくのが遅くなると睨んだ。だから、俺は大岡とお前が仲良くなることをよく思っていたんだ」
「へぇ…」
あんまり愛本人の前で好きとか言って欲しくないんだけどなぁ…
「だからそれとなく応援してた…友達が出来たのはいいことだしな。でも…病気の進行が遅くなってるようには思えなかった」
「…」
「だから強行に出たんだ。バカみたいというか、最低だって思うかも…いや、最低な行為だったんだけど…ようするに逆の考えだ。男を好きにならなければいいってな」
「だからあんな…」
「最終的にはあんなことになっちゃったが…本当はあそこまでする気はなかったんだ」
「…どういうことだよ」
「自分でも言うのもなんだけど…まぁ、日常的に茶化すようなセクハラ擬いの発言をしてただろ?本当はあれの延長線ぐらいにしておこうと思ってた」
「例えば?」
「お尻触るとか」
なるほど、確かにそれをされてたらそれはそれで男が嫌になるな。
「けど…そういうスタンスに変えようとした矢先にお前が休んでしまった。で、お前の母さんから連絡が来て…とりあえず看病ってか見舞いに行くことになった」
ここからが、愛に話したことになるのかな?愛も話が繋がってきたのか聞く態勢を少し正してる。
「そのとき…まぁ…なんだろうな。セクハラというか…嫌悪感を抱くくらいって考えてたはずだった…なのに…お前の前になったら…おかしくなってしまった」
「…おかしく?なにが?」
「…まぁ、いろいろとな。で…今こいつを襲ったら…男を好きになれなくなるんじゃないか?女でいることが嫌になるんじゃないか?なんて考えて…気が付いたらお前を押し倒してた」
「脈絡がおかしくないかな?」
愛はやっぱり怒ってる。聞いた内容に納得がいかなかったんだ。
「最初はさ、なんとなく橘くんの考えもわかるな…なんて百歩譲って思ってたけど…なんなの?最後のほうのぐだぐだ感は。目的が変わってきてるよね?」
「だから…俺にだってよくわからなかったんだって…本当に…あんなことするつもりなかった。こいつにビンタされて、目が覚めて…」
「ここまで言って最後はとぼけるんだ。結局高杉くんのためを思ってたってのは本当だったとしても…裏切ってるじゃん。自覚してるよね?最低だよ、橘くん」
「だから言っただろ、言い訳にしかならないって。いや、それにすらならなかったな。俺はただ、本当のことを言っただけだから」
「…はぁ、もう何を言わせてもだめだね。高杉くん。どうするの?」
「…」
裏切ったって形は確かにそうだよ。だから今なにかをこれ以上言わせても意味はないと思う。
でも…うん。まだ、こいつはぼかして言ってる。まだなにか隠してる。愛は気付いてる。だからあえて挑発的な言い方をしてるんだ。でも、今のこいつはそれに乗るほど元気じゃないのかも。
もし、そうじゃないとしても…そう思いたい。
「橘」
立ち上がって近づく。
「なんだ?なんでも言ってくれよ」
「…お前、まだ話したいことはないのか?」
「ない。あれが俺の考えてたこと全部だから」
「…じゃあ言い方を変えるよ。俺に許して欲しい?」
「高杉くん!?」
愛はびっくりしてる。でも、今は言いたいようにさせて欲しい。
「愛、ちょっと静かにしてて。ねぇ、どうなの?」
「決まってるだろ?許してもらえるなら許して欲しいさ」
「なんで?」
「は?」
「なんで許して欲しいんだよ」
「なんでって…」
「お前にとって俺はなんなのさ」
「…」
「お前さ、友達いっぱいいるじゃん。俺一人くらい絶交したって構わなくない?なんで許してほしいの?もしかしたら俺が誰かにチクったりするかもしれないから?お前に汚名を被せるかもしれないから?」
「そりゃ…まぁ、友達はいるちゃあ…でも、まぁ、あれだ誰かに嫌われて気持ちがいいわけはないだろ?」
「…じゃあこういうのはどう?俺はお前と絶交する。でも、この前したことは全部許す。これなら汚名は残らないよ。嫌われることもないよ。ねぇ?どう?」
「…お前…なにを求めてるんだよ」
「さあね。強いて言うならお前の本音」
「…嫌だ。これでいいか」
…自分から言っててあれだけど…ほっとした。でも…だからこそわからなくなった。
「…陽、お前無理してるだろ」
「は?なにが?俺は聞きたいことを聞いただけ…」
「もう聞くことなんかいらないだろ?後は適当に判断すりゃいい。俺の言い分なんか無視してさ。お前さ…いい人過ぎるんだよ」
「…なにを言って」
「揺らいでるんじゃないのか?そういうのは…俺は勘弁してほしい。お前は、お前の最初に思ってたままに…俺を切ってくれ。俺の言ったことなんかで揺らがないでくれ。これ以上…俺に罪悪感を重ねさせないでくれ」
「…わからないから…わからないから聞いてんだよ!!!うるさいな!!!そんなさっとなんでも判断できるわけないだろ!!どうしたら一番なんかなんてわかるかよ!!!お前が五百倍悪いとしてもそんな簡単に死ね!とか言えるわけないし、警察に差し出したいわけじゃないし、絶交してずっと会えないようにしたいわけじゃない!!!」
あ、やべぇ…なに言ってるかわかんない。ひょっとしたら飛んでもないこと言ってるかも。それに…頬が濡れてきた。
「あ、あぁ…」
「俺はっ!!!だからっ!!!嫌なんだ!!!お前なんか!!!簡単に!!!簡単に…簡単に…切り捨てて…」
「よ、陽」
「でも…俺には…友達が少ないんだって…だから、どうすればいいかなんて…」
「高杉くん…」
判断基準が欲しい。だから…なるべく多くが知りたいんだ。こいつが思ってた全てを知らないままで…判断なんかしたくない。
少なくとも今判断したら…俺は一人友達がいなくなるんだ。
「…ごめんな。本当にごめん。わかった…話すから…全部知ってもらうから。ただ…一つだけ頼む」
「たち…ばな?」
「二人だけ、二人だけで話がしたい。大岡には悪いけど…やっぱり二人じゃなきゃ話せないことってのはあるんだ。だから…頼むよ」
橘は愛を見る。
「橘くん…そんなのが…だいたい高杉くんを一人になんて…」
「今の俺に…こいつを押し倒す力なんてないからさ。いざとなればいくらでも俺をぼこぼこにだって出来るし。だから…」
「そういう問題じゃない!高杉くんは…!」
「お願いだ」
橘はベッドから降りた。身体をふらふらさせながら、床に手をついて頭を下げた。
本当に小さい。
「そ、そんなの…ずるい、ずるいよ。みんな、みんな…態度を変えればなんでも良いわけじゃないのに…私…拒否出来るわけないよ」
「…ありが…とう」
橘は頭をゆっくりあげた…と思ったらすぐにまた下がった。
「橘?」
「だめだ。今日は…ちょっと…もうきついかな。すまん。明日…明日にしよう。また明日…に二人で」
「うん…わかった。それでいいよ」
「…ありがとう。明日は…もうちょい全力で弁解させてもらうよ」