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六月十八日 加害者

急展開かも?

「病気…改めて言われると嫌ですね」


「嫌でも注意は必要ですよ?女の身体で男の心ってのはあまりにも不便でしょうから。とりあえずは戻る戻らないよりも生活面での配慮を大事してください」


「…そうですね。わかってます」


「ただ、あなたが普通の女性とは違うという点が一つあります。これも結構意識の中に置いておいて欲しいのですが…」


「なんですか?っていうか違うところだらけのような気がするんですが…」


「まぁまぁ、聞いてください。あなたの身体はですね、普通の女性よりもフェロモンが多く出やすくなっているようです」










「…遅刻じゃないよね?」


「これだけ過ぎてから学校にはこないと思うけど」


「つまり、休みってことだよね」


「私はそう思うけど」


「今日は決行だね」


「…なんでそんなうれしそうかな…」


「そんなことないって!ただ、あいつを懲らしめるチャンスが到来したから…」


「まぁ、なんでもいいよ。とりあえず私は家を知らないから、放課後高杉くんがちゃんと連れてってよね」


「もちろん!一人でいくのなんかごめんだし!」


「…たまにわからないなぁ。高杉くんは」


「なにが?」


「なんでもないよ」










授業なんてそっちのけでずっと放課後のことばかり考えてしまった。愛には呆れられたけど、もし油断なんてしたらどうなるかわからないからきちんと作戦を練ることは重要だと思う。


で、今はちょうど目の前に戦場があるわけ。要するにあいつの家。直接来たのは何時ぶりかな…なんにも変わってない感じ。


きっと家の人は平日だからいないはず。あいつ自身が寝込んでいたのなら、ひょっとしたらチャイムを押しても反応すら無いって可能性だって否めない。


「…高杉くん。どうするの?いくら加害者でも風邪で寝込んでいるところに押し掛けるの?」


「なに。ちゃんと授業中に全部考えてんだから大丈夫だって。ひとまず在宅確認をだな…」


「どうやって?インターホン?」


「それは望み薄だから…」


「…どこに行くの?玄関から離れて」


俺が歩いてるのは玄関より一つ横の部屋の前。どうやらカーテンは閉まってるみたいだ。


「勝手にこんなとこ歩いていいのかな?住居侵入罪になるのは勘弁してよね?」


「大丈夫だって。ちょっと様子見るだけだから」


おーなんとか隙間から中が見える見える…


「アウトじゃない?」


「大丈夫。あっちだってやることやってんだから。おあいこだよ」


「つまり、これで満足なの?」


「それは違う」


「なんか矛盾してるね」


「そんなことないって。うん、おあいこって言い方は間違ってた。まだまだ全然物足りない」


「…少しだけ高杉くんが悪に見えてきたよ」


本当に、これじゃどっちが犯罪者なんだか…自分でも思う。


「で、結局様子見をしてなにかわかったの?」


「あぁ。どうやらあいつは自室にいるみたいだ。二階の玄関の上のとこ」


「へぇー。なんでわかったのかな?」


「まぁ、なんだかんだでここにはよく来てたから。ほとんど無理矢理連れて来さされたんだけどね。嫌でもわかるんだよ。こいつの家、人がいない部屋は基本カーテンと窓が閉まってるんだけど、ほら、二階は窓は開いてるだろ?一応留守にしておくなら二階だって閉めた方がいいのに開いてる。つまり、あの部屋には人がいるってこと」


「ふーん。なるほど」


「とりあえず。あいつがいるってことはわかったから。さっそく入ろうか」


「結局押し掛けるんだ。鍵掛かってるから彼、わざわざ下まで開けにこなくちゃならないよ?それとも風邪を引いた身体に鞭を打ちたいのかな?」


「いや…それもいいけど、本当に辛い風邪なら、うん、少しやりすぎとは思うから…勝手に入ることにします」


「?」


まぁ、愛にはなんのことだかわからないよな。でも、すぐにわかるはず。これさえ見せれば…


「…ねぇ、なにしてるの?窓の下に手をやって」


「うん?いや、このサッシの下に…ほら、あった。ここって植え込みとかあって外から視覚になるから隠してあるんだってさ」


「もしかして…」


「うん、スペア」


実は結構前に教えてもらったんだ。もし、帰りが遅かった時には俺の家で先に勝手にくつろいでろよ?とかなんとか…ってな乗りだったかな?


「…そんなの知ってるならやっぱり仲いいじゃん」


「前はどうだったかは知らないけど、今は違うよ。大っ嫌いだ。あんな変態」


「ホントに?」


「うん。そんなのわかってるじゃん」


愛の妙な追及をまともに受けるのもめんどくさいし、さっさと入ってしまおう。


ガチャリ。うん、開いた。


「お邪魔しまーす」


「ねぇ、不法侵入はだめだって言わなかったっけ?」


「別に盗みとかするわけじゃないから大丈夫だろ」


「…もう知らない。勝手にして」


ちょっと不機嫌になる愛。でも…うん、本当に訴えられた時は謝ろう。


「二階二階っと…」


「そういや、普通これだけ静かなら彼にも聞こえてるんじゃない?」


「なにが?」


「全部だよ。玄関前でも話してたし、玄関開けた音だって立てたし、今は足音も…」


「そう言われれば…じゃあわかっててスルーされてるのか」


「そうかもね。どちらにしても会うって結果にはなるから関係ないんでしょ?」


「そりゃそうだよ!何のためにここまで来たと思ってんだよ?」


おっと、階段も上りきったぞ。こっちの廊下を通った突き当たり右の部屋が…


「ここだ。ここにヤツがいる」


「手、握ってあげようか?怖くない?」


「大丈夫。覚悟は決めてきたから。でも万が一あいつが襲ってきたときには…頼むよ」


「私の方が頼りになるとは思えないけど…高杉くんを守るために善処するよ」


「ありがとう。んじゃ、入るよ」


「うん」


コンコン。


「あれ?高杉くん、ノックなんか今さら意味なくない?」


「あ、そうだね。それもそうだった。んん、じゃあ改めて…入るぞ!」


ちょっと重みの感じるドアノブをがっちりと掴む。そして捻る。引く!


開かない。


「か、鍵かけてるし!」


「やっぱり気付いてたんだよ。ここにくる前に鍵を閉めたんだろうね」


「畜生!開けろよ!おいっ!」


返事無しか…いるのはわかってるのに。ってかなんであいつの方が無視すんだよ。嫌われるようなことしといて会いに来てくれたら普通嬉しいとか思わないのか?


「高杉くん、下」


「ん?」


ドアの下から出てきた一枚の紙。やつはどうやらこれでコミュニケーションをとるつもりみたいだな。


「ふん、なになに…帰れ?」


「A4サイズにこれ一言なんて勿体ないよね。責めて大きく帰れ!って書いてればインパクトだってあっただろうに…」


「愛、ボケてるのか本気なのか疑うよ。でも、そうだな。紙の無駄遣いはよくない。おい、これ返すからもう一度書け!」


下からさっきの紙を通す。


「質問!なんで帰れなんだよ。だいたいお前俺に謝る気ないだろ!」


「…っぁ」


「なんだ?なんて言ったの?」


「…」


一瞬声が聞こえたような気がしたけど、すぐに押し黙られた。どうも直接話す気は毛頭ないらしい。つまり反省する気はなかったってことか。


紙が返ってくる。


「…あのことは本当にすまなかった…そう思ってるならちゃんと謝れよ。声で!姿見せてさ!」


紙を返す。


「ほら、さっさと出てこいよ!なんならあの時のことを警察に言ったっていいんだぜ?今なら謝ってくれたら考えてやるよ」


また紙が返ってくる。


「えっと…言えばいい、これで許してもらえないなら、仕方ないから。でも、俺は間違いなく反省してる。ただ、今はお前に会えない。それだけはわかってくれ…だと?」


「…会えないって、ドア隔ててるだけじゃん。大げさな言い方をするもんだね」


「…なんだこいつ」


結局は開き直ってるわけじゃん。最悪だよ。もしかしたら土下座で許してって泣き付いてくると思ってたのに。期待はずれだ。


「ったく…まぁ、いいや。質問を変える。お前、風邪なの?声が出せないくらいひどいとか?」


紙を返す。すぐに返ってきた。なんかこのやりとりにもちょっと慣れてしまってるな。


「…そうだよってか。もしかして俺のが移ったのか?」


返す、返ってくる。


「…そうかもな、天罰かも…わかってるじゃないか。でも長引き過ぎじゃないか?」


また紙を下に通す…と思ったけど、紙の両面にはもう書けそうな場所がない。中途半端におっきい字をマジックで書きやがるからもう紙は真っ黒だ。


「おい、紙、変えろよ。もう書けないだろ?」


「…」


返事はもちろんない。しばらく待ってみた。でも足音すら立ててない。ドアから動かないみたいだ。


「…あぁ、もう。じゃあメールでいいよ。とにかく返事をしろ!」


「高杉くん。もういいんじゃない?もともと懲らしめに来たはずだけど、彼、部屋から出ないじゃん。危害を加えられるわけじゃないし、もう放っておこうよ。風邪だって天罰とか言ってるぐらいだし」


「…でも、俺の腹の虫が収まらないよ」


「じゃあ、なにをしたら満足なの?」


「…それは…こいつをぎたぎたに…」


「どうやって?殴るの?直接傷つける?それとも言葉で?もう十分でしょ。これ以上は高杉くんが汚れるだけだよ」


「汚れる?」


「人を故意で傷つけるのは彼と一緒じゃない。そんなのだめだよ。今回は彼が悪かったから無理矢理乗り込むのにも賛成したけど、何にしても限度ってあると思うよ」


「愛は…俺がどれだけ傷ついたかわかってないの?」


「わかってる。でも、それが理由でもいいことをしてるわけじゃないよ。私は、そんなの嫌だ。私は言ったよ?無視するだけでいいでしょって」


「…だけど、そんな…俺は…」


「高杉くん。もういいじゃない。こんな人とは関わりを切ろうよ。そうすれば気になんかならなくなるよ」


「えっ…」


確かに、俺はこいつにだって絶交だって言った。でも、こいつがずっと謝り続けてきたら許すことも考えてやろうかって思ってた。


さすがに、ずっと会わない、とは思ってなかった。ただ、反省して欲しかっただけで…


「なんで、そんなに悲しそうな顔するの?高杉くん」


「だって…」


「わかってるよ、私だって。高杉くん、今とても不安定みたいだからね。何にしてもはっきり決められないんだ」


「いや…」


「だってそうだよね。中学からの友達だったんだもんね。しかもわざわざ高杉くんのために同じ高校を選んでくれるような人だもん。そう簡単に嫌いなんかには…」


「違う!今の俺はこいつなんか…」


「言わなくていいよ。最初からなんとなくわかってたから。高杉くん、彼に乱暴されたって本当に嫌いにはならないんでしょ?だって、普通ならこんな行動なんか起こせるわけない。ただ、怯えて逃げるだけだよ。向き合おうとしてるってことは心の底で…」


「違う…違う…違うから…愛、やめて…」


襲われたとき、俺は本当に怯えてた。あいつが怖かった。嫌だった。涙だって流してた。許せるはずない。


許したいとは思うけど、あいつが謝りもしないのに許すなんて…そんなのあっちゃいけない。それじゃおかしい。俺だけが勝手に損してる。だめだ、そんなの。


「…ごめんね。言い過ぎちゃった。私意地悪だったよ。高杉くんが今、とても複雑な気持ちを抱えてるってわかってたのに…」


「…」


「でも素直にはなって欲しいな。ねぇ、どうなの?これだけは答えてよ。高杉くんは自分を襲ったような相手がいるここにどうして来たの?」


「お、俺は…」


正直ってなんだ?素直ってなんだ?俺は何を言えば愛は納得する?そもそも、愛はなんではっきりさせようとする?何をはっきりさせようとする?


逃げたい。怖い、この空間が。何かを今言ったとしてもそれも全部あいつに聞こえる。それが何故か…怖い。


それは素直な気持ちかも。でも、よくわからない。わかりたくない。放っておいて欲しい。やめて欲しい…


「ねぇ、黙り込まないでよ?私難しいことは聞いてないよ?落ち着かないんなら外で話すのでもいいから…」







「やめてくれ」




ドアが開いた。さっきまで紙を下に通していたそのドアは今、部屋の内側に引かれていた。


そこから声がした。制止を促す声。落ち着いた声だと思った。でも、とても悲しい声。それに…聞き覚えのまったくない声。


「誰?」


愛は聞いていた。今さらだった。俺にはなぜだかわかったけど、普通ならわからないのかもしれない。今さらなのかどうなのかは実際微妙だ。


でも、確かにさっきまで“会話”をしていた相手だからわかってあたりまえだろう。


「もう、やめてくれ、大岡。俺が悪いんだから…なにもこいつに聞くことはないはずだ」


「…だからあなたは…」


「橘律弥。俺だよ」


呆然とする愛。それも多分仕方ない。


「…ごめん、今さらだけど…出たくなかったけど…お前が苦しんでたから、我慢出来なかった。ほら、お前、泣きそうになるとき鼻声になるだろ?」


「お、お前…」


「本当なら、ずっと隠れたままでいようと思ってた。六月が終わる日まで。そうすれば一番よかった。でも…いや、言い訳なんか意味ないよな。ただ、うん、もう一度言っておく」


“橘律弥”は、俺の目の前にちょこんと座った。そして小さな口を開く。


「ごめんなさい。陽」


土下座。初めてみたかも。びっくりだ。


だけど、そんなことよりも、変わり果てたこいつの姿の方が断然にびっくりだった。

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