9 回帰のほころび
その日の夜。
水晶宮に帰ってきたリナルド様は、早速ルクレツィア様の処分について補足説明をし始めた。
「改めて調べてみたら、第一皇妃の横暴ぶりは想像をはるかに越えていたんだ。皇妃同士の交流で威張り散らしていたのはもちろんだが、侍女や使用人たちに対してはもっとあからさまで悪辣な言動を繰り返していてな。紅玉宮を辞めていく使用人があとを絶たないという報告も上がってきて、もはや見過ごすことはできないと判断したんだ」
淀みなく説明するわりには、妙に挙動不審なリナルド様。私の顔色をうかがっているようにも見える。
「ヴィアには軽い処分にしてほしいと言われていたのに、望み通りにできなくて、悪かったな」
そう言って、リナルド様は決まり悪げに目を伏せる。
昼間、アルベルト殿下は、リナルド様が真っ当な皇帝として在り続けるためには私の存在が必要不可欠だと言っていた。冷酷非道で容赦がなく、本来の人間性にだいぶ問題のあるリナルド様の暴走を、唯一止められるのが私だからと。
いやいやいや。私の責任、ちょっと重大すぎない?
しかも私の存在がこの国の行く末を左右するとか、だいぶ荷が重すぎるんですけど。それってこの国だけじゃなく、この大陸の未来までもが私の双肩にかかっているってことでしょう? いきなりそんな大層な役割を振られても、困惑しかないんですけど……!
でも、それより何より、不可解だと思うのは。
だったらなぜ、そんな物騒すぎる皇子を即位させちゃったのか? ということである。
前回はリナルド様しかいなかったから仕方がないとしても、今回はアルベルト殿下だって生きていたのだ。アルベルト殿下のほうが兄だし第二皇子なんだし意外にまともそうだし、殿下が即位すればよかったのでは?
今の今まで気づかなかったけど、なぜ兄であるアルベルト殿下ではなく、リナルド様が皇帝になっているのだろう。よくよく考えたら、おかしな話である。
これってつまりは、先帝暗殺事件の顛末が前回とはかなり違っているからよね? その辺、やっぱりきちんと確認しておく必要があるわよね? と思ったときだった。
「……怒っているのか?」
心なしか気弱な視線が、私の顔をじっと見据えている。
「お前の望み通りの結果じゃなかったから、腹を立てているのか?」
「まさか。リナルド様や側近の方々が、話し合って決められたことでしょう? そもそもリナルド様、はじめは『死をもって償わせる』と仰っていたじゃないですか」
「今だって、その気持ちに変わりはない。でも殺したところで、ヴィアは喜ばないのだろう?」
「当たり前です」
「何が第一皇妃にとって痛手となるかを考えたとき、社交活動を禁止することが最も効果的な罰になるのではと思ったんだ。あいつは人を集めて傍若無人な振る舞いをすることに、愉悦を感じていたらしいからな」
「でも戴冠式の出席をも禁止するとなったら、母国であるネルヴァ側は黙っていないのではないですか? 戴冠式には、ネルヴァの国王陛下も出席されるのでしょう?」
「あー、そこはな、多分大丈夫だと思う」
リナルド様は、なぜかけろりとした表情を見せる。
「第一皇妃は母国にいる頃から、性格に難ありと評判だったんだ。もともとはあいつじゃない別の王女が輿入れしてくる予定だったのに、どうしても自分が行きたいと譲らなかったらしくてな」
「え、あの方、自分は陛下やこの国に是非にと請われて嫁いできた、なんて散々自慢していましたけど?」
「……そんな事実はないし、誰もあいつの輿入れなんか望んでいなかったんだよ。でもネルヴァの王は結局ルクレツィアを説得できず、あいつは半ば強引な形で輿入れしてきた。わがまま娘を嫁がせることになってしまった後ろめたさがあるから、ネルヴァ王家は今回の処分に対して反発することはないと思うが」
はっきりと断言したリナルド様は、一転してその表情を曇らせる。
「今後厄介になってくるのは、ネルヴァのベルム公爵家のほうだろうな」
「ベルム公爵家って、確か……」
「皇太后陛下の家門だ」
リナルド様の硬い声は、否応なしに皇家と皇太后陛下との複雑な関係性を物語る。
皇太后陛下――つまり先帝の皇后――は、友好国ネルヴァのベルム公爵家出身である。そして現在、皇都から遠く離れた辺境の地に幽閉されている。
先帝が暗殺され、ドミヌス殿下とバルナバ殿下がその首謀者だと判明したとき、母親である皇后陛下も暗殺に加担したのではないかと疑いの目を向けられた。
でも結局、皇后自身の関与を裏づける証拠は何一つ見つからなかった。ただ、息子たちの犯した罪に対して責任を追及する声は予想以上に多く、最終的には幽閉が決まったのだ。
「ベルム公爵家はネルヴァの建国当初から続く由緒正しい家門で、その影響力は王家をも凌ぐと言われている。現在のベルム公爵は皇太后の弟だが、ドミヌスたちを処刑したときも皇太后の幽閉が決まったときも、帝国に対して口やかましく非難と抗議を繰り返した人物なんだ」
「その話は、以前父から聞いたことがあります。あくまでもドミヌス殿下たちの無罪を主張し、すべては罠だとか、真犯人はほかにいるとか、また皇太后陛下への処罰内容も不当だとか、再三にわたって申し入れがなされたと」
「ああ。こちらとしても明確な証拠を示して何度も説明したんだが、最後まで納得はしなかったんだ。今回の件だってベルム公爵家とはなんのかかわりもないが、ルクレツィアの処分が不当だと躍起になって責め立ててくるはずだ。公爵家は、何かと帝国を目の敵にしているからな」
うんざりしたような口調で、リナルド様がため息をつく。
「戴冠式には、ベルム公爵も出席することになっている。俺が非難を浴びるのは仕方がないが、お前だってどんな悪意にさらされるかわからない。お前が誰の目にも触れず、傷つけられることのないようどこかに閉じ込めてしまえればいいんだけどな」
いつぞやと同じような不安げな目をしながら、さらっと聞き捨てならないセリフをつぶやくリナルド様。
いや、閉じ込めてしまえればいいとか、ちょっと不穏すぎやしませんか……?
「戴冠式は五日間だ。式典だのパーティーだのと息つく暇もないだろうが、俺のそばにいれば無用な悪意から守ってやれる。だから離れるなよ」
「は、はい」
「だが万が一何かあったら、すぐに言ってくれ。そのときは――」
「首を刎ねるのは、おやめくださいね」
先手を打ってふふ、と笑ってみせると、リナルド様は面食らったような顔をして、それからなぜか甘く微笑む。
「ヴィア」
「なんですか?」
「その顔は反則だろ」
「へ?」
するりと伸びてきた腕の中に閉じ込められた私は、またしても唇を塞がれて何も言えなくなってしまう。
冷酷非道で残忍なはずの『死神』は、私に対してだけ、どこまでも過保護で甘い。その圧倒的な事実はもはや疑いようがなく、頭の隅に辛うじて残っていた警戒心や猜疑心はどんどんその存在感を失っていく。
ところが――――
真夜中のことだった。
「フラヴィア!」
隣で眠っていたはずのリナルド様が、突然悲痛な叫び声を上げてがばりと飛び起きた。
「フラヴィア! だめだ、死ぬな――!!」
「……え……?」
私も慌てて起き上がり、取り乱すリナルド様の肩を強く揺さぶる。
「リ、リナルド様! 大丈夫ですか……!?」
「はっ――?」
リナルド様は呆然と私を見返した。虚ろな瞳はぼんやりとしたまま、浅い呼吸を繰り返している。
それから、頼りなげに視線を泳がせた。
「あ……」
「悪い夢でも見ましたか? 大丈夫ですか?」
「……あ、ああ……」
それだけ言って、リナルド様はまるで何かを確かめるように、ぎゅっと私を抱きしめる。
小さく震える背中を宥めるようにさすりながら、私は夢と現の狭間に聞こえた言葉を思い返していた。
……「死ぬな」って、なに?
どういうこと……?




