8 『死神』爆誕秘話
それから、数日後。
ルクレツィア様に下された処罰について報告するために、なんとアルベルト殿下が水晶宮を訪れた。
「陛下からもお話はあるかと思いますが、今回の件に関しては、僕が直接聞き取りをしましたので」
思いの外気さくな笑みを浮かべるアルベルト殿下に、やっぱり違和感しかない。
もちろん、アルベルト殿下とは回帰前だって直接言葉を交わしたことなどなく、公式行事でお姿を拝見したことも数えるほどしかないのだけれど、どうしても『極度の人見知り』とか『世捨て人』とか『引きこもり皇子』とか、そういうイメージが強すぎて目の前の殿下と同一人物とは思えないのである。
これはもう、アルベルト殿下もリナルド様と同じく、『回帰前とは別人説』が有力とみてまず間違いないわよね……?
そんなアルベルト殿下は私の戸惑いになど気づく様子もなく、淡々と話し出す。
「結論から申しますと、ルクレツィア様は謹慎処分となりました」
「謹慎、ですか?」
「ええ。後宮内での謹慎処分とは、自分の宮から出ることを禁じるのはもちろんですが、一切の社交活動の禁止をも意味します」
「ということは、ルクレツィア様は自らお茶会を主催することも、私たち皇妃のうちの誰かが開くお茶会に参加することも、当面の間は許されない、ということでしょうか?」
「それだけではありません。二カ月後に予定されている、陛下の戴冠式への出席も禁じられました」
「え……」
思ってもみなかった返答に、一瞬唖然としてしまう。
実は、リナルド様の戴冠式はまだ執り行われていない。
先帝が突如暗殺され、すべては第一皇子と第三皇子の策略だったと白日の下にさらされたことで、国政は混迷を極めることになった。即位する以上国内情勢の安定を最優先にすると公言したリナルド様は、自らの戴冠式をも先延ばしにしたのだ。
回帰前の戴冠式も、確かにこの時期だった。
ただ、私はまだ輿入れ前だったからアルトゥム公爵家の人間として式に出席したし、皇妃だって三人ともしっかりと出席していたはず。
ということは、またしても回帰前との相違点が生じることになるわよね……?
前回の人生とはどんどん変わっていく現状に、一抹の不安を覚える。でも一方で、このままいけば破滅の未来を確実に回避できるのでは、という期待が私の中で頭をもたげる。
あれこれ思案して黙り込む私を気遣ってか、アルベルト殿下はからりと言った。
「フラヴィア様が気に病まれることはありませんよ」
「……え?」
「処分内容が重すぎるのでは、という声は確かに少なからずありました。第一皇妃が戴冠式に出ないなんて、前例のない重大事態ですからね。ただ、陛下はルクレツィア様のこれまでの言動について、かなり重く受け止めておられまして。『もはや看過できるレベルにない』とまで仰っているのです」
「そこまでですか……?」
「まあ、陛下の寵愛を一身に受けるフラヴィア様に対抗しようとするなんて愚の骨頂、身の程知らずもいいところですからね」
前触れもなくさらりと吐かれた毒舌に、思わず耳を疑う。
……えっと、アルベルト殿下って、こんな感じの人、なの……?
「陛下が『戦場の悪魔』だの『死神将軍』だのと恐れられているのは、次々と襲いかかる敵兵を悪鬼羅刹のごとく斬り捨てる、冷酷無比な非情さゆえなのですよ? そんな陛下が何よりも優先し、誰よりも心を砕くフラヴィア様に危害を加えようとするなんて、殺してくれと言っているようなものじゃありませんか」
「……は、はい?」
「だいたい、陛下がなぜ騎士になろうと思ったのか、フラヴィア様はお聞きになりました?」
「いえ、まだですが……」
「木から降りられなくなった子猫を助けたリナルドの身のこなしに、あなたがいたく感動されていたからですよ」
「え? わた、私、ですか……?」
「ええ。あのときリナルドが見せた俊敏な動きを、あなたは事あるごとに絶賛していたそうじゃないですか。『リナルド殿下は運動神経抜群で憧れる』とか『とても同じ人間とは思えない』とか『とにかく格好よすぎる』などと、繰り返し話していたのでしょう?」
……そ、そうだった、かも。
「宰相からその話を聞かされたリナルドは、自分の身体能力を生かして騎士になろうと決めたのですよ。あなたに格好いいところを見せたい、なんならあなたにもっと憧れてもらって、自分だけを見ていてもらいたいという下心全開でね」
下心全開。
結構なパワーワードである。
「……そ、それでは、リナルド様が幼い頃から私を好きでいてくださったという話は、もしかして本当なのでしょうか?」
「そうですよ。むしろ自分の価値を見出し生きる意味を与え、存在自体を全肯定してくれたフラヴィア様をもはや崇拝していましたね」
「崇拝」
「皇子という立場上、気軽に言葉を交わす機会を持てなかったことも、かえって恋情を拗らせる一因になりまして。恐らく結ばれることはない相手なのだから、せめてあなたには幸せになってほしい、そのためにできることは何なのかとあいつなりに自問自答した結果、騎士団に所属してこの国を守ることがあなたの幸せにもつながると結論づけたのです。騎士になってめきめきと頭角を現したリナルドが、最終的には『死神』と呼ばれる域にまで達したのはフラヴィア様の存在があったからなのですよ」
な、なんと……!
『死神将軍』爆誕の裏に、まさか私自身の存在があったとは!!
「フラヴィア様もご存じの通り、僕とリナルドはそれぞれ別の皇妃の子ですが、どちらの母親も比較的早くに亡くなっています。母亡きあと、僕たちはそれぞれの宮で不遇の生活を強いられました。そんな中でのフラヴィア様との出会いが、あいつにとってどれほど救いになったことか。あの瞬間から、リナルドにとっての行動基準は百パーセントフラヴィア様になったのです。フラヴィア様を守るために生き、フラヴィア様を守るために死ぬ。リナルドはそういう激重な愛情と執着とをひた隠しに隠してきた、単なるむっつりスケベなのですよ」
「へ? む、むっつり?」
いきなりとんでもないパワーワードを投げ込んできたんですけどこの人……!!
むむむむっつりスケベって……!!!
狼狽える私を楽しそうに眺めながら、アルベルト殿下はなおも続ける。
「リナルドは本来、冷酷非道で容赦のない性格です。人間らしい情に乏しく、感情に左右されず、時に冷たく残忍ですらある。でもフラヴィア様のことだけは、何があっても守り抜くと心に決めているのです。だからこそ、辛うじて人の道を外れることなく、厳格さと寛容さを兼ね備えた皇帝としてこの国を安寧に導こうと尽力している。つまり、あいつが真っ当な皇帝として在り続けるためには、フラヴィア様の存在が必要不可欠なのですよ」
「……さすがにそれは、言い過ぎだと思いますが」
「そんなことはありません。あいつにとっては、あなたを守ることとこの国を守ることとはほとんど同義ですからね。あなたが心身ともに健やかで、心穏やかに過ごせているかどうかがあいつにとっては何より重要だし、そのことがこの国の有り様にも大きく影響するのです」
「……それはつまり、私の存在がこの国の行く末をも左右する、という意味でしょうか?」
「そういうことです。リナルドはフラヴィア様を守るためなら、常軌を逸した行動も厭いませんからね。ということは、フラヴィア様だけが、唯一あいつの暴走を止められるブレーキ役にもなり得るわけですよ」
アルベルト殿下はそう言って、にっこりと微笑む。
達観したようなその表情に、私はただただ困惑するよりほかなかった。




