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死に戻りの皇妃は困惑中~私を殺せと命じたはずの夫がなぜか執着強めな過保護ヤンデレと化した件~  作者: 桜祈理


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7 売られた喧嘩を買った結果

 一斉に振り返ると、そこにいたのは予想通りの死神皇帝、言わずと知れたリナルド様だった。


 その後ろに控えているのは、なぜかちょっと呆れたような顔をしたアルベルト殿下である。


「へ、陛下、どうしてこちらに……?」


 驚いたルクレツィア様が、上擦った声で尋ねる。


 期せずしてリナルド様に会えた喜びと、とんでもない場面を見られてしまったのではという気まずさとで、激しく動揺しているらしいルクレツィア様。そりゃそうだ。タイミング的には、恐らく決定的な瞬間を見られてしまっただろうし。


 リナルド様は表情一つ変えることなく、淡々と答える。


「どうしてって、こんなことが起こるんじゃないかと思ったからだよ。来て正解だったな」

「え……」

「第一皇妃の母国では、歓迎の意と称して頭から紅茶をかける風習があるらしい。初めて知ったよ」


 そう言ってリナルド様は私に近づき、濡れた髪にそっと触れる。


「大丈夫か? ヴィア」

「……はい」

「このままでは風邪をひく。すぐ水晶宮に戻ろう」


 しれっと私を愛称呼びするリナルド様に、ほかの皇妃たちが無言で目を見開く。


 そんな反応などまったく意に介さず、リナルド様は自分の上着を脱ぐと私の肩に優しくかけてくれた。


 そして、呆然としているルクレツィア様に突き刺すような視線を向ける。


「第一皇妃」

「は、はいっ」

「本来なら問答無用で斬り捨てるところだが、兄上が申し開きを聞いてくれるそうだ。命拾いしたな」



 ……やっぱり首を刎ねる気満々だったのね、この人……!!



 ほとばしる殺気を纏ったリナルド様を制するように、アルベルト殿下が眼鏡の奥の目を細める。恐らくはこんな事態を想定して、リナルド様についてきてくれたのだろうけど。


 ちょっと、意外だった。


 なぜなら、回帰前のアルベルト殿下は極度の人見知りだと有名で、後宮の奥に引きこもったまま世俗から離れた世捨て人のような生活をしていると噂されていたから。


 輿入れの日はアルベルト殿下が生きていることそのものに驚きすぎてすっかり忘れていたけど、よくよく考えたらあの場に殿下がいたこと自体あり得ないことなのだ。公式行事でも皇室主催の祭事でも、殿下が出席されていたのは数えるほどしかなかったはず。


 それなのに、目の前のアルベルト殿下は私たちに臆する様子もなく、むしろリナルド様の補佐役として堂々たる佇まいである。え、なんで?


 もしかして、アルベルト殿下もリナルド様同様、中身は回帰前と別人ってこと……?


 そんなアルベルト殿下は顔面蒼白で固まったままのルクレツィア様を一瞥すると、軽い調子で提案する。


「先にユスティナ様とカリスタ様からお話をうかがったほうが、よろしいようですね」

「わたくしは構いませんが……」

「わ、私もです」

「では、何があったのか詳しくお話しいただけますか?」

「そうですね……」


 ユスティナ様がおずおずと説明し始めたのを確認して、リナルド様はふわりと私の肩を抱く。


「ここは兄上に任せて、一旦水晶宮へ戻ろう」

「は、はい」


 促されるようにその場をあとにしながら、結局アルベルト殿下と先帝暗殺事件に関しては何一つ情報を得られなかったことに気づく。


 せっかくのチャンスだったのに、と後悔しきりの私の耳には、「……二度と勝手な真似なんかさせるかよ」とつぶやいたリナルド様の低い声は届かなかった。






◇・◇・◇






 湯浴みを終えて自室に戻ると、リナルド様が険しい表情で待っていた。


「大丈夫か?」


 私を気遣う声色は、表情とは裏腹にひどく優しい。


「大丈夫ですよ」

「紅茶がまだ熱かったら、もっと大変なことになってただろ」

「そうかもしれませんけど、もうだいぶぬるかったので」

「いずれにしろ、常識のある貴婦人がすることじゃない」


 叩きつけるような口調で、リナルド様が言い放つ。


「……処罰なさるおつもりなのですか?」


 恐るおそる尋ねてみると、「当たり前だ」という尖った声が返ってくる。


「歓迎したいと言って呼びつけておきながら、悪意ある言葉でお前を貶めようとしたばかりか、怒りに任せて紅茶をぶちまけるという前代未聞の愚行を犯したんだ。そもそも皇妃同士の諍いは御法度だし、何より第一皇妃は後宮の秩序と調和を率先して主導すべき立場でもある。だというのに、その役割を放棄して騒ぎを起こすなど言語道断。死をもって償わせたいくらいだよ」



 いやいやいや。さすがにそれはやりすぎですって。



 と、ツッコみたいところだけど、結局は全部私の身を案じてのことなのだと思うと、不謹慎ながら少しだけ頬が緩んでしまう。


「……ありがとうございます、リナルド様」

「何がだよ?」

「私のために、怒ってくださって」


 そう言って微笑むと、リナルド様はうれしそうな、それでいてどこか物憂げな、なんともいえない顔をする。


「でも罰を与えるなら、できるだけ軽い処分にしてあげてください。なんというか、私も強めに煽りすぎましたので」

「煽った? お前がか?」

「はい。売られた喧嘩は、買う主義なのです」


 私の言葉に、呆気に取られたような表情で瞬きを繰り返すリナルド様。


 そんなに意外だったかしら。


 確かに、回帰前ならあんなことは絶対にしなかった。必要以上にまわりのことを考えて、ひたすら我慢に我慢を重ねていた。


 でも生来、私は負けず嫌いな質なのである。やられっぱなしは、性に合わない。


 だからガツンと言い返してやろうと思ったのだけど、我ながらだいぶ底意地の悪い物言いになってしまったな、なんて反省する気持ちもあったりして。


 たとえ回帰前の鬱憤や恨みつらみがあったとしても、はっきり言って、やり過ぎたな、と。


 気性の激しいルクレツィア様のことだもの。寵愛を独り占めしていることを自慢げに話せば、我を忘れて激昂するだろうということはわかりきっていたのに。


「まあ、お前が煽ったとしてもだ」


 リナルド様はどこか納得していないような渋い顔をしながら、小さなため息をつく。


「後宮内のルールを破り、あんな騒動を引き起こしたんだ。さすがにお咎めなしというわけにはいかないだろ」

「……それは、そうかもしれませんけど……」

「今回のことに限らず、あいつはもともと自信過剰なうえに分を弁えないところがあった。これまでは友好国の元王女ということもあって大目に見ていたが、そろそろお灸を据えてやらないとな」


 そう言って、リナルド様は私の髪を愛おしげに撫でる。


 回帰前のリナルド様は後宮のことなんて完全に放ったらかしだったけど、今回は後宮の管理運営にもそれなりに目を配ってくれているらしい。


 もしも、回帰前のリナルド様が、後宮のことをほんの少しでも気にかけてくれていたら――。


 私たち皇妃の生活は、だいぶ違ったものになっていたのかもしれない。未来だって、もしかしたら違っていたのかも。そんなことをぼんやり考える私を見ながら、リナルド様は意味深な目をしてこう言った。


「そもそもの元凶も、近いうちになんとかするつもりだから。ヴィアは何も心配しなくていい」

「そもそもの元凶、ですか?」


 思わず聞き返した私の問いに答えることなく、リナルド様は「じゃあ、また夜にな」と言いながらするりと部屋を出ていった。











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