6 嵐を呼ぶお茶会
リナルド様は何がなんでも私をお茶会に行かせたくなかったらしく、その過剰な不安と心配はどんどんエスカレートしていった。
私の身を案ずるあまり、とうとう「俺の権限でお茶会を中止にさせる」「皇妃同士のお茶会の開催自体を禁止にする」なんて言い出すから、宥めるのに苦労した。本当に、骨が折れた。
最終的にはなんとかお茶会への出席を認めてくれたものの、今度は頼んでもいないのに「予習しておいて損はないから」とか言いつつ、皇妃それぞれの気性や人となりを勝手に説明し出す始末。
「第二皇妃のユスティナが、大国カッシアンの王女だったのは知っているだろう?」
「はい」
「これまでカッシアンとの間に何度も戦争が繰り返されてきたのは、好戦的で権力志向の強いカッシアンの国民性が背景にあったと言われている。でもユスティナは、そんな国民性とは真逆の控えめな性格でな」
知ってます。
「輿入れ当初は我が強いルクレツィアとうまくやっていけるのか不安視する声もあったが、意外に衝突することもなく、後宮内の調整役を担ってくれているらしい」
それも知ってます。
「第三皇妃のカリスタは、お前も顔見知りだろう?」
「そうですね。何度かご挨拶したことはありますが」
「あいつはな、一言でいうと、あざとい」
「あざとい?」
「俺の前では初心で可憐な女性を装っているが、中身は狡猾で腹黒なんだ」
バ、バレている……!!
全部バレてますよ! とカリスタ様に言ってやりたい……!!
「カリスタの父親であるコルヴァス公爵と宰相も犬猿の仲だからな。ルクレツィアはもちろん、カリスタだってお前に何か仕掛けてこないとも限らないだろ? ルクレツィアにしろカリスタにしろ、何かされたらすぐに言えよ」
「どうなさるおつもりなのですか?」
「首を刎ねる」
いやいや、ダメでしょう!!
カリスタ様はともかく(ともかく?)、ルクレツィア様は他国の元王女なんだから。国際問題に発展しかねないでしょう!!
リナルド様って、こんなに物騒な人だったっけ……?
まあ、回帰前のリナルド様とはほとんど接点がなかったから、中身がどんなだったかなんて実はよく知らないのだけど。
でも、ここまで過保護に心配され、過剰なまでの執着を示すリナルド様を見ていると、三年後に私の殺害を命じる未来が本当にやってくるのか、ちょっと怪しくなってくる。
それとも、今回は中身が別人になったから、もう私の殺害を命じることはないのだろうか。
そもそも、私が回帰した時点で前回の人生との相違点がいくつもあるのだから、同じ未来がやってくるとは限らない、という気もしてくる。
破滅の未来はすでに回避できたのでは、という期待と、まだまだ油断大敵と思う警戒心とが、常に心の中でせめぎ合っている。
そんなこんなで迎えた、お茶会当日。
私は水晶宮の侍女を数人引き連れて、紅玉宮へと向かった。
「お待ちしておりました、フラヴィア様」
案内された紅玉宮の美しい庭園に足を踏み入れると、すでに三人の皇妃たちが万全の態勢で待ち構えていた。ただし、歓迎ムードなのはユスティナ様だけで、あとの二人は目が笑っていない。
改めて自己紹介をしてから席に着くと、気遣い皇妃ユスティナ様がにこやかに尋ねる。
「フラヴィア様、後宮での生活にはもう慣れまして?」
琥珀色の瞳は、いつも以上に温かい。回帰前のユスティナ様も、常に思いやりに満ちた言葉をかけてくれたことを思い出す。
「ええ。おかげさまで」
「陛下の並々ならぬお力添えがおありですものね」
くすりと微笑むユスティナ様の言葉に、ほか二名の纏う空気がますます鋭くなる。
間髪を入れずに仕掛けてきたのは、お茶会の主催者でもあるルクレツィア様だった。
「陛下のお力添えがあるといっても、フラヴィア様はまだ入宮されたばかり。わからないことがございましたら、第一皇妃であるこのわたくしに何なりとお聞きくださいませ」
とか言いながら、やっぱり目が全然笑っていない。逆に怖いんですけど。
相変わらず圧が強いな、と思いつつ「ありがとうございます」と答えると、カリスタ様もわざとらしくこてんと小首を傾げる。
「フラヴィア様、皇妃同士仲よくしましょうね」
うわー、嘘ばっかり……!
前回のときも同じようなことを言っていたくせに、いざ蓋を開けてみたら仲よくするどころか鬱陶しい嫌がらせの連続だったじゃないの!
なんてツッコミたい気持ちはおくびにも出さず、私は「よろしくお願いします」と穏やかに応える。
回帰前に私が輿入れしたあとにも、ルクレツィア様はこんなふうにお茶会を開いた。そして自分がいかに望まれて嫁いできたか、リナルド様やこの国にとってどれだけ有益な存在か、みたいなことを滔々と力説していた。
カリスタ様も自分の可愛らしさを前面に押し出しながら、純真無垢な皇妃を装っていた。
入宮したばかりの私は右も左もわからない状態で、当初は先輩皇妃たちのアドバイスを真に受けていた部分もあった。そのせいで、とんでもない目に遭ったことも一度や二度ではない。
でも今回はそうした記憶があるおかげで、うまく立ち回れる自信がある。何も知らないふりを演じるのはひどく気を使うけど、それでも気持ちに余裕があるから動じることなく対処できそう。
やっぱりリナルド様の心配は杞憂だったわね、と思ったときだった。
「ところで、フラヴィア様はどんな手練手管を使って、陛下の関心をお引きになったのかしら?」
いやらしく口角を上げて、ルクレツィア様が尋ねる。
「わたくしたちにはまったく見向きもされなかった陛下が、フラヴィア様の水晶宮には足繁く通われているなんて不思議じゃありませんこと? フラヴィア様はきっと、殿方を誑かし虜にしてしまう特別な秘技のようなものをお持ちなのでしょうね」
尖った顎に手を添える仕草は優雅そのものだけど、その目には蔑むような、嘲るような挑発的な色が乗っている。
要するに、『どうせいかがわしい妙技で陛下を誑かし骨抜きにしたのでしょう? 下劣極まりない人ね』でも言いたいのだろう。
下劣極まりないのはどっちだよ、と言いたい!!
ルクレツィア様の露骨な皮肉に、ユスティナ様は眉根を寄せて戸惑い、カリスタ様は可笑しそうにほくそ笑んでいる。
考えてみれば、回帰前の私はこんなとき、いつも得意の薄笑いを浮かべて適当にやり過ごしていた。宰相という国の要職に就くお父様や家門のことを考えれば、ここで他国の元王女や自国の元公爵令嬢と敵対し、事を荒立てるわけにはいかないと思っていたのだ。
何事も波風を立てず、穏便に済ますことこそが、自分のためでありお父様や家門のためであり、何より国のためだと思い込んでいた。
ところが、その結果――
私はルクレツィア様に、毒を盛られて殺される。後宮の平和と秩序の維持を優先し、我慢に我慢を重ねた結果、あっけなく殺されてしまうのだ。
そんな理不尽なことってある……!!??
もちろん、我慢は悪いことではない。我慢が必要なときもある。でも過ぎたるは猶及ばざるが如し。我慢のし過ぎは確実に、身を滅ぼしてしまうのよ……!
そう思ったら、もはや黙っているわけにはいかなかった。
私は静かに呼吸を整えて、思わせぶりな笑顔を見せる。
「……『特別な妙技』かどうかはわかりませんが、リナルド様には毎晩求められておりますね」
その一言で、お茶会の空気が一変した。
まず三人が三人とも、私が「リナルド様」と呼んでいることに驚いた。陛下を名前呼びしているということは、陛下自身にそれを許されているということにほかならない。
つまりはそこまでの寵愛を受けているということが、自ずとわかってしまう。
しかも、「毎晩求められている」なんて直接的な表現でやり返してくるとは思わなかったのだろう。いや、そこはその、恥ずかしながらぶっちゃけ事実だから、あまりツッコまないでほしいのだけど、『毎晩』『求められる』ような経験が皆無の皇妃たちにとっては、かなりパンチの効いた一撃だったらしい。
その証拠に、目の前のルクレツィア様は顔を真っ赤にして、ぷるぷると震えている。
「な、なんという破廉恥な……!」
「先に破廉恥な物言いをされたのは、ルクレツィア様ではございませんか。私はただ、事実をお伝えしただけのこと」
「なんですって……!?」
「あからさまな言葉で私を侮辱し貶めたとしても、リナルド様の寵愛を得られるわけではありません。それくらい、ルクレツィア様だっておわかりでしょう?」
「こ、輿入れしてきたばかりの第四皇妃の分際で、生意気な口を叩くんじゃないわよ! つけ上がるのもいい加減になさい!」
そう言って、ルクレツィア様は飲みかけのティーカップを手にしたかと思うと、私に向かって勢いよく中身をぶちまけた。
少し生温くなっていた紅茶を頭から被った私が、顔を上げた瞬間――――
「なるほど。それがネルヴァ流の礼儀ってわけか」
後ろから飛んできたのは、ぞっとするほど冷え切った死神の声だった。




