3 三者三様
陛下の熱い視線に耐えられず、目を逸らした先に座っていたのは三人の皇妃たちだった。
玉座の一番近くに座るのは、明るいハニーイエローの髪にルビー色の瞳をした、第一皇妃ルクレツィア殿下。
その隣には、艶やかな黒髪に琥珀色の瞳をした、第二皇妃ユスティナ殿下。
そして、ストロベリーブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳をした、第三皇妃カリスタ殿下。
三人は三者三様の表情をしながら、玉座の脇に並んだ椅子に腰かけていた。
ルクレツィア様は私になど目もくれず、ユスティナ様は気遣わしげに私の様子をうかがい、カリスタ様に至ってはあからさまな敵対心を隠そうともしない。
改めてルクレツィア様に目を向けた私は、意外にも冷静な自分に少し驚いていた。
前回の人生で(というか体感的には昨日の話なのだけど)、私を毒殺しようと自ら手を下したルクレツィア様。お茶会に私だけを招いたということは、最初から殺害が目的だったのだろう。
あのときの嘲笑うルクレツィア様の声は、今も鮮明に思い出せる。
でも、死に直面した恐怖や絶望を大きく上回る強い感情が、今の私を奮い立たせていた。今回は絶対に負けない、意地でも生き延びてやる、という静かな闘志と決意である。
私って、思った以上に負けず嫌いだったのね、なんて内心自嘲しながら陛下の脇に立つ御仁を見上げて、一瞬目を疑った。
……ちょ、ちょっと待って。
あれって、アルベルト殿下よね!?
黒に近いグレーの髪に分厚い眼鏡をかけたあの男性は、私の記憶に間違いがなければアルベルト殿下である。
……え、なんで生きてるの?
とっくに処刑されたはずでは……?
こんなところでそんな物騒な話を持ち出すこともできず、私はただただ目を見開く。
――――どうやら、回帰前とは少し状況が違っているらしい。
だいたい、私の輿入れ自体が一年以上も早まっているのだもの。回帰前と異なる状況は、ほかにもあるのかもしれない、と気づく。
本当は、皇妃なんてもう勘弁してほしいのだけど。
でもここまで来たら、もはやその運命は避けられそうにない。だったら、この伏魔殿でどうにか生き延びる術を考えないと。
そのためには、前回と今回の違いを、しっかりと確認しておく必要があるわよね……?
生き延びるための策をあれこれと考え始めた矢先、私の隣に立つお父様が重々しく口を開いた。
「栄光ある皇帝陛下に拝謁いたします。このたび、第四皇妃として我が娘フラヴィア・アルトゥムをお迎えくださる運びとなりましたこと、誠に恐悦至極に存じ上げます」
大仰な言葉のわりには、全然うれしくなさそうなお父様。というか、不満しかないのがバレバレである。
宰相たる者、そんなんでいいのか?
陛下もその辺りの事情は当然知っているらしく、うっすらと苦笑する。
「公爵、そんな顔をするな。フラヴィア嬢のことは、安心して俺に任せろ」
「はっ」
恭しく頭を下げるお父様を眺めながら、回帰前の輿入れの際にはなかったやり取りにまたしても驚く。
前回は、もっとこう、あっさりしたやり取りだったような。
陛下だって、「俺に任せろ」なんて言葉は言っていなかったはず。
過去とは微妙に異なる会話の流れに違和感を覚えつつも、私は極力平静を装う。
その後、前回同様三人の皇妃たちが紹介され、前回はなかったアルベルト殿下の挨拶があり、最終的にはかつて使っていたのと同じ自室に案内された。
懐かしいような、そうでもないような、複雑な気分である。
そりゃそうだ。何度も言うけど、体感的には、昨日までこの部屋で生活していたのだから。
そして前回同様、皇宮の侍女たちがいそいそとやってきて、一応『初夜』のための準備をし始めた。湯浴みをし、体の隅々まで磨き上げられ、目のやり場に困るほど煽情的なナイトドレスを着せられ、ドキドキしながら陛下がくるのを待っていた前回の記憶が、はっきりと思い出される。
まあ、回帰前の初夜に関しては、待てど暮らせど陛下はこなかったんですけどね。
ホッとする気持ちとがっかりする気持ちとが半々のなんともいえない朝を迎えたあと、実はどの皇妃も陛下との初夜を過ごしていないらしいことを偶然耳にする。
即位するつもりのなかった人が、やむを得ず即位してしまったのだ。皇帝としての日々は、当然多忙を極めていたという。慣例に従って皇妃を迎えることには了承したものの、陛下は「今は国政の安定が最優先」と公言し、寝る間も惜しんで職務に邁進していたらしい。
その結果、皇妃たちは後宮の中で捨て置かれることになった。
寵愛なんて、夢のまた夢。私たち皇妃は後宮という檻の中に閉じ込められたまま、陛下に会うことも叶わずにひたすら放置され続けたのだ。
そのせいなのかなんなのか、いわゆる後宮内での権力争いや足の引っ張り合いというものは、なかなかに壮絶だったと思う。
皇妃同士の諍いは原則御法度とされていたのだけど、そんな取り決めは机上の空論でしかなかった。
一番陰険でアグレッシブだったのは、なんといってもルクレツィア様だろう。
しょっちゅうお茶会を開いては、母国ネルヴァが帝国の繁栄にどれほど貢献しているかとか、ネルヴァの王女の中で最も優秀だったからこそこの国と陛下に是非にと請われて嫁いできたとか、そんな自慢話を延々と聞かせられた。
ルクレツィア様は輿入れ前から陛下の美貌に心を奪われていたと有名だったから、自分が陛下に最も相応しいと主張したかったに違いない。
そんなルクレツィア様に負けず劣らずだったのが、カリスタ様である。
カリスタ様は、とにかく私への敵対心をむき出しにして、なんとか私を陥れようと躍起になっていた。私の評判が落ちれば、宰相であるお父様の求心力に悪影響を及ぼしかねない。虎視眈々と宰相の座を狙っている、コルヴァス公爵の入れ知恵もあったのだろう。
それに、カリスタ様は一見可憐で庇護欲をそそる容姿をしていて、恐ろしいほど外面がいいのだ。私には陰湿な嫌がらせを続けながら、公衆の面前では「フラヴィア様にいじめられて」などと噓八百を並べる。
しょっちゅう濡れ衣を着せられ、侍女たちにも「フラヴィア様は性格が悪い」なんて誤解され、本当にいい迷惑だった。
そんな二人とは対照的だったのが、ユスティナ様である。
彼女は完全に、気遣いの人だった。
ほかの二人の暴言や暴挙には困ったように苦笑しながらも、私が攻撃を受けるとこっそり助け船を出してくれる。花や緑を育てるのが趣味の穏やかなユスティナ様の優しさには、何度救われたかわからない。
と、回帰前のあれこれを思い出していた私は、ふと気づく。
私に毒を盛ったとき、ルクレツィア様は「陛下は最初からわたくしだけを求めていらっしゃった」とか「わたくしだけが愛おしいと常々仰っていた」とか話していた。
でもよく考えてみたら、それってちょっと、おかしくない?
だって、私たちは四人とも、一様に捨て置かれていたのだもの。陛下がルクレツィア様だけを寵愛していた素振りなんて、一ミリもなかった。「常々仰っていた」なんて言うけど、いったいいつ陛下と言葉を交わしていたのだろう?
陛下が後宮に足を向けることがない以上、そんな機会はなかったはずである。
それに、私さえいなければルクレツィア様を心おきなく寵愛できるのにと陛下が仰っていた、という話にも、ちょっと無理がある。
いくら私が宰相の娘だからといって、陛下が私に遠慮する義理はない。ルクレツィア様を寵愛したいというのなら、好きなだけすればいいのだ。だって、皇帝なのだもの。異を唱える者など、いるはずがない。
毒を盛られたあのときは痛みと苦しさと衝撃と混乱で頭が回らなかったけど、よくよく考えたら、なんだか妙に腑に落ちないセリフである。
どうにも釈然としない思いでソファに腰かけたそのとき、突然ドアをノックする音がした。
「……入っていいか、フラヴィア」
ゆっくりとドアを開けたのは、なななんと、ほかでもないリナルド陛下その人だったのだ……!!




