25 断罪のとき①
いよいよである。
すべての準備を終えた私たちは、ここ一番の大勝負に打って出ることにした。
今日はこの水晶宮にユスティナ様を招いて、お茶会を開くことになっている。
ちなみに、リナルド様は現在ここにはいない。
もちろん、言うまでもなく、お茶会を開くことが決まってすぐに、リナルド様は意地でも同席しようと躍起になった。
「でもリナルド様がいらっしゃるとなれば、ユスティナ様は警戒するかもしれません。ユスティナ様には、このお茶会で私の殺害を決行してもらう必要があるのですから」
「しかし――」
「それに、リナルド様にはリナルド様の仕事があるでしょう? すべては帝国皇帝リナルド様の手にかかっていると言っても、過言ではないのですよ?」
私の言葉に、リナルド様はこれ以上ないほどの仏頂面になる。
そして、渋々こう言った。
「……お茶会が終わるまでには、必ず帰ってくるから」
「お願いします」
「何があっても、絶対に死ぬなよ。ヴィアが死んだら、俺も死ぬからな」
相変わらず、いろいろと物騒すぎる捨て台詞である。
今日のお茶会は、ユスティナ様とカッシアンの策略を暴き、一網打尽にするための罠だった。
恐らく今日、ユスティナ様は懐妊の兆しがある私を始末しようと、ダロッセの毒を使うはずである。
それを知っているのは、この場にいる私とラリッサ、そしてキシル、隣室に控えているアルベルト殿下と、数日前から皇宮を離れているリナルド様の五人。
そこはかとない緊張感が漂う水晶宮に、果たして待ち人は颯爽と現れた。
「今日はお招きいただき、ありがとうございます」
いつも通りの優しげな笑顔を見せる、ユスティナ様。
私もできる限り平常心を保ちつつ、自室へと招き入れる。
「お待ちしておりました、ユスティナ様」
「フラヴィア様、体調はいかがですか?」
「今のところは特に変わったこともなく、至って元気です」
「それはよかったですわ」
普段と同じ、気遣いに溢れた物言いでありながら、そこには少しも心が込められていない。
その隠された事実に軽い失望を覚えつつも、私は鉄壁の笑顔でやり過ごそうと腹を決める。
「実は、みなさまにちょっとした手土産をお持ちしましたの」
そう言ったユスティナ様は、席に着くや否や自分の宮から連れてきた侍女に目配せをした。
侍女が持参していた藤製のバスケットを開くと、そこにはさまざまな形をした可愛らしいクッキーがぎっしりと敷き詰められている。
「今日のお茶会が楽しみすぎて、厨房の料理人に教わりながら焼いてみたのですけど……」
「では、このクッキーはユスティナ様が?」
「ええ。ご懐妊中のフラヴィア様が召し上がっても差し障りのない食材を使っておりますから、よろしければぜひ」
ユスティナ様の言葉に、侍医であるキシルがおずおずと前に出る。
「失礼ですが、毒見させていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんですわ」
嫌な顔一つせず、にこやかに答えるユスティナ様はまったく動じる様子がない。
キシルは真顔でクッキーを手に取り、匂いを嗅いでから慎重に口に入れた。それから、「問題ないようです」と無機質な声で報告する。
その様を満足げに眺めていたユスティナ様は、たった今毒見をしたキシルだけではなく、ラリッサやほかの侍女たちにも聞こえるように声をかけた。
「たくさん焼いてきましたから、みなさんもぜひ召し上がって」
「ありがとうございます、ユスティナ様」
「フラヴィア様も、ぜひどうぞ」
目の前で直接促されては、拒否することもできない。
一応侍女でもあるラリッサが、何枚かのクッキーをプレートに乗せてくれる。私はそれを受け取って、躊躇なくぱくりと口に入れた。
バターの風味と優しい甘さが引き立つ、サクサクとした食感。なんだ、普通においしい。
「おいしいです」
「よかった……!」
パッと顔を輝かせたユスティナ様は、自分の前に置かれていたティーカップに手を伸ばした。
私も同じように手を伸ばし、ハーブティーをゆっくりと口元に運ぶ。
一口飲んでふう、と息を吐き、ティーカップをテーブルの上に戻すと、なぜか食い入るように私を見つめるユスティナ様と目が合った。
「どうかしました? ユスティナ様」
「え? いえ――」
「毒を飲んだはずなのに、なぜ倒れもしなければ苦しみもしないのかと不思議なのですか?」
「――っ!?」
いつもの優雅な佇まいを忘れてしまったかのように、一瞬の動揺を見せるユスティナ様。
でもすぐに落ち着きを取り戻し、取り繕ったような笑みを浮かべる。
「な、何を仰って――」
「あなたが私のハーブティーにダロッセの毒を入れようとしていたことは、すでに露見しているのですよ。残念でしたね」
「……は!?」
「あなたの自室に、猛毒植物ダロッセの花があることはとっくに確認済みですもの。そうよね? キシル」
「はい。ずいぶんと立派に育てられましたね、ユスティナ殿下」
キシルの痛烈な皮肉に、ユスティナ様は眉をひそめて怪訝な顔をする。
「キシルはロルンの民なのですよ。意外かもしれませんが」
伏せていた素性をあっさり暴露すると、ユスティナ様は「えっ……?」と言ったきり言葉を失った。
「先日ユスティナ様のお茶会に招かれた際、キシルに直接確認してもらったのです。ロルンの民なら、ダロッセの花を見間違うはずがありませんからね。ダロッセの栽培はとても難しいそうですけれど、あそこまで立派な花を咲かせられたら、人に見せたくなってしまうのが人情というもの。そうでしょう?」
わざとらしく口角を上げると、ユスティナ様は痛いところを突かれたのだろう。思い切り顔を歪めている。
ユスティナ様がダロッセの花を人目につかない場所にでも隠しておけば、私たちに知られることなどなかったはずである。
きっと、ユスティナ様だって、はじめは人目をしのんでこっそりとダロッセを栽培していたに違いない。ゆくゆくは毒を抽出し、私の殺害に使おうと計画していたのだもの。あんなところに堂々と飾っておいていいわけがない。
ただ、ダロッセは本来、ロルンの民以外の人間が栽培するのは困難とされる花。花が咲くまではだいぶ苦労しただろうし、試行錯誤を重ねたと思う。
それが念願叶ってあんな立派な花を咲かせたら、やっぱり人に見てもらいたいし自慢したくなってしまう。どうせダロッセはハソル山脈にしか自生しない希少種だし、恐らく誰かにバレるようなこともない。ユスティナ様は、そう高を括ったのだ。
まさかロルンの民が目の前に現れるなんて、思いもしなかったのだろう。
不自然に目を泳がせて動揺しているユスティナ様に向かって、私は淡々と言い放つ。
「あなたはどこからか秘密裏に入手したダロッセの花を栽培して毒を抽出し、その毒を使って私を殺そうと計画した。そうですよね?」
「……な、何を仰っているのか、わたくしにはさっぱり……」
「では、自室でダロッセの花を栽培していたことは、どう説明されるおつもりなのですか?」
「ダ、ダロッセなんて、わたくしは存じ上げませんわ。わたくしはただ、自分の好きな花や緑を大切に育てていただけで――」
「何も知らなかったと?」
「もちろんです。どの花がダロッセなのか、教えていただきたいくらいですもの」
「そうですか……」
ある意味予想通りの反応に、私はため息をついた。
確かに、ダロッセの花が自室にあったというだけでは、毒殺を計画していたという確たる証拠にはなり得ない。
そのことに気づいたユスティナ様は、知らぬ存ぜぬを貫き通して逃げ切ろうとでも思っているのだろうけど。
「……浅はかですこと」
思わず発した冷ややかな声に、ユスティナ様が何か言い返そうと口を開いたその瞬間――――
「ヴィア! 万事解決したぞ!」
荒々しくドアを開けて部屋に入ってきた皇帝陛下の一言に、なぜかユスティナ様の侍女が突然泣き崩れた。




