24 百聞は一見に如かず
それから三週間後。
私は目論見通り、またしてもユスティナ様の琥珀宮に招かれていた。
「ようこそ、いらっしゃいました」
いつも通りの穏やかな笑みを浮かべるユスティナ様に、私もめいいっぱいの晴れやかな笑顔を見せる。
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」
私の後ろには、護衛騎士のラリッサと期間限定の専属侍医として雇い入れたキシルが付き従っていた。
ユスティナ様は新顔キシルの登場に目敏く気づき、遠慮がちに「こちらの方は……?」と尋ねる。
「実は、リナルド様が特別に任命された、私の専属侍医なのです」
「まあ! それではあのお噂は、やはり本当なのですね?」
「……ユスティナ様も、お聞き及びなのですか……?」
「侍女たちが、口々に噂しておりましたもの。フラヴィア様に、ご懐妊の兆候が見られるらしいと……!」
おめでとうございます、とにこやかに微笑むユスティナ様を、私は複雑な思いで眺める。
この笑顔が、これまでずっと私に向けられていた優しいまなざしが、すべて嘘だったなんて本当は信じたくない。
頭の片隅には、私たちの仮説が全部見当外れな勘違いで、ユスティナ様は何も企んでいないしカッシアンの陰謀にも加担していないのではないか、と思いたい気持ちが今も確かにある。
でも。
数々の状況証拠は、ユスティナ様とカッシアンがすべての黒幕である可能性を示唆していた。
その大前提となるのが、この部屋にある釣鐘型の植物が本当にダロッセの花なのかどうか。私たちには、それを見極める必要があった。
パッと見ただけであの植物がダロッセの花なのかどうかがわかるのは、ロルンの民しかいない。だからキシルに特別雇用の専属侍医になってもらい、直接確かめてもらおうと思った私は、一計を案じた。
例えば、私がリナルド様のお子を身ごもった、なんていう噂を耳にすれば、ユスティナ様はそれを確かめるべく再び琥珀宮に招いてくれるのでは……?
もちろん、懐妊なんてまったくの嘘である。そんな兆候は一ミリもない。まあ、いずれはそういうことになるかもしれないし、そうなったらいいなと思う気持ちもあるけれど、今のところはなんの兆しもない。
ただ、この案をリナルド様に話すのは、ちょっと恥ずかしいというかなんというか、だいぶ抵抗があった。だって、どんな反応をするのか、簡単に想像できてしまうんだもの。
でも言わないわけにはいかないので不承不承話したら、リナルド様は「俺たちの子どもか……」とつぶやいて、それから想像通りずっとニヤニヤというかニマニマというか、とにかく頬が緩みっぱなしだった。
さすがはむっつりパワーの権化である。
でも、ゆくゆくはこの国の覇権を握ろうと画策していたカッシアン側にとって、私が身ごもったなんていう知らせは恐らく凶報でしかないだろう。
そもそもリナルド様の後宮廃止宣言によって、後宮内部からこの国を調略しようとする計画が頓挫しかけているのだ。皇后に指名される予定の私が身ごもったりしたら、後宮廃止の動きが一気に加速する恐れがある。
そうなったら、万事休す。
だからこそ、ユスティナ様がその噂を耳にすれば、すぐにでも事の真偽を確かめようとするだろう、と踏んだのだ。
結果としては大正解、私は狙い通り、再びユスティナ様の自室に招かれた。
秘密の任務を命じられたラリッサとキシルがどことなく緊張した面持ちで部屋の隅に控える中、ユスティナ様は終始笑顔を見せながら私の体調を気遣い、あれこれともてなしてくれる。
「陛下もさぞお喜びのことでしょうね。専属侍医まで雇い入れるほどですもの」
「ええ。何かあってからでは遅い、なんてひどく心配されるものですから……」
「ご寵愛されるフラヴィア様がご懐妊なさったとあれば、陛下も万全を期してお守りしたいのでしょう」
柔らかな笑みをこぼすユスティナ様の瞳に、邪気や悪意の類いは一切見られない。
それがなんだか一層不気味で、ぞわりと背中に悪寒が走る。
お茶会を終え、水晶宮に戻ってきた私は、キシルの表情ですべてを察してしまった。
「……本物だったのね?」
「間違いありません」
蒼ざめた顔をしながら、キシルは頷いた。
ユスティナ様の自室にダロッセの花があるかもしれない、と聞かされてはいても、実物を目にするまでは到底信じられなかったのだろう。
「ロルンの民以外であそこまで見事な花を咲かせられるなんて、ちょっとあり得ないです。第二皇妃は只者ではないですね」
「あの花なら、毒の抽出も可能ということ?」
「抽出方法さえ知っていれば、難なくできると思います」
キシルの言葉が、決め手だった。
その夜。
リナルド様にお茶会での様子を報告すると、真面目な顔をしてこう言った。
「よし、早速拘束しよう」
「いやいや、まだ早いですって」
「なんでだよ」
「ダロッセの花があったというだけでは、証拠にならないとアルベルト殿下も仰っていたでしょう? 何も知らなかったと言われてしまえば、それ以上の追及は難しくなるのですよ?」
「だが――」
「『種』はしっかりと撒いてきましたから。もう少し、様子を見ましょう」
不服そうに眉根を寄せるリナルド様の手にそっと触れると、リナルド様が反対側の手で私の手を包み込む。
「なあ、本当にやるのか?」
探るような空色の瞳は、はっきりと憂いを帯びていた。
「やりますよ?」
「お前、ちょっと肝が据わりすぎじゃないか?」
「一度死んだ身ですもの。覚悟なら、とうの昔にできています」
そう言って、私はふっと笑った。
「やられてばかりは性に合わないと言ったでしょう? せっかく死に戻ったのですから、諸悪の根源にはこの手で正義の鉄槌を下したいのです」
「……それが、どんなに危険を伴うことでもか?」
リナルド様の低い声に、押し殺した不安が見え隠れする。
「お前が自ら動く必要はないだろう? ユスティナを拘束して、カッシアンの目論見をすべて吐かせたほうが手っ取り早い」
「ユスティナ様が全部話してくれるとは限りませんよ?」
「拷問すればいいだろ」
「他国の元王女をですか?」
「元王女だろうがなんだろうが、ヴィアを危険な目に遭わすくらいなら――」
「リナルド様」
ジト目で見つめると、リナルド様は決まり悪そうに視線を逸らす。
「もう何度も話し合ったではありませんか。アルベルト殿下もラリッサも、キシルだって協力してくれているのですよ? ユスティナ様だけではなく、カッシアンをも一網打尽にするためには大掛かりな仕掛けが必要なのです」
「そんなのはわかってる。でも万が一、お前にもしものことがあったら……」
「大丈夫です。そう簡単に死ぬつもりなどありませんし、死にそうな目に遭うつもりもありません。私だって、これからもずっとリナルド様と一緒にいたいのですから」
さらりと言った言葉に、リナルド様はわかりやすく絶句した。
それから口元を押さえてぱちぱちと瞬きを繰り返し、ゆっくりと視線を私に向ける。
「――ちょっと待て。今のは、どういう……?」
まじまじと見返されて、私の頬はどんどん熱を帯びていく。
「……お、お伝えするのが遅くなってしまって、ごめんなさい。でも、私もその、リナルド様を、おおお慕いしておりまして……」
「え……」
「本当は、初めてお会いしたときから、私もリナルド様に惹かれていたのですけど……」
「……初めて……? 猫を助けたときか……?」
「……は、はい……」
だんだん恥ずかしくなって俯く私を、リナルド様がふわりと抱きしめる。
「……ヴィア」
「……なんですか?」
「もう一度、言ってくれないか?」
耳元を掠める甘くねだるような声に、抗えるわけなどない。
私はそろそろと顔を上げて、自分を見下ろす切なげな瞳を見つめ返す。
「……その、私もリナルド様を、お慕いしていま――」
「あー、やっぱり嫌だ。お前を危ない目に遭わせるかもしれないなんて、耐えられる気がしない」
そう言ったリナルド様は、さっきとは比べ物にならないくらい強い力でぎゅうぎゅうと私を抱きしめる。
「やっぱりこのまま、ヴィアをどこかに閉じ込めてしまおう」
「は、はい!?」
「そうすればお前が危険が目に遭うこともないし、お前を失うこともない。あとは俺たちがカッシアン諸共ぶっ潰してしまえば――」
「リナルド様!!」
私の命を奪おうと執拗につけ狙う大国カッシアンと、事あるごとに私を監禁しようなんてしれっと口走るリナルド様。
どちらがやばい存在なのか、もはやわからなくなる私だった。




