14 回帰の真相①
その日の夜。
「ヴィア、傷の具合はどうだ? まだ痛むか?」
私をベッドに座らせたリナルド様は、すぐ隣に腰かけた。
「今は薬が効いていますから、そこまでではないですよ」
「そうか。痛みが増すようだったら、すぐに言ってくれ。侍医も控えているからな」
「はい」
「それと、宰相が近いうち見舞いに来たいと言っていた。だいぶ心配していたから、無事な顔を見せてやるといい」
「わかりました」
いくら身内で、しかも宰相とはいえ、後宮は外部の者がおいそれと入ってこれる場所ではない。
戴冠式の準備と後宮廃止宣言による混乱の沈静化に奔走していたらしいお父様とは、式典の際に数回顔を合わせただけである。ゆっくり話のできる機会も時間もなかったから、こんなことになってずいぶんと心配をかけてしまったに違いない。
「俺はまだ仕事が残っているから一旦皇宮に戻るが、お前はゆっくり休んでくれ」
そう言って立ち上がったリナルド様に、私は慌てて声をかける。
「あ、あの、リナルド様」
「なんだ?」
「一つ、お聞きしたいことがあるのですが……」
「どうした?」
「……『時を戻した』とは、どういうことでしょうか?」
私の言葉に、リナルド様は一瞬固まった。
それから眉根を寄せて数秒逡巡し、取り繕った笑顔を見せる。
「な、何を言って――」
「意識を失って眠っている間、一度だけですがぼんやりと目が覚めた瞬間があるのです。そのときリナルド様が、『なんのために時を戻したかわからなくなる』と仰ったのが不意に聞こえて……」
そう。
あの瞬間のことを、私は覚えていた。
生死の境を彷徨い、夢と現の間を行ったり来たりしていた最中に響いた、リナルド様のあの言葉。
昨日十日ぶりに意識を取り戻し、事件の概要について説明を受けている間もずっと、あの謎めいた言葉は私の耳にこびりついて離れなかったのだ。
「……そんなこと、言った覚えは……」
平静を装いながらも、リナルド様は気まずそうにすっと視線を逸らす。
私は抑揚のない声で、静かに尋ねた。
「少し前のことですが、夜中に眠っていたリナルド様が突然目を覚まされて、悪い夢でも見たのかだいぶ取り乱した様子だったことがありましたよね?」
「……あ、ああ……」
「あのときリナルド様は、飛び起きると同時に『フラヴィア、死ぬな』と叫ばれました。覚えてらっしゃいますか?」
「え……?」
「覚えてないですよね。恐らく私が死ぬ夢でも見たのだと思いますが、なぜそんな夢を見たのでしょうか? というか、それは本当に、ただの夢ですか?」
「は? そ、そんなの……」
「リナルド様には、私の死を目の当たりにした経験がおありなのではないですか?」
決死の覚悟で、そこそこのド直球を投げつけてみる。
痛いくらいの視線でじっと見つめる私に、リナルド様ははっきりと狼狽えた。
「な、何を言ってるんだ? あの夜飛び起きたのは、たまたまお前が死ぬ夢を見て、混乱して――」
「そうでしょうか? では私が意識を失っていたとき、ここで私の手を握りながら『またお前を失うようなことになったら』と仰っていたのは、どういう意味なのですか?」
「は? いや、それは……」
「あなたは一度、私を失うような経験をされている。だからこそ、時を戻したのでしょう? 私の殺害をルクレツィア様に命じておきながら、いざ本当に死んでしまったら罪の意識に苛まれたからですよね?」
「……は?」
「自責の念に駆られたあなたは何らかの方法を使って時を戻し、今度は贖罪として私を溺愛し始めたのでしょう?」
私は視線を逸らさなかった。
ただ真っすぐに、睨みつけるように、リナルド様を凝視する。
目が覚めてから、ずっと考えていた。
あの夜取り乱したリナルド様が口走った、「死ぬな」という言葉。
眠る私のそばで吐露した、「時を戻した」という嘆きにも似たつぶやき。
もはやリナルド様も回帰したのだろうということに、疑いはなかった。というか、何をどうやったのかは知らないけれどリナルド様自身が時を戻し、なぜか私も前回の人生の記憶を持ったまま、回帰したに違いない。
でも、私の殺害を命じたのは、ほかならぬリナルド様のはずである。
殺せと命じた本人が、なぜわざわざ時を戻すに至ったのか?
一晩考えて出た結論が、『贖罪』だった。
いざ本当に私が死んでしまったら、リナルド様も良心の呵責に苛まれたのではないか?
いくら『死神』とはいえ、なんの罪もない私の命を奪ってしまったことに罪悪感を覚えたのでは?
それで時を戻し、今度は私一人を寵愛することで、罪滅ぼしをしようとでも思ったのでは?
そこまで考えたら、なんだか居ても立っても居られなかった。
そもそも、せっかく死に戻ったのにまた殺されるなんてまっぴらごめん、と思いながら注意深く過ごしてきたのに、また命を狙われる羽目になるんだもの。何度死に戻っても命の危険と隣り合わせの運命にあるなんて、本当に勘弁してほしい。
そんな運命、意地でも回避したい。
だったら、いつまでも逃げてはいられないと思ったのだ。すべてを白日の下にさらし、リナルド様を問い詰めてでも真実を知る必要がある、と思った。
腹を括るしかない、と。
リナルド様は、私の言葉の意味をようやく理解したらしい。
一気に顔色を失っていく。
「ヴィア、もしかして……」
「私には、あなたの命を受けたルクレツィア様に殺された記憶がございます。皇帝陛下」
淡々と答えると、陛下は途端に叩きつけるような口調で「違う!」と言い返した。
「俺はお前を殺せなんて命じていない!」
「そんなはずはありません。あのとき、ルクレツィア様は確かに言いました。陛下が私のことを邪魔者扱いされていて、『鬱陶しくて敵わないから始末してほしい』と仰ったと」
「違う! 俺じゃない! 俺がそんなことを命じるわけがないだろう! 前回だって今回だって、俺が愛しているのはお前だけなのに!」
蒼ざめた表情でまくし立てる陛下を前に、私は唖然としてしまう。
なんなら、失笑してしまう。
「……いや、それはちょっと、さすがに無理があると思いますけど……? 今回はともかく、前回も私だけを愛していたなんて――」
「嘘じゃない! 俺はずっと、お前しか見ていない!」
「いやいや、だって、前回は完全に私たち皇妃のことを放ったらかしだったじゃないですか? 後宮に足を向けることもなくお会いする機会だってほとんどなく、それなのに私だけを愛していたなんて取ってつけたように言われても……」
「お前を愛していなかったら、自分の命を代償にしてまで時を戻すなんて、そんな大それたことをするわけがないだろう!?」
「……え?」
思わず発した頓狂な声に、予期せぬ声が応える。
「フラヴィア様。陛下の言っていることは、多分本当ですよ」
振り返ると、そこにいたのは感情の読めない笑顔を浮かべるアルベルト殿下だった。




