13 謎が謎を呼ぶ
ゆっくりと意識が浮上する。
目を開けようとするけれど、まぶたが鉛のように重くて動かない。
体の感覚が麻痺しているのか、指先一つ動かすこともままならない。
何が起きたのか、自分はどうなってしまったのか、一生懸命思い出そうとするのに、頭の中はもやがかかったようにぼんやりとしている。
何もかもが判然としないまま、また意識が闇に覆われそうになったときだった。
「ヴィア、すまない……」
聞き慣れた声がした。
左手に、触れ慣れた体温を感じる。
「早く目を覚ましてくれよ……」
低い声に、うっすらと涙が滲む。
苦悶に満ちたため息が、床に落ちる。
……リナルド様、私は大丈夫ですよ。
そう言ってあげたいのに、意識はどんどん闇に飲まれていく。
ゆらゆらと溶け合う夢と現の狭間に、リナルド様の押し殺した声が響いた。
「またお前を失うようなことになったら、なんのために時を戻したのかわからないだろう……?」
◇・◇・◇
「フラヴィア様!」
次に目が覚めたとき、聞こえてきたのは甲高い女性の声だった。
「フラヴィア様! 聞こえますか!?」
必死な声にはなぜか涙が交じっていて、どうにかこうにかまぶたを開けると泣き顔のラリッサが視界に入った。
「ラリ……サ……?」
「へ、陛下をお呼びして! 早く!」
顔を上げたラリッサは、鋭い声でベッド脇にいた侍女に命じる。侍女は慌てたように、部屋から駆け出していく。
戴冠式最終日から、すでに十日が経ったと聞かされた。
あのとき、私は果実酒を持ってきた給仕に脇腹を刺されたらしい。
何食わぬ顔で私の横を通り過ぎた給仕は、隠し持っていた刃物を私に突き刺したのだ。
すぐにラリッサが給仕を捕らえ、リナルド様も「死んだほうがマシだと思わせてやるから覚悟しろ!」などと悪鬼の形相で息巻いていたそうだけど、ちょっと目を離した隙に給仕は皇宮の地下牢で息絶えていたという。
その後、リナルド様はほとんど私につきっきりだったそうである。
皇宮の侍医だけでなく帝国きっての名医を何人も呼び寄せて私の治療に当たらせ、それでも一向に目を覚まさない私を見て、「ヴィアを治せない医者などいらぬ!」とか言いながら一人ずつ始末しようとしたらしい。
……おいおい。
私の意識が戻ったと聞きつけたリナルド様は、執務を放っぽり出して水晶宮に飛び込んできた。
それから目を覚ました私を見て、感極まったように近づいてきて、「よかった……」と言いながら私を抱きしめた。
そのままどさくさに紛れて額にキスをしたかと思うと、今度は額だけでなくまぶたとかこめかみとか頬とか、挙句の果てには唇にまでキスしようとしたから、全力で止めた。
ラリッサはといえば、すぐそばにいたのに私を守れなかった責任を感じて、騎士の職を辞そうとしたらしい。というか、はじめは死をもって償おうとしたらしい。
そんなラリッサに対してリナルド様は当然のように激昂し、「ヴィアを守れない護衛などいらぬ!」と処刑も辞さない勢いだったそうである。
でもそれを思い留まらせたのは、アルベルト殿下だったという。
……私のまわりって、すぐ殺そうとする人とか、すぐ死のうとする人が多すぎない?
みんな、命はもっと大事にしよう! と言いたい。
「目が覚めたばかりで申し訳ないのですが、フラヴィア様にも事件の概要をお伝えしなければと思いまして」
翌日、アルベルト殿下が水晶宮を訪れた。
ラリッサは私の斜め後ろの位置で直立不動のまま待機していて、ソファの隣に座るリナルド様は私の体を支えてくれている。
ただ、全員一様に表情は暗い。
「フラヴィア様を刺した給仕ですが、実はコルヴァス公爵家の使用人であることがすぐに判明しました」
「え……?」
「本格的な事情聴取が始まる前に地下牢で息絶えておりましたので、残念ながら詳しいことはまだわかっておりません。ただ、名前や身分を偽って皇宮の使用人になりすましていたことは確かなようです」
「それは、私を襲うために、ですか?」
「恐らくそうでしょう。コルヴァス公爵家の使用人であることがわかった時点で公爵自身も関与を疑われ、騎士団に拘束されて事情を聞かれています。しかし公爵は知らぬ存ぜぬの一点張りで、使用人には見覚えがあるものの、フラヴィア様を害するよう命じた覚えはないと」
「そんなわけはないだろう? じゃあどうやって皇宮の使用人になりすますことができたんだよ? 公爵が手引きしたからに決まってる!」
「んなことはみんなわかってるんだよ。でも証拠がないだろ証拠が」
一瞬にして逆上するリナルド様に、アルベルト殿下はまったく動じる様子がない。というか、びっくりするほど口が悪いのねこの人。
「戴冠式を行うにあたって、一時的にですが使用人を大幅に増員したことは事実です。しかし雇い入れたのは、全員身元のしっかりした者。無理やり入り込む余地などありませんし、入り込めたとしたら誰かが手引きしたとしか考えられません」
「公爵はそういった関与も否定しているのですか?」
「その通りです。かなり厳しく追及しているのですが、一切口を割りません。ただ、公爵は後宮廃止に強く反発して何度も陛下に申し入れをしていますし、娘であるカリスタ様も後宮廃止の撤回を求めて何度となくこの水晶宮を訪れていたと聞いています。陛下が皇后として指名されたフラヴィア様を亡き者にすれば、後宮廃止の話もなくなると考えたのはないでしょうか」
「つまり、コルヴァス公爵には動機があるということですね?」
「はい。しかし一方で、調べればすぐに自分の屋敷で働かせていた使用人だとわかる者に、フラヴィア様の襲撃を命じるようなことをするだろうか、という疑問もありまして……」
「確かに、まるで自分を疑ってくれと言わんばかりですね」
「しかも、あの給仕に関してはちょっと気になる情報があるのです」
そう言って、アルベルト殿下は私の斜め後ろに立つラリッサに視線を向けた。
「ラリッサ。君が気づいたことを教えてくれるかな?」
促されたラリッサは、黙って頷くととても神妙な顔つきになる。
「……フラヴィア様を襲った給仕ですが、恐らくただの給仕や使用人などではありません。あの身のこなしはプロの殺し屋か、もしくは私と同じ経歴を持つ者かと」
「ラリッサと同じ経歴?」
「実は先の戦争中、ラリッサは騎士団の諜報部隊に所属していたのですよ」
唐突に、なぜかドヤ顔で説明するアルベルト殿下。あなたが諜報部隊にいたわけじゃないでしょうに。
「ラリッサはこう見えて、カッシアンの軍部に単身で潜入しながら諜報活動を展開していた強者でな。ラリッサが入手した機密情報があったからこそ、帝国軍が戦争を有利に進められたことは否定できない」
「陛下、それは言い過ぎです……」
「数多の難局をくぐり抜けてきた手練れでもあるラリッサが、直接対峙したうえであの給仕を只者ではないと言い切るのです。もし彼がプロの殺し屋かどこかの国の諜報員だったとして、そんな人間を自分の屋敷の使用人として雇い入れるものでしょうか? むしろ、コルヴァス公爵はその事実を知らなかったと考えるほうが自然ではないですか?」
「知っていてヴィアの襲撃を依頼したのだとしたら、わざわざ使用人として雇い入れる必要もないしな」
「そうなると、今回の襲撃はコルヴァス公爵以外の人間が、公爵を陥れるために画策したという可能性も浮上するのですよ」
「私の命を奪い、その罪をコルヴァス公爵になすりつけようとした、ということですか?」
「はい」
「そんなこと、いったい誰が……?」
「まだわかりません。現状、襲撃の黒幕としてはコルヴァス公爵が最も疑わしいですが、フラヴィア様を害することで帝国に反旗を翻そうとする輩はたくさんいるでしょうからね」
やれやれと言わんばかりの露骨な表情で、アルベルト殿下がため息をつく。
「いずれにしても、結論を出すのはまだ早いと思います」
「黒幕が誰かわからない以上、今後も護衛は必要になる。騎士としての実力を考えれば、やはり護衛を任せられるのはラリッサしかいないだろうと判断した。お前を生かしたのはそういうわけだ。わかったな、ラリッサ」
「はい」
「次はないぞ」
「……命に代えても、フラヴィア様をお守りいたします……!」
引きつったような硬い声に、ラリッサの苦悩と覚悟が垣間見える。私が意識を失っている間、ラリッサはどれほど自分を責めたことだろう。
それにしても。
襲撃の実行犯が何も語らず絶命してしまったことで、黒幕の動機も正体もつかめないままとは厄介である。
これってやっぱり、後宮廃止宣言の余波なのだろうか?
だとしたら、コルヴァス公爵はもちろん、既得権益にこだわるほかの貴族や他国の王族の仕業ということも考えられる。アルベルト殿下が「結論を出すのはまだ早い」と言ったのも、そういった可能性を視野に入れてのことなのだろう。
回帰前とは違う方法ではあるけれど、私の命はまたしても脅かされ、その脅威はいまだ過ぎ去っていない。
執拗に近づいてくる破滅の未来の影を感じて、ぞわりと背筋が寒くなった。




