12 パーティーでの惨劇
リナルド様の後宮廃止宣言は、予想以上に大きな波紋を呼んだ。
私の水晶宮にはカリスタ様が毎日のように突撃してくるだけだけど、リナルド様のところには連日たくさんの貴族や他国の王族らが押し寄せ、後宮廃止宣言の撤回を要求したらしい。
なんというかまあ、どうあっても既得権益にしがみつきたいのだろうかと、内心うんざりしてしまう。
でもリナルド様やアルベルト殿下、宰相であるお父様をはじめとする側近の方々は、異論を唱える一人ひとりを巧みな話術で説得し、納得させていったようである。リナルド様が言っていた通り、準備に抜かりはなかったらしい。
その甲斐あってか、戴冠式が最終日を迎える頃には、混乱もほぼ収束に向かっていた。
各所で不満はくすぶっていたようだけど、帝国皇帝が万全を期して宣言したのである。簡単には覆らないだろうし、だったらもう諦めるしかない。大半の人々がそう思い始めていた。
カリスタ様のように、諦めの悪い人はごくごく少数なのである。
「フラヴィア様。後宮廃止の件、陛下にしっかりとお話しいただけたのですか?」
あれからカリスタ様は、頻繁に水晶宮を訪れてはあーだこーだと身勝手な言い分を垂れ流していく。
「申し訳ございません、カリスタ様。リナルド様も関係各所への説明に奔走しているらしく、あまりゆっくりとはお話しできていないのです……」
嘘である。
確かに忙しいとはいえ、リナルド様はそれほど遅くない時間に毎日帰ってくるし、「マジで疲れた」とか言いながらもその日あったことを事細かに話してくれる。それくらいの余裕はあるらしい。
だからカリスタ様の話も、しようと思えばいくらでもできるのだけど。
あえて話さないのは、ひとえにカリスタ様の命のため。
だって、カリスタ様が乗り込んできたなんて言ったら、即行で首を刎ねようとするでしょあの人。
穏便に事を済ませたい私は、カリスタ様の突撃がリナルド様には知られないよううまくやり過ごしながら、日々を過ごしている。でも、多分全部バレていると思う。
なぜなら。
「フラヴィア様。そろそろパーティーのお支度を」
何食わぬ顔で横から口を挟む侍女兼護衛騎士に、カリスタ様はすぐさま逆上する。
「ま、まだ話は途中なのよ!?」
「でもカリスタ様、そろそろ宮に戻ってお支度をなさったほうがよろしいと思いますよ? 今日は戴冠式最終日のパーティーですし」
私がそう言うと、カリスタ様は不服そうな表情で渋々翡翠宮に戻っていく。
「ありがとう、ラリッサ。ちょうどいい頃合いだったわ」
「お役に立てたのでしたら、よかったです」
きびきびとした動きで礼をするこの侍女は、ラリッサ・エージス。エージス辺境伯家の令嬢で、実は騎士でもある。
後宮廃止宣言のあと、私に対して不当な悪意が向けられることを心配したリナルド様の過保護ぶりは、一気に加速した。控えめにいって、私の一挙手一投足を逐一監視しかねない勢いだった。
そんなリナルド様に「朝から晩まで監視されるフラヴィア様の身にもなってみろ」などと言いながら、ラリッサを護衛騎士にしてはどうかと勧めてくれたのはアルベルト殿下である。
ラリッサの生家であるエージス辺境伯家は帝国南側の国境地帯を守る、勇猛無比で知られた家門。ラリッサ自身、去年までのカッシアンとの戦争にも従軍していて、その実力は折り紙つきだという。
まあ、護衛騎士をつけるほどのことではないような気もするけれど、いてくれるというなら心強い。
そんなわけで、数日前から侍女兼護衛騎士として私に仕えるラリッサが、宮での様子をリナルド様に報告していないわけがない。だから多分、カリスタ様の無茶振りもとっくにバレているとは思う。
でもリナルド様の殺意がカリスタ様に向かないよう、なんとかかんとか誤魔化しているのである。
戴冠式最終日には、国を挙げての絢爛豪華なパーティーが開かれることになっていた。
私はまたしてもリナルド様の隣に座り、実質皇后として丁重に扱われている。受け入れるしかないとはいえ、なんだかなあ、という感じである。
パーティーも終盤に差しかかった頃、化粧室から戻ってきた私は聞き慣れた声に呼び止められた。
振り返ると、よく知る琥珀色の瞳の女性が微笑んでいる。
「まあ、ユスティナ様」
「おめでとうございます、フラヴィア様」
「え……?」
「皇后位に就かれること、改めてお祝い申し上げます」
邪気のない笑みを見せるユスティナ様に、正直面食らってしまう。
「あ、あの……」
「フラヴィア様だけをご寵愛される陛下の様子を考えれば、そうなるだろうとは思っておりました。でも後宮廃止とは、陛下も思い切ったことをなさいますこと」
「では、ユスティナ様も後宮廃止には異論がおありで……?」
「いえいえ。大きな声では申せませんが、わたくしはホッとしているのです。わたくしの輿入れは、終戦後の協定に基づくもの。いわば人質同然だったのですから、後宮廃止によって思いがけず自由の身になれるなんて、これほどうれしいことはありません」
そう言って、ユスティナ様は控えめに頬を緩ませる。
毎日のように押しかけては後宮廃止に抵抗を示すカリスタ様とは対照的に、ユスティナ様は後宮廃止を好意的に受け止めているらしい。
「後宮から解放されたら、ユスティナ様はどうなさるのですか?」
「ひとまずカッシアンに帰りますわ。どうせまた、どこぞのお相手と政略的な婚姻を結ぶことにはなるでしょうけれど」
寂しげに笑いながら、「王族の悲しい運命ですわね」とつぶやくユスティナ様。
カッシアン王国の王女という身分を考えれば、当の本人はとっくに吹っ切れているのかもしれない。でも、なんだか切ない。
「カッシアンに戻られたら、お手紙をお送りしてよろしいですか?」
「まあ、うれしいです。ぜひ」
ユスティナ様は通り掛かった給仕を呼び止めて、果実酒のグラスを二つ手に取った。
一つを私に差し出しながら、私の斜め後ろに立つラリッサに目を止める。
「あら? あなたは……?」
「ラリッサ・エージスと申します。数日前よりフラヴィア様の侍女兼護衛騎士を務めております」
「ああ、あなたがそうなのね。使用人たちがしきりに噂しておりましたのよ。陛下がフラヴィア様の身を案じて任命した女性の護衛騎士は、凛々しくて威風堂々としていて惚れ惚れしてしまう、と」
あらま。
ラリッサは侍女というより護衛騎士としての役割のほうが大きいこともあって、普段は騎士団の隊服、それも近衛隊の隊服を着用している。
近衛隊というのは、騎士団の中でも誰もが憧れる花形ポジション。しかも近衛隊に所属する女性の騎士は少ないから、なおさら目を引くのだろう。
思いがけない賛辞の言葉に、ラリッサはほんのりと頬を染めながら恥ずかしそうに目を泳がせている。
「では、私たちの前途を祝して、乾杯しましょうか」
ユスティナ様が傾けたグラスに、私のグラスを近づけたときだった。
真横からドン! という強い衝撃を感じた瞬間、脇腹に激痛が走る。
「――――っ!」
倒れ込む私の手から滑り落ちたグラスが、ガシャン、と音を立てた。
と同時に、脇腹が焼けるように熱くなる。痛い。苦しい。呼吸ができない。体中がしびれて、思うように動かない。
「きゃーーっ!!」
「フラヴィア様!」
「待て!」
「そいつを捕らえろ!!」
「フラヴィア様! フラヴィア様!」
いくつもの悲鳴や怒声が頭上を飛び交い、バタバタとたくさんの足音が荒々しく行き交い、皇帝の即位を祝う華やかなパーティーは一瞬にして阿鼻叫喚の地獄と化す。
「ヴィア!!」
リナルド様の悲痛な叫び声がどこからか聞こえた気がして、私はそのまま意識を失った。




