10 驚天動地の戴冠式
あっという間に、戴冠式の日がやってきた。
大陸中の国々からたくさんの貴賓や要人たちが集まる中、リナルド様は回帰前と同様、帝国皇帝としての威厳と貫禄とを存分に見せつけている。
戴冠式そのものは、回帰前とさほど変わらない。進行も段取りもまったく同じである。
でも、私にとっては、見える景色が全然違う。
前回はアルトゥム公爵家の人間として、つまりは一貴族として出席していたというのに、今回は皇族の一員である皇妃として出席している。一段も二段も高い場所から皇宮の大広間を見下ろすなんて、とにかく気後れ感が半端ない。
しかも、私はなんと、玉座に座るリナルド様の隣の席に座らされている。
この位置に座るのを許されるのは、本来皇后のみ。ということは、この絵面だけで、皇帝リナルド陛下が第四皇妃の私を皇后として指名するつもりだという意志表示になってしまう。
なんだかますます、やばいことになっている気がするんだけど。外堀を埋められまくっているというか……!
皇后に選ばれるのは、皇帝の第一子を産んだ皇妃が多い。でも、それは慣例として定着しているだけで、はっきりと明文化されているわけではない。過去には子を持たない皇后もいたそうだし、皇后を選ぶ権利はあくまでも皇帝にある。
ただですね、私自身は皇后になることを承諾した覚えなんて、まったくないんですけど。
というか、そういう話は一切聞いてないし。
でもここに座れと言われてしまったら、多少意に沿わないオーラを出しながらも仕方なく座るしかないのである。とほほ。
そんな内部事情を知らない各国の要人たちは次から次へと玉座の前にやってきて、恭しく祝辞を述べていく。その様を、鷹揚に眺めているリナルド様。
惚れ惚れするほど精悍な横顔を盗み見ながら、私はまた、あの夜のことを思い出していた。
ルクレツィア様の処分について話したあの夜、夢と現実の狭間でリナルド様が口走った「死ぬな」という言葉。
リナルド様がどんな夢を見たのか、確認はしていない。ただ、あの取り乱し様を考えれば、私が死ぬ夢でも見たのだろうということは容易に想像がつく。
たまたま、本当に偶然、そういう夢を見ただけなのかもしれない。思いもよらない絶望を夢に見て、半ば錯乱状態に陥っただけなのかもしれない。
でも、あの虚ろな瞳を見たとき、私は不意に思ったのだ。
もしかしてリナルド様は、一度死んだ私を知っているのでは、と。
ルクレツィア様に毒を飲まされ、あえなく死んだ回帰前の私を知っているからこそ、また私が死ぬ夢なんかを見てしまったのでは。
それであんなふうに、鬼気迫る声で、「死ぬな」と口走ったのでは、と。
もちろん、根拠はない。確証もない。でも、夢を見ただけというわりには、反応がリアルすぎる気がしたのだ。まるで実際に、私の死を目の当たりにしたかのような。
ただ、そうなると、リナルド様も回帰しているということになるわよね……?
そんなこと、あり得るのだろうか?
私一人が回帰したというだけでも現実とは思えないのに、リナルド様まで?
いやいやいや。さすがにそれは、ないのでは? だって、回帰前と回帰後とでは、リナルド様の中身が別人すぎるし。同じ人間とは、思えないもの。
それに回帰前、私の殺害をルクレツィア様に命じたのは、ほかならぬリナルド様だったはずである。あのときのルクレツィア様の言葉には腑に落ちないところもあるけれど、かと言ってルクレツィア様が嘘をついていたとは思えない。
だとしたら、私の殺害を命じたのはやっぱりリナルド様である可能性が高い。
それなのに、いざ死んだら「死ぬな!」なんて取り乱さないわよね、普通。
となると、やっぱりたまたま、私が死ぬ夢を見ただけ……?
なんでそんな不吉な夢を見ちゃってるんですか、と言いたい気持ちもないわけではないけど。
でも。
万が一、本当に、リナルド様も回帰していたとしたら――――
そんな疑念が、浮かんでは消える。あり得ない、と思いながらも、完全には否定しきれない自分がいる。そして考えれば考えるほど、思考は堂々巡りに陥ってしまう。
有無を言わさず溺愛される回帰後の生活の中で、私の心は次第にリナルド様への信頼感を抱くようになっていた。それなのに、いまやその想いはどこへ向かえばいいのかわからなくなって、立ち止まったまま。
だって、リナルド様も回帰していたのだとしたら、私はまた殺される――――
「陛下、このたびは誠におめでとうございます」
ひと際威圧感のある声が響いて、ふと我に返る。
目の前には、いかつい顔つきと体型をした見慣れない男性が立っていた。まじまじと凝視して、はたと気づく。
この人、噂のベルム公爵じゃないの……!
戴冠式の前に、各国の主要な要人については顔と名前を確認済みである。皇妃たるもの、その辺の予習は必要不可欠だもの。
ベルム公爵はひとしきり祝いの言葉を並べたあと、ちらりと私のほうに目を向けた。
そして、もったいぶったように、口を開く。
「ところで、陛下。一つお伺いしたいのですが」
「なんだ?」
「陛下は第四皇妃であるフラヴィア殿下を、皇后として指名されるおつもりなのでしょうか?」
その言葉に、大広間は一瞬にして静まり返った。
確かに、私がここに座っている時点で、そういう意味だと誰もが気づいている。でもそれを、直接陛下に確認したり、指摘したりするような者はいない。
なぜなら、暗黙の了解をわざわざ口にすることは、貴族としては致命的である『空気が読めない』『場をわきまえない』という欠点をさらすことになるからだ。と同時に、皇帝陛下の意向に物申すことになりかねない、無謀な行為でもある。
ずいぶんと怖いもの知らずなおじさんじゃない……?
ベルム公爵は恐らく、わざと皇后問題を指摘したうえで、会話の流れをルクレツィア様の処分の話に持っていきたいのだろう。後宮の内情をどこまで把握しているのかは知らないけれど、噂話をでっち上げてでもリナルド様や帝国の判断と対応を非難し、難癖をつけようとしているに違いない。
そんなわかりやすい魂胆が可笑しいらしく、リナルド様はちょっと悪そうにも見える不敵な笑みを浮かべている。
「よくぞ聞いてくれたな、公爵。そなたの言う通り、余は第四皇妃フラヴィアを皇后として迎え入れるつもりでいる」
あっさり認めちゃったよこの人……!
ていうか、私は一切承諾してないんですけど!!
そもそも何も聞かされてないし!!
そんな私の心の声など届くはずもなく、リナルド様は澄ました顔で更なる爆弾を投下する。
「それだけではない。余は帝国の後宮制度そのものを、廃止しようと思っている」
予想外の、本当に予想外の衝撃発言が飛び出した……!
これにはベルム公爵だけでなく、その場にいた大半の人間が凍りついた。大広間全体に激震が走ったと言っていい。
ヴァルシオン帝国の後宮制度が確立されたのは、より確実に後継者を生み育てるためであり、それによって帝国に安定的な存続と繁栄をもたらすためである。
そして、各国の王族や高位貴族は王女や貴族令嬢を後宮に送り込むことで帝国との間に政略的な結びつきを得るだけでなく、権威や権力をも手に入れてきたという歴史がある。
つまり、後宮がなくなってしまったら、不利益を被る人が続出するということ。
「こ、後宮制度を廃止するなど、そのようなことが許されると思っているのですか……!?」
真っ先に噛みついたのは、やっぱりベルム公爵だった。
ベルム公爵家はこれまで幾度となく後宮に皇妃を送り込み、その恩恵に与ってきた筆頭家門。公爵家が王家を凌ぐ権力を保持してきたのは、後宮という存在があったからと言っても過言ではない。
咎めるような尖った視線で睨みつけられているというのに、リナルド様は至って涼しい顔をしたまま平然と言い放つ。
「許されるも何も、後宮は帝国の管理下にあり、帝国皇帝たる余の所有物でもある。そなたの指図を受けるつもりはない」
「なっ……!」
ぴしゃりと言い切るリナルド様のただならぬ圧に、みんながみんな、ぶるりと震え上がった。




