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君と同じ花を見ていた  作者: 吾妻大和
第一章 アストラ・ベイ計画
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1 エリート官僚?クソくらえだ。

 2026年4月。赤羽祥一(あかばねしょういち)は、霞ヶ関に向かう電車に揺られていた。

最寄りの荻窪駅から霞ヶ関へ向かう、いつも通りの丸の内線。

午前3時に家へ戻り、満員電車をやや避けて早めの7時の電車に乗る、いつも通りの時間帯。

全てが、いつも通りの4月の朝だった。


 そんな日はちょうど4年前、それなりの夢と目標をもって、キャリア官僚としての人生をスタートした日のあることを思い出す。

先輩から入省時にありがたく賜った、官僚としての矜持だ。


 ——「エリート官僚とは何ぞや」

「……エリート官僚というのはだな、単に俺たちキャリア組のことを指しているわけじゃないんだよ。

一般市民が俺たちのことを指さして、なんて言っているか知ってるか?

悪代官呼ばわりだ。

日本国民の血税を搾取しては不正を働き、国民を苦しめ続けるワルモノだってな。

そりゃ、言われていること全てを否定するつもりはない。

でもな、お国のためと思って半狂乱になって働いている、一官僚としての姿まで否定されたんじゃ、たまったもんじゃない。


 たとえば厚生労働省が、なんて揶揄されてきたか知っているか? "強制労働省"だ。

経済産業振興省が、なんて言われてきたか知っているか? "通常残業省"だ。

そんなことを言われて続けても、俺たちはその伝統を馬鹿正直に守り通してきたんだ。


 けれど、その境遇に嫌気がさして不満を口にしようものならお終いだ。

仲間から、世間から、石を投げつけられるだけだ。

だから、世間からの逆風に耐え抜くことだ。耐え抜いて、達観すること。

いかなる困難も喜びで乗り越えられる、不屈の信念を持つこと。

その境地に達した者こそ、エリート官僚であると俺は思う。


 ……悲しいかな、4人に1人が10年以内に道半ばで辞めていく険しい道のりだ。

どうか10年、20年先も君たちとともに、公務に励めることを心から願っている」


 コンプラが何かと騒がれるこの時代に、ずいぶんえげつないことを妙に格好つけて言うものだなと、祥一はよく記憶していた。

悲しいかな、その先輩とともに公務に励むことは、もう叶わない。


 矜持を授けてくれた先輩はもういない。

人づてに聞いた話ではあるが、ある時期から、登庁途中の電車内で、ドアにガンガンと頭を打ち付ける人が現れたらしい。

よく見れば、それは例の先輩だったという。

さらによく見ると、どれほど起きていようとしても睡魔に抗えないために、何度も頭を打ち付けることで自我を保っていたらしい。

そして霞ヶ関に着くと、何事もなかったかのようにシャンと背筋を伸ばし、颯爽と降りて行ったそうだ。

その過酷な日々の繰り返しの末に、先輩は壊れてしまったのだ。

 

 そんな先輩の退官後の姿を想像するとさすがに気の毒にも思う。

 ……だが、祥一には祥一の考える「エリート官僚」像がある。

そして、ありがたく賜った矜持に対する感想は、今も変わらないし、今後も変えるつもりはない。


 ——クソくらえだ。


 俺たちは下僕ではない。ましてや、奴隷でもない。

 東大生のころ、官僚を志した者たちが嘲笑を向けられていたことを、知らなかったはずがない。


「いまどき官僚志望なんてないよね」

「そうそう、ありえないって」


そういう連中は大抵、国内大手企業か外資系企業を志望していたが、要するに自分の生活のため——穿った見方をすれば、金のために生きているに過ぎない。

でも、俺たちは違う。


 霞ヶ関が超絶ブラックで、明かりが消えることのない不夜城だということくらい、もちろん知っていた。

それでもためらいなくその城を目指したのは、大なり小なり「お国のために」という信念があったからにほかならない。


 俺たちはお国の発展のために、人間らしい生活を捨て去ってまで働いている。

民間人の残業時間を抑える法律を作り上げるために、俺たちは残業に残業を重ねて働いた。

それなのに、当の本人たちから後ろ指をさされ、それを耐え抜かなければならない、というのは一体どういう理屈なのか。

俺達官僚こそ、世間からもっと評価されてしかるべきではないか。

もう十分エリートだ。

もっと自分自身を誇っていいし、下を向いて生きる必要なんてないはずだ。

堂々と胸を張って歩いていいはずだ。

 

 昨年、とある省庁の前で大々的なデモが行われていたことは記憶に新しい。

もちろん、個々人の主義主張の自由を批判するつもりはない。

だが、行き過ぎた主張の矛先が、行政という構造の中にある「人間」へ向かうことをよく考えてほしかった、と祥一は思う。

どういうわけか忘れられがちだが、こちらも同じ人間であり、人権もある。

その事情も顧みず、嘘つきだの泥棒だのと、想像の浅い文句を垂れ流す姿に、祥一は耐えられなかった。


 とにもかくにも、祥一にとっては自分の人生に他人が勝手に値打ちを決めて、ぞんざいに扱うことだけは許せないことだった。

 「人の評価ばかり気にしていては自分は自分でいられなくなる。最後まで自分の真価を知っているのは、自分だけだ。」

その自らのアイデンティティこそが、これまで祥一を救い続けてきた、唯一の支えだった。


 しかし今から一年、生死を分けるほどに過酷な日々が始まろうとしていることを、このころの祥一はまだ知らない。

無機質な電車はそんな祥一を乗せて、霞ヶ関の不夜城へと送り届けた。

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