盾と腕の影
――いつからでしたか。
私が現体制に疑問を持つようになったのは。
確か、あの頃だったような。
いいえ、もっと前からのような気もしますが。
大きなきっかけと言えば、やはりあの日でしょうか。
あれは5年前、王都近郊の南側を領地に持つアルバート伯爵家へとお父様と一緒に視察に行った時です。
近年、エデリア王国南側での魔獣被害が多発し、多くの貴族が被害に合い命を落とす中、各領地を持つ貴族たちがそれぞれ対策に追われる中、アルバート伯爵家は家の者に一切の被害を出さずに魔獣撃退に成功していました。
現国王の父は、その対応を国内に広めようと視察を行いました。
アークの庇護が弱まっている中、さらなる魔獣の被害を減らし、民を守るために必要と思い、王位継承権を持つものとして父の視察に同行しました。
アルバート伯爵家の領地へ入り、案内に来たアルバート家の使用人に導かれてアルバート家の屋敷へと入ると、
「ようこそお越しくださいました。陛下、王女殿下。歓迎申し上げます」
そう言い、アルバート家当主エリュシオン・アルバートは頭を下げる。
シルバーの礼服に身を包み、短い金髪をオールバックにしている。
細身ながら眼光は鋭い壮年の男性である。
その隣には、エリュシオンと同じ金髪の少年が立っていた。
「こちらは息子のエリックと申します。どうぞお見知り置きを」
「エリックと申します。よろしくお願いいたします」
エリックはそう言い、父と同じように礼をする。
「我が息子は、今年で10歳。奇しくも殿下と同い年になりますね。5年後には聖焔学園に入学することになるでしょう。その時はどうか、息子をよろしくお願いしますね」
エリュシオンはそう言い笑う。
「本日はお疲れでしょう、お部屋を用意しております。疲れを癒してから、視察の方は明日でどうでしょうか?」
エリュシオンは、使用人に指示し、国王とセレナは部屋へと案内される。
その日の夜、晩餐会が催される。
晩餐会はアルバート家の中庭で行われ、アルバート家が親元となる貴族たちが集まっていた。
事件はそんな中起こった。
貴族たちが国王へと挨拶を行う中、奇妙な鋭い鳴き声が響いた。
会場の全員が一斉に空へと視線を向ける。
「ま、魔獣だ!」
誰かが叫んだ。
見上げた空には、金色のオーラを纏い、翼の先には鉤爪のある鳥型の魔物が飛んでいた。
「陛下と殿下をお守りしろ!使用人たちは前へでろ!」
エリュシオンが指示を出す。
エリュシオンの言葉に使用人たちの動きが硬くなる。
そんな使用人たちにエリュシオンは怒声を飛ばす。
「何をしている!さっさとするんだよ!」
エリュシオンは土属性の魔法を使い、小さな土の礫を生成する。
生成された礫は、使用人の方へと飛ばされ、固まっていた使用人たちを動かし始める。
「早く前に出ろ!」
エリュシオンがそう言うと使用人たちは、震えながら前へと出て、人の壁となる。
魔獣が急降下してくる。
使用人たちが盾となって前へと出る。
使用人たちのほとんどは平民からの出で、魔法を使うことができない。
よって、無残に魔獣に引き裂かれるしかなかった。
その隙をついて、エリュシオンは土魔法を使い、魔獣へ攻撃を加える。
しかし、魔獣には大した傷を与えることができず、攻撃はやまない。
「やめて!アルバート卿、これはいったいどういうことですか!?こんなことが許されるとでも!?」
セレナがエリュシオンにそう問うと、
「何を言っておられるのですか。殿下、彼らは平民です。貴族や王族の危機となれば、その身を差し出して守らなくてはないないのですよ」
エリュシオンは、顔色一つ変えず、さも当然であるかのように言い放った。
その間、魔獣への攻撃はやめず、先ほどより大きな威力の魔法を放つ。
魔獣はエリュシオンの攻撃を受けて、腹部に大きな傷を負った。
魔獣はもう一度空へと飛び立ち、急降下してくる。
狙いは魔法を放ったエリュシオンであった。
次の瞬間、エリュシオンは近くで魔法を放っていた使用人を掴み、無理やり魔獣との間に放り出した。
「エリュシオン様!?」
使用人は、あわや魔獣に引き裂かれようとしていたその時、
「だめ!!」
セレナは魔獣へと手を向ける。
次の瞬間、セレナから膨大な魔力があふれ出し、光の粒子となってセレナの手へと収束していく。
収束した光の粒子は、巨大な腕を形成し、魔獣を握りつぶした。
魔獣は、浄化されたかのように綺麗に消滅した。
「これは!?」
エリュシオンは驚いた表情を浮かべてセレナを見た。
セレナは、魔法を使った反動か、意識を失ってしまった。
「セレナ!」
国王が駆け寄り、セレナを抱きとめる。
セレナはそのまま、国王の従者に抱きかかえられ部屋へと送られていった。
翌日、視察は中止となり、馬車で王都への帰路へと発った。
馬車の中では、セレナは昨日のことについて国王へと怒った様子で問いかけていた。
「お父様、あのような行為を見逃すのですか!?民を守らなくてはいけない貴族の立場で、民を盾に使うなど、到底許されるものではありません」
セレナの言葉に国王はため息をつきながら答える。
「セレナ、確かに貴族は民を守る義務はある。しかし、神の加護を持った貴族がいなくなれば誰が民を守るのか。仕方のない犠牲であったとするしかあるまい」
その言葉にセレナは納得することができなかった。
「それにしてもです。アルバート卿は土属性の魔法使いです。土を使って壁を作ることもできたはず、なにも民を盾にする必要はなかったはずです!」
セレナの言葉に、国王は困ったような表情を浮かべながら答える。
「アルバート卿にも考えがあったのだろう。これ以上は我々からは何も言えんだろう。実際、アルバート家の領地での魔獣被害は食い止められているのだから」
「貴族への被害は少ないですが、民の被害は変わらないではないですか!」
「そうかもしれないが、ここでのアルバート家との対立は避けねばならん。このまま、魔獣被害が王都まで拡大すれば、各領地の貴族にも協力を要請しなくてはならない状況だ。アルバート家と対立すれば、裏についている南側の辺境伯からの協力が得られなくなる可能性すらあるのだ。今は我慢するしかあるまい」
その後も議論は平行線とってしまったが、最後までセレナは国王の言葉に納得することはなかった。
――セレナは立ち上がる。
何としても目の前の少年との関わりを断ってはならないと。
もっと彼の話を聞かなくてはならない。
もっと彼の力にならなくてはいけない。
そんな使命感のようなものを、セレナは感じていた。
「大丈夫です」
セレナが右手を伸ばす。
魔獣に向けて――
「≪ギガント・アーム≫」
詠唱を終えると、右手から光の巨大な腕が出現し、鳥型の魔獣を握りつぶした。
金色のオーラは砕け散り、魔獣は浄化されたかのように、綺麗に消え去った。
セレナは振り返り、少年・レヴァンへと目を向ける。
「ほら、ね」
そのまま、セレナは意識を手放した。
最後見た光景は、急いで自分の下へと駆け寄ってくるレヴァンの姿だった。




