灰の焔と光の腕
夜の森は、月明りに照らされていた。
レヴァンは膝をついたまま、息を荒げていた。
抑えきれない炎の余韻が、手のひらでぽうと揺れる。
「見つかってしまいましたね」
木陰から現れた少女は、そう言いながらレヴァンへ近づく。
銀の髪が月光を浴びて輝く。
優雅な制服を着た、見たことのない美しい少女。
「あなたの魔法からは、キラキラした光と黒く淀んだナニカを感じます。一体、あなたは何を抱えているのですか?」
少女の言葉は、穏やかで、どこか優しかった。
レヴァンは言葉を失った。
誰も、自分の炎をそんな風に言ったことはなかった。
怖がるか、嘲笑うか。
それだけだった。
だが、この少女は違う。
レヴァンは、ゆっくりと立ち上がった。
「・・・どうして、そんなことを」
少女は微笑んだ。
「申し遅れました。私、セレナと申します。セレナ・アルテリアです」
セレナ・アルテリア。
エデリア王国の第一王女。
先王が魔獣被害によって急逝した影響で、若くして現国王が即位し、現国王の唯一の嫡子となり第一王女となった。
王女の名に、レヴァンは息を飲んだ。
だが、王女はそんな反応を気にする様子もなく、膝をついていたレヴァンへ手を差し伸べた。
レヴァンはその手を見つめた。
震える自分の手。
――父と母を、守れなかった手。
だが、今は――。
レヴァンは、セレナの手を取った。
温かかった。
レヴァンとセレナは、近くの倒木へと腰を掛ける。
「・・・俺は、村を焼いたんです」
レヴァンは、ぽつぽつと語り始めた。
魔獣の襲撃。
父の死、母の死。
暴走した炎で、すべてを灰にしたこと。
「大事なものを、人を、守れなかった。だから、もう二度と…」
声が震える。
セレナは想像していた以上に悲惨な話に、嫌な顔一つせず、ただ静かに聞いてくれた。
「そのようなことが・・・。でも、あなたは、悪くない。それだけは分かります」
セレナはレヴァンへと目を向けた。
その瞳は、優しかった。
セレナは続ける。
「もう二度と失いたくない。その気持ちが、あの炎を形成していたんですね。あなたの魔法は、どんなに小さなものでも丁寧に、緻密に魔力が練られています。綺麗なあの炎。あなたの努力が伝わってきます」
そう言いながら、セレナは手のひらの上に小さな水の塊を作り出した。
「私も、それなりに努力しているつもりですが、あなたのそれには及びませんね」
セレナはそういい微笑を浮かべる。
「辛い記憶で魔力が扱いにくいのであれば―」
セレナが、何かを言おうとした刹那――。
空から、鋭い鳴き声が響いた。
「あれはっ!」
レヴァンの記憶が再びフラッシュバックする。
「レヴァン、早く逃げて!」
そんな母の声が、レヴァンの頭の中に響く。
現れたのは、鳥型の魔獣。
猛禽類のような獰猛な眼をし、翼の先には飛竜のような鉤爪を持つ。
大きさは、以前にレヴァンの村を襲った魔獣よりも小さく、人ひとり分くらいの大きさ。
しかし、パイアホルト村に現れた魔獣のように金色のオーラを纏っていた。
「俺が、やらなきゃっ!」
レヴァンは立ち上がり、その手に魔力を集中させる。
手のひらにこぶし大の火が生成され、魔獣へ放つ。
レヴァンの魔法は、寸分の狂いなく魔獣へ命中する。
命中と同時に、小規模の爆発が起こり、魔獣の体は煙に包まれる。
煙が晴れると、無傷の状態の魔獣が現れる。
「やっぱり、この程度の威力じゃ無理か・・・。だったらやるしかないっ」
レヴァンは体中に魔力を集中させ、濃密な魔力がレヴァンの体を覆う。
その瞬間、過去の記憶が再びフラッシュバックする。
体に纏う魔力は、次第にレヴァンの制御を外れ暴走し始める。
「どうして、どうして出来ない・・・。目の前にいる人すら守れないのか・・・」
無力感がレヴァンを支配する。
「大丈夫です」
「っえ?」
セレナが前へ出る。
「≪ギガント・アーム≫」
鈴の音のような詠唱が、静まり返ったレヴァンの心の中に響く。
直後、セレナの伸ばした手から、光が集中し巨大な光輝の腕を形成する。
光の巨大な腕が魔獣を握りつぶす。
金色のオーラが砕け散り、魔獣は浄化されたかのように、綺麗に消え去った。
森の広場には、レヴァンとセレナだけが残された。
セレナは振り返り、レヴァンへと微笑みかける。
「ほら、ね」
直後、セレナは糸が切れた人形のように意識を失い、倒れこんだ。
「っあ」
レヴァンはすぐさまセレナの下へと駆け寄る。
瞬間、木陰から人影が現れた。
「姫様!」
従者らしき学園の女生徒が、慌ててセレナを抱き上げる。
女生徒はレヴァンを見て、静かに言った。
「魔法の光を見て来てみれば・・・。おい、平民。事情を聞かせてもらおう。ついてこい」
レヴァンは頷いた。
セレナの手の温もりが、まだ残っていた。
あの炎を、「綺麗」と呼んでくれた少女。
レヴァンの胸に、何かが芽生え始めていた。




