夜焔の祈り
どこまでも続く白い空間。
風の音すら聞こえない、静寂が支配する空間。
そんな空間に一人、目を閉じうつむく男がいた。
男はなにやら別の場所を視ている。
石造りの古く、小さな、みすぼらしい神殿で一人の老人が祈りをささげている。
「神よ、どうか我らをお救いください。魔族は多数の魔獣を従え、我々の生存を脅かしております。どうか、あの蛮族の侵攻を食い止める力をお貸しください。魔族は、私の妻と子を殺しました。妻と子の無念を晴らせる、大いなる力を!」
目を開けた男の表情は険しくなる。
男は立ち上がり、歩き始める。
何もなかった白い空間から突如、霧が立ち込める。
霧が晴れたとき、そこには巨大な白い神殿が現れる。
男は神殿へ入ると、一際大きな扉の前で立ち止まる。
ノックをすると、扉は独りでに開き、立派な玉座が現れる。
「何用だ?」
誰も座っていない玉座から声がする。
次の瞬間、玉座に白い靄がかかり、人の姿が浮かび上がる。
靄が晴れると、そこには一人の人物が座っていた。
玉座に座る人物からは何の情報も得られない。
中性的な顔立ち、髪は長くもなく、短くもない。
ただ一つ言えることは、”無”であるということ。
玉座の前まで来た男は、膝をつき頭を下げる。
「主よ、何故人類に力を授けないのですか?」
男が問う。
「どうした、何が言いたい?」
人物が返す。
言葉には大した抑揚がなく、聞く人が聞けば、身の毛のよだつような思いをするであろう声。
男は答える。
「人類は、現在劣勢に立たされています。魔獣には強力な力と生命力、魔族には闇属性の魔法の力。魔族に至っては、魔獣を使役し人類へ攻勢を仕掛けている状態。このままでは人類は滅んでしまいます。先ほど、祈りをささげる人間を視ました。家族を殺され、悲痛な祈りをささげていました。今こそ、人類を救う力を授ける時でしょう」
玉座に座る人物は、表情を一切変えずに答える。
「何を言い出すかと思えば、そんなことか。お前は、人類には魔法が必要であると言うのだな。しかし、それは出来ない。何故なら――」
そこから先は、何も聞こえない。
男と玉座に座る人物が言い争っているようにも見える。
しかし、表情をさらに険しくする男に対して、玉座に座る人物は表情一つ変えていない。
しばらく言い争っていると、男は突如、玉座に背を向けて走り出す。
玉座に座る人物は、男が扉から出ていくと、今までの表情からは一転、険しくなった――
――どれだけの時間が経っただろう。
レヴァンは、ゆっくりと目を開けた。
知らない天井、知らない部屋。
ほんのりと薬草の香りがする。
レヴァンが周囲を確認しようとしたとき、足元から声が聞こえた。
「目が覚めたようだね」
中年の女性教師だった。
学園の校章の付いたローブを着て、「聖焔の癒舎」の腕章をしていた。
学園内での怪我を治療する、癒しの場。
それが、「聖焔の癒舎」である。
「レヴァン君、だったか?君は闘技場で魔法を暴走させた。意識を失ってから丸一日たっているのよ」
教師の言葉に、レヴァンは体を起こした。
「エリックは!?俺と決闘をしていた生徒はどうなりましたか!?」
「君と決闘をしていた生徒は、重症だが、命に別状はない。さすがに、ここでの治療じゃ間に合わないから、王都内の治療院に送られたよ」
レヴァンは唇を噛んだ。
教師はレヴァンの表情を一瞥し、静かに続けた。
「決闘は学園の伝統に基づく、正式なものだった。周囲の生徒やエリック君本人もそう証言している。よって、君が彼に怪我を負わせたことは不問よ。しかし、魔法の暴走は別問題。学園の安全を脅かす行為として、しばらくの謹慎処分とすることが決まったわ。しばらく、寮での謹慎を言い渡すよう通達されたわ。その後の処分は追って通達するみたいだけど」
レヴァンは頷き、荷物をまとめて聖焔の癒舎をあとにした。
寮に戻されたレヴァンは、部屋で一人になった。
窓から見える学園の塔。
貴族たちの笑い声が遠く聞こえる。
「また……守れなかった」
父と母の姿が蘇る。
あの時も、今も。
大事なものを守れない。
レヴァンは拳を握った。
夜が深まった頃、学園は静まり返っていた。
レヴァンは、寮を抜け出し、裏手の森の中にいた。
木が生い茂る中、広く開けた広場のような場所がある。
月明かりの下、無人の広場。
「もう、暴走はさせない」
レヴァンは深呼吸をし、手をかざす。
手の平に魔力を集中させると、小さな火が灯る。
簡単なものなら、問題ない。
だが、少し力を込めると――。
胸の奥で、熱が爆発しそうになる。
父の姿、母の声。
炎が膨張し、周囲の空気を歪める。
「くっ……!」
レヴァンは必死に抑え込んだ。
汗が滴る。
「どうして・・・。どうして、できないんだ・・・」
挫折感が、レヴァンを襲う。
抑えるのがやっと。
「(これでは、何も守れない)」
今更、何を守るのか――
レヴァンは膝をついた。
その時――。
木陰から、静かな視線を感じる。
誰かが見ている。
「誰だっ!?」
レヴァンは振り返った。
「見つかってしまいましたね。夜中に寮を抜け出す影が見えたので、ついてきてみれば、このような光景が見れるとは」
木陰から出てきた人物は、やわらかな笑みを浮かべてレヴァンの方へ近づいてきた。
「あなたの魔法からは、キラキラした光と黒く淀んだナニカを感じます。一体、あなたは何を抱えているのですか?」
出てきた人物はレヴァンへ問う。
どういうことなのかわからず、レヴァンは言葉を出せない。
「あ、申し遅れました。私、セレナと申します。セレナ・アルテリアです」
セレナは笑顔で、膝をついていたレヴァンへと手を差し伸べた。




