忘却の村 後編
レヴァンはヘレンとアルクを見送ったのち、物陰に隠れつつ周囲の状況を探っていた。
レヴァンの家があるあたりは北の門からは少し離れた位置にあり、戦火の音は届かず周囲は異様なほどの静寂に包まれていた。
「母さん、父さんは大丈夫だよね」
不安になり、レヴァンはヘレンに声をかける。
「大丈夫、あの人だって昔から狩をしてきたんだもの。必ず村を守って帰ってきてくれるわ」
ヘレンはそう言い、レヴァンの手を握った。
その手は発した言葉に反し震えていた。
その時、ドスンという大きな音とともに何かが崩れる音がした。
レヴァンとヘレンは窓越しに音のする方へと目を向ける。
二人が目にした光景は先ほどのヘレンの言葉を崩壊させるものであった。
「そんな・・・」
「父さん・・・」
二人の声が重なる。
レヴァンは目を見開き、ヘレンは口を抑えながら今にも崩れ落ちそうになっている。
姿を現した魔獣の口には、無残にも体中を切り裂かれた父、アルクが咥えられていた――
姿を現した魔獣の大きさは村の家よりも一回りほど大きく、トラのような見た目をしているが、頭には2本の角が生えており、尻尾は3本あり禍々しい雰囲気をだしていた。
その巨体からは金色のオーラを出しており、既存の動物とは全く違った特徴を持っていた。
誰がどう見ても魔獣である。
「明らかに魔獣だな。しかし、あの金色のオーラは何だ。あんなオーラを出す魔獣は聞いたこともないぞ」
魔獣は北の門に武器を構えた男たちを見ると勢いよく突っ込んでくる。
「何としても、村を死守するぞ!」
村長の言葉と同時に村の男たちは一斉に魔獣へ向けて攻撃を始める。
魔獣の進行を食い止めるために矢を放ち、それでも近づいてくれば槍による攻撃を加える。
魔獣は一度距離をとった。
「ぐあああああっ!」
尻尾の薙ぎ払いによって門は破壊され、近くにいた男たちは抵抗する間もなく吹き飛ばされる。
村長は剣を抜き、叫んだ。
「退くな!時間を稼げ!ここを突破されれば、村は壊滅する!」
しかし、無情にも戦いは一方的だった。
男たちは必死に抵抗するが、次々と魔獣を前に倒れていく。
アルクは剣を抜き、必死の形相で魔獣との距離を詰める。
魔獣の放った爪を掻い潜り、肉薄する。
魔獣の下まで入り込み、その剣を魔獣の腹に突き立てる。
「(やったっ!)」
そう思ったのも束の間、アルクの剣は魔獣の腹を貫くことはできず、弾き返される。
「(ヘレン、レヴァン、すまん――)」
魔獣はその場から飛び退くと、アルクに向けてその鋭利な爪を突き立てた――
――魔獣は咥えていたアルクの体を投げ捨て、近くの民家を壊し始めた。
中にいた住民は抵抗する間もなく魔獣に切り裂かれ、食われていった。
他の村民は家にいても食われるだけだと判断し、各々外へと逃げ出していった。
魔獣はそんな村民たちを、子供が虫にそうするがごとく惨殺していった。
ヘレンもこのままじゃまずいと考え、レヴァンとともに、家から逃げ出した。
魔獣とは反対方向へと逃げる。
魔獣はその場から跳躍すると、レヴァンとヘレンの前へと降り立った。
「どうして――」
後ろを振り返ると、逃げ出した村民たちは全員殺されており、現在残っているのは自分たちだけだと察した。
「レヴァン!早く逃げなさい!」
ヘレンはレヴァンを逃がすため、必死に魔獣の注意をひこうとした。
「でも母さん!、母さんをおいて逃げるなんてできないよ!」
レヴァンは父との約束を思い出し、踏みとどまった。
『レヴァン、母さんを頼んだよ』
父の最後の頼みを裏切るわけにはいかない、そう思いレヴァンは魔獣に右手を向ける。
右手からはいつも以上に大きな炎が上がり、炎を魔獣へと放つ。
炎が魔獣にあたると大きな爆発を起こし、煙が立ち込める。
魔獣が大きな咆哮を上げると煙が晴れ、無傷の状態の魔獣が現れた。
「なんで!」
レヴァンは何度も炎を放つが、それでも魔獣に傷を負わせることはできなかった。
「レヴァン、早く逃げて!」
再び、母の声が響く。
魔獣の放った爪がヘレンを襲った。
「レ、ヴァ、ン・・・」
ヘレンは上半身を切り裂かれ、血を吹き出しながら崩れ落ちた。
レヴァンにはその光景がスローモーションのように映った。
「母さん・・・いやだ・・・置いていかないでよ・・・」
レヴァンの全身から血の気が引き、力が抜けていく。
次の瞬間、レヴァンの体から魔力が噴出した。
無限にも思えるその膨大な魔力が周囲を覆い、魔獣すらも飲み込んだ。
「ああああああああああああああっ!」
レヴァンの叫び声が村中に響き渡り、噴出した魔力は巨大な炎となってすべてを焼き尽くした。
魔獣は即座に灰と化し、木々は燃え尽き灰すらも残さぬ状態、石造りの民家は耐えきれぬ膨大な熱に溶け出して溶岩の海を形成していた。
「(守れなかった。父さんとした最後の約束を。)」
炎は魔獣が消滅しても弱まることなく周囲を焼き尽くした。
――魔獣襲来から1日と半日が過ぎた。
領主の騎士団が到着した時には、そこには村のあった痕跡はなくなっていた。
中心には一人の少年がたたずんでいた。
「我々は領主様の命で魔獣討伐に来た騎士団である。少年よ、状況を説明できるか?」
騎士はそう尋ねると、その少年、レヴァンは何も言わずに振り返った。
その目は憎悪に満ち、見開かれており、騎士たちは息を飲んだ。
レヴァンの周囲には何もないにも関わらず、火の玉が浮かんでおり、それを見た騎士は即座に魔法であると見抜いた。
「これは、君がやったのか。魔獣を倒したのか?」
状況から魔獣を倒したのはこの少年しかいない、そしてこんな惨事を引き起こせるのは魔法しかありえない。
現に少年の周りに浮かんでいる火の玉は魔法でしかありえない。
「領主様に報告しろ!魔獣は討伐されており、少年を一人保護したと。これ以上は領主様の判断に委ねるしかない」
騎士は部下にそう伝えると、レヴァンを抱えて領主のいる街まで戻っていった。
レヴァンは護送中の馬車の中でも終始無言であった。




