忘却の村 前編
パイアホルト村。
エデリア王国最北部に存在する辺境の小さな村。
深い森に囲まれ、小さな川が流れ、畑が広がる。
アークの庇護が届く最果ての地。
村に住む少年、レヴァンには神の祝福があるとされていた。
「レヴァン、今日も頼むよ」
村の村長に頼まれレヴァンは右手をかざす。
そして、その右手から小さな火の玉が生まれる。
その火は風に揺らめきながら、消えることなく燃え続ける。
魔法―
本来、特定の血族のみにもたらされる力である。
エデリア王国では、その力は貴族が占有する力である。
レヴァンは貴族の血族ではないにもかかわらず、その力を発現させた。
故に、村人からは「神の祝福」がもたらされたと言われている。
右手から生まれた火は複数に分裂し、村の中の街灯へ灯をともす。
村は明るく照らされ、村長はレヴァンへと御礼をする。
これがいつものパイアホルト村の日常である。
「お疲れ様、レヴァン」
レヴァンの母、ヘレンがレヴァンへ声をかける。
「神様の奇跡ね。エオン様は、本当にあなたを愛しておられるのね」
村人たちはそう信じていた。
レヴァンの炎は、神の祝福。
大いなる災厄から人類を守ってくれた神の慈悲の証。
村の日常は穏やかであった。
朝は畑仕事。
昼は子供たちと川で遊び、夕方は神殿で祈りを捧げる。
神殿は村の中心にあった。
小さな石造りの建物だが、村人たちの心の支え。
「神よ、どうか我らをお守りください」
村長の祈りに、皆が頭を垂れる。
レヴァンも一緒に祈った。神は慈悲深い。
災厄の後、アークを与えてくれた。
魔獣の奔流から人類を守ってくれた。
1000年前、人類は過ちを犯し、神へ叛逆を企てた。
神は怒り、地上を魔獣で覆いつくした。
その中で、神は人類を許し、魔獣から人類を生き延びさせるために神聖魔法「アーク」を聖人ノヴァン・アクアリスに授けて人類の生存圏を守った。
人類は過去の過ちを反省し、神への祈りをささげることとなった。
だから、この炎も、きっと神の贈り物だ。
そんな日々が、続いていた。
だが、その朝――
森の奥から、奇妙な気配が漂い始めた。
鳥の鳴き声が止み、風が重くなる。
「大変だ!」
危機を知らせる声が村の中に響いた。
「どうした、何があった?」
叫んでいた男の前に村長が現れる。
男は多量の汗をかき、頬には何かの動物に引き裂かれたかのような傷があった。
「北の森でとんでもない魔獣がでた!」
その知らせを受けた村長は驚きに眉をひそめた。
「バカな、確かに近年アークの庇護が弱まっているとは言え、魔獣がそうやすやすと入ってこれるものではない!」
村長がそういうと、男は即座に反論する。
「あれは普通の動物じゃない、魔獣だ。魔獣が入ってきてるんだ!」
「仮に魔獣であった場合、村の戦力だけでは対処できん。すぐにでも領主様へ報告して、騎士団を派遣してもらわなくてはならん」
村にも狩を生業とする者たちもいるが、魔獣は通常の動物とは違い、1村の戦力だけでは対処できないほどの力を持っている。
村長はすぐさま領主へ報告するために早馬を飛ばす指示を出した。
早馬とはいえ、領主の住む街までは片道10時間を要する。
今から早馬を飛ばしても領主の騎士団が到着するまでは1日以上かかってしまう。
「戦えないものは、家の中へ避難しておれ。戦えるものは武器を持って北側の門に集合だ」
騎士団が到着するまでは村の戦力だけで対処するしかない。
村長の指示に従い、女子供老人は家の中へ。
村の若い男総出で北の森に隣接する門へ集合した。
幼いレヴァンはヘレンとともに家の中へ避難し、戦いに出る父親を見送った。
「レヴァン、母さんを頼んだよ」
レヴァンの父、アルクはそう言うと武器を持って家を出て行った。
レヴァンは父の声に頷き、その後ろ姿を見送った。
北の門は村の男たちが武器を持って集まり村長を囲っていた。
「よいか、敵はおそらく魔獣だ。領主様の騎士団が到着するまではまだまだかかる。我々がそれまで村を死守せねばならん」
村長の声に村の男たちは気合を入れ、北の森に目を向ける。
次の瞬間、森から一斉に鳥が飛び立ち、木々が揺れた。
木々の隙間から巨大な魔獣が姿を現すのだった。




