バレンタイン特別編・ヴァルターの甘い戦争
バレンタイン特別編です。お茶請けにでもどうぞ。
※ヴァルター視点です
※何故かグレイシアード邸にヴァルターがいますがその辺はご都合主義です。
朝から屋敷が妙に騒がしい。
廊下を歩く使用人たちが、どこかそわそわしている。
(……何だこの甘い香りは?)
甘い匂いまで漂ってくる始末だ。
「今日は何事だ?」
俺ーーヴァルターが眉をひそめると、侍女がくすりと笑った。
「本日は“聖ヴァレンティーヌ祭”でございます」
「祭?」
「想い人に菓子を贈る日ですよ」
……は?
くだらない。実にくだらない。
「そんな浮ついた催しで貴族社会が回るものか」
そう侍女に吐き捨てたその時。
「ヴァルター!」
聞き慣れた声がした。嫌いなはずの、澄んだ声。
そしてーー
むせかえるような赤。燃えるような赤い髪。太陽のような光を携えた瞳の……
振り返った先に両手いっぱいに箱を抱えたルシアが立っていた。
「見て見て!チョコレート作ったの!」
「……は?」
「厨房のみんなに教えてもらったのよ。溶かして固めるだけって言われたのに、三回も焦がしちゃって」
そう言ってえへへ、と笑うルシア。失敗したというのに何がそんなにおかしいんだ??指先にはまだ粉砂糖がついたまま。
……なんでそんな顔で笑えるんだ?
「はい、これヴァルターの分!」
どん、と箱を押し付けられる。その音と同時に俺の心臓も変な音を立てた。
「な、なななんで俺に」
「いつもお仕事頑張ってるでしょ?だから感謝!」
……俺に感謝?どうして自分を憎む俺に感謝なんかするんだ?
頭の中は疑問でいっぱいだ。それなのにーー
(何故こんなに胸が熱い)
「……別にいらん」
「えー!? せっかく作ったのに!」
「子供の遊びだろう」
「もー!素直じゃないなぁ!贈り物は素直に受け取るものでしょう?」
そう言うとルシアは俺の袖をぐっと引っ張り、距離を詰めた。と同時に甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。
(……こっ、この距離はまずい)
甘い香りと赤い髪に思考が止まる。
「……し、仕方ないからもらってやる」
俺は慌ててルシアを突き放し、襟を正した。
「ほんと!?よかった!」
俺の言葉にぱっと花を咲かせたような笑顔を見せるルシア。
くそ。
なんでこんな顔をするんだ。お前は俺の一族の仇で、お前はエルド侯爵の……
その時。
「ルシア」
低く穏やかな声がして、振り向けば、エルド侯爵その人が立っていた。立っているだけなのに、その場の空気がひりつく。目が合っただけで思わず背筋が伸びる。
この空気の中で平気なのはルシアだけだ。
侯爵の手には、すでにいくつもの箱があった。さすが侯爵、そのカリスマ性はお墨付きと言ったところか……
「侯爵様!もちろん侯爵様の分は特別ですよ!」
ルシアが花を咲かせたような笑顔のまま、エルドの方に嬉しそうに走っていく。
「特別?」
「そうよ!一番最初に作ったの!」
「ふふ、それは光栄だ。君の一番になれて嬉しいよ、ルシア」
目を愛しそうに細め、その手が優しくルシアの頭を撫でる。
当たり前のように触れて、距離も近くて。
さっきまで、あの赤い髪がいた場所は俺だったのに。
その時、エルド侯爵がチラッとこちらに視線を向けた。
(……私のルシアに近付くな)
侯爵の口はゆっくりとそう言葉を象り、瞳は静かな怒りに燃えていた。視線が剣のように刺さる。
「何か言いました?侯爵様?」
ーードクンッ
胸の奥が、ぎり、と軋んだ。わざとだ。侯爵はわざと俺にだけわかるように……
――なんだこの感情は。
苛立ち?違う。悔しい?違う。
……独占したい?
「……っ」
自分の気持ちに気付いた時にはもう遅い。わかっているのに認めたらもう……
家の因縁だの、誇りだの……馬鹿げている。
そんな理屈が全部どうでもよくなる。
ただ。ただ、思ってしまった。
ルシアのあの太陽のような笑顔を……俺だけに向けさせたい、と。
「ヴァルター?顔赤いよ?」
「うるさい!!」
「怒った!?」
「怒ってない!!」
あははと笑うルシア。その様子を見て微笑む侯爵。余裕さえ感じるその侯爵の態度が余計に苛立つ。
それに……くそっ、ルシアの甘い匂いがまだ取れない。
聖ヴァレンティーヌ祭。
くだらないと思っていたのに。
人生で一番、心臓に悪い一日になった。
侯爵様の大人の余裕ってやつが見せつけられて満足です。ヴァルターは本編でも心が揺れてるからなぁ。
これからどうなっていくのでしょうか!
最後まで読んで頂きありがとうございました。




