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侯爵様の悪役令嬢(自称)  作者: 杉野みそら
第十三章

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バレンタイン特別編・ヴァルターの甘い戦争

バレンタイン特別編です。お茶請けにでもどうぞ。 


※ヴァルター視点です

※何故かグレイシアード邸にヴァルターがいますがその辺はご都合主義です。

 朝から屋敷が妙に騒がしい。

 廊下を歩く使用人たちが、どこかそわそわしている。


(……何だこの甘い香りは?)


 甘い匂いまで漂ってくる始末だ。


「今日は何事だ?」


 俺ーーヴァルターが眉をひそめると、侍女がくすりと笑った。


「本日は“聖ヴァレンティーヌ祭”でございます」


「祭?」


「想い人に菓子を贈る日ですよ」


 ……は?


 くだらない。実にくだらない。


「そんな浮ついた催しで貴族社会が回るものか」


 そう侍女に吐き捨てたその時。


「ヴァルター!」


 聞き慣れた声がした。嫌いなはずの、澄んだ声。


 そしてーー


 むせかえるような赤。燃えるような赤い髪。太陽のような光を携えた瞳の……


 振り返った先に両手いっぱいに箱を抱えたルシアが立っていた。


「見て見て!チョコレート作ったの!」


「……は?」


「厨房のみんなに教えてもらったのよ。溶かして固めるだけって言われたのに、三回も焦がしちゃって」


 そう言ってえへへ、と笑うルシア。失敗したというのに何がそんなにおかしいんだ??指先にはまだ粉砂糖がついたまま。


 ……なんでそんな顔で笑えるんだ?


「はい、これヴァルターの分!」


 どん、と箱を押し付けられる。その音と同時に俺の心臓も変な音を立てた。


「な、なななんで俺に」


「いつもお仕事頑張ってるでしょ?だから感謝!」


 ……俺に感謝?どうして自分を憎む俺に感謝なんかするんだ?

 頭の中は疑問でいっぱいだ。それなのにーー


(何故こんなに胸が熱い)


「……別にいらん」


「えー!? せっかく作ったのに!」


「子供の遊びだろう」


「もー!素直じゃないなぁ!贈り物は素直に受け取るものでしょう?」


 そう言うとルシアは俺の袖をぐっと引っ張り、距離を詰めた。と同時に甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。


(……こっ、この距離はまずい)


 甘い香りと赤い髪に思考が止まる。


「……し、仕方ないからもらってやる」


 俺は慌ててルシアを突き放し、襟を正した。


「ほんと!?よかった!」


 俺の言葉にぱっと花を咲かせたような笑顔を見せるルシア。


 くそ。


 なんでこんな顔をするんだ。お前は俺の一族の仇で、お前はエルド侯爵の……


 その時。


「ルシア」


 低く穏やかな声がして、振り向けば、エルド侯爵その人が立っていた。立っているだけなのに、その場の空気がひりつく。目が合っただけで思わず背筋が伸びる。


 この空気の中で平気なのはルシアだけだ。


 侯爵の手には、すでにいくつもの箱があった。さすが侯爵、そのカリスマ性はお墨付きと言ったところか……


「侯爵様!もちろん侯爵様の分は特別ですよ!」


 ルシアが花を咲かせたような笑顔のまま、エルドの方に嬉しそうに走っていく。


「特別?」


「そうよ!一番最初に作ったの!」


「ふふ、それは光栄だ。君の一番になれて嬉しいよ、ルシア」


 目を愛しそうに細め、その手が優しくルシアの頭を撫でる。


 当たり前のように触れて、距離も近くて。

 さっきまで、あの赤い髪がいた場所は俺だったのに。


 その時、エルド侯爵がチラッとこちらに視線を向けた。


(……私のルシアに近付くな)


 侯爵の口はゆっくりとそう言葉を(かたど)り、瞳は静かな怒りに燃えていた。視線が剣のように刺さる。


「何か言いました?侯爵様?」


 ーードクンッ


 胸の奥が、ぎり、と軋んだ。わざとだ。侯爵はわざと俺にだけわかるように……


 ――なんだこの感情は。


 苛立ち?違う。悔しい?違う。


 ……独占したい?


「……っ」


 自分の気持ちに気付いた時にはもう遅い。わかっているのに認めたらもう……


 家の因縁だの、誇りだの……馬鹿げている。


 そんな理屈が全部どうでもよくなる。


 ただ。ただ、思ってしまった。

 ルシアのあの太陽のような笑顔を……俺だけに向けさせたい、と。


「ヴァルター?顔赤いよ?」


「うるさい!!」


「怒った!?」


「怒ってない!!」


 あははと笑うルシア。その様子を見て微笑む侯爵。余裕さえ感じるその侯爵の態度が余計に苛立つ。


 それに……くそっ、ルシアの甘い匂いがまだ取れない。


 聖ヴァレンティーヌ祭。


 くだらないと思っていたのに。


 人生で一番、心臓に悪い一日になった。

侯爵様の大人の余裕ってやつが見せつけられて満足です。ヴァルターは本編でも心が揺れてるからなぁ。

これからどうなっていくのでしょうか!


最後まで読んで頂きありがとうございました。

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