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侯爵様の悪役令嬢(自称)  作者: 杉野みそら
第十五章

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気付いた時には何もかも

ヴァルターはルシアと踊っているうちに、ある事に気がついた。

 婚約発表の場でルシアの踊りを見た時から。俺はこの(ルシア)に惚れていたんだ。


 ーー本当は今すぐにでも抱きしめて、ルシアを奪いたい。俺はそれほどルシアに……


 でもそれ以上踏み込めば、何もかもが壊れてしまう。


 ルシアとの関係はもちろん。

 侯爵との関係も、俺の父も、俺の心変わりを赦しはしないだろう。広間を囲むように掲げられた歴代のクロイツ家の肖像画が、今はこれほど煩わしい。


 立場も歴史も争いも、全てを捨てて……この女を攫えたら。


 何も知らないルシアはただ楽しそうに踊っているだけ。だがその無邪気さが、俺の胸を締めつける。


「……なんでそんな顔してるの?」


「……そんな顔ってどんな顔だ」


「怖い顔よ」


 くすっと笑うその顔が、あまりにも無邪気で。

 ルシアはまた俺を引くように旋回する。


 音楽の中で、彼女の存在だけがやけに鮮明だった。鮮明で、鮮やかで、眩しい。

 俺を翻弄する笑顔。

 赤い髪が揺れるたびに、俺の心も揺れる。


 ルシアを形成する全てが、俺の胸を締め付ける。


 最初はただ踊るだけのつもりだった。

 感想を言ってやるための口実のはずだった。


 なのに。


 目を離すことができない。


 ルシアの笑顔が、回るたびに近づくたびに、胸の奥で何かが深く沈んでいく。


(なんだこれは)


 旋回の終わり、ふと目が合う。


「ほら、ヴァルター。私の腰に手を回して。軽くよ」


 その無邪気な言葉に、俺は小さく息を飲んだ。


 ーーやめろ。


 そんな風に笑うな。


 そんな風に、俺を見上げるな。


(……もう遅いか……)


 俺は自嘲するように軽く笑った。最初から分かっていたはずなのに。


 時間があの日まで巻き戻ればいいのに。


 この女に近づく前に。


 だが一方で、


(このままずっと踊っていたい……)


 この柔らかな感触を、触れるか触れないかの危うい感覚を。


 ずっと続けていたいと思ってしまった。


 音楽が終わり、ルシアが離れて行ってしまう。


(行かないでくれ)


 繋いだ手を離したくなくて、思わずルシアを支えていた方の腕に力がこもる。


「ヴァルター?」


 ーー最初から、わかっていたはずなのに。


ルシアだけが楽しそうに踊る様子を書けてよかったです。


最後まで読んで頂きありがとうございました。

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