ヴァルターとルシア
ヴァルターはルシアを広間へと導き、ついに二人の踊りが始まる。
「さあルシア、こっちへ」
ヴァルターは従者に命じてルシアを広間へと導く。
「侯爵様!そこで見ててね」
ルシアはそう言って侯爵に無邪気に手を振る。
侯爵はそれに答え、少し微笑む。
途端に黄色い歓声がどこかで上がった。婚約前はさまざまなところで浮き名を流したエルド侯爵。その名はヴァルターの領地でも有名だった。
(侯爵はまだあんなに人気があるのか?婚約したと言うのに……)
ヴァルターはやれやれと言った感じで肩をすくめた。
『エルド侯爵は美しい女であれば、来るもの拒まず去るもの追わず』だと。
そんな噂も、ルシアとの婚約でかき消えたと思われたが。まだ僅かな信者が残っているようだ。
だがあいにく、婚約の相手は夢みがちで踊りが得意なルシア・カルミナート。
我が道をゆく彼女には、エルドに対する黄色い歓声も全然耳に入っていない様子だ。
音楽が静かに流れ始め、二人は自然に歩み出た。
それは優雅なワルツだった。
「くすくす、ヴァルター力を抜いて。そう、肩はそのままよ」
ルシアは楽しそうに微笑みながら、そっとヴァルターの手を導く。
本来なら男が導くはずのステップ。
だがルシアの動きはあまりにも滑らかで、気づけばヴァルターの足は彼女の旋回に合わせて動いていた。
(なっ……このヴァルターがリードされているだと?)
おかしいおかしいおかしい!クロイツ家はカルミナート家とずっと前から覇権を争ってきたのに……
目の前の女ーールシアはそんなことは関係ないとでも言うように。楽しそうにくるくると回っている。
赤い髪がふわりと宙に舞い、その琥珀の瞳が近くで輝いた。
「ほら、ヴァルター……手を出して。そう、その調子」
「……お前、俺を踊らせているつもりか」
「つもりじゃなくて踊ってるのよ」
悪びれもなく言いながら、ルシアは軽やかに回る。
その動きに引き寄せられるように、ヴァルターの体も自然とついていく。
* * *
ーーくそ。
ルシアがこんなに近いのに。触れられない。
背中に添えた手の向こうに、ルシアの体温を感じる。
(ああ、わかっている。本当はーー)
婚約式でルシアの踊りを見た時から。俺はこの女に惚れていたんだ。
ダンスの話はいつ書いても楽しいです!
最後まで読んで頂きありがとうございました。




