悪意の根源
「あれれー? ずいぶん遅かったんだね。ずっと信じていた友達に家族が殺されたんだから、もっと早く来ると思ってたんだけど」
「キル……?」
共に夢を語り合い、支え合った親友による凶行。
その報せを受けたヴァースは、すぐさま戦地からキルディスが捕縛されたという帝都に帰還した。
キルディス・ゾン。
この男こそ、現代において知識の回廊財団理事長、ユリース・ティスタリスと名を偽って活動していた〝存在〟である。
彼はレンシアラの支配下にあったアドコーラス帝国に、外交技師官だった両親と共にやってきた。
幼い頃から機械いじりが好きで、気弱で臆病な性格ながら、天契機に関する知識は、子供とは思えないほど深かった。
幼いヴァースたちが精巧な水晶炉もなしに天契機の骨組みを完成させたのも、キルディスが天契機が動く仕組みと原理を十分に把握していたことが大きい。
「んー? どうしたのー? ぼくの顔になにかついてる?」
「……お前、誰だ?」
「…………」
それから時は流れ、当時のキルディスは帝国の兵器開発を統括する技術部門の長になっていた。
ヴァースとの絆はエオインに勝るとも劣らぬもので、帝国が独自に開発したヴァース専用の天契機も、その細部に至るまでキルディスの手によるものだった
ヴァースはキルディスを心からの友と信じ、レンシアラと戦端を開いた現在でも、レンシアラから投降した兵や民は寛容に受け入れ、元から帝国にいたレンシアラ人への迫害は固く禁じていた。
「あはは……酷いなぁ。ぼくと君は友達なんだよね? その友達の顔を見忘れたって言うの?」
「ふざけるなよ……! お前はキルじゃない。本物のキルはどこだ! あいつに何をした!?」
瞬間、ヴァースは目の前で笑うキルディスの顔面を、容赦なく殴りつけた。
ヴァースには一目でわかった。
目の前のこの男は、キルディスではない。
彼が幼い頃から絆を育み、守ろうとした友ではない。
たとえ姿形が同じでも、その顔に浮かぶ〝あらゆる物を見下したような笑み〟には、ヴァースにそう確信させるだけの邪悪さが宿っていた。
ヴァースの鉄拳を受け、後ろ手に縛られたキルディスは凄まじい勢いで壁面に叩きつけられる。
しかしそれでも、キルディスはその不気味な笑みをやめなかった。
「ごふっ……げふ……っ! ふ、ふふ……残念だけど、ぼくは正真正銘本物のキルディス・ゾンさ。今回のことは、レンシアラに逆い続ける馬鹿な君に、そろそろ圧倒的な力の差ってやつを教えてあげようと思ってね」
「力の差だって……!」
「そうさ……君はぼくらレンシアラを、少し自分達より技術の発達した国くらいに思っているようだけど、それは大きな間違いってこと。ぼくたちが持つ超古代の技術は、君達の想像なんてはるかに越えた力をレンシアラに与えているんだ」
言いながら、キルディスはふらふらと立ち上がる。
周囲の兵士達が油断なく槍を構えるが、ヴァースはその動きを無言で制した。
「キルディス・ゾン……この名前は、今から千年前にレンシアラを作った〝一人の技術者の名前〟だよ。そして、その技術者は今もレンシアラの頂点に立って、この世界に住む馬鹿な奴らを管理し続けている……」
「千年前の技術者……? それが今も生きてる……?」
「〝この体が君と友達になったこと〟は、本当にただの偶然だったけど……おかげで、最高のタイミングで君に絶望を味合わせることができたよ。レンシアラに刃向かう馬鹿な奴は、みーんなその報いを受けてもらわないとけないからねぇ!!」
その時だった。
牢獄の壁を背にしたキルディスの後方から閃光が巻き起こり、分厚い石壁が木っ端微塵に弾け飛ぶ。
凄まじい風圧と衝撃に耐えながら、ヴァースはなんとか片膝をついて踏みとどまった。
「アハハハハ! ここまで言ってもまだわからないなんて、本当にどうしようもないお馬鹿さんだよね。つまり、君と友達になったこの体は、このぼく……本当のキルディス・ゾンの容れ物だったのさ」
「容れ物……だと!?」
「もちろん、それはこの体だけじゃないよ。この大陸のあちこちに、ぼくが作った〝レンシアラ人の器〟がどれだけ潜んでいると思う……? ぼくはその中から好きな人の体に入って、ずっと生き続けてきたってわけ! どう? 馬鹿な君の頭でも理解できたかな?」
衝撃の向こう。
ぽっかりと砕けた石壁の向こうに、禍々しい金色の装甲を持つ、天契機とも神隷機ともつかぬ機体が現れる。
キルディスは片膝を突くヴァースに蔑むような笑みを向け、自力で縄を引きちぎって金色の機体に乗り込む。
「ふふ……そしてもう一つ。ぼくを楽しませてくれたお礼に、〝この体の持ち主だった子〟の、消える前の最後の言葉を伝えてあげる。『どうか、私達を殺してください。私達レンシアラ人の呪われた運命を、陛下の手で終わらせて下さい』……だってさ!」
「キル……! お前……っ」
「あはは! レンシアラ人って言っても、やっぱり君の友達になるような子だからちょっと馬鹿なんだろうね。レンシアラを滅ぼすなんて、君みたいな雑魚に出来るわけないのにねぇ!」
「この、くそ野郎――ッッ!!」
機体の操縦席に消えるキルディスめがけ、ヴァースは渾身の力で自らの長剣を投げつけた。
しかしそれは間に合わず。
金色の機体に傷一つつけないまま、甲高い音を響かせて牢獄のある尖塔の下へと落ちていった。
「ま、せいぜいぼくを楽しませてみてよ。この数百年、誰もぼくに逆らおうとする人もいなくて退屈してたんだ。逆らわれたら逆らわれたでイラつくけど、だからってなにも起こらないのもね~?」
そう言って、キルディスと金色の機体はぶ厚い灰色の雲の向こうに消えた。
残されたのは限界を超えた理不尽に、かつてない怒りと憎悪をたぎらせたヴァース。
この事件の後しばらくして、ヴァースは帝国内に住む全てのレンシアラ人の強制隔離を決断。
その中には、キルディスと同じように幼い頃からヴァースと育った、多くのレンシアラ人の友も含まれていた――。




